おっと、話が変わってきたぞ?
オリヴィアは、第二王子であるジョルジュとの婚約は断った。そう、辺境伯である父・オーリンが断ってくれたので、話はそこで終わった筈だった。
……それなのに、断りを入れてから二週間経った頃だろうか?
馬車で十日かけて、ジョルジュがやって来ることになった。断ってからすぐ王都を旅立ったと思われる。流石に先触れはあったが、第二王子の訪問に母・ウーナと使用人達は奔走した。
ちなみに魔法がない代わりに、この世界では鳩を先触れや連絡用に使う。とは言え、鳩は夜目が利かないので王都から伝書鳩が着いたのはジョルジュ達が到着する四日前だった。泊めずに帰す訳にはいかない為、客間や食事の支度を整えて、今日と言う日を迎えたのだが。
「レシピ開発なら、王都でやればいい。今までもおいしかったが、どうせなら新しいレシピを一番に食べたい」
王家の紋章付きの馬車を降り、騎士と思われる青年を従えた男の子は、オリヴィアの元に駆けてきたかと思うと開口一番、そう言った。
淡々とした口調は『記憶』とは違っていたし、同じ年なので『知っている』顔より幼かったけれど。
「え? 澤木君?」
「え?」
「あっ……申し訳ございません! 知り合いに、似ていたものですから……つい」
勿論、眼鏡はしていない。けれど黒髪と黒い瞳だけではなく、その顔は前世に付き合っていた『澤木純』とよく似ていた。生まれてから、自分も含めて西洋風の顔立ちばかり見ていたが、ジョルジュはむしろ東洋風の容姿をしている。母親などの家族に、東洋系の者がいるのだろうか。
しかし、それはそれとして仮にも王族に対して不敬すぎる。焦って謝り、頭を下げたオリヴィアの上から声がする。
「……別に」
え、エ〇カ様?
つい声に出さずにツッコミを入れたが、それ以上は言われなかったのでおずおずと顔を上げた。そうしたら、無表情ながらもこちらの反応を見るようにジッと見つめられているのに気づいた。
(怒ってるんじゃ、なくて……何だか、気遣われてる?)
同じ年だと知っていたが、前世の記憶がある自分とは違い、子供だと思っていた。
けれど、もしかしたら自分の影響力を理解出来ているのかもしれない。最初は自分の言いたいことを言ったが、勘違いをして恐縮するオリヴィアを見て、彼なりに気遣ってくれたのかもしれない。
その気遣いは嬉しいと思ったが、オリヴィアとしても譲れないものは譲れない。
「ありがとうございます。ですが、レシピ開発は王都では出来ません。お断りします」
「何で?」
「レシピ開発には聖獣であるヴァイスも、料理人であるヨナスも……あと、食べてくれて感想を言ってくれる家族や使用人も必要だからです。全員を王都に連れていくのは無理ですし、殿下の婚約者候補になったらレシピ開発ばかりしていられないからです」
はっきりキッパリお断りしたオリヴィアに、ジョルジュが黒い瞳を驚いたようにパチパチと瞬かせた。
そして、何かを考えるように下を向くと──パッと、何かを思いついたように顔を上げて言った。
「じゃあ、ボクがここにくればいい?」
「え?」
「ボクが婿入りすれば、君の作る美味しいものが食べられる?」
……戸惑うオリヴィアの視線の先で。
相変わらずの無表情だが、その黒い目は期待にキラキラと輝いていた。