どうしよう、と思ったけれど
「ごめんなさい、どうしよう……ヴァイスと、離れたくない……どうしよう」
そう言って、顔を上げたオリヴィアの緑の瞳は、こぼれこそしなかったが涙で潤んでいた。
前世の話を最初に出来て、協力してレシピを提供して──勿論、家族や使用人達が支えてくれたおかげなのだが。彼が前世の記憶を食べてくれたおかげで、辛かったことは本当に心を占める割合が減り、現世の方がずっとずっと大事になった。
しかし、自覚してしまえばこの気持ちは重すぎる。元々の目的である女神への奉納には問題ないが、ヴァイスへのこの執着は結婚へのハードルを更に上げ、結果として家族に迷惑をかけてしまう。
どうしよう、とオリヴィアは途方に暮れたが、ヴァイスや家族の反応は違った。
「謝るなって! それなら、離れなきゃいいだけだろ?」
「そうだぞ、オリヴィア。謝らなくていいし、お前の目的と幻獣様を認める相手が見つからないなら、ずっと領地にいればいい」
「そうよ、オリヴィア。エリオットのことが気がかりなら、新しい館を用意しましょう? そこで、私達と暮らせばいいわ」
「そんな!? 僕こそ、僕を家族ごと受け入れてくれる人と結婚するから! 勿論、オリヴィアを受け入れてくれる相手が現れるのが一番だけど、そうじゃなかったら一緒に暮らそう!」
「皆……」
オリヴィアの気持ちは我ながら重いのに、驚くくらいあっさりと受け入れられた。それが嬉しくて、たまらず涙が一筋、また一筋とこぼれ落ちる。
そんな彼女の涙が、嬉し涙だと解って貰えたようで、一同は更に告げた。
「第二王子との話は、断ろうな!」
「そうだな。前世云々を伝えると、却って囲い込まれそうだから……レシピ開発に余念がなく、とても王子妃は務まらないとしよう」
「そうね。嘘ではないものね」
「そうそう! おいしい食べ物が増えたら、王子達も喜ぶだろうから大丈夫!」
にこにこ、にこにこ──笑顔での言葉に、オリヴィアもつられて笑みに頬を緩めた。
皆とは言わないが、もしかしたらこうしてオリヴィアを受け入れてくれる相手と会えるかもしれない。でも、仮に会えなくても前世のように、家族や周りから拒絶されることはない。
(お兄様の言う通り、お断りはするけど王族の皆様達も舌鼓を打つよう、これからも頑張ろう)
そして、これからの更なる乳製品開発をオリヴィアは心に誓うのだった。
※
……そんなやり取りの末、第二王子との話は終わったと思っていた。
「レシピ開発なら、王都でやればいい」
「え? 澤木君?」
「え?」
年は今のオリヴィアと同じくらいだし淡々とした口調は違うが、かつての彼氏と同じ顔の相手に──第二王子の登場にオリヴィアは思わずそう口走り、ジョルジュを戸惑わせるのだった。