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クラスカーストトップのギャルが俺のラジオのヘビーリスナーだった件について

作者: 塩志八重葉

「聞いていただいたのは、『黒い雨音』でした。毎度毎度俺の曲で恐縮なんですけどね」 


 ポッドキャスト。

 スマホからいつでもどこでも聴けるネットラジオのようなものだ。

 個人でも割と簡単に配信することができる。

 かくいう俺、鹿間悠太(しかまゆうた)も、そんな個人ポッドキャスターの一人だ。


「さあ、次はテーマメール行っちゃいましょう!今週のテーマは『学生時代の恥ずかしかった経験』ですね」


 中2のころから配信を始めて、高校受験で中断を挟みながらも、高校2年生の現在まで続いている。

 今では毎週大体数百人が聴いてくれているようだ。一人でパソコンに向かって喋っているのを、数百人が聴いていると思うと、すこし不思議な気持ちになる。


「ラジオネーム『ヤング柴太郎』さん。いつもお便りありがとうございます」


 彼はほとんど毎週お便りをくれる、俺のラジオの数少ないハガキ職人、もといメール職人だ。


『yutaさん、こんにちは。ヤング柴太郎です。学生時代というか、私は現役の高校生なんですが、こないだあった恥ずかしいエピソードを紹介します』


 ヤング柴太郎さん、高校生だったのか。勝手に20代のお兄さんを想像していた。


『やる気が出ない授業を保健室でサボってから、教室に帰ると、そこには誰もいませんでした。教室移動もないはずなので、おかしいとは思いましたが、とりあえず自分の席で寝ることにしました』


「いや、普通そこで寝ますかね」


『誰かに起こされて目を覚ますと、見覚えのない子たちが私を囲んでいました。そこで気づきました。私は、間違えて教室移動中だった隣のクラスに入り、眠りこけていたのです!恥ずかしさのあまり何も言わずに自分のクラスへ逃げ帰ってしまいました。それ以来、隣のクラスの人と目が合うだけで恥ずかしい思いをしています』


「……というお便りでした。いやー、これは恥ずかしいやつだ。確かに、二度と隣のクラスの敷居はまたげないですね」


 しかし、ヤング柴太郎さんがそんなサボり魔だったとは意外だ。

 俺も人のことは言えないけど、リスナーさんなら責任を持って俺が更生させてあげないといけない。


「ていうか、授業サボっちゃダメですよ、ヤング柴太郎さん!俺もやる気が出ない時はありますけど、そんな時は教科書の裏に隠れて作詞をしたりしていますね。意外と外からは真面目に授業受けているように見えるんですよ。ヤング柴太郎さんも、内職おすすめです!」


 結局内職を勧めることになってしまった。

 これでよかったのかな……。




「——そんなこんなで、もうそろそろお時間ですね。来週のメールテーマは、『コンビニにまつわるエピソード』です。今週もお聞きいただいてありがとうございました!お相手は、シンガーソングライターのyutaでした」


 ——録音終了ボタンを押す。

 体の力が抜ける。長いことやっているが、やっぱりまだ緊張しているみたいだ。


 生配信ではないから、この録音データを編集してからのアップロードとなる。


 毎週土曜日の夜に収録して、日曜日に上げるのがルーティーンとなっている。

 収録後には自分へのご褒美としてプリンを買いにコンビニに行くのも。


 下の階のリビングに降りると、勉強していた妹のちひろがこっちに気づいた。


「お兄ちゃん、収録終わった?」

「今ちょうどね。じゃあ、コンビニ行ってくるよ」

「私焼きプリンね!」

「わかってるよ」


 こんな風に、毎週ちゃっかりプリンをたかってくるのだ。




 コンビニまでの道中、夜風が火照った頭を冷やしてくれる。

 実生活では家族以外とはほとんど喋らないから、喋りっぱなしのラジオではかなり頭を使うのだ。


「もうラジオも3年近くになるかぁ」


 元々は自分の作った曲を誰かに聞いてもらうために始めたラジオだった。


 小学生の頃にゲームソフトから作曲にハマった俺は、中学に上がる頃にはパソコンで作った曲をyutaという名前で動画投稿サイトにアップするようになっていた。

 それでも、そんな曲を聞いてくれる人なんてほとんどいない。ほとんどの曲が、数回しか再生されなかった。


 もっと多くの人に曲を聞いてほしいと思った俺は色々なことを試した。

 ストリートミュージシャンまがいのことをして補導されるといったような黒歴史も経て、最終的にはポッドキャストに辿り着いた。


 今では、ラジオを通してリスナーさんたちと交流するのが、曲作りと同じくらいの楽しみになっていた。

 特にヤング柴太郎さんは、そんなリスナーさんの筆頭だ。


「ヤング柴太郎さん、どんな人なんだろうなぁ」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 無事ラジオを投稿できた次の日。


 俺は、雛丘高校2年2組の教室の中に、所在なさげに身を置いていた。


 壁際の席で、教師の手によって黒板に意味のわからない数式がどんどん羅列されていくのを、ぼんやりと眺めていた。


 ラジオの中では、番組の主として、自分の城にいるような感覚でいられるが、教室での俺はそれとはかけ離れている。


 いわゆるクラスカーストというもので言うと、俺は最下層の住民である。

 誰とも話すことなく登校し、人目を避けるようにして学校での時間を過ごし、時間になったらまた誰とも話すことなく家に帰るという繰り返しだ。


 多分、クラスメイトのほとんどが俺の名前を覚えていないことだろう。


 正直、教室は俺にとってすこぶる居心地の悪い空間だった。


 特に、今の席は最悪だ。

 隣に座るのがそんな俺とは真反対の存在だからだ。


 小山内梨花(おさないりか)


 紛うことなくクラスカーストトップに君臨する女子だ。


 彼女の特徴を一言で表すなら「ギャル」だ。


 明るく染め上げられた金髪が、授業中の教室の中でも一際目立つ。いくら校則が緩いとはいえ、さすがに先生たちもその髪にいい顔はしていなかったが、そんなのお構いなしだ。


 そしてこれまた校則のグレーゾーンをいくキメキメのメイクだが、もともと端正で可愛らしい顔の作りはメイクにも負けておらず、けばけばしいと言ったような印象は与えない。


 正直に言って、小山内は学年でもトップクラスに垢抜けた美少女だろう。


 休み時間には、同じくギャルのお仲間が集まってきて、俺には1mmも理解できない話題で盛り上がるから、俺は自分の席を明け渡し、校舎裏のベンチで時間を潰すしかなかった。


 そういう意味で、この席は最悪なのだ。


 

 見た目通り、と言ったら失礼かもしれないが、小山内の学業への態度はあまり良好ではなく、彼女はサボりの常習犯だった。


 そんな小山内にしては珍しく、熱心にノートに何かを書き込んでいる。


 一見すると改心して真面目に授業を受けるようになったのかとも思えるが、手元を隠すように置かれた教科書は授業とはまるで関係のないページが開かれている。どうやら内職をしているようだった。


 と思ったら、ひとしきり書いて彼女は満足したらしく、ノートを傍にやり、机に突っ伏して堂々と居眠りを始めた。

 

 さすがカーストトップ。肝が座っている。


 いけない。

 小山内を気にしている場合ではない。

 すでに授業からかなり置いていかれているんだ。

 なんとか意識を授業に向けなくては。


 焦る俺をよそに、眠りが一段階深まったのか、小山内が一瞬身じろいだ。肘が筆箱の上に不安定に置かれたノートにぶつかる。ノートは先ほどまで書き込まれて癖がついたページを晒すように床に投げ出された。


 直前の決意にもかかわらず、やはりどうしてもノートが気になる。


 さっきまで小山内が熱心にノートに書き込んでいた内容は一体なんなんだろう。

 もしかしたら、彼氏への手紙とかかもしれないし、クラスの誰かの陰口かもしれない。その場合、俺の陰口ってこともあり得る。


 そんな好奇心に突き動かされて、つい床に落ちたノートのページを凝視してしまう。


 そして、よく見慣れた、しかし決してこんな場所では出会うはずのない、あるお決まりの文章の書き出しが、俺の目に飛び込んできた。




『 yutaさん、こんにちは。ヤング柴太郎です——』




 ……は?




「……ねぇ、何見てんの」


 気がつくと、いつのまにか目覚めていた小山内が俺を睨みつけていた。


「い、いや、何も見てない、です」


 とっさに返した俺の返答——教室で声を出したのは数週間ぶりだった!——を無慈悲にも無視した彼女は、ノートを拾い上げ、今度は机の上で大事なものを抱え込むようにして、その上に突っ伏して再び眠り始めた。


 そんな小山内の態度も、混迷を極める俺には全く気にしている余裕がなかった。


 ……なんでヤング柴太郎さんの名前が小山内のノートに書いてあるんだ?

 ……そして、yutaという俺のラジオでの名前まで!


 明らかな結論に達するのを、俺の脳はなんとか拒否しようとしているようだった。

 しかし、結局考えられることは一つしかないのだ。


 つまり、ヤング柴太郎さんの正体が、小山内梨花だっていうことだ。


 つまり、クラスカーストトップのギャルが俺のラジオのヘビーリスナーだったっていうことだ。



 こうして、知らない間に心を通わせていた俺とカーストトップのギャルとの物語が始まろうとしていたり、していなかったり。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  面白いと感じました。続きが気になりますし、恋愛を絡めるならどのような展開なのだろうと気になります。
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