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勇者一行が人類を救済の後、人類の敵に回りました  作者: 司弐紘
第一章 外れし者たち
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賢者は密談を好む

 その隙に、リコウトの方がリリィに気付いた。


「これは伯爵令嬢。とんでもないところを見られてしまいましたね。元がドちんぴらなので許してくださいよ」

「ドちんぴら……?」


 その言葉は“伯爵令嬢”には難しすぎた。リコウトはそれに気づき大声で笑うと、上着の前を閉じて立ち上がった。


「どうぞ、伯爵令嬢。私はもう行きますので」

「いえ、あの私、貴方にお話が……ええとその、私がお話を伺いたくて」

「私に?」


 驚いた、というようにリコウトの目も見開かれ、ついでゆっくりと細められてゆく。

 その様子に、リリィは何か危険なものを感じた。しかし、ここで逃げてしまっては彼女の自負心も傷ついたままだ。


「私のことはリリィと……そう、呼んでくださって結構です」

「それは光栄です。それにしても貴女はお美しくなられた」


 にっこり微笑んで、リコウトは応じる。


「私を……小さい頃の私をご存じなのですか?」

「貴女がご幼少の頃に、一目拝見させて頂いただけですがね。その時に、私は決めたんです」

「な、何をです?」

「この娘は将来、間違いなく美人になる。俺の嫁さんにしてやろうってね。そのためにトルハランの王を脅かして弟になりすましたんです」


 リコウトの言葉に今度はリリィが驚いた。何度も瞬きを繰り返す。

 口説き文句を聞くのは無論初めてではないが、リコウトのそれはべらぼうだった。


「お、お戯れを」


 リリィはそれだけ答えるのがやっとだった。

 すると、リコウトの表情はさらなる笑顔で柔らかく崩れた。


「いや失礼。少し固くなってのおいでの様でしたから、冗談の一つでも思いましたが……慣れないことはするものではありませんな」

「え、冗談?」


 次から次へと繰り出されるリコウトの言葉に、翻弄されるリリィ。


 つかみ所がない――とは、彼女の父に多く寄せられる評価であったが、きっとこの男には負けるだろう。


 第一、年齢からして十分に不詳だ。


 十代だと言われれば思わず頷いてしまうだろうし、三十代だと言われても、少し眉をひそめながらも頷いてしまいそう。


 では、その間の二十代ではどうなのかというと、一番首をひねってしまいそうだ。


「それで、私に話とは?」


 リコウトの言葉に、ハッと引き戻されるリリィ。


「あ、あの、今日の会議のことなんですけど殿下には、もっとなにかご提案があられたのではないかと思ったんです。私としてはその提案を聞いておきたくて」

「どうしてです?」

「ご協力を……この問題は、国家間の諍いなどを持ち出している場合ではないと判断します」


 リリィの発言には、クックハンとトルハラン両国の関係が上手くいっていないことを暗に示していた。


 トルハランはクックハンの南側で国境を接しており、トルハランの国力の増強によってその国境線が緊張しているのは、リリィ、リコウト共に十分に承知している事実だった。


 リコウトは、リリィの言葉を聞いて首を傾げる。


「それには同意ですが、私に別の提案があると決めてかかっているのは、どうしたわけですか? ――ああ、私のこともリコウトで結構ですよ」

「私、見てしまったんです。その……リコウト様が会議室を出る時に、こう……」


 彼女の語彙では何とも表現しにくいのだろう。それを察したリコウトが、再び高らかに笑い声を上げた。


「これはどうも。いけませんな、貴女にはみっともないところばかり見られている――いいでしょう。それならごまかしても無駄のようです」


 言いながら、リコウトはリリィにベンチに座る様に勧めた。最初は断っていたリリィだったが、


「私も、貴族のふりをしなければいけませんので」


 という、どこまで本気かわからないリコウトの言葉に虚を突かれ、流されるままにリリィは腰掛けてしまった。


「さて、まずは彼らが検討しているラウハを装飾品で懐柔するという方法ですが、これはうまくいく可能性は全くない」


「それは――わかります。彼女には、自分でそれを手に入れるだけの力があります。そんな相手に、そういった交渉方法はむしろ相手を怒らせるだけだと思います」


 リコウトは、リリィのその言葉に満足した様に深く頷いた。


「その通り。それはまるで、貴女のお父上に向かって“クックハンの伯爵として認める”と私が言っている様なものです。間違いなく怒り出すでしょうね」


「では、どうすれば?」

「価値観を崩すんです」

「価値観?」


 こともなげに答えるリコウトの言葉を、リリィはオウム返しに繰り返した。

 そして、少し考えて付け足した。


「それはつまり、彼女の宝物への執着心を、別な方向に向けるということですか?」


 リリィは小首を傾げる。蜂蜜色の豪奢な髪が揺れた。


「それは崩した後の処置です。ラウハにはそこまで必要ないでしょう。ドッペにはしなければならないとは思いますが」


 美しい妙齢の女性と話しているというのに、特に高揚したところもなく淡々とリコウトは語り続ける。


「では、ラウハ以外の他の三人にも有効なんですか?」

「有効だとは思いますが、約束は出来ませんよ。何しろフーリッツに関しては調査中とのこと。私も独自に調査しなければならないでしょうね」


 リコウトは笑いながら答える。


「シャングは? やはり難しいんですか?」

「彼の場合は……そうですね、実は一番簡単だ――と言ったらどうしますか?」

「また、冗談ですか」


 言葉は素っ気なく、しかし表情を険しくしてリリィは応じる。


「おやおや。すっかり信用をなくしてしまいましたね。では一言だけ。シャングはね、きっと英雄のやめ方がわからなくなってるんです」


「やめ方……? 英雄はやめなければならないんですか?」

「実に難しい質問ですね」


 そう言いながらも、リコウトは笑みを浮かべた。


 リリィはその様子をずっと見つめる。つかみ所のない男だが、笑う時には何か感情の様なものが見て取れる様な気がしたからだ。


 そのリリィの視線を受けながら、リコウトはさらに続ける。


「普通はやめなくてもいいはずなんですが、彼はちょっと特殊なんです。ああ、こういった方が良かった――“シャングは英雄をやめるわけにはいかない”」


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