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勇者一行が人類を救済の後、人類の敵に回りました  作者: 司弐紘
第五章 人間の武器
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クックハン宮廷

 王の目の前にあるのは文字通りの二つの武器。


 “海神のいびき”と“神槍パーリー”だ。


 そしてその向こうには跪いて頭を垂れるリコウトの姿。


「この二つを陛下に献上させて頂こうかと思いまして」


 リコウトは他の貴族が敵意の眼差しで自分を睨みつける中、ぬけぬけとそう申し出た。


「ローシャッハは申し訳ありません、ただいま他に貸し出し中でして、戻り次第献上させて頂きます」


 リコウトはさらに続ける。


「こ、これを本当に余にか」


 クックハン王ザウンドは、驚きのあまり声を上擦らせた。


 世間的には“幸運王”などと陰口を叩かれている。


 その治世は二十年を超え、その間に魔族の侵攻、そしてシャング達の裏切りという、亡国の危機が訪れたのに、その度に幸運にも最高の人材が突然湧いて出てくるので乗り切っていた。


 一人目がシャングで、二人目がリコウトというわけだ。


 王自身は凡庸よりは少しマシといったぐらいの能力しかなく、見るべき点はその幸運だけというわけである。


 二十代半ばで即位して、現在五十を目前にして恰幅は随分立派。豪奢な金髪を長く伸ばしているが、

それには白髪が交じり始め、立派な口ひげの先もへこたれた犬の舌のように下がり気味だ。 


「私のような者が持っていても使い道はありませんから。陛下には優秀な方々が大勢お仕えしています。是非とも有効にご利用下さい」

「ハッハッハ、ではすぐにでもお主にこの品物を返さねばならんの。何しろ余の臣下で一番優秀なのはお主じゃからな」


 貴族達の視線が、殺意にまでふくれあがる。

 リコウトはそんな視線をむしろ気持ちよさそうに受け、そして顔を上げた。


「お戯れを……ですがそれならば一つ陛下のお心に甘えて、お願い事を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「うむ。申せ」

「残るシャング捕縛に向けて、ご協力を賜りたいのです」


 その言葉は、ある意味一同の意表を突いたと言ってもいい。


「どういうことじゃ? そのようなこと、お主に言われるまでもなく儂は協力するつもりじゃぞ」


 ザウンドは、心外だと言わんばかりにそう返事をした。


「もちろん、陛下のおこころざしを疑うわけではございません。私がここでお願いしたいと申し出ているのは、実はこの城についてなのです」

「何?」


「シャングの必殺技『ブリッツ・ペネトレイト』に対抗するためには、広い場所であの男と対峙しないことです。こちらの姿が見えればシャングは問答無用で、あの技を繰り出してくることでしょう。これは実に不利です」

「それで、城をか」


 確かに城の中にシャングを引きずり込んでしまえば、姿を隠しながらシャングを攻撃するのにはうってつけだろう。


 しかし、シャングのブリッツ・ペネトレイトは容易に城そのものを破壊する恐れがある。


 うまくいったとして、城の破壊は免れないところだ。形が残れば幸いで、悪くすると城そのものが瓦解する可能性がある。


「はい。出来ますれば一日だけ、私と私の部下にこの城での行動の自由を頂きたい。そうすれば見事シャングを捕らえてご覧に入れましょう」

「世迷い言だ!」


 と居並ぶ貴族の一人から、声が上がった。


「左様なこと、わざわざ城で行わずとも街で行っても同じ事。卿の申し出は我が国への敬意が欠けておるのではないか?」

「私はただ――」


 リコウトはその発言者に笑顔を向ける。


「陛下であれば、民草に無用な面倒を掛けるよりは、ご自身の城を犠牲に為さる道を選ばれるのではないかと、そう思ったのですがなにか間違っておりましたか」

「く……」

「よくぞ申したリコウト。許す。存分に働くがよい」


 ザウンドは、実にいい気分になって気前よくリコウトの申し出を許した。

 リコウトはそんなザウンドに向き直ると、とびきりの笑顔でこう言ってのける。


「陛下のご英断には頭が下がるばかりです。きっと各国も陛下の賢明なることに、ますますの敬意を表すこととなるでしょう」

「そうかそうか」


 ますます気をよくするザウンド。リコウトはそんなザウンドを見てニヤリと笑うと、さらにこう申し出た。


「つきましては無用の混乱を避けるために、後ほど書面にて陛下のご意志を下賜頂きますようお願い申し上げます」

「もっともなことであるな。後ほど届けさせよう」

「ありがたき幸せ」


 リコウトはますます畏まって頭を下げる。

 そんなリコウトを他の貴族達は苦々しげに見つめるばかり。


 ――その背後にリコウトが操る死神の釜が迫っていることに気付きもしないで。








 その夜、ジレル伯爵家の屋敷に戻ってきたリコウトは、夕食の時にこう呟いた。


「私って、ちょっとおかしいんですかね」


 それにはジレル伯爵、その令嬢共に思わず吹き出した。


「どういう反応ですか、それは?」


 さすがにいささか気分を害した様子で、リコウトが応じると、これまた父娘共に快活な笑顔で、こう言ってのけた。


「いやいや、お主がそのような反省をするとは思えなかったのでな」

「あら、お父様はそうだったんですか。私は“何を今さら”って感じだったんですけど」

「どちらにしても失礼な話です」


「で、何があったんじゃ?」

「今日、宮廷に出向いて王に会ってきたじゃないですか――」


 リコウトはその時の顛末を話す。


「――で、その時の馬鹿貴族共の殺意にあふれた視線を浴びている時に妙な想像をしまして」

「どんな?」

「こいつらが、私に跪いて命乞いをするのかと思うと、もう背筋がぞくぞくっとですね、実にいい気分でした」


 そのリコウトの言葉には父娘揃って沈黙するしかない。


「………………変態、という奴じゃな」


 長い沈黙の後、伯爵はポツリと呟いた。


 ズシンと食堂の空気が重くなった。


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