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勇者一行が人類を救済の後、人類の敵に回りました  作者: 司弐紘
第四章 最後の扉
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古き国へ

「全員を一度に集めたのは上手いやり方でしたね、閣下」


 客が帰った応接間で、リコウトはそう感想を語った。


「今度は、どうしてもっと強く言わなかったのかと、他の出席者達を責めることを思いつきますよ。あの低能共は」

「そんことより、せっかくだまし取った警察権の譲渡はもったいないのぉ。知らぬ存ぜぬを決め込んでしまわぬか?」


 会合の時とはまったく逆のことを言い出す伯爵。どうやらあの台詞はリコウトの指示だったようだ。しかも、その声には張りがあり、とても身体を壊しているようには思えない。


「何、大事な情報は騙している間に軒並み頂きますよ。後は軍事的な圧力で既存組織を活用した方が手間も金もかかりません。馬鹿には欲しがるものを与えておけばいいんです」

「ドッペを捕らえたのも、その手法か?」


 伯爵の声が鋭くなる。


「閣下には、詐欺師の手法にもお詳しいようで」


 さらりとかわすリコウト。伯爵はその答えに一瞬難しい顔をして、


「リコウトよ」


 と、やはり難しそうな声で呼びかけた。リリィとの婚約が決まってから、伯爵はリコウトのことを呼び捨てにするようになっていた。


「何ですか?」

「いい加減、その“閣下”という他人行儀な呼び方を改めんか?」


 リコウトは、その言葉に一瞬上を向き、それからこう返事をする。


「パパ、さっきの芝居はとても見れたものじゃなかったよ」

「…………人生とは勉強じゃ。この年になって殺意の本当の意味を理解しようとは」


 リコウトはその言葉に肩をすくめて、


「何だって、そんなことを気にし始めたんですか?」

「リリィが、色々とお主の呼び名を変えているそうではないか」


 リコウトの表情が何の遠慮もなしに不機嫌なものへと変化した。


「……閣下、諜報網を屋敷の中にまで広げないで下さい」

「今、大陸の様子を知るのに儂の屋敷以上の場所があるとも思えんがな」

「では、運用方法に問題があります」

「尻に敷かれているとか」

「そんなに大きくはない、と見込んでいるのですが」

「どうして“見込み”なんじゃ? 儂は早く孫の顔が見たいぞ」


 バン!


 智者二人による、高速口撃戦は応接間に乱入者が現れたことによって、中断されてしまった。


 乱入者は言うまでもなくリリィで、自分の屋敷の中であるのでベージュ色の部屋着然としたドレス姿だ。蜂蜜色の髪も結い上げずに背中へと流している。


「ロートルでも偽物でも、貴族の肩書きを持っているのですからもう少し品のある会話をお願いします」

「立ち聞きですか?」

「何と品のない」


 リリィが先制口撃を仕掛けるが、あっという間に迎撃されてしまった。

 しかし、ここで引き下がるのは夏までのリリィだ。今のリリィには各個撃破という知恵が付いている。


「コウ様。私のおしりがどうかしましたか? そういうところをいつも見ているんですか?」

「コウ様はよして下さい。何度も言っているでしょう」


 よほどイヤなのか、リコウトは泣きそうな笑顔でそれに応じる。


「はい、口約束だけはいつもしていますね」

「コウ様……コウ様か」


 傍らでは、またも伯爵が何かを勉強していた。形勢の不利を悟ったリコウトは戦陣の立て直しを図る。


「リリィ殿。まさか本当に立ち聞きをしに来ただけではないのでしょう? 何用ですか?」

「エリアン殿が来てらっしゃいます。準備が出来たようです」

「貴女の準備は?」

「はい?」


 準備というのは単純にショウへと向かうための準備ということだ。リリィが聞いていた話だと、ショウへと向かうのはリコウトとエリアンの二人だったはずだ。


「ここのところ、どうも生意気が過ぎるので行儀見習いのやり直しです。まずはそのでれっとしたドレスを……そうですね、いつぞやの軍服姿に」


 いつになく厳しい声で、リリィに命じるリコウト。それを聞いていた伯爵は嬉しそうにこう言った。


「孫の顔が見れそうじゃな」

「お父様は、どちらの味方なんですか!」


 髪を波打たせながら、リリィが父親に詰め寄る。しかし伯爵は短くこう答える。


「強い方」

「さすがは閣下、政略の基本ですな」


 リコウトは伯爵の言葉に拍手で応え、そのままリリィへと向き直る。


「さぁ、早くに準備を。もともとショウを舞台にしろと仰ったのは貴女なんですから」


 その言葉に、リリィは頷かざるを得なくなった。







 残り二人となった、勇者達一行。


 前にリコウトが言っていた順番だと、フーリッツの番ということになる。

 そして捕らえるための基本的な方法は古典的とも言える「同士討ち」だった。


 フーリッツという人間は罠に嵌めるには、かなり問題があった。この狂気の大神官は、こちらが何かしらのアクションを起こしたとして、それに対するリアクションが読めないのだ。


 結果として、力押ししか選択肢が残されていない。


 リコウトも早くからそれには気付いており、途中から調査の対象をフーリッツそのものよりも、その過去に重点において調査された。


 狂人なら狂人なりの行動パターンを探ろうとしたのだ。


 その報告が届いたのがシミター半島で「光が見えた」というのは、即ち“同士討ちをさせる算段が付いた”という意味に他ならない。


 もちろん実行までには多くの問題があった。リコウトは各国に配置した部下を使って時間を稼ぎながら、計画を練り上げていった。


 そんな中、大きな課題となったのは、


「どこで同士討ちを演じさせるか」


 という問題である。


 言ってしまえば、どこでもいいわけだが、ここに世界戦略を組み入れると、ただで同士討ちをさせるのは、いかにもエネルギーの無駄遣いだった。


 どこが効果的だろうと検討しているリコウトにリリィは、


「ショウになさいませ」


 と進言してきた。


 理由は、とリコウトが聞き返すと、リリィはすらすらとこう並べた。


 ショウという国は古く、一時はイーンの跡を継いで大陸の支配者だった歴史がある。それだけの各国の王家にもこのショウの王家の血を引くものが少なくなく、今現在は国力で言えば弱小の極みであるが、大陸に与える影響力は馬鹿に出来ない。


 ショウの後ろ盾を得るということは、将来的にきっと有効に違いない。


「それなのに、どうしてショウで騒ぎを起こすんです?」

「起こしたのがこちらだとはばれないように。そしてその騒動を鎮める時には、よくよくショウの方々に恩を売ってから」


 つまり自分で火を付けて、それを消してやる代わりにショウを味方に付けろ、というどこに出しても恥ずかしくない実に悪辣な手段をリリィは提示したのだ。、


 リコウトはそのリリィの妙案を全面的に受け入れ、途中から嫌がらせにある種の方向性を加えて、二人をこの古き国へ誘導するように仕向けた。


 そして今、計画は最終段階にさしかかろうとしている。


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