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勇者一行が人類を救済の後、人類の敵に回りました  作者: 司弐紘
第三章 名と実
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3対14万の会戦

 ――ラウハがいなくなった。


 これを一つの原因と捉えるなら、多くの人が導き出す答えはこうなる。


「勇者達の戦力が落ちた」


 この答えは実に不完全なものだ。


 それは未だにシャング達を“勇者達”と呼ぶしかない、その不自然さではない。

 どのぐらい戦力が落ちたか――それについては語られていないことがだ。


 一人欠けたことで、勇者達の力が自分たちの力が及ぶ地平に落ちてきた――と考えるのは無理からぬ事とはいえ、甘すぎる考えだった。

 魔族達を倒すために特化し、頂点からさらに天へと駆け上った彼らの戦闘力は人智の及ぶところではない。

 ただそれも、人は一度経験しなければ学習することは出来ない。

 





 大陸のちょうど中央。

 

 アリデオ平原と名付けられた大陸最大の草原は初夏を迎えていた。緑萌ゆる平原を駆け抜ける風が向かう先には三つの人影。

 青い鎧のシャング。漆黒の鎧ドッペ。白い法衣のフーリッツ。

 遙か彼方、霞む地平線には同じ色――鈍色の鎧が並んでいる。


 ラウハという戦力の欠如を知って二つの国、ツジョカとザマが同盟を組んだ。集めた兵力は双方七万ずつ。合計で十四万となりかつて破れたエーハンスの十万を上回っている。


 これだけの兵力を揃えられたのは、もちろん魔族の侵攻があったからでもあるのだが、元々この二国は小競り合いを繰り返していたのだ。


 元をたどればセンシンという国から別れた兄弟国なのだが、それだけに一度争い出すと、戦いは長期に及ぶものなのか、最初の紛争から数えればもう百年に近い。


 両国の位置はというとアリデオ平原の東と西。つまりこの大平原は両国にとって格好の戦場でもあるのだ。


 シャング達はクレモアを出て、大陸を南下していた。

 それを両国がこの平原に追い込んだ――そういう形になっている。


 ドッペが一人、ぐるりと後ろを振り返った。


 そこにもやはり、鈍色の軍勢。方向で考えるとこちらはザマの軍勢のはずだが、遠目ではどうにも見分けが付かない。


「こいつら戦う時は、どうやって見分けてるんだ?」

「ここからでは見えないがね、各々の兵士は色の違う腕章をつけているんだ」

「へ~、黒と白か?」


 フーリッツのウンチクに、ドッペが無気力に聞き返す。


「いや、ツジョカが青でザマが赤」

「でよ~、何でこんなとこに来てるんだよ? トルハランとかに行くんじゃねえのか?」

「話に全然脈絡がないんだが」


 フーリッツがそう応じたところで、両軍から鬨の声が上がる。


「うるさくなる前に答えろよ」

「ラウハが離脱した原因としては、ほぼ直前に名前の出たリコウトという人物が鍵を握ると思われる」

「ああ、それがトルハランにいるんだろ?」

「それが、どうも違う」

「違う? どういうこった?」


 ドッペが聞き返した瞬間、ドカン! という激しい爆音。彼の緋色の髪が舞い上がる。


「ふむ、ザマの兵士の練度は低いようだ。軍隊であるならば統一された行動は基本中の基本」


 その爆風は、先走ったザマの魔法兵から放たれたものだった。


 威力はなかなかのものだったが、射程の外から放たれたために、三人への効果は全くない。それどころか、警戒するきっかけを与えてしまった。


「フーリッツ。話は後だ」


 シャングが指示を出す。フーリッツはうなずいて、神槍パーリーの穂先を上にして、地面に垂直に突き立てる。

 まさにその瞬間、西からは魔法の一斉攻撃、東からは矢の雨が降り注いできた。


 爆音が響き、土煙が舞い上がり、矢は隙間なく地面につき刺さってゆく。


 その後には、灼熱の光が空間を染め上げる。圧倒的な熱量を誇る魔法の力が一帯を焦土と化す。


 この遠距離攻撃が行われている間も、歩兵部隊は間合いを詰める。本来なら騎馬部隊を突撃させたいところではあるが、魔法攻撃のためにアリデオ平原はその名を裏切って、かなり起伏のとんだ地形に変貌していることであろうし、それがなくても撃ち込まれた矢の数が半端ではない。


 魔法の超高熱に溶けかかった鏃が、どんな形に変形しているか知れたものではない現状では、やはり騎馬部隊の突撃は確実とは言えない。


 そもそも勇者達一行に馬はなく、しかも三人を相手にするには常識外れの攻撃が加えられた後だ。歩兵――これもまた常識外れの数ではあるが――でも十分に勝負になるはずだ。


 大きく部隊を展開できる、この平原の地形も十分に考え抜かれて設定されたこの戦場。


 先ほどの魔法と矢の一斉攻撃を生き延びたとしても、彼らは全ての方向からの攻撃を受け止めねばならなくなる。


 どこからどう考えても、勝機しか見えない。

 両国の軍首脳部が練りに練った戦術だ。


 もちろん、その後にはシャングとドッペの身柄をどちらが預かるかの話し合いも付いている。両国の軍事バランスは均等でなくてはならない。何しろ戦争がなければ軍人は職を失ってしまうのだから。


 そして、フーリッツは殺してしまおう。


 狂気の神官に使い道はない。下手に兵士を生き返らせられても面倒な話になる。


 そんな首脳部の皮算用を現実のものとするため、歩兵部隊は爆心地へと歩を進める。

 土煙が収まってゆく。ブーツの裏にザラザラと砕けてゆく鏃の感触。


 そして、兵士達の目に飛び込んでくるのは、まったく無傷のままの三人の姿。


 それに驚き、さらに目をこらしてみれば神槍パーリーの穂先を頂点にして、透明な何かが、ちょうど三角錐の形状に展開されているのが見える。


 その中では、今までの攻撃が嘘だったかのように草原は草原のまま、保存されていた。


「……なんだそのでたらめな男は。王族のくせに城にいないのか?」

「逆なんですよ。彼からしてみれば、城にいた方が危ない。暗殺したいと思っている相手は十や二十ではきかないはずです」


 あまつさえ、中では呑気に話を続けていたらしい。

 そんな常識ではあり得ない光景に兵士達の足が止まる。三人の周りを取り囲み、呆然とその姿を見やる。


「……来たようだ」


 シャングが短く告げ、二人は会話を中断して顔を上げた。


「で、ザマはどっちなんだ?」

「どちらかというと、こちら側だろう」


 フーリッツは赤の腕章を着けた兵士が多い方に目を向けた。


「じゃあ、そっちをやれシャング。ザマは弱いらしいからな」


 そのドッペの言葉に、シャングはフーリッツを見る。


「――式は間違っていますが、答えは合っています。ザマは魔法兵団が強力です。ドッペ殿ではいささか分が悪い」

「おい!」

「逆にツジョカは武器の扱いに長けた部隊を多く抱えています。ドッペ殿の方が適任でしょう」


 フーリッツの言葉に、顔を見合わせるシャングとドッペ。

 そしてお互いに剣を抜いて、背中合わせに構える。シャングの向く先にはザマの軍が。ドッペの向く先にはツジョカの軍がある。


「行き給え。万が一怪我でもしたならここに戻ってきなさい。そして総指揮官、あるいは王が直々にやってきていたのなら、すぐに殺してはダメです。捕まえて、リコウトという男の情報を入手してからです――命を奪うのは」


 フーリッツは笑う。


「貫け!!」

「剣よ! 吠えろ!!」


 ブリッツ・ペネトレイトと海神のいびきが起こした地津波が両軍に襲いかかる。


 そして人はようやく学習した。


 ――勇者達の力はすでに人の及ぶところではないということを。


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