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2.氷の騎士と神の使徒

 最終的な話し合いの結果、フェー・ボク王国への出発は五日後の朝に決定した。

 それまでに騎士団と魔術師団は遠征の準備を整えるべく、各自の業務をこなす事になった……のだけれど。


「なあフラム。キミとの出会いを機に、王子サマにキミ専属の護衛騎士にしてもらえるよう志願しようと思うんだが、それで構わないかい?」

「何を仰っているんです、ミスター・ヴァーグ! 彼女の身はこの私が責任を持ってお護りさせて頂いています。私以外の護衛騎士など不要ではありませんか? 貴女もそうは思いませんか、レディ・フラム」

「え、ええとですね……」


 私は今、会議が終わってグラースさんと一緒に宿舎に戻っているところだ。

 そこへヴァーグさんもやって来て、自分を私の従者にしてくれないかと何度もお願いされている真っ最中なのである。

 けれども恋人であるグラースさんからしてみれば、急に態度を変えて私に擦り寄って来るヴァーグさんを信用出来るはずもなく……。

 おまけに、いつの間にやら彼に呼び捨てで話し掛けられるまでに距離を詰められてしまっている。

 そんな二人に板挟みにされながら、私はどうするのが一番なのか頭を悩ませていた。

 その時、私は晩餐会でクヴァール殿下から聞いた話を思い出し、咄嗟に口を開いた。


「……あ、あの! 殿下からお聞きしたんですが、ヴァーグさんは騎士になるのはお嫌だったのでは……?」


 私がそう問えば、ヴァーグさんは海色の目をばつが悪そうに伏せて、


「あー……その話、聞いちゃってたのか」

「ほう……? その件、詳しくお聞かせ願いましょうか」


 すかさずグラースさんが追い打ちをかけにいく。

 騎士になりたくなかったのなら、その理由によっては彼を騎士にする件を進めにくくなる──そう考えてのグラースさんの発言なのだろう。

 するとヴァーグさんは「ちょっと場所を変えて話そうか」と言い、私達は騎士団の病棟へと移動した。



 病棟の中でもあまり使う機会の無い空き部屋には、最低限の家具としてテーブルと椅子が設置されている。

 一応は応接室としても利用出来るんだろうけど、騎士団にやって来るお客様は宿舎の方の応接室に案内するので、ここを使うような用事はこれまで特に無かったのだ。

 私とグラースさんの向かいの席に座ったヴァーグさんが、一つ息を吐いてから語り出す。


「……さっきも城の方で話したが、俺の生まれた家は代々続く『神の使徒』と呼ばれる存在なんだ。ある者は国の王に、またある者は勇猛な戦士の従者となって、神々から与えられた使命を全うすべく主人に仕えるのが習わしでね」


 神の使徒──リヴァージュ家の一族は、男女問わず未来に仕える己が主君の為に武道と魔法を極めなければならない。

 ヴァーグさんもその教えに従って子供の頃から厳しい訓練を受け、十五歳の若さで主人を捜す旅に出る事になったという。

 しかし、旅をするにはお金が必要だ。

 道中の魔物を倒す武器の調達にも、大陸を渡るなら船の運賃を払う必要だってある。

 そこでヴァーグさんが選んだのが、冒険者として旅の資金を稼ぐ道だった。


「そんな生活を何年も続けていたら、いつしか俺はアイステーシス王国の頂点に立つ冒険者だなんて呼ばれ始めてさ。俺は当たり前の事をこなしていただけなのに、本来の目的とは違う事で褒め称えられるようになっていた」

「……ミスター・ヴァーグの名は、私が騎士団に入団する以前から耳にしていました。単独で依頼をこなす孤高の冒険者、ヴァーグ・リヴァージュ。確かに貴方程の腕があれば、王国騎士になったとしてもおかしくはないのでしょうが……」

「あくまで俺にとっての戦いとは、俺の主を護る為のもの……。国の為、王サマの為に剣を取るなんていうのは、リヴァージュ家の人間には関係の無い話だからね」


 だからこそヴァーグさんは、冒険者として名を馳せた頃に殿下から直々に声を掛けられたものの、その誘いを断ったのだという。


「でも……殿下のような素晴らしい王族の方にお仕えするのは、良い事なんじゃないんですか?」


 事実として、クヴァール殿下は将来とても素敵な国王様になる事だろう。

 今でも国政の一部は殿下の指揮で動いているし、彼が真剣に国内外の問題に向き合ってくれていたからこそ、他国民であった私の命が今もここにあるのだから。

 彼以上に素晴らしい君主など、私には想像が付かない。

 それなのに、どうしてヴァーグさんは私の従者になるだなんて言うんだろう……?


「うーん……まあ、直感みたいなものさ!」

「直感……ですか?」

「そのような曖昧な理由で、彼女の守護騎士になろうなどと仰るのですか?」


 うわー、グラースさんったらズバズバ言いますね……!

 何と言うか、彼からの独占欲……ゴホンゴホン! 彼にとても大事に思われているんだなぁと、ひしひしと感じるわね。うん。

 これだけ深く愛して、私を護ろうとしてくれているグラースさんにはとても感謝している。嬉しいのは間違い無いのだけれど……!

 ……この場に居ると胃がキリキリするので、ある程度は抑えてもらいたいのが本音だったりする。

 けれどもそんな私とは対照的に、相も変わらずヴァーグさんの表情には余裕の笑みが浮かんでいた。


「しょうがないなぁ、そこまで言うなら本当の事を教えてあげるよ」

「ようやくその気になりましたか」


 氷の騎士の異名に相応しい、冷たい態度をとるグラースさん。

 そんな彼と隣に座る私に見せ付けるように、ヴァーグさんは自らの右眼を指差した。


「……俺達『神の使徒』には、特別な魔眼があってね。この眼でフラムを目にした瞬間、ビビッと来るものがあったんだ」


 そう言われて、晩餐会での出来事が脳裏に蘇る。

 貴族が集まる宴の中で、ドレスでも礼服姿でもない、青と黒のコートに身を包んだ男性。

 彼と私が初めて顔を合わせたのは──ヴァーグさんの深い青の眼に捉えられたのは、間違い無くその瞬間だった。

 あの時の彼からは、とても怖いものを感じたように思ったのだけれど……こうして改めて話してみると、そんな風な印象は全然感じられない。

 やっぱり、あれは単なる私の思い違いだったのかしら……。


「魔眼、ですか……。選ばれし者のみが宿すという、精霊の力を借りて発動する魔法とはまた別種の力……」

「そうさ。魔眼とは即ち、神々が魔法の次に人類に与えた奇跡の力。俺達リヴァージュ家の一族は、神が見定めた平和への(いしずえ)となる人物を見抜く魔眼を持って生まれてくる」

「それで、ヴァーグさんは私が主人になるべき人だと……そう思ったんですね?」

「ああ、そうだとも」


 あの時に魔眼でそれを見抜いたのだとして、私に主従がどうのという話を持ち掛けてきたのは、ついさっきの事で……。

 どうして晩餐会で顔を合わせた時にすぐ言って来なかったのかしら?

 他にも人が大勢居たから、話にくかったから?

 でも、それなら別室で面会した時にチャンスはいくらでもあったはずだ。

 じゃあ彼は、どうしてあのタイミングで──


 けれども私の思考は、その疑問の原因である本人によって遮られてしまう。


「まあそういう訳だから、俺はキミを主人と見定めて、キミと最も効率的に護れる守護騎士になれば良いと思ったのさ。別に騎士に拘らなくても、単なるキミの用心棒としてとか……恋人としてフラムの側に居るのも、悪い考えじゃないと思うけどね?」

「こっ、ここ……恋人ですか!?」

「ほらキミ、指輪とかしてないから独身だろ? だったら俺と結婚して騎士団を抜けて、二人きりで旅をしながら世直しをするっていうのも──」

「それは絶対に駄目です! 私にはグラースさんが居ますからっ!!」


 そう叫んだ私は、ふと気が付けばソファから立ち上がってまで大声を上げていた。

 目の前には、呆気にとられてポカーンとしているヴァーグさんの顔がある。

 そんな彼のリアクションと、自分の口から飛び出した発言を理解した瞬間……顔から火が出そうなぐらい大胆な言動をしていた事に気付いてしまった。


「わわわ、わた、私ったら……えっと、あ、そのですね……!」


 バッシャバッシャと視線を泳がせる事しか出来ず、思考も思うように纏まってくれない。

 もうどうすれば良いのか、何も分からなくなっていたその時だった。


「……そうか、キミにはもう大事な人が居たんだね。それは失礼な事を言ってしまった」

「ヴァーグ……さん……」


 またキミを傷付けてしまったね、すまない──と、ヴァーグさんは私達に頭を下げてそう言った。

 グラースさんは何も言わず、考えを読み取れない。

 そうしてヴァーグさんはそのままの姿勢で、こんな事を言ったのだ。


「だが、キミが俺の主人であると心に決めたのは覆しようのない真実なんだ。今すぐどうこうしてくれ、と言うつもりは毛頭無い。だから……今度のフェー・ボクへの救援での俺の活躍を見て、キミにとって俺が必要か否かを判断してくれないだろうか……!」

「……それでもしも、私が主人になる話を断ったら……どうされるおつもりですか?」

「その時は勿論、潔く身を退くと約束する。……これが俺の、この世に生まれてきた意味なんだ。どうか……俺に最後の機会を与えてくれ……!!」


 彼の言葉には、並々ならぬ決意が溢れ出していた。

 物心ついた頃から家の教えに従って鍛錬を重ね、ようやく出会えた主人たる資格を持つ私。

 本当に自分がそんな風に仕えてもらっていい存在なのかは、まだ分からない。

 だけど……彼が積み重ねてきた努力と、世界を平和に導く為にと行動する決意は、間違い無く本物だ。


「……分かりました。そうする事で貴方が納得して下さるなら、私はそのお話をお受けします」

「ほ、本当かい……!?」


 思わず顔を上げてそう言ったヴァーグさんに、私はしっかりと頷いて答える。


「はい」

「……本当にそれで良いのですね、フラム」


 グラースさんが小声で問い掛けてきた。


「あの殿下が認めた程の実力を持つ方ですから、そこに至るまでの彼の努力を踏みにじるような事は……私には出来ません。……グラースさんから見れば、甘い考え方かもしれないですが」

「いえ、私は貴女の意見を尊重致しますよ。……仮に実力不足だと判断されたとして、それで困るのは他でもない彼自身ですから」


 こうして私達の間で、ヴァーグさんの従者認定試験とでも言うべき約束事が成立した。

 ヴァーグさんはその後も何度も私に頭を下げて、繰り返しお礼を言っていた。


 何はともあれ、全ては五日後に動き出す。

 私達はその日に向けて、万全の体制でフェー・ボク王国への出発準備を開始した。

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