1.誓いの短剣
パレードと晩餐会が行われてから、二日後の午後。
朝の内にティフォン団長を通じてクヴァール殿下から連絡があった。
午後から騎士団と魔術師団合同で、お城に集まっての打ち合わせがあるそうだ。
その内容とは、エルフの国──フェー・ボク王国からの救援要請についてである。
お城の会議室に集められたのは、エルフの王女様……クロシェット様からの手紙を届けられた、炎の御子である私。
そして王国騎士団のティフォン団長と、副団長のグラースさん。
魔術師団からは団長のシャルマンさんに、副団長さんの二人が。
それから、私に王女様からの手紙を届けるよう依頼されていた、アイステーシス王国随一の冒険者であるヴァーグさん。
ヴァーグさんは、王女様からこの救援活動に同行する事も頼まれているようで、殿下もそれには同意しているらしい。
この場で殿下とティフォン団長を中心に、救援活動の具体的な内容について話し合われた。
まず、フェー・ボク王国にて猛威を振るっている『魔女の残した爪痕』の正体。
それについては、ヴァーグさんの口から詳細が語られた。
「王女サマや団長サン、それから御子サマ達も知っての通り、あの魔女が復活した前後から伝説の古代種が目覚めて暴れていただろ? お姫サマが言っているのは、その古代種の亜種とでも言うべき魔物の事なのさ」
「古代種の亜種……ですか?」
グラースさんが繰り返した言葉に、ヴァーグさんはその海色の両目を閉じながら言う。
「魔女が復活した直後、世界中で魔物が増えて大変な騒ぎになっていたから、俺も各地で依頼をこなす毎日でね。その時に偶然フェー・ボクでの依頼に向かった最中、ソイツが目覚めたんだ」
すると、殿下が手元の資料の紙束から一枚を手に取り、視線を落として会話に加わった。
「フェー・ボク王国にて復活したとされる古代種は、怪鳥とも呼ばれる古代鳥オール。だが、古代鳥は既に風の御子シャール率いる白竜騎士団によって討伐されているはず……」
「そこからがまたおかしな話なんですよ、王子サマ」
言いながらヴァーグさんは、ロングブーツで覆われたすらりと長い脚を組み直す。
「確かに怪鳥オールは、シャール達白竜騎士団の手で倒された。……けれどもアイツは、それから間も無くして二度目の復活を遂げてしまったのさ」
彼の口から告げられたその発言に、シャルマンさんと副団長さんが顔を合わせて、無言で頷いた。
何かを察した様子のシャルマンさんが、真剣な面持ちで口を開く。
「……本来なら、魔女の手によって復活された古代種がそう何度も蘇生するはずがないのよ。あの魔女はもう、フラムちゃんが封じているんだから」
「しかし、それが事実として確認されてしまっている。シャルマンよ、そなたにはその理由が分かっておるのだろう?」
「確証がある訳ではありませんが……可能性としてなら考えられますわ。元々古代種とは、聖獣の魂が魔女の悪しき魔力によって穢され、魔物化した存在です」
聖獣と古代種についての話なら、私も以前お城の書庫で調べた事がある。
魔女に穢された聖獣達は、この時代に再び舞い戻ったジャルジーの手駒──災厄の獣、古代種として操られていた。
けれども彼女の魂を私の中に封じた今、ジャルジーがもう一度そんな凶行に及ぶとは考え難い。
仮に彼女がそんな事をしようものなら私が気付くはずだし、全力で阻止するもの。だから、魔女の仕業である可能性はほぼゼロ。
となると──
「……魔女と同質の魔力を持つ、新たな脅威が出現したのかもしれません」
シャルマンさんの発言に、場が静まった。
古代種を操るだけの力を持っており、一度倒されたばかりの古代種をも蘇生させてしまう膨大な魔力を持つ……魔女以外の何者か。
そんな恐ろしい存在が現れてしまったというのなら……私達は、それに打ち勝つ事が出来るのだろうか……?
魔女ジャルジーとの戦いですら、危うくグラースさんを失ってしまうところだった。
私に癒しの力が無ければ、グラースさんは今頃……ここには居なかったのだから。
もしかしたらあの時以上に過酷な戦いが待ち受けているかもしれない──そう考えただけで、胸が苦しくなる。
でも、本当にそうだったとしても、私は……!
「私は……それでも私は、戦います。立ち向かいます……!」
「フラムちゃん……」
皆の視線が、自分に向けられる。
「相手が誰であっても、怯えて縮こまっているだけでは大切なものを全て失ってしまうかもしれません。……大切な人達を護る為なら、私は何が何でも戦います!」
叫ぶように宣言したその言葉に、まず最初に反応したのはヴァーグさんだった。
彼は笑いを堪えるように肩を震わせたかと思うと、とうとう限界を迎えて大笑いしているではないか。
……それに対して、グラースさんや殿下をはじめとした面々の表情が険しいものになっていく。
「ククッ……フッ……アッハハハハ! 何が何でも戦う、か。それは結構な事だ! ご立派な覚悟じゃないか、炎の御子サマ!!」
「……何か気に障りましたか? 言いたい事があるのなら、はっきり仰って下さい」
「いやいや、褒めてるんだよ俺は。てっきり俺は、キミは運良く御子の力に恵まれて、王子サマや騎士サマ達の手厚いサポートがあったから魔女を封印出来たラッキーガールなだけだと思っていたんだが……」
こちらを小馬鹿にしたような態度から一変して、ヴァーグさんは落ち着いた笑みを浮かべて言う。
「実際に顔を合わせて、こうして直接話を聞いてようやく分かったよ。……キミの持つ力は、その決意を形にする為の天賦の才能だ。気高い魂と清らかな精神を宿すキミであるからこそ、神々はキミにその力を託したんだとね」
すると彼はおもむろに立ち上がり、私の座る席までやって来た。
何事かと戸惑う隙に、ヴァーグさんは流れるような手付きで私の手を取ってこう告げた。
「キミに会えて良かったよ。お姫サマの直感は大正解だったみたいだ」
「は、はあ……」
しっかりと握手をされた後、彼は私の手を離すとその場で片膝を付いて頭を下げる。
「……炎の御子よ。これまでの数々の無礼、どうかお許し頂きたい。願わくばこのヴァーグ・リヴァージュを、永くお側に置いて頂ければ、と……」
「え……っと、ごめんなさい。ちょっと話が見えてこないんですが……」
急に何を言いだすのよ、この人は!
永くお側にって、どういう意味なの……!?
全く理解が追い付かない私に、ヴァーグさんは続けて言う。
「貴女様がお許し下さるのであれば、私は永久に貴女様の僕となりましょう」
彼は頭を下げたまま、懐から一本の短剣を取り出した。
それを両手に乗せて私に差し出し、更に深く頭を下げてこう言うのだ。
「……これは、我が一族に伝わる誓いの短剣。この剣を手に触れて頂けるのであれば、私は正式に貴女様の僕として付き従いましょう。私のこの力、どうか貴女様のお役に立たせて頂けないでしょうか……!」
「そ、そんな事を急に言われても困ります……! というか、僕って何なんですか!?」
ひとまず顔を上げて、普通に話して下さい……と必死で訴えて、どうにかまともに話をしてもらった。
どうやらヴァーグさんの家系は、古くから続く『神の使徒』と呼ばれる一族なのだという。
リヴァージュ家に生を受けた者達は皆、神々の目指す理想の世界を実現するであろう人物を見つけ出し、その従者として仕える掟があるらしい。
彼は今日まで自分が仕えるべき主人を捜すべく世界を旅しており、冒険者の仕事はそのついでに行っていただけに過ぎないのだとか。
「私……いや、俺の主はキミしか居ない。もしも俺を必要としてくれるのなら、いつでも俺はキミの為だけに命を捧げるよ」
迷いの無い真剣な表情で、そう宣言したヴァーグさん。
ひとまずこの話はまた後日という事で、少し変な空気のままフェー・ボク王国への遠征に向けた話し合いが再開されたのだった。




