7.好みのドレスは
その後、晩餐会の会場に戻った私は大忙しだった。
次から次へと煌びやかな衣装を見に纏った貴族の方々に挨拶をされ、魔女を封印した事を何度も感謝された。
落ち着いた老紳士から、私より若いご令嬢まで……誰もが笑顔で惜しみ無い賛辞の言葉を贈って下さったのだ。
勿論、その間にグラースさんを通じて殿下に『例の件』を伝えてもらっている。
エルフの国──フェー・ボク王国の王女様からの、私へ宛てた直筆の手紙。
殿下の所にもほとんど同じ内容の文書が届けられているそうだけれど、それでも改めて私個人にお願いの手紙が渡された事の意味は大きい。多分、私が思っている以上に。
それだけフェー・ボクの状況が危機的なもので、どうにかして炎の御子の力を貸してもらわなければ、最早どうにもならないのだろう。
「それでは御子様、次の機会にも貴女様のお顔を拝見出来る日を楽しみにしております」
「はい、またお話出来る日を心待ちにしております」
何とか希望者全員との面会を終え、最後の一人と別れの挨拶を交わした後。
相手の姿が人混みに紛れていったのを確認して、私はふぅーっと大きく息を吐く。
相手は貴族の方ばかりだから、何か失礼があってはいけないと気を張り詰めてばかりだった。
面会用にと個別に椅子とテーブルを用意してもらえはしたのだけれど、ずっと座り続けて話した疲労感が物凄いのだ。
けれども、肉体的にも精神的にも限界を迎えそうだった丁度そのタイミングで、殿下から晩餐会の終了を宣言された。
気が付けば夜も更けてきた頃。
疲れのせいもあってか、うっかり気を抜けばうつらうつらと船を漕いでしまいそうだった。
うぅん……シンプルに眠い。
それから間も無くして、無事に晩餐会は終わりを告げた。
お城の侍女さん達にドレスを脱がしてもらい、コルセットで締め付けられていたお腹が解放される。
ああ……身体を締め付けるものが無いというだけで、こんなにも呼吸がしやすくなるだなんて……!
ドレスを綺麗に着るにはコルセットは必要不可欠なものなのだろうけれど、日常的にドレスを着ない女性からしたら、身体の違和感がとてつもない。
もうしばらくはドレスを着たくないわね……出来る事なら。
いつもの白いローブの制服姿に戻った私は、侍女さん達に改めてお礼を言って部屋を後にした。
「グラースさん、お待たせしてしまってすみません……!」
部屋の扉のすぐ横で、私の着替えが終わるまで待機して下さっていたグラースさん。
一応まだお城には貴族の方が残っていたり、いつもより人の出入りが多いという事で、グラースさんはまだ私の護衛を継続してくれている。
すると、彼はふわりと微笑んで言う。
「いえ、お構い無く。……ドレスを脱いで騎士団の制服姿に戻った貴女を見ると、自然と心が落ち着きますね」
「普段はほぼ毎日この格好ですもんね。私もこの服の方が気が楽です。あんなに綺麗なドレスだと、うっかり汚してしまわないか気が気じゃなくて……」
私がそう言うと、グラースさんはクスッと小さく笑みを零した。
「ふふっ……ええ、私もレディの立場でしたら同じ事を思いますね。今回のドレスも、殿下が気合いを入れて作るように命じていらしたようですから」
「え、そうなんですか……?」
前回のドレスといえば、クヴァール殿下の生誕パーティーの時に着せてもらった青いドレスだった。
海をイメージしたような美しい色合いで、その時だって殿下はかなりこだわって侍女さん達に指示を出していたと思うけれど……それ以上のこだわりを持って作られていたのか。
「何せ、今回の晩餐会やパレードは『炎の御子』の為のものでしたからね。貴女という世界の希望に相応しく、民衆や貴族の記憶に強く残るものを……と、熱弁していたそうですから」
「そうだったんですね……」
確かに今回の赤いドレスは、前回よりも豪華で丁寧な作りだったと思う。
薔薇を思わせるボリュームたっぷりなスカート部分だとか、下品すぎない最適なバランスにデザインされた露出部分だとか……。
多分、そこが殿下のこだわりポイントだったのかもしれない。
そんな話をしながら、私とグラースさんはお城の隣にある宿舎へと移動していく。
すると、その途中で彼がこんな質問を投げ掛けてきた。
「……ところでフラム。一つ質問があるのですが」
「はい、何でしょうか?」
彼がこんな風に質問をしてくるなんて、これまであっただろうか。
足を止めずにそのまま二人で歩きながら、グラースさんは口を開く。
「また今度ドレスを着るなら、丈が長いものと短いもの……どちらがお好みですか?」
「ドレスの丈……ですか? そうですねぇ……」
もしかしたら、また次の機会にドレスを仕立てる時、殿下に私のリクエストを伝えてくれようとしているのかしら……?
これまで用意してもらったドレスはどちらも素敵だったけれど、私の要望も聞いてもらえるのだとしたら……確実に気分が上がるわよね。
「……長い方、でしょうか。今日着せてもらった赤いドレスのような、ふんわりしたデザインが好きですね」
「ほう……丈は長めのもの、ですね。ええ、分かりました!」
そう言って、大きく頷いたグラースさん。
彼は更に笑顔を輝かせて、私に甘い眼差しを向ける。
「貴女好みの、皆の記憶にしっかりと焼き付けられるようなものを頼みましょう……! それを着て頂ける日がとても待ち遠しいです……!!」
「そ、そうですね! 私も楽しみです」
興奮気味なグラースさんの様子に、私は調子を合わせながらも内心で首を傾げた。
グラースさん、そんなに私にドレスを着てほしいのかしら……?
気が付けば宿舎の私の部屋の前まで来ていて、そのままそこでグラースさんと別れた。
後日改めて殿下から呼び出しがあるだろうとの事で、それまでは通常通りの仕事をこなしてくれと頼まれ、彼の背を見送る。
……呼び出しの際に語られる内容は、フェー・ボク王国の件だろう。
殿下が救援要請を断るとは思えないので、私が行くのは決定事項だと思われる。
それまでに書庫でエルフの国の地理や文化について、暇を見付けて調べておいた方が良いだろう。
何も知らずに行って、王女様に失礼な事をしてしまったら大変だものね。