6.蒼の剣士
アイステーシス王国内でトップの実力を誇る冒険者──ヴァーグ・リヴァージュ。
彼は殿下の耳にまで届く数々の偉業を達成している、下級貴族と同等の地位を築いた実力者なのだという。
殿下は、彼が居た方へ目を向けながら言う。
「あやつは滅多な事ではこのような場に顔を出さん。そなたに面会を申し入れ、わざわざ城までやって来るなど……何か余程の事情があるのだろうな」
「そう……なんですか?」
「ヴァーグという男は、単独行動を好む冒険者として知られている。一人でも難無く立ち回れる、圧倒的な行動力と実行力。その二つを兼ね備えた者であるからだ」
可能であれば、王国騎士団に引き入れたいものなのだが──と、殿下は本音を漏らす。
単独行動が好きならば、騎士団なんて性に合わないと突っぱねられてしまうだろう。
もしかしたら、とっくの昔に殿下のスカウトを断っているかもしれないけれど。
でも、殿下がそれだけ認めているような冒険者さんが、どうして私に面会を申し入れてきたのだろうか。
私はこの国に来るまで、ごく普通の新人治癒術師として働いていた。
それがいつの間にやら『炎の御子』として認知され、こんなに盛大な晩餐会にまで招待されるような有名人になってしまった。
……私の御子としての力を必要としている、のだろうか。
だから私の姿を見付けた時、あんなにもおっかない形相で見られてしまった……とか?
うぅん……。
こうしてうだうだ考えていても、何も進展しないわよね。
「……あの、殿下。問題が無いようでしたら、ヴァーグさんとの面会に応じたいのですが、宜しいでしょうか?」
「うむ、構わぬぞ。……私の直感だが、あやつとの面会は場所を移した方が良さそうだ」
そう言うと、クヴァール殿下はルイスさんに指示を出す。
別室にお茶の用意をしてもらい、ヴァーグさんとはそこで個別に面会の席を設けるらしい。
しばらくして面会の準備が整い、私は護衛のグラースさんと共に、大広間から少し離れた応接室に通された。
そこには既に黒髪の青年──ヴァーグさんの姿があった。
ヴァーグさんはソファに座って待機していたようで、私が入るや否や目の色を変える。
……やはり、私に何か特別な用があるらしい。
それが私にとって良い事なのか、悪い事なのかは分からないけれど。
「お待たせ致しました、ミスター・ヴァーグ。こちらは炎の御子、フラム・フラゴル様にあらせられます」
「は、初めまして。ご紹介に預かりました、フラム・フラゴルと申します」
グラースさんの紹介に続いて、名を名乗る。
緊張感が凄くて少しどもってしまったけれど、噛まなかっただけまだマシだと思いたい。
すると、ヴァーグさんがソファから立ち上がって口を開いた。
「……俺はヴァーグ・リヴァージュ。職業は冒険者だ。そっちの騎士は……王国騎士団の氷の騎士サマかな?」
「大変申し遅れました。私は本日レディ・フラムの護衛を務めております、王国騎士団副団長のグラース・アヴァランシュと申します」
「ああそうそう、氷の騎士グラースね。団長サンとは王子サマの護衛っつー事で顔を合わせた事は何度かあったが、副団長サマとは今回が初対面だったな」
そう言って、ヴァーグさんは口角を軽く上げて笑う。
……何というか、彼の事はあまり良い印象を抱けない人だと思った。
まるで、自分以外の人間は全員見下しているような……そんな態度に見えてしまうのだ。
「……で、そっちのお嬢さんが炎の御子だね。やっぱり炎の御子なんて呼ばれていると、赤い服を着なくちゃいけない決まりになっているのかな?」
私に向けられた視線も、あまり心地良いものではない。
どこか疑いを抱かれているというか、信用されていないような……私を値踏みするような目を向けられている。
やはりそれはグラースさんも感じ取っていて、彼から漏れ出た氷の魔力が、じんわりと室内の温度を下げていくのが分かった。
けれど、ここで私が立派に振舞わなければ、この国を代表する御子としての威厳が損なわれてしまう。
そうなっては殿下に迷惑を掛けてしまうだろうし……何より、この人に馬鹿にされたままでいるのも気分が悪いもの。
私は軽く息を吐いてから、改めてヴァーグさんの顔を見上げて言う。
「……特にそのような決まり事はありません。平時は王国騎士団所属の治癒術師として、制服である白のローブを着て勤務していますので」
「ほぉ、そうかい。そこまでアホらしいルールは無かったんだね。ごめんごめん」
彼はすぐに謝罪の言葉をくれたけれど、誠意は感じられない。
そもそも、私の着る服になんて興味は無かったんだろう。
彼の返事があまりにもあっさりとしているから、適当に弄ばれているように思えてならない。
……こんな人が、どうしてあの時私にあんな目を向けてきたんだろう。
「……さて。いつまでも立ち話をするのも何だから、そろそろ座って話さないかい?」
私達に微笑み掛けながら、ヴァーグさんはそう言った。
彼の主張は間違ってはいないので、私はテーブルを挟んだ向かい側のソファに腰を下ろした。
そうして私の斜め後ろには、警戒を解かないままのグラースさんが控えている。
グラースさんの普段の温和な表情から一変して、いつでも腰の剣を抜ける警戒心を滲ませる、ピリリとした気迫が伝わって来た。
それだけこの青年は、何を考えているのか分からなかったのだ。
「……ところで、ヴァーグさんはどのようなご用件で私との面会を希望されたのですか?」
私が話を切り出すと、彼はマフラーと同じ群青色の目を細めてこう告げた。
「いや何。こうしてキミに会いに来たのは、とあるお方からの依頼でね」
「依頼……と言うと、冒険者として引き受けたお仕事という事ですか?」
「ああ、そうさ。そのヒトは勝手には出歩けない、高貴なご身分でね。偶々そっちに用事があったから、ついでに顔を出したら頼まれ事をされてしまったのさ」
するとヴァーグさんは、懐から一通の手紙を取り出した。
それを持ちながらグラースさんにアイコンタクトをすると、グラースさんに手紙を差し出して言う。
「それ、ひとまずキミが目を通してみてくれ。怪しい物じゃないかどうか、確認しておいた方が良いだろう?」
「……そうですね。では、このグラースが拝見させて頂きます」
少しの沈黙の後、言葉通りにグラースさんが手紙を受け取った。
封筒からは仄かに爽やかな香りがしており、私の元にまでその匂いが感じられた。
花の匂い……と、それに混じって薬草の香りも漂っている。
グラースさんは封筒を確かめると、封蝋を目にして眉をピクリと動かした。
「この印は……フェー・ボク王国の王家の紋章ですね」
「お、王家の……!? ど、どうしてそんな手紙が……」
「見れば分かるさ。ほら、御子サマも気になっているようだから、早く確認してあげなよ」
そんな風にヴァーグさんに急かされ、グラースさんは渋々といった表情で開封する。
フェー・ボク王国といえば、風の御子のシャールさんが居るエルフの暮らす国だ。
私個人としては関わりの少ない国なのだけれど、何故エルフの国の王家の方から手紙が届けられたのだろう。
それも、わざわざ冒険者のヴァーグさんを仲介して……。
「……不審な点は見受けられません。レディ、どうぞ安心してご覧下さい」
手紙のチェックを終えたグラースさんから、封筒ごと手紙を受け取る。
改めてそれを手に取ってみると、やはり草花の良い香りが鼻腔をくすぐった。
封筒も便箋も、とても手触りの良い紙だ。
私はいざ、そこに書かれた内容に目を通す。
「……どう? 具体的な内容までは俺も伝えられてないんだけど」
問われ、私は眉根を寄せた。
何故ならそこに書かれた内容は、私一人では判断のしようがないものであったからだ。
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まだ見ぬ湖の都の御子 フラム・フラゴル様
まことに勝手なお願いではありますが、どうかお聞き届け頂きたく思います。
フェー・ボク王国は今、あなた様が退けた悪しき魔女の残した爪痕に苦しめられております。
我が国の御子……シャールの力だけではどうにもならぬ程、状況は刻一刻と悪化の一途を辿っています。
そこでどうか、炎の御子であるフラゴル様のお力をお貸しして頂きたいのです。
このお話は、正式な文書としてアイステーシス王家にお伝えしております。
この手紙はわたくしの──フェー・ボク王国の姫としての、フラゴル様への誠意の証でございます。
もしもこのお話を聞き入れて下さるのであれば、これを届けるようお願いした蒼の剣士様と共に、我が国へお越し下さい。
どうか……どうか、この国をお救い下さいませ……。
フェー・ボク王国 王女 クロシェット
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「王女様からの、直接のお願い……ですか」
「で、キミはどうする? その話、引き受けるの?」
手紙を読み終えた私に、ヴァーグさんが問う。
具体的な内容までは書かれていなかった。
けれどもシャールさんの名前が出たからには、御子を必要とする事態に悩まされているのは間違い無い。
御子に出来る事と言えば、魔女の封印と──瘴気の浄化だ。
魔女が復活した際に各地で古代種が蘇り、暴れ回ったという話は殿下や団長さんからも聞いていた。
古代種討伐には各国の軍や騎士団、冒険者達が駆り出されたと聞いていたけれど……その残りがまだ居るのだろうか?
「……出来る事ならお手伝いに向かいたい、ですが──」
「まずは王子サマに相談してから……って事かい?」
「そう……なります。私の独断で決めて良いお話ではないと思うので」
「ふーん……優等生な模範解答だねぇ」
そう言うと、ヴァーグさんはおもむろに立ち上がった。
「どうせアレだろ? その件を引き受けるなら、俺と一緒に国に来てくれって書いてあったんだろ」
「そ、その通り……です」
「あのお姫サマの考えだ。そんな事だろうと思ったよ」
そのまま彼は扉の方へ歩いていき、ドアノブを回しながらこちらに視線を向ける。
「俺はしばらく城下の宿に滞在してる。『金の竪琴』って名前の宿屋だ。本当に行くんだったら、そこに連絡を寄越してくれれば駆け付けるよ」
それじゃあまた会おう……と言い残して、ヴァーグさんは応接室を後にした。
急に部屋に取り残された私とグラースさんは、ほとんど手付かずで冷めてしまった紅茶のセットを前に、しばらく黙り込んでしまうのだった。