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4.秋空に舞う花弁

 陽射しは穏やかな朝の訪れを告げ、木々の色も少しずつ赤みを帯びてきた頃。


「フラゴル様、もうじきお時間でございます」

「はい、分かりました」


 お城のメイドさんに声を掛けられた私は、そっとソファから立ち上がる。


 今日は遂に凱旋パレードの日。

 朝早くからお城に出向いた私は、この日の為に仕立ててもらった華やかなドレスを見に纏っていた。

 前回はクヴァール殿下の生誕パーティーで青いドレスを用意してもらったのだけれど、今回は『炎の御子』の凱旋パレードだ。

 炎の御子の名に相応しい燃えるような赤いドレスには、ふんだんにフリルがあしらわれていて、まるで薔薇の花のよう。

 春から伸ばし続けていた髪も、少し毛先が傷んでいたので手入れをしてもらった。肩甲骨の辺りまで伸びた赤い髪は見事に纏め上げられ、後頭部でお団子を作ってボリュームを出している。

 そこに細いリボンを編み込んで、ヘアセットを担当してくれたメイドさんが全力を尽くして私を立派な『炎の御子』として作り上げてくれたのだ。


 今日のスケジュールは、午後から馬車に乗って王都を走るパレード。

 その後はお城で晩餐会があり、私はそこで貴族の皆さんとご挨拶する。

 ……あまり不安がっているのも良くないのだけれど、それでも緊張してしまうのは避けられないわね。

 生誕パーティーで多少は上流階級の空気に触れたものの、あの時は黒騎士の事もあって、それどころではなくなってしまったし……。


 すると、私が待機していた部屋の扉がノックされた。

 メイドさんの手で開けられたドアの向こうに立っていたのは、グラースさんだ。


「レディ・フラム、お迎えに上がりました」

「丁度私も、これからそちらへ向かおうと思っていたところです」


 パレードの護衛として参加する王国騎士団と魔術師団の皆さんは、ここ数日間厳戒態勢を敷いている。

 魔術師団はシャルマンさんを中心に、魔術的な攻撃を妨害する結界を厳重に張り巡らせているらしい。

 ティフォン団長率いる騎士団はというと、パレードに出る私や殿下の護衛と、晩餐会での警備を担当する。

 事前の打ち合わせによると、殿下は団長さんが、私にはグラースさんが常に側で護ってくれるそうだ。

 グラースさんはこちらに少し歩み寄ると、まるで太陽でも見上げたように目を細めて言う。


「ああ……やはり貴女のドレス姿は美しい。揺らめく炎のような魅力に惹き付けられて、私の何もかもを溶かしてしまいそうです」

「あ、ありがとうございます……!」


 熱に浮かされたように紡がれた彼の言葉に、私の方が蕩けてしまいそうだ。

 頬が熱くなるのを感じながら、グラースさんにちらりと視線を向ける。

 今日のグラースさんは、儀礼用のマントを鎧の上から羽織っていた。多分、団長さんや他の騎士さん達も同様だろう。

 ただでさえ普段の鎧姿も様になっていて格好良いのに、甘く微笑みながらのマント姿は……いつもより破壊力が高いのよ!

 ドレスを着た今の私なら、グラースさんの隣に並んでも見劣りしないかな……?





 そのままグラースさんにエスコートされて、私達はパレード用の馬車を待機させてある、城門の手前までやって来た。

 後からすぐに豪華な礼服を纏った殿下が団長さんと共に現れて、間も無く馬車に乗り込んだ。


 パレードに使われるのは、屋根が取り払われた馬車だった。

 城下で私達の顔を一目でも見ようと待つ人々にアピールするのが目的なのだから、どの方向からでも姿がよく見えるようにしなければいけないのよね。

 今日が快晴で良かったわ。雨なら屋根が無くて濡れてしまうから、また後日に延期しなくちゃいけないもの。


 そしていよいよ城門が開け放たれ、私と殿下を乗せた馬車が走り出す。

 と同時に、私達の両側を馬に跨ったティフォン団長とグラースさんが、少し後ろからついて走っていく。

 その前後には、他の騎士さん達が隊列を作っていた。


「ほ、本当に、パレードが始まるんですね……」


 小声で呟けば、殿下は小さく笑いながら私に言葉を返す。


「フフッ……何、緊張する事は無い。魔女との死闘に比べれば、民の前に出る方が気が楽ではないか?」

「うぅ〜……あの時とはまた別の緊張感があるんですよ……!」

「この後の晩餐会まで、身がもたぬぞ」

「そうは言っても……」


 そうなのよね。まだこの後に貴族だらけの晩餐会があるんだものね……。

 殿下はこういった場には慣れっこだろうけど、私なんてつい半年ぐらい前まで一般庶民だったのよ?

 それなのに、座り心地が良い豪華な馬車に王子様と同乗して、魔女を封じた御子として盛大なパレードに出るだなんて……何だかもう、現実味が無いじゃない。

 そわそわして落ち着かないし、隣に座る殿下は相変わらず輝かしいイケメンで──勿論私の一番はグラースさんで確定しているのだけれど──、もうすぐ私達の登場を待ち望む城下の人達に顔を出す事になるんだもの。

 気を抜いたらボロが出そうだわ。だって私は、根っからの庶民なんだから……!


 そうして馬車は走り続け、間も無くして城下の大通りに入った。

 私達を視界に捉えた人々は歓喜の声を上げて、道の両側にびっしりと並んで集まった老若男女が、熱狂の渦に包まれていく。

 家の二階や三階の窓から身を乗り出している人達は、手にした籠から色取り取りの花弁を掴み、私達へと降り注いでいく。

 赤・ピンク・白・黄色……青空を舞い踊る何十、何百枚もの花弁の雨に気を取られていると、その光景を見上げていた私に殿下が囁いた。


「……フラム。気持ちは分かるが、今は民達に手を振ってやれ」

「…………っ!」


 そうだった。

 今の私は『アイステーシスの炎の御子』として、このパレードの主役として参加しているんだ。

 私はどうにか焦りが顔に出ないように気を引き締めながら、慌てて小さく手を振り始める。

 殿下は既に完璧なプリンススマイルを浮かべ、パレードを一目見ようと集まった国民達に、満遍なく笑みを振りまいているようだった。

 途中で馬車の後ろにつくグラースさんと目が合って、少し困ったように眉を下げて笑っていたのだけれど……多分、私が花弁に気を取られていたのを察していたんだと思う。

 うーん、これは何とも恥ずかしい……!


 もう絶対に気を抜かないと心に誓い、その後は何事も無くパレードが終了した。

 それから再びお城に戻り、晩餐会が始まるまで休憩を挟む事になった。


 ……勿論、殿下にはその時に改めて謝罪をしたのだった。

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