3.不可解な謎
グラースさんと共に書庫を訪れると、貸出受付に見慣れない顔が。
大人しそうで、いかにも読書が好きそうな黒髪ロングの女性が、知的な笑みを浮かべて私達を出迎えてくれた。
「あら……? フラム・フラゴル様……ですわよね。ようこそおいで下さいました。わたくしはオトンヌ・ミリュー。先日より、この書庫の管理を任されている者ですわ」
そう言ってオトンヌさんは、ゆったりとしながらも品のある会釈をする。
彼女の佇まいといい、口調といい……どこかの良家のお嬢様のような振る舞いだ。実際、そうなのかもしれないけれど。
しかし私は、それよりも気になった事があるのだ。
「初めまして、オトンヌさん。あの……サーブルさんはいらっしゃいますか? 久し振りにこちらに顔を出せたので、ご挨拶出来ればと思うのですが……」
私が問うと、彼女はこてんと首を傾げ、少し眉をひそめる。
「サーブル……? ああ、もしや前任の管理者様のお名前でしょうか。申し訳ございませんが、そのお方は既に城を去ったと聞き及んでおりますわ」
「えっ……!? り、理由は説明されていないのでしょうか?」
「重ね重ね申し訳無いのですが、詳細は特に報されておりません」
サーブルさん……私がここで調べ物をする時には、いつも親切に目当ての本の棚まで案内してくれたり、ちょっとした話し相手になってくれたのに……。
人懐っこい好青年の彼が、どうしてここを去ってしまったのだろう。
私は隣に並ぶグラースさんを見上げ、副団長である彼なら何か知っているかもしれないと質問をしてみた。
「ミスター・サーブルの件に関しては、私には何も……。貴女のお力になれず、申し訳ありません」
彼の返答に、私は肩を落とす。
グラースさんでも知らないとなると、サーブルさんは意図的に私達に行方を知らせないようにしたのだろうか。
明るい彼の事だから、突然別れを切り出して悲しい思いをさせたくなかったから……とかなら、あり得ない理由では無いものね。
「何かきっと、ここでのお仕事を辞めなくちゃならない訳があったんでしょうね。またいつか、会えれば良いな……」
「……そうですね。ところでレディ・フラム、こちらで何か探したい書物があるのでしたよね?」
「あぁっ、そうでした! ええと、お料理に関する本ってどこの棚にありますか?」
「それでしたら、どうぞこちらへ。わたくしがご案内させて頂きますわ、フラゴル様」
オトンヌさんに導かれ、目当ての本が並ぶ棚へと連れて行ってもらう。
その中から何冊かを手に取り、グラースさんと相談しながら借りていく本を数冊選んだ。
探していたのは、お菓子作りに関するもの。
今度は皆でお茶会をすると決まったので、せっかくならば手作りのお菓子に挑戦してみようと思ったのだ。
ついでに新しく入った薬草学の本も借りる事にして、受付でオトンヌさんに貸出手続きをしてもらう。
そうして必要な本を積み重ね、いざ宿舎まで運ぼうとした時だった。
私が手に取るよりも先に、グラースさんが半分以上を腕に抱えて、
「レディ、これらの書物を宿舎まで運ぶお手伝いをさせて下さい」
そう言って微笑んだのだ。
「良いんですか……?」
「勿論ですとも。私にはこれぐらいしか出来ませんから」
彼の自然な気遣いに、胸の奥が温かくなるのを感じる。
「それじゃあ……お言葉に甘えて、お願いします」
私も残りの本を抱えて、最後にオトンヌさんにお礼を告げ、二人で書庫を出た。
いつの間にか居なくなってしまったサーブルさんに会えなかったのは残念だけれど、これは永遠の別れではないものね。
後任のオトンヌさんも優しそうな人だったので、また近い内に立ち寄らせてもらおう。
******
フラム達が去ったクヴァールの執務室には、ピリリとした緊張感が満ちていた。
これから各団長を交えてクヴァールが語るのは、フラムの耳に入れるのは憚られる内容だ。
だからこそ彼は、彼女を意図的にここから遠ざけていた。
「王城書庫にて管理を任せていた、サーブル・シュッドの件……調べは進んだか? シャルマンよ」
クヴァールからの問い掛けに、魔術師団長シャルマンが真剣な面持ちだ。
「ソルシエール家当主・コンセイユより預かった情報を基に調査を行ったところ、現時点では彼の他に内通者らしき者は見付かりませんでした」
「魔女派の疑いが濃厚な貴族達の動きに、どこか不審な点は?」
それに答えたのは、騎士団長のティフォンである。
「監視を任せた騎士からの報告には、おかしな箇所は見受けられません。魔女が再び敗北した事により、活動を中断せざるを得ない状況なのやもしれませんが……」
「それでも、パレードでは警戒を怠る訳にはいかぬ。あやつの残した最期の言葉には、嫌なものを感じて仕方が無い」
前任の王城書庫管理人──サーブル・シュッドは、自らが発動した魔法の炎によって焼死した。
秘密裏に調査を任せていたシャルマンの姉、コンセイユに追い詰められたが故の自殺だと見られているが……その死には、この場の誰もが違和感を抱いている。
「『炎の御子がどこまで足掻いてみせるのか、楽しみだ』──と、あやつはそう言ったらしい。あの者が魔女派であるのはほぼ揺るぎないものとなった発言ではあるが……」
「こちらはまだ何か企んでるぞ、という意味なんでしょうね。パレードの主役がフラムちゃんである以上、何か仕掛けてきてもおかしくはないですもの」
続いて、ティフォンが口を開く。
「そうでなければ、わざわざサーブルが口封じをする必要もありませんからなぁ」
厳しい尋問の末、作戦を漏らしてしまっては、魔女派の活動に支障が出るのは確実である。
だからこそ、サーブルは自らの命を断ったのだから。
サーブルの死は、ただの自殺ではない──それこそが彼らの持つ違和感の答えだった。
フラムの身に魔女ジャルジーが宿っている事実を知る者は、ほんの一握りだ。
魔女派はそれを知らないはず。
救世の御子であるフラムを害する事が出来れば、世界に与える影響は大きいと考えているのだろう。
──そして、まだ他にも裏の目的がある。
クヴァール達は、そんな嫌な想定をせざるを得ないのだ。
「……改めて、フラムの警護に注力してほしい。彼女を失えば、世界は再び悪夢に包まれるやもしれぬ」
「はっ!」
「しかと承りました……!」
敵の真の目的も見えぬまま、手探りで守りを固めるしかないアイステーシス王国。
次なる脅威は、間違い無くフラム達に牙を向けるだろう。
そうして緩やかに時が流れ、凱旋パレードを目前に控えた王都アスピスには、既に秋の気配が近付いていた。