2.殿下の執務室にて
グラースさんや殿下達も、私の料理を美味しいと言ってくれて安心した。
私の料理とサージュさんのハーブティーを皆で味わい、そろそろお皿も全て空になりそうな頃の事。
ハーブティーのおかわりを用意しようと席を立とうとすると、ふと殿下に呼び止められた。
「フラム。今日が非番なのは承知しているのだが、この後私の執務室に来てもらいたい。それからティフォンとグラース、シャルマンにも話がある」
「騎士団と魔術師団を交えての話し合いか?」
サージュさんの言葉に、殿下が頷く。
「うむ。この数週間、それぞれがスフィーダでの一件の事後処理に追われていたであろう? それもほとんどが落ち着き始めた頃合いだ。故に、この先の予定について話し合う場を設けたい」
クヴァール殿下をはじめ、騎士団も魔術師団もスフィーダ王国から戻ってきてから、様々な対応に追われていた。
魔女の復活によって活発化した魔物を、冒険者達と協力して街や村に近寄らないよう討伐したり、魔術師団によって結界を施しに向かったり……。
私もそれらの任務に向かう人達の為、ポーションなどを作成する日々を送っている。
ジャルジーの魂を宿してから、彼女の力によって私の能力も大幅に底上げされている。
以前よりも魔力を多く使えるようになったので、作ったポーションの効果も心なしか上昇しているらしかった。
今日もこの後は洗い物を済ませてから、明日からの仕事に向けてお城の書庫で調べ物をしに行こうかと思っていたのだけれど……それは殿下とのお話が済んでからにしよう。
どのみち、お城に行くには変わりないものね。
「サージュよ、そなたにもまた近々協力を要請するであろう。民間の魔術師の中でも屈指の実力を誇る地属性魔法……そして、植物に関する知識が必要になる」
「……ならば、その日を待つとしよう。今日は良い時間を過ごせた。また今度新しい茶葉を持って来るから、その時に改めて皆の感想を聞かせてほしい」
「はい、楽しみにしています!」
私がそう言うと、サージュさんはふっと柔らかな笑みを見せた。
「それじゃあ、その時はアタシが美味しいお茶菓子を用意するわ! 最近ハマってるお店があるのよ〜!」
「となると、次は茶会かぁ? うーん……俺は甘いモンはあんまり得意じゃないんだが……」
難色を示したティフォン団長に、シャルマンさんが明るく微笑み掛ける。
「大丈夫よ! ティフォンちゃんならそう言うと思ったから、サンドイッチみたいな軽食も用意するわ。それならお茶とも合うでしょう?」
「おー、それなら良いなぁ。まあ本音を言うと、宴会の方がハメを外せるんだがな!」
そう告げた団長さんへ、グラースさんが静かな笑みを向けているのを、私は見逃さなかった。
団長さんは私が来るよりも前に、騎士団での宴会で部下にお酒を勧めすぎて、何人もの騎士さんを酔い潰した過去がある。
それを二度と引き起こさないように目を光らせているのが、グラースさんという訳なのだ。
そんな話をしていると、殿下が改めて口を開いた。
「それでは夕刻、執務室で待っている。茶会も楽しみにしておこう」
それから数時間後。
クヴァール殿下に呼び出された私達は、約束通り執務室へと集まった。
殿下は執務室の机で待っており、ティフォン団長から順に入室していく。
そうして間も無く、机の前に横一列に並んだ私達に向けて、殿下が口を開いた。
「早速だが、本題に入らせてもらおう。こうしてそなた達に集まってもらったのは、魔女に関連する報告と、今後の騎士団・魔術師団への指示を伝える為だ」
「魔女関連……と言いますと、いよいよあの件に動きがあったのですか?」
ティフォン団長の問いに、殿下が静かに頷く。
「うむ。……カウザ王国のドラコス伯爵家への処遇が決まったと、カウザ王家より連絡があった」
「ドラコス家……やっぱりオルコの件、ですよね」
「オルコ・ドラコスは魔女の手に堕ちた、世界を危機に陥れようとした大罪人。そしてお前達も知っての通り、フラムをはじめとした多くの人々を襲い、亡骸を森へ遺棄した疑いがあった」
オルコ・ドラコス──私がこのアイステーシス王国へ来る理由となった、私の婚約者だった人。
オルコは私という婚約者が居ながら、見えない所で浮気を繰り返し、それを知った私を自分の面子の為に殺そうとしてきた。
私はカウザ王国とアイステーシス王国の国境付近の森に放置され、危うく命を落としかけていたところを騎士団に発見されたのだ。
そこから殿下が私を保護する話を持ち掛けられ、治癒術師が不足していた騎士団に雇われて……今日に至る。
「魔術師団の副団長を筆頭に、カーシスの森での魔力の残滓調査を行わせていたが……カウザ王国の独自調査と結果を照合したところ、行方不明者リストと遺体の魔力データが一致したらしい」
そして、殺害された人々の中に居たのが、ドラコス家と魔石鉱山の権利争いをしていた相手──アイステーシス王国のエルピス侯爵だったのだ。
エルピス侯爵の謎の死去により、魔石鉱山はドラコス家の手に渡り、魔石による利益をほぼ独占していた。
「そしてつい先日、ラルウァ・ドラコス伯爵がエルピス侯爵殺害に関わった容疑で拘束されたとの報告を受けた。聴取も既に行われ、遂に容疑を認めたそうだ」
「ほ、本当ですか……!?」
「ああ。息子の件もあり、伯爵家は取り潰しが決定したそうだ。……これでようやく、そなたの不安の種が取り除かれたな」
伯爵家の取り潰しによって、オルコの父・ラルウァは権力を失う。
これでもう、私はドラコス家とは何の関わりも無くなるはずだ。
魔女の脅威も去り、伯爵家は取り潰し。私を取り巻く環境は、大きく変わったのだ。
──ようやく私は、あの日の不安から解放されたんだ……!
すると、グラースさんが言う。
「それでは、魔石鉱山の所有権はどうなるのでしょうか」
「エルピス侯爵家に移すよう、手続きが進んでいる。そちらは順調なようだぞ」
「左様ですか……。では殿下、我々への今後の指示をお聞きしても?」
「よかろう。……来月、城下を巡っての凱旋パレードを執り行う。その目玉となるのが──フラム、そなただ」
「わ、私……ですか?」
魔女との戦いに勝利したから、パレードをするというのは分かる。
未だに城下はお祭り騒ぎだというし、目に見える形で勝利をお祝いするのは意味のある事なのだろう。
ただ、急に自分の名前が出て来たものだから……ちょっと驚いてしまった。
「魔女ジャルジーを封印し、祝福を得た御子が我が国に居る……。貴族達からも祝いの挨拶をしたいと、フラムへの面会の申し出が多くてな。民にも平和の訪れを感じさせる良い機会であろう」
殿下が仰るには、城下でのパレードの後にお城で晩餐会を開くのだそうだ。
そこで私への面会を希望する貴族の方々に会い、改めて炎の御子の功績を強く印象付ける狙いがあるという。
……晩餐会かぁ。殿下の生誕パーティー以来の緊張する場になりそうだけど、私が出席しない訳にはいかないわよね。
「そこでパレード当日の警備を、騎士団と魔術師団に頼みたいのだ」
すると、シャルマンさんが両手を胸に当てて言う。
「勿論ですわ、殿下! 魔術師団の全力をあげて防御結界を施させて頂きますから!」
「我々王国騎士団も、これまで以上に厳重に警備にあたらせて頂きます」
続く団長さんの言葉に、クヴァール殿下が大きく頷いて返す。
「うむ、そなたらの働きに期待している。……フラム、そなたは先にグラースと宿舎に戻って良いぞ。まだティフォンとシャルマンには別件で話がある故、長引くやもしれぬからな」
「畏まりました。それでは、私達はこれにて。……参りましょう、レディ」
「はい。それでは殿下、失礼致します」
グラースさんと一緒に執務室を出た私は、宿舎に戻る前に書庫に寄らせてもらう事にした。
もう日も暮れてきたし、そろそろ書庫が魔術師団の人達で賑わってくる頃だろう。
スフィーダ王国から帰ってきてからは、毎日が忙しくてあまり立ち寄る時間が無かった。
だから今日は、久し振りに借りられる本をじっくり探そうと思う。