6.届かぬ光を見上げるように
倒しても倒しても復活するという、怪鳥オール。
それもただ蘇るという単純なものではなく、周囲に瘴気を撒き散らすのだという。
クロシェット王女が言うには、その瘴気のせいで植物におかしな影響を与えているそうだけれど……問題はそれだけではなかった。
「これは……」
「……あまりにも、酷い状況ですね」
謁見の間での話し合いの後、私達は王女様とシャールさんに連れられて、お城のすぐ側に用意された治療テントに案内された。
そこには、私達が来る前に怪鳥と戦って瘴気を浴びてしまった白竜騎士団の団員や、討伐に参加した冒険者達が収容されているようだった。
テントの中はずらりと簡易的なベッドが並んでおり、そのどれもが使用中。身体が瘴気に蝕まれるという状態が辛いのだろう。
誰もが苦しそうに呻き声をあげ、悪夢に魘されているような人が居たり、虚な瞳で何かをぶつぶつと呟いている人が居たりと、その状況は様々だ。
瘴気の影響であろう、顔や腕といった皮膚の一部が黒く変色している人も少なくない。きっと服に隠れた部分にも、その痣のようなものが出現している人も多いはずだ。
すると、クロシェット王女が小さく声を発する。
「……瘴気の影響が計り知れない為、ここに搬送された方々は一般病棟から隔離しております。外傷だけは無事に治療が済んでいるのですが、瘴気の浄化はどうにも上手くいかず……」
「ですが、風の御子であるシャールさんなら皆さんを浄化出来るのでは……?」
極端な事を言えば、ちょっとした瘴気であれば、御子ではない神官でも時間を掛ければ浄化は出来るはずなのだ。
特にこのフェー・ボク王国には、シャールさんだって居る。風の御子である彼なら、私のように瘴気を浄化する力も使えるんじゃないかと思うのだけれど……。
けれどもクロシェット王女は、辛そうな面持ちで首を左右に振る。
「まことに残念ですが、シャールの契約する風の大精霊には、瘴気を浄化する術が無いのです」
「えっ、そうなんですか……?」
スフィーダ王国で四人の御子が集まった意見交換の場で、あれだけ私を無能扱いしていたシャールさんが……浄化は出来ない……?
多分、色々な感情が入り混じった物凄い表情をしている自覚があるのだけれど、思わず視線が話題の主であるシャールさんへと向かってしまうのを止められない。
ばっちり視線が合ってしまったシャールさんはというと、今にも消えて無くなってしまいそうな程に覇気を無くし、弱々しく声を絞り出してこう言った。
「……姫様の仰る通り、自分の契約するウェントゥスには、瘴気を吹き飛ばす力はあれど、肉体を蝕む瘴気をどうにかする能力までは有していないのです。それが出来れば、彼らも今頃は……」
そう言いながら、彼はベッドの上で未だ苦しみ続けている騎士達を見詰め、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。
……シャールさんの手に負えないという事は、例の瘴気を浴びたという植物への対処もままならないはず。
となると、魔女に勝利した治癒術師でもある私を頼る決断を下したクロシェット王女の考えは、確かに納得のいく話だと言えるだろう。
「……フラム、やれるな?」
「はい、クヴァール殿下」
殿下の言葉に力強く頷いた私は、胸元の赤い石のネックレスを握り締める。
これは炎の大精霊フランマとの契約の証であり、私が炎の御子である事の証明だ。それを通じて彼女へと意識を繋げ、呼び掛ける。
「……来て、フランマ!」
私の呼び掛けに応じて、赤く輝く光の粒子と共に、美しく凛々しい女性が瞬く間に姿を現した。
炎のように赤い豊かな髪を靡かせて、猛る炎のように鮮烈な意思の強い瞳が私を見下ろす。
彼女こそが私の相棒であり、いつでも背中を預けられる大切な仲間。私の三人目の母のような存在で、姉のように親しく接してくれる女性だ。
「あたしの力が必要なんだね、フラム!」
フランマはそう言うと、早速周囲の状況を確認する。
すぐに状況を察したらしい彼女は、眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「……こりゃあ、大分派手にやられたみたいだね。瘴気の侵蝕が随分激しい……相当苦しい思いを強いられているはずさね」
「浄化は出来そう?」
「魔力さえ渡してもらえれば、完璧に浄化しきってみせるさ! あんたの方こそ、身体はもちそうかい?」
「ええ、大丈夫よ。魔力補給のポーションも、こういう時の為に多めに持って来てあるし……」
それに、今の私はジャルジーの力の一部が引き出せる。
以前よりも使える魔力量も増えたから、テントに運ばれている数十人……ざっと二十人は居るだろうか? これぐらいの人数であれば、古代鰐の瘴気を浄化した時と同じぐらいのはずだ。
私はフランマと目を合わせて、彼女との繋がりを辿って魔力を送り出す糸をイメージする。
「……これぐらいで足りるかな?」
「ああ、充分だよ。こいつらを纏めて浄化してやりゃあ良いんだろう?」
「ふ、フラゴル様、本当に可能なのですか……!?」
目の前で繰り広げられる会話に困惑している様子の王女様に、私は笑顔で頷いた。
「フランマなら、絶対にやり遂げてくれますよ。彼女は私の……自慢の相棒ですから!」
「ああ、任せておくれよ!」
するとフランマは大きく両腕を掲げ、眩く輝く光と共に、膨大な魔力を練り上げていく。
それはいつか見た浄化の光と同じ、心の底から暖かさを感じる聖なる力。
「その痛み、その苦しみから……今すぐ解き放ってやるよ! 《フラム・サクレ!》」
その言葉と共に、黄金の炎が目の前に広がっていった。
波のように一気に駆け抜けていく光の海に満たされ、ベッドに横たわる人々の身体を包み込んでいく。
「美しい……」
そう呟いたのは、クロシェット王女だった。
光に飲まれた彼らの身体から、どす黒い煙のようなものが立ち登り、たちまちフランマの炎によって燃やし尽くされる。彼女の聖なる炎の光が収まる頃には、彼らの身体に浮き出ていた黒い痣もすっかり消えていた。
「す、凄い……もう身体が痛くないぞ!」
「痣が……あんなに大きかった痣が、元通りに消えて……」
「……く、苦しくない……! 息が、苦しくなくなった……!」
「あなたが治してくれたんだな!? あなたは私達の神様だ!」
「いやいや、あたしは単なる大精霊のフランマ様だよ! 感謝するならこのあたしと、あたしに魔力を寄越してくれた御子様にも感謝しとくれよ?」
「だ、大精霊フランマ!? という事は……」
「あそこにおられる赤髪の女性が、あの魔女をたった一人で封じたっていう炎の御子様か!? ああ、あなた方こそ真の救世主だ!!」
「ああ、フランマ様! 炎の御子様! 本当に、本当にありがとうございますっ!!」
「アッハハハ! もっと感謝してくれても構わないよ!」
私とフランマへ感謝の言葉を捧げる彼らと、正面から御礼を言われて満足そうなフランマ。
異国の地にまで炎の御子が赤髪だと知られているというのは、何だか有名人になったような気分にさせられる。……いやまあ、実際は有名人なんだろうけれど。
世間的には私一人でジャルジーを封印したような話になっているけれど、本当はあの場に駆け付けたグラースさんや殿下達の力も借りて、何とか上手く事が収まったという事態だったのだ。その事実の全てを明かせないからこそ、彼らが私を見てこんな大騒ぎになってしまっているのだけれど……。
それを私の隣でぼんやりと見詰めている彼──風の御子、シャールさん。
「これが……炎の御子の……フラム殿の、本当の力……」
ウェントゥス様との契約の証であろう、緑色の石が輝く指輪に触れながら呟いた彼のその行動は、彼の無意識下でのものだったのか……私には分からない。
けれどもシャールさんには、彼にしか出来ない事だってあるはずなのだ。
私は彼のように剣を取って戦えないけれど、私には偶々フランマが側に居てくれるから、こうして浄化の力を使う事が出来るだけ。
……ただ、これで少しでもシャールさんが私とフランマの事を見直してくれたら良いなと、ちょっぴり思うのだった。
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