5.心優しき王女の願い
外観だけでも幻想的だったお城の内部は、これまた見事に自然の植物と人工的な建物とが融合した、何とも心が躍る光景だった。
城の中央から広がる巨木の枝葉は、場内のあちらこちらにまで伸びている。
外でも見えた色とりどりの輝く木の実は、愛らしいシャンデリアのように頭上で煌めく。
等間隔で並ぶ白い大理石の柱には蔦がぐるりと絡まっていて、そこには白く小さな花や、淡いピンクや黄色の花が無数に咲いていた。
それらの自然と調和した内装は、まさにエルフの国のお城だと言えるだろう。
アイステーシス王国のお城も美しくて綺麗だけれど、ここはまた別種の美しさがあった。
「それでは皆様、改めましてここから先は自分がご案内致します。どうぞこちらへ」
風の御子シャールさんに先導され、私と殿下、そしてグラースさんやティフォン団長、シャルマンさん、サージュさん、ヴァーグさんも彼の後に続いて先へ進んでいく。
流石に、他の騎士団と魔術師団の人達全員をぞろぞろと連れて行けないので、彼らには王女様との謁見の間、近くの泉周辺にテントの用意をしてもらっている。
エルフは長寿だけれど人口が少ないせいか、私達人間の建てた城と違って少し小さめらしいのよね。だから、全員を城で受け入れるのは厳しいみたい。
そうして辿り着いた謁見の間には、巨木を背に玉座に座る国王らしき老齢のエルフの男性と、その側に立つ若い女性エルフが待ち構えていた。
多分、あの方が手紙を下さった王女のクロシェット様なのだろう。
最初に口を開いたのは、老齢のエルフ──ではなく、白と緑を基調としたふわりとしたドレスを着たエルフの少女だった。
「アイステーシス王国のクヴァール王子、炎の御子フラゴル様、そしてお仲間の皆々様……遠路はるばる、ようこそフェー・ボク王国へと起こし下さいました。わたくしはこの国の王女、クロシェットと申します。そしてこちらが、我が父である国王クロムナード……」
クロシェット王女に紹介され、無言でこちらに目を向けてくるクロムナード国王。
続いて、国王の顔をチラリと見たクロシェット王女が、再び口を開く。
「……父は、皆様の我が城への滞在をお許し下さいました。早速本題に入らせて頂きたいところではございますが、ここから先、フェー・ボク王家からはわたくしがお話に参加させて頂きます」
彼女がそう告げると、クロムナード国王は何も言わずに玉座から立ち上がると、早々に護衛を引き連れて部屋から出て行ってしまった。
知らない間にこちらが何か失礼な事でもしてしまったのではないかと不安に思っていると、隣に立つクヴァール殿下が『安心しろ』とでも言うように、小さく口元を緩めて微笑んでいた。
国王が退室したのを見届けると、クロシェット王女が申し訳無さそうに眉を下げて言う。
「……父の無礼な振る舞いを、どうかお許し下さい。我が父は、その……エルフ以外の人種とは、口をきかないと誓っているものですから……」
「それは構わない、クロシェット王女。少なくともクロムナード王は、我らを城に置く事は許して下さっているのだ。それこそが、かの王の最大限の敬意のあらわれであろう」
「寛大なお言葉、大変ありがとうございます……クヴァール王子」
……そういえば、エルフ族には他の種族に対して当たりが強い者が居るという話を、道中で殿下が仰っていたっけ。
その理由は、寿命の短い他種族を見下しているからだったり、同族間で戦争を起こす人間に嫌悪感があったりだとか……色々な事情があるんだとか。
クロムナード国王がどんな理由で私達と距離を置いているのかは分からないけれど、本当にこちらを嫌っているのであれば、私達は今頃この国の国境を越えてはいられなかったはずよね。
……それに、少なくともクロシェット王女からは、そんな反応は無いみたいだし。
手紙でだって丁寧な物腰の女性だというのが伝わって来ていたし、今だって彼女の配慮が見て取れるしね。
それから私達も順に自己紹介を済ませると、いよいよ今回の古代鳥討伐に関する話が始まった。
「今回皆様をお呼びしたのは、他でもありません。我が白竜騎士団が討伐したにも関わらず、再び蘇った古代鳥……怪鳥オールの事にございます」
魔女ジャルジーの関与無しに暴れている怪鳥オールについては、引き続きフェー・ボク王国が調査を続けているものの、未だにその復活の理由が明らかになっていないのだとか。
やはり瘴気が原因かもしれないと、風の御子であるシャールさんが以前にも浄化を試みたそうなのだけれど……彼の全力を以てしても、残念ながら大きな成果は得られなかったらしい。
「災厄の魔女を封じたというフラゴル様の浄化の炎であれば、もしや……と思い、お恥ずかしながらご助力をお願いした次第にございます……」
クロシェット王女の話を聞いて、クヴァール殿下が後ろに立っていたヴァーグさんに目を向ける。
「……となると、当然ヴァーグも奴に対峙したのであろう?」
そう言われたヴァーグさんは、整った顔を苦笑で歪めた。
「まあねぇ……。白竜騎士団でも風の御子サマでも完全に倒すのはムリだってんで、腕の良い冒険者も雇って数の暴力でどうにかしようって話になったみてーで……」
「ヴァーグさん程の冒険者でも、怪鳥を倒せなかったんですか……!?」
「違う、違う!!」
思わず口に出してしまった私の言葉に、ヴァーグさんがすかさず首を横に振る。
「一応、俺だってあのバケモンを倒したんだぜ!? でも、倒した途端に妙な魔力が湧き出して、暫くするとまーた元気に復活しやがってさー!」
「まさに、彼の仰る通りなのです……。あの怪物は、何度倒しても蘇る……。そして、怪鳥がもたらす脅威はそれだけではないのです」
王女様は、細く長い指を両手で組んだ。
彼女は何かに必死で祈るように、ギュッと固く目蓋を閉じた。
「……怪鳥オールを倒す度に身体から吹き出す瘴気が、その周辺の植物を悪しき物へと変貌させてしまっているのです。このままではいずれ、我らエルフの清き森は、恐ろしい魔の森へと変わってしまいます……! ですから、どうか……どうかそのお力をお貸し下さいませ、炎の御子様……!」
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