1.六人の食事会
※この作品には【炎の治癒術師 第一部】のネタバレが多くございます。
目次ページの作品リンク『炎の治癒術師フラムシリーズ』より、第一部をご覧になってからお読み下さいませ。
スフィーダ火山での戦いから、一ヶ月が過ぎた。
──炎の御子フラムが、災厄の魔女ジャルジーを封印した。
太古に猛威を振るい、復活した現代でもその圧倒的な力を以って人々を苦しめた、諸悪の根源。
そんな魔女を再び封じたというその報せは、世界中を震撼させた。
特に、炎の御子を擁するアイステーシス王国では、連日のように御子を──私、フラム・フラゴルを称える言葉が飛び交っているらしい。
……でもそれは、私だけでは絶対に成し得なかった事だった。
一緒に魔女に立ち向かった仲間が……大切な人達が居てくれたからこそ、私はここまで歩んで来る事が出来たのだから。
私は、魔女と契約を交わした。
それは『私が人生に絶望した時、魔女にこの身体を差し出す』というものだ。
私の中には、ジャルジーの魂が封印されている。
結婚するはずだった相手に裏切られ、大きな絶望によって魔女となったジャルジー。
婚約者の本性を知り、それでも前を向いて生きようと足掻き続けた私。
始まりは似た者同士だった私達だけれど、その後に選んだ道のほんの少しの違いで、価値観が大きく変わってしまった。
自分を見捨てた世界の全てを憎む魔女──そんな彼女に、私はこの人生を懸けての契約を挑んだのだ。
だから私は、これからも絶対に諦めない。
どれだけ過酷な未来が待ち受けていたとしても、絶望さえしなければ、必ず道は切り拓けるんだ。
その証明を、私の生き方で体現してみせる。
こんな私を愛してくれる、あの人と共に──。
今日は休日という事で、騎士団の宿舎一階の食堂を使わせてもらい、朝早くから料理作りに励んでいた。
「後は全てあちらのテーブルに運べば良いのですね?」
「はい! 私はこっちの大皿を持っていきますね」
本来は私一人で全てやり切るつもりだったのだけれど、グラースさんも朝の稽古を済ませてから手伝いに来てくれていた。
火山での一件の後、一緒に魔女と戦ってくれた皆に、日頃のお礼として手料理を振る舞う約束をしていたからね。
そこまで料理上手という訳でもないんだけど、カウザ王国で暮らしていた頃は自炊していたし……きちんと食べられる味ではあると思うのよ。
今日もグラースさんから貰ったバレッタで赤い髪を纏めて、気合いを入れて料理に励んでいるのだけれど……。
今日ここに集まる面々を思い浮かべると、本当に私の手料理なんかで満足してもらえるのか不安だった。
まずは当然、私の……こ、恋人の……グラースさんだ。
厨房から食堂のテーブルへ軽々と料理の乗ったお皿を運んでくれる、紳士的だけどちょっぴり嫉妬深い彼。
雪のように真っ白でふんわりとした髪に、優しいアイスブルーの瞳。
鎧ではなく私服のベストをきっちり着こなしたその姿からは、王国騎士団の副団長らしい真面目さが窺える。
おとぎ話に出て来るような王子様のような彼が、私を好きだと言ってくれて……グラースさんはあの日、私の唇を奪っていったのだ。
……こんなにかっこ良くて素敵な人と両想いだなんて、毎日が夢のよう。
彼と出会ってもうじき半年が経つけれど、こうして自分の作った料理を食べてもらうのは、古代鰐が出たベルム村への遠征でスープ作りを手伝った時以来だと思う。
でも今日の料理は、メニュー選びから味付けまで私が担当したものだ。
これで万が一グラースさんの口に合わないなんて事があったら……本格的に花嫁修行をしなくては、安心してお嫁に行けないものね。
……ん? そういえば、私達って結婚を前提にお付き合いしてる……のよね?
いやまあ、正式にプロポーズを受けた訳ではないのだけれど……!
今でも時々、グラースさんと初めて互いの熱を重ねた瞬間がフラッシュバックする。
『奪って……しまいましたね。本当は、式を挙げるまで唇は取っておきたかったのですが……抑えきれませんでした』
──確かにあの時、グラースさんはそう言っていた。
式を挙げるって、結婚式で良いのよね!?
うわー! やっぱりそうだよ! 結婚を前提にお付き合いしてるわ、私達!!
改めてその事実を意識してしまい、一気に顔に熱が集まった。
夏ももうじき終わろうかというのに、私一人だけ真夏のような暑さである。
そんな私の様子がおかしい事に気付いてしまったグラースさんが、料理を運び終えた私の顔を心配そうに覗き込む。
「どうしました、フラム? 顔が赤いようですが……先程まで料理で火を扱っていましたから、顔が火照ってしまったのでしょうか……」
「そ、そうかもしれません……! え、ええと……」
この状況で急接近されると、私の心の急所にクリティカルな一撃を浴びせられてしまう。
私は慌てて彼から視線を逸らしながら、どうにかこれ以上の追加攻撃を避けようと思考を巡らせる。
その時だった。
「おーい! そろそろ殿下がいらっしゃる時間だが、準備は間に合いそうか?」
食堂の扉を開けてやって来た金髪の男性──アイステーシス王国騎士団、ティフォンさんが言う。
彼の後ろには、今日招待している他の面々も揃っていた。
「そこの廊下まで良い匂いがしてたわよ〜!」
「あった方が良いかと思って、ブレンドしたハーブティーを持って来たんだが……これはどこに置いておけば良いんだ?」
薄紫の髪が美しく、彼が居るだけでその場を明るくしてくれる魔術師団長のシャルマンさん。
小さな包みを持った黒いローブ姿の深緑色の髪をした青年、森の魔術師と呼ばれるサージュさん。
彼らも私達と共にスフィーダ火山で戦った、これまで何度も助け合ってきた大切な仲間である。
すると、グラースさんが姿勢を正して口を開いた。
「もうそんな時間でしたか……。食事会の支度はほとんど済みました。後は……飲み物の準備ぐらいでしょうか」
「そ、そうか……! なら、僕のハーブティーはいるか?」
「ええ、喜んで戴きましょう」
「安心しろ。食事に合わせるものだから、ある程度香りは抑えてある。持って来ておいて正解だったな……」
少し嬉しそうにしているサージュさんからハーブティーの茶葉が入った包みを受け取り、私は早速お茶を淹れる準備を始める。
グラースさんが言っていたように、今日の食事会の支度はほぼ終わっている。
皆それぞれ席に着き、後はもう宿舎の隣にあるお城からクヴァール殿下がいらっしゃるのを待つばかり……なのだけれど、私の料理で一国の王子様をもてなすだなんて、本当に大丈夫なのだろうか。
そんな心配をしながら、サージュさんから頂いたハーブティーを淹れる。
爽やかながらキツすぎない、丁度良い香り。
その香りで胸を満たすと、少しだけ気持ちが明るくなってきたような気がした。
それからすぐ、他の騎士さん達に護衛されながらクヴァール殿下が到着した。
サラサラの銀髪をリボンで一つ結びにし、長い前髪から覗く切れ長の黄金の瞳が凛々しい、アイステーシスの第一王子。
過去には私にプロポーズをしてきた人でもあるのだけれど……彼の告白を断るような形になってもなお、私を大切に扱って下さる命の恩人。それがクヴァール殿下だ。
殿下の到着に、私達は一斉に立ち上がり頭を下げた。
彼は護衛を下がらせると、私達に告げる。
「皆の者、面を上げよ」
その言葉に従って顔を上げると、殿下はここに集まった面々を見回し……最後に私に向けて、少しだけ表情を緩めた。
「今日この場に集った者達は、この先、魔女ジャルジーより世界を救った英雄として語り継がれる事だろう。この日を迎えるまで、そなたらには多くの苦労を掛けたであろうが……今日のこのひと時だけは、その疲れを存分に癒そう」
そうして殿下は、私を見詰めて言う。
「……そなたの手料理を存分に堪能させてもらうぞ、フラム。私がこの日をどれだけ楽しみにしていた事か」
「で、殿下のお口に合えば幸いです……!」
「フッ……そう緊張せずとも良い。さあ、せっかくの料理が冷めぬ内に、食事を始めよう」
クヴァール殿下の言葉を合図に、『魔女封印の真実』を知る私達の食事会がスタートした。
私の中に魔女ジャルジーを封印したというのは、アイステーシス王国の国家機密として扱われている。
本来であれば、魔女の封印は地水火風を司る四人の御子によって行われるものだった。
しかし、私を除く三人の御子は魔女に操られてしまい、封印を施せるような状態ではなかった。
そこで私はシャルマンさんの姉、コンセイユさんから託された魔道具のブレスレットによって、ジャルジーを私の中へと封印したのだ。
けれど、危険な魔女をその身に宿した私が日常生活を送るなど、普通では考えられない話。
私が魔女と交わした契約を破らない限り、彼女は無害な存在になった──そんな事を説明したところで、一体どれだけの人が信用してくれるだろうか。
──魔女ごと炎の御子を幽閉してしまえ!
なんて意見が飛び出してしまったら、私は死ぬまで人知れぬ場所に閉じ込められてしまうかもしれない。
そんな事態を避ける為に殿下が考えたのが、こんな筋書きだ。
炎の御子によって魔女の悪しき魂は、異界へと封じられた。
その功績が認められた炎の御子は、大精霊の祝福を受け、新たな力を授かった。
魔女の魂の影響で、私には彼女の力と知識の一部が与えられた。
その力と知識を『大精霊の祝福』と位置付けて、無事に魔女を封印したというストーリーを作り上げたのだ。
この話は巷で瞬く間に拡まって、城下では炎の御子を主人公に描いた劇や、吟遊詩人が歌う詩なんかが流行っているらしい。
平和が訪れて皆が喜んでくれているのは、嬉しい事だ。
だけど……まだ解決していない問題が残されている。
今日の食事会の後だって、また私達はその問題を解決させる為に奮闘するのだから。