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歓迎と視察

 陛下たちは、ゲストハウスでそのまま少しだけ休むと、すぐに用意していたらしい普段のお忍び用の庶民の服装に着替えられた。 どうやら村の視察は、普段のお忍びの時の様に庶民の格好で行おうということらしい。

 僕らも一度家に戻り、大急ぎで普段の格好になってから、ゲストハウスに向かうことにした。


 僕らが着替えを終えてゲストハウスに戻ると、先に御前様がやって来て、陛下たちと話をしていた。

 「前伯爵よ、そなたは従者1人しか携えずにこの地に来たとのことだが、不自由はないのか? 食事などの用意にも事欠くのではないか?」

 「陛下、全く不自由などありませんぞ。 家の細々としたことは、遊びに来た村の女どもが皆でやってくれるし、食事は子爵夫人の母君は名人級ですのでな、何一つ困るどころか王都に暮らしていた時よりも恵まれているくらいですのじゃ。

  それに、王都に暮らしていた時は、食事をするにも召使などはたくさん居たものの、基本的には妻を亡くした私は1人でしたが、ここでは子爵たちと一緒したり、子爵夫人の親御2人と一緒したり、さらには村の食堂で食べる時などは多くの村人と楽しく一緒しますのじゃ。

  いやいや、少なくとも私に関しては王都で暮らすよりも、この地で暮らす方が余程楽しい暮らしですのじゃ。

  そんな訳で、今は従者として付き従って来てくれたこのアンダンの妻子を呼び寄せようと考えているところなのですじゃ。 離れ離れでは可哀想だし、アンダンもここでの暮らしが気に入ったということじゃからな」


 そうなのか、アンダンさんの妻子も呼び寄せようと考えていたのか、僕はそんなことはちっとも知らなかった。 アークも初耳のようだ。


 「村の食堂とやらで、前伯爵は村人と一緒に食事をしたりするのか。 それはちょっと羨ましい事柄だな。 前伯爵、お忍びの身の今であれば、それに一緒させてもらえないか。 ぜひ今晩はそこで夕食を取りたい」

 御前様は自分の言葉から、夕食の場のリクエストを受けてしまって、少し困った顔をして僕の方を見た。

 「子爵、どうかな?」

 「えーと、家の方で用意を始めていると思いますけど、まだ大丈夫だと思います」

 「私、母上様とラーラさんに伝えに走ります。」

 フランが夕食の支度の主役の2人に話を伝えに行った。


 「それで、大丈夫なのかしら。 私たちも村人たちと一緒に食事をするなんて、とても楽しみだわ」

 王妃様がそう僕に尋ねて来た。

 「はい、大丈夫です。

  王宮の食事のような豪華な物はここでは出せませんが、パンは東の町のあのパン屋がこちらに移ってきたので、美味しいと思いますよ」

 「東の町のあのパン屋さん! だとしたら、ケーキもある?」

 王女様が期待に満ちた声で言った。

 「それでは僕が先に行って、ケーキも用意してくれるように言っておきましょう。

  カンプ、爺さんと一緒にもう少ししたら、陛下たちを食堂に連れて来てくれよ。 僕が先に行って、ベイクさんにケーキをお願いしたり、会場の準備をしたり、村人を集めたりしておくよ。 爺さんが宴会を望んだということにすれば良いだろう」

 「ああアーク、それで良い。 たくさん村人を集めておくのじゃぞ」


 会場は食堂の建物をはみ出して、外にまでテーブルが出されて、多くの村人が集まっていた。 陛下たちと僕らの席は、もちろん建物の内部に用意されている。

 会場に近づくと、御前様が村人に声を掛けられた。

 「御前様、今日は御前様の声掛けで宴会をすることになったとか」

 「おう、その通りじゃ。 今日は儂の奢りじゃから、皆、楽しめよ」

 「御前様、僕たちももちろん出しますよ。 というのは変ですね」

 「おおっ、今日はカンプ様たちも代金を持ってくれるそうだ。 みんな遠慮なく飲み食いさせてもらおうぜ」

 「なんだ、現金な奴らじゃのう」

 御前様の村人の言葉を受けての冗談で、会場は一気に盛り上がった。


 「驚いた。 村人は前伯爵にも子爵にも普通に話しかけるのだな」

 「はい。 この村では最初はやはり遠慮があったのですが、僕は庶民でしたから気軽にみんなに声をかけてもらう方が嬉しいので、僕たちに普通に声をかけても構わないことになっています。

  それにエリスも雑貨屋の店頭に立ちますし、リズたちも子供たちの学校で普通に教壇に立っていますから、話しかけることは今更なんです。

  御前様、いえ、前伯爵の家は、前伯爵の好みで家の庭が全面芝生になっているので、この村の幼い子供たちの遊び場になっていて、毎日若いお母さんたちのたまり場になっていたりもするんです」

 「なるほど、それで前伯爵の家のことは、村の女たちがみんなやってくれている、となる訳なんだな」

 「はい、子供たちが庭で遊んでいる時に、おしゃべりをしながら、掃除や洗濯など細々としたことを、遊ばしてくれているお礼にしていっているみたいです」

 「なるほど、そういうことなのね」


 そう言った王妃様と王女様は僕らの赤ん坊をあやしてくれている。 おばさんとラーラ、それにサラさんでは人手が足りず、エリスとリズにフランとリネ、それに新人の魔技師3人も食事や飲み物を作ったり、配ったりしている。 村人の女性たちも何人もが立ち回っている。

 

 ある程度食べ物・飲み物が行き渡って落ち着いて来た時、村人の1人が御前様に聞いた。

 「御前様、今日の宴会は、たぶんそちらの初めて見る方々を迎えてのことだと思うのですが、そちらはどういった方々なのですか?」

 御前様はちょっと困ったような顔をして答えた。

 「こちらはな、儂の王都での知り合いなのじゃよ。 歳は儂より若いが、儂より偉いのじゃぞ」

 「それはすごいなあ。 それじゃあ、なんてお呼びすれば良いのですか?」

 「そうじゃなあ、儂より偉いのじゃから、うーん、そうじゃなあ、そうだ、殿様とでも呼べば良かろう」

 御前様はまさか村人に陛下だと教える訳にもいかず、困った末にそう言った。

 少し酒に酔っているらしい村人は

 「はい、御前様、わかりました。 殿様ですね」

 そう言うと、村人たちに大声で言った。

 「今日は殿様がこの村に来てくれた祝いの宴だ。 みんなで殿様に歓迎の言葉を言おうじゃないか。 殿様、この村にようこそおいで下さいました。 せーのっ」

 「「「「殿様、この村にようこそおいで下さいました」」」」


 陛下はこの不意打ちがすごく気に入ったようだった。 陛下は立ち上がると大きな声で

 「村人たちよ、盛大な歓迎をありがとう。 今晩の酒は私が奢ろう、どんどん飲んでくれ。 女子供たちには今晩はケーキが出るという、それも楽しみにしてくれ」

と言ったから、宴会は一層盛り上がった。


 宴会が盛り上がっている中、僕は何人かを陛下に引きあわせた。


 まずは村長さんだ。

 「陛下、こちらがこの村の村長のワイズです」

 「カンプ様、今、なんて仰いました。 陛下と聞こえたのですが」

 「うん、お忍びだけどこちらにいらっしゃるのは、国王陛下と王妃様、それに王女様だよ」

 村長と、その少し後ろにいたサラさんが石のように固くなり、次に地面にひれ伏そうとするのを慌てて止めた。 陛下も言った。

 「村長、あくまでお忍びだから、目立つようなことは控えてくれ。 余のことは、先ほど前伯爵が言ったように、ただの王都の前伯爵や子爵たちの友人として接してくれれば良い。」

 「はい、考えなしに動いてしまい、申し訳ありませんでした。

  この村にお越しいただけるなんて、なんとも光栄なことで、今の気持ちをどう表現して良いかわかりません」

 「いや、余たちが急に来て、色々と迷惑をかけると思うが、よろしく頼む。

  とにかく忍びだから、村人には内密にな」

 「はい、心得ました」


 次に組合の支部長さんを紹介したのだが、流石に支部長さんは顔色を変えることもなく、周りに気取られないように静かに陛下との会見を終えた。 歳の功なのか、それとも組合の一定以上の職員は、こういうことにも慣れているのか、ちっとも動じないことに僕は驚いた。


 最後は新しく出来たダンジョンの探索を進めているアラトさんだ。

 「陛下、こちらが新たに出来たダンジョンの探索を進めている冒険者たちのリーダーのアラトです」

 アラトさんも一瞬驚いて、体が動きかけたが踏み止まった。 村長さんとは違い、御前様が「自分より偉い人」と言ったのを聞いていたので、ある程度予想もしていたからかと思う。 アラトさん自身は庶民の出ということだけど、冒険者は貴族の出の人が多いからね。

 「ブレイズ子爵より、新たなダンジョンの探索を任されているアラトといいます。 背後に控えている者たちは、探索を手伝い、ダンジョンのマップの作成などをしている仲間たちです」

 「うん、新しいダンジョンの探索、期待しているぞ。 未知のダンジョンの探索はとても危険が伴う作業だと聞く、十分に気をつけて欲しい。 その成果は改めて別の日にゆっくりと聞かせてもらおう」

 「はい、畏まりました」


 えーと、しなければならないことは終わりかな。 宴にはルルドの実を使ったケーキが届けられ、王女様が大喜びをして、それからすぐに女性と子供たちは家へと帰って行った。

 しかし、男たちはまだそれからも飲み続け、宴を楽しんでいる。

 驚いたことに、陛下も残って、村人に混じって宴を楽しんでいる。

 警備上、問題があるのではないかと僕はハラハラしていたのだが、ウィークが何も言わずにそれを許しているから、まあ、きっと問題ないのだろう。


 宴会がちょっと異様な盛り上がりを見せてしまったので、翌日に重要と思われるダンジョンの視察や、アラトさんとの話の日程は組まずに、王妃様、王女様も含めた、楽な村内の観光回りとなった。

 観光回りと言っても、僕らの村に陛下たちが見て回って面白いと感じるような場所なんてあるかなと考えるくらいなのだが、まずは王妃様のリクエストで肌水作りの見学となった。 僕が思っていたよりもずっと王妃様と王女様は、肌水作りの見学を楽しまれたようだ。 肌水を作る工程の一つ一つに、王妃様は自分で手を出して試してみることができる部分には、全て手を出して体験していた。

 「なるほど、こうやって種を絞って出て来た油の、一番最初の透明な部分のみを集めたのが貴族用の物で、その後の少し圧力をかけていって、色がついているのが一般用という訳ね。 最後のどうにも色が濃くなってしまった部分と、搾りかすはどうするの?」

 王妃様は的確な観察と質問をしてくる。

 「肌水の貴族用と一般用の分け方はその通りです。 最後の部分と、搾りかすは、もう一つこの村の特産になっている、木の杖ですとか、木のボタンの艶を出したりに使われます。 搾りかすで磨いたり、油を付けて磨くと、あの独特の木の艶が生まれるのです。 そして、搾りかすの最後は畑に撒かれることになります。 良い肥料になります」

 「少しも無駄にすることがないのね」

 「はい、ここでは何でも貴重ですから」


 王女様は肌水の容器、瓶に模様を書き込むことに興味津々だった。 確かに土の魔法で作られた容器に、火の魔道具で模様を刻み込んでいくのは、珍しいかもしれない。

 王女様もその工程を自分でも体験してみている。 模様を刻み込む火の魔道具は、武器として考えた物が元なので、使い方を誤ればかなり危険だ。 ちょっとハラハラして見ていたのだが、王妃様も陛下も、王女様の行為を止めなかった。

 それで少し意外なことであったのだが、王女様は模様を刻み込んだりすることに才能があるようだった。 見よう見真似で透明な方の瓶に模様を刻んでいたのだが、すぐにコツを掴んだようで、自分オリジナルの模様を瓶に刻み込んでみせた。 なかなかの出来上がりだった。 リズがその出来栄えにとても驚いていた。

 「王女様、素晴らしい出来栄えです。 王女様はその様な芸術的なことに特別な才があるのかも知れません」

 「そんなことは分からないけど、何だか作るのはとても楽しいわ。

  子爵、この道具、私に一つください。 もっと色々作ってみたい」

 王女が彫って作った瓶を、陛下と王妃様も手にとって眺めていて、その出来栄えに少し驚いていた。

 「あ、子爵、余からも頼もう。 ぜひ娘に、その道具を一つくれてやってくれないか」

 「それでしたら、王女様、今日の記念に今使ったその道具を、そのままお持ちください。 ただしその道具は、使い方を誤ったり、意図せずに作動したら大変危険ですから、ご注意ください。 一応道具自体も誤作動を防ぐスイッチになっていますが、使わない時には、用意しますので箱に入れて、道具から魔力の魔石は外しておく様にしてください」


 とりあえず使っていた火の魔道具を、そのまま王女様に渡し、僕は作業場で木工を主な仕事にしている村民に、王女様のためにその魔道具を納める箱を作る様に注文をした。

 後日渡した箱は、その時の様子を木工職人の村民も眺めていたからか、とても丁寧な作りの木目が美しく、ちょっと凝った形の足がついた箱で、王女様は道具自体もだが、その箱もとても喜んでいた。


 その日の最後は、みんなでベークさんの宿屋に立ち寄った。

 宿屋はベークさんが経営しているから当然なのだが、宿屋以外に、パンとケーキを売る店舗、そして喫茶コーナーが併設されていた。

 昨晩もベークさんの作ったケーキが出たのだが、ベークさんのケーキはこの村に来た者が土産にする定番の物で、すでにもうかなり有名にもなっている。

 王妃様と王女様にとっては何度でも食べたい物の様だ。


 昨晩は飲む方が忙しくて、ケーキを食べなかった陛下だが、今日は一緒に美味しそうにケーキを食べてお茶を飲んでいる。


 「殿様、殿様、生の果肉を使ったケーキも美味しいんだが、こっちの一度干したのを酒で戻したのを使ったケーキも美味しいんだ。 ぜひ試してみるといいぜ」

 「ほほう、そうなのか。 それではぜひ、それも食べてみないとな。

  よし、情報料として、そなたにはお茶を一杯おごろう」

 「え、いいんですか。 ありがとうございます」

 「店の者、すまないが、この者が薦める酒で戻したのを使ったケーキを一つ。 そしてこの者にはお茶を」


 陛下は近くにいた村人と、そんなやり取りをしていた。

 僕はやっぱり少し気が気でない感じがして、見守っていたのだが、今回陛下の警護の1番の責任者であるはずのウィークは、近くの席で欠伸をしていた。

 「ウィーク、そんなに呑気にしていて良いのか。 もっと真剣に陛下たちに目を配っていないといけないんじゃないか」

 僕は小声でウィークに、そう声をかけた。

 「大丈夫ですよ。 よそ者が居ればともかく、この村の村人しかいなければ、安全は確実ですから。 それに、カンプ様もエリス様も、そしてアーク兄さんもリズ姉さんも、常に杖を身に付けているのでしょ。 あのシャイニング伯でさえ撃退できるのですから、それが4人て、最強ですよ。 僕は全く心配してないですね」


 ウィークは夜はまた、前に来た時と同じ様に、学校を出たばかりの魔技師の寮の様な家に、気楽に寝泊りしに行ってしまったんだよな。

 緩みすぎなんじゃないか、と思ったのだが、アークも苦笑いしていた。


更新を知らせるツイート始めました。

とは言っても、使ったことがほとんどないので、良くわかりません。

ハッシュタグを書いておけば、見つけられるのかな? よろしくお願いします。

#narou #narouN1776FH

mikiNarabiya

@MNarbiya

となっています。 興味を持っていただけて、見つけることが出来たら、暇つぶしにでもフォローしていただけると嬉しいです。

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