陛下が来た
アラトさんのパーティー3人と、仲が良いという4人のもう1組のパーティーでダンジョンの探索をお願いした。 ちなみにアラトさんのパーティーは男だけのパーティーだが、もう1組は男女2人づつのパーティーだ。
「まあ、そんなに深いダンジョンではないと思うが、焦らずにゆっくりと探索するよ。
急いで、すぐ終わりになってしまってもつまらないしな」
アラトさんはそう言って、ゆっくりを強調していたが、知られていないダンジョンの探索というのは時間がかかるものである。 後から入る冒険者のために、最初の探索者は詳細な正しいダンジョンの地図を作らなければならない。 単に魔物を倒して魔石を獲って来るだけなら、そこまでの時間はかからないのかもしれないが、地図を作るなどといった作業をしていると、時間はどうしてもかかってしまうのだ。
今回、アラトさんが連れてきたもう1組のパーティーは、どうやらダンジョンの正しい地図を作ることに長けたパーティーらしい。 アラトさんは、ちゃんと色々と考えてもう1組のパーティーに声をかけてくれたのだ。
何となく冒険者が魔物を狩るというと、知らないダンジョンをどんどん勝手に進んで行って、生死をかけて魔物を狩るという、御伽噺の冒険者のイメージがあるのだが、現実はそんな物ではない。 未知のダンジョンに入った冒険者は、その自分が入った場所の詳細な地図と発生する魔物の種類などのデータを、きちんと組合に提出する義務があるのだ。 それに無理はしない。 生死をかけて、なんていうのはフィクションだ。 あくまで安全な範囲での魔石の採取である。 それでも事故は起こるのではあるが。
なぜこういったシステムになっているのかというと、この世界ではダンジョンからの魔石の供給量が、その地域の発展の土台となっているため、可能な限りシステマティクに、なるべく多く、かつ一定量の魔石が取れることが望ましいからである。
この村のダンジョンはまだ発見されたばかり、もしかしたら出来たばかりなのかもしれない。 不思議なことにダンジョンは発見されたばかりの時には、そこからある程度の大きさになるまで、少し時間をかけて成長していくのだ。 その成長が長く続けば大きなダンジョンになるし、すぐに成長が止まれば小さなダンジョンとなる。 そしてその大きさによって、大体は採れる魔石の量も決まってくる。 もちろん、大きなダンジョンの方がたくさんの魔石が採れる訳だ。
村のダンジョンは発見されたばかり、成長を始めたばかりだから、まだどこまで大きくなるか分からない。 今は地図に描かれる部分がどんどん増えていっている状態だ。 僕らは週に2度アランさんに探索状況の報告を聞くのが大きな楽しみになっている。 もちろん一番は生まれたばかりの子供の成長だけど。
「カンプ様、アーク様、大変です」
大きな声で家に飛び込んできたダイドールは、中に入った途端にエリスとリズの怒りの視線に晒される羽目になった。 赤ん坊がおっぱいを飲み終え、眠ったばかりだったからだ。
「ダイドール、赤ん坊がここには二人もいるのに、何を大声を出しているの」
リズが音量は低いが十分に怒りの気分が伝わる声でダイドールを最初に出迎えた。
「申し訳ございません。 でも、本当に大変なのです」
自分の失策に気が付いたダイドールは、今度は小声だが、半ばリズの怒りの声を無視する感じで自分の話を続けようとした。 何事だ?
「うん、分かった。 何が起こったんだい?」
アークが、半ば無視されてリズの眉が余計に上がりそうになっているのを感じて、素早くダイドールに声をかけた。 エリスも赤ん坊をベッドに寝かしつけて、居間の方に入ってきた。
「はい、大変なのです。
今、王都のウィーク様から手紙が届いたのですが、陛下がご一家で、お忍びで、本当に秘密裏にこの村にやって来るそうです。」
「え、何、本当に大変じゃない」
リズが大声をあげた。 僕もエリスとリズを労うために淹れ始めて、ダイドールの分のカップも足さなければ、と思っていたお茶を驚いてひっくり返しそうになった。
僕は淹れかけたお茶をそのままに、「手紙を見せて」と、引ったくるように受け取って手紙を読んだ。 僕が読み終わるのを待ちきれず、アークとリズが僕の後ろから覗き込んできた。 エリスが仕方なく途中で放り出したお茶を淹れてくれた。
「まじかよ。 10日後に来るのか」と、アーク。
「完全に秘密でということで、お供が来ないのは助かったわ」と、リズ。
「何で、急にお忍びでここに来ることになったんだ?」と、僕。
「何でって、それはダンジョンが発見されたからでしょ」と、リズ。
「新たなダンジョンの発見て、そんなに大騒ぎするほどのことなの」と、僕。
「そりゃ百何十年ぶりの発見だし、新たなダンジョンから採れる魔石は、この国の新たな発展に直接繋がるだろうから、大騒ぎすることなのは確かだろう」と、アーク。
「とにかく、みんな、一度お茶でも飲んで落ち着こうよ」と、エリス。
お茶を飲んで一旦落ち着いてから、僕は言った。
「ま、何であれ、陛下たちがこの村にいらっしゃることは、もう決定したことで、騒いでも仕方ない。 どのように迎えるか、いらっしゃってからどの様に過ごして頂くか、といった準備を大急ぎで進めなければならない。
ダイドール、すまないけどターラントとラーラ、それにフランとリネを呼んで来て。 アークは御前様に来てもらって、前伯爵の知恵をお借りしよう。 僕はおじさんとおばさんを呼んでくる」
陛下を迎えるのだ、ブレイズ家総動員は当然のこととなるから、みんなで大急ぎの相談だ。
10日後、予定通りに陛下たちは僕たちの村にいらっしゃった。
僕たちは、まずは朝からターラントに砂漠の道が見通せる場所で、馬車が来るのを見張っていてもらい、馬車が館に着いた時は、全員貴族の正装をして並んでいた。
僕は、昔初めてリズの実家で陛下のお会いした時のことを、ちょっと思い出していた。 あの時は、列の一番隅に並んで陛下をお迎えしたんだっけなあ。
おっと今はそんなことを思い出している時じゃない。 僕の目の前に馬車を停めたウィークが素早く御者席から降りて、馬車の扉を開けた。 陛下が馬車から降りて来た。
「陛下、わが領地にようこそ。 陛下の御来駕を賜り、光栄の極みです」
僕は御前様に教えられた通りの口上を述べ始めたのだが、あっさりと陛下に止められた。
「あ、カランプル、そういう典礼にのっとった口上はいらないぞ。 あくまで今回は忍びの旅だからな、忍びの時の調子で頼む」
陛下は僕にそう言うと、隣にいた御前様に向かって次に声を掛けた。
「前伯爵も何だか王都に居た時よりも元気そうだな」
「はい、陛下。 どうやら儂には王都よりも、こういった僻地の方が似合っているようで、毎日元気に過ごしておりますのじゃ」
御前様も陛下の言葉を聞いて、普段の調子で話すようだ。
王妃様と王女様も陛下に続いて素早く馬車を降りている。 王女様は走るようにして、すぐに赤ん坊を抱いて並んでいたエリスとリズに近づいた。
「エリス、リズ、二人の赤ちゃんを見せて」
王女様を追いかけた王妃様が王女様を嗜めた。
「まずはきちんと挨拶をしてからでしょ。 エリス、リズ、久しぶりね」
「王妃様、王女様、ようこそおいで下さいました。 ここまでの旅は大変ではなかったでしょうか」
エリスがまず先に答えたようだ。
「陛下はともかく私たちは、こんなにも遠くまで旅するのは、ほとんど初めてなのよ。 とても新鮮で、楽しかったわ。 でも、そんな話は後よ。 王女と同じでまずは私にも赤ん坊をお見せなさいな」
とりあえず陛下たちにはすぐに館の中に入ってもらった。
それにしてもお供が全くなく、ウィークが御者として一緒に来ただけなのは、先に来ていた手紙で知ってはいたのだが、ちょっと驚いた。
「ウィーク、お前だけだと聞いていたが、少なくとも女官が数名くらいは一緒して来ると思っていたぞ」
アークがウィークを労いながらそう言っていたが、僕も全く同感だ。
「なるべく完全に秘密にしたいから、そういう訳にはいかなかったんだよ。 女官が数人でも王宮からいなくなってしまえば、王宮に陛下たちがいないことなんて、すぐにバレてしまうだろ。 女官は王宮から交代で出入りするのだから」
うーん、そこまで極秘扱いなのか、今回陛下たちがこの村に来たのは。
館の中に入ってから、あらためて僕は全員を陛下たちに紹介した。 この村にいらっしゃる間は、僕たちが陛下たちのお世話をすることになるから、顔を見知っていて貰わなければならない。
「話には聞いていたが、本当に小さな館を建てたのだな。 それに本当に女官とか身の回りの世話をする者を置いていないのだな」
「はい、館の大きさはこれでもこの領地の政をするために、人が集まることがあるので、最低限としてこれだけの大きさが必要だっただけで、元々庶民の私にとっては、これでも大き過ぎるくらいなんです。 まして身の回りの世話をする人間なんて、僕には考えられないんです。 それにそういった人を増やすなら、木を一本でも植えたいと、みんな考えてしまうんです」
「そうだ。 ここに来る途中の砂漠の中間点でも驚いたぞ。 まさかあの様な場にきちんとした宿が出来ていようとは。
だが、この村に近づいての驚きからすれば、まだほんの始まりにしか過ぎなかったのだな。 確かここはほとんど何もない、もう砂に埋もれてしまいそうな寂れた村で、代官が任期を終えると逃げる様に帰って来た所であったはずなのに、中間点の宿を発ってまだあまり近づく前に、町の風上側にはもう森と言って良いだろう林が広がっている。 そして砂漠の道から街路樹が続き、村に入れば緑が溢れているではないか」
「子爵、私、気づいたのですけど、何で木の周りが壁で囲まれているのかしら。 街路樹はみんなそうなっていたから、何か理由があると思うのだけど。 それなのに、この家に入って来る時に見た木は、ルルドの木かしら、そこは囲まれていなかったわ。 それで思い出したのだけど、宿の周りにあったルルドの木にも囲いはなかったわ。 その違いには意味があるの?」
室内に入ってからは、陛下と王妃様は、ラーラが淹れてフランとリネがみんなに配ったお茶も目に入らない様で、次々とこの村に来ての感想や、疑問に思ったことを興奮からか大きな声で話し始めた。
その声に驚いたのか、それとも人の多さに驚いたのか、エリスが抱いていた僕の子供が泣きだすと、それにつられた様にリズに抱かれていた子も、ペーターさんが抱いていた子も泣き出してしまった。 王妃様がちょっと困った様に、
「ごめんなさい、私たちの声で驚かしてしまったようね」
と謝られてしまわれたのだが、リズが、
「いえ、ちょうどもうそろそろお乳の時間なので、そのせいでしょう。 すみませんが私たちは外させていただいて、子供にお乳を与えて寝かしつけて来ます」
と言って、座を外した。
それを機に、僕とアークは陛下たちを滞在していただく、ゲストハウスに案内した。 すぐ近くではあるが、陛下たちにはまだ館の前に停めたままにしておいた馬車に乗ってもらおうと思ったのだが、陛下たちは「いや、近いなら、歩いて行こう」と歩いて向かうことになった。 さすがに三日にわたる馬車の移動で、馬車に乗るのは飽きたのかな。
ゲストハウスに着くと陛下は
「カランプル、この家は何だ。 お前の領主の館よりずっと立派ではないか」
と非難するような感じで僕に言った。 アークがちょっと弁解調で
「陛下のお越しが急でしたので、新たな家を調達することが間に合わず、この村に来た貴族が使っている家を使っていただくことをお許しください。
この家は最初は、爺さんが住むようにと、貴族の普通の別宅を意識して作ったのですが、爺さんは気に入らず、それでゲストハウスとして使うことにした物なんです。
そういった訳で、最低限の設備だと思いますが、お許しください」
「いや、グロウランド男爵、そうではない。 そうではなく、そなたたち二人が共同で暮らす、そなたたち二人の館に比べて、こちらの方がずっと豪華ではないかと言っているのだ」
「それは、私たちの館は庶民を基準に、機能的に充たせれば良いという考えて建てられた物ですが、こちらは一応、王都の貴族を基準に考えた物ですから」
陛下たちにはまずはゲストハウスで休んでいただくことにして、改めて、フランとリネが挨拶をした。
「ブレイズ家家臣、フランソワーズ_ブレディです」
「同じく、リオネット_スプリーンです。 こちらに滞在中、陛下たちの小間使いを私たち2人でさせていただきます。 陛下たちがこのゲストハウスにいらっしゃる時には、私たちも女官の部屋に詰めていますので、何かしら御用がある時には、なんなりと申し付けてください」
「ああ、そなたたちも王都でも見かけたな。 よろしく頼むぞ。
それにしても、フランソワーズ_ブレディ、そなただったな、風の魔技師として新たな魔道具を考え出したのは」
「はい、陛下がお知りくださっていたなんて、感激です」
「そして、リオネット_スプリーン、そなたがこの領地の繁栄の礎となっている水の魔技師か。 そなたの新たな魔道具の図面は、余も全て目を通しているぞ」
「はい、私も感激です」
「いや、それほどのことではない。
余も魔技師の端くれなのじゃ、他の魔技師の動向に関心が向くのは当然のこと。 そしてまあ王としての権力もあるからな、そなたたちの新たな魔道具の図面もすぐに見ることができるのじゃ。 それに注目を集めているカンプ魔道具店のことだ。 余だけではなく、多くの者がお前たち2人のことも注目していることであろう」
「父上様、さっきお茶を淹れてくれていたラーラ_グロウケイン騎士爵と共に、私のあの魔道具を作るのにも、この2人は関わっているって聞いたわ」
「おお、そうであったな。 お前もきちんと礼を言うのだぞ」
「本当に素敵な魔道具をありがとう。 それで、この村にはあの魔道具を基にした、素敵なアトラクションがあると聞いたけど、連れて行ってくれる?」
「はい、王女様、もちろんです」




