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町の視察

 ブレイズ子爵家からもたらされた知らせは、まだ情報として十分で確実なものかという観点からは程遠いものだったが、それでも私をびっくりさせるに十分だった。 その情報を逸早く持ってきたブレイズ子爵家の家宰は、そこまでの情報だとは考えていないようであったが、館を任されているウィークにとっては、椅子から落ちそうになるほどの知らせだった訳で、すぐに私のところに秘密の通路を通って知らせが伝えられた。 私ももう寝室に向かおうかと思っていた時間だったのだが、その時間を忘れてウィークの報告を聞いた。


 「何と、ブレイズ子爵家ではあの領地にダンジョンを発見したというのか」

 「はい、まだ詳しいことは何も分かっておりませんが、モンスターの発生と穴の存在は確認出来ているということです」

 「ということは規模はともかくとして、ダンジョンがあることは確定だな」

 「はい、そこはほぼ確定だと思います。

  情報を伝えに来たダイドールは、この情報の価値があまり分かっていないようですが、領地の誰かがそれに気付き、とりあえず第一報を大急ぎ送ってきたようです」


 国の富の源泉はダンジョンだ。 ダンジョンから湧いてくるモンスターがもたらす魔石こそが、この砂漠の国のあらゆる富の元なのだ。 魔石があるからこそ、それを利用して魔道具が作られ、誰もが水や火を手軽に手に入れることが出来、この元は砂しかないような世界で暮らして行ける。 魔石が手にはいらなければ、水も火も簡単には手に入らず、それこそこの国は魔力を持つ者しか暮らせない国となってしまうだろう。


 「ウィーク、ブレイズ子爵家の領地ではアトラクションで人を呼んだりしているから、この件を完全に秘密にしておくことは無理だろう。 それでも、可能な限り秘密にするように伝えろ。 それからダンジョンについて解ったことは、細大洩らさず私に報告するように」

 「了解しました。 子爵には家宰のダイドールの口から伝えるだけでなく、私の手紙も持たせようと思います。

  本当は私自身が領地に行って、細かく打ち合わせをすれば良いと思うのですが、私が動くと目立つと思うので、今はそれで」

 「そうだな、その方が良いだろう」


 この砂漠の国は、私の祖先にあたる初代国王が建国してから、わずか200年少しの若い国だ。

 今となっては事実は忘れられてしまったのか、わざと隠されてしまったのかは分からないが、何らかの理由があって初代国王とその仲間たちはこの国のあたりにやって来た。 そして今は東のダンジョンと呼ばれる小さなダンジョンを見つけて、それを最初は頼りにして、この国が建国されたのだ。

 東の町のダンジョン近くには、この国ではとても珍しい自然の湧水があり、そこにだけほんのいくらか緑があり、それを目指してやって来た祖先は、その近くにいたモンスターを見つけ、すぐにダンジョンを見つけたのだ。


 東のダンジョンから採れる魔石を使用して、その場つまり今の東の町から、祖先による村作り、町作り、国作りが始まったのだが、それはなかなか難しいことだった。 砂漠の砂と風は、最初の湧水地の周り以外ではなかなか木や作物などの栽培を許さず、魔石による魔道具である程度都合の良い場所で水を使う事が出来るようになったので、すぐに栽培にもっと適した風の弱い場所に畑や林が作られることとなった。 それが今の北の町の辺りだ。

 そうして北の町の辺りが、開発されて畑や林が出来始めた時、北の町のダンジョンが見つかったのだ。 北の町のダンジョンは東の町のダンジョンとは違い、見つかってすぐの時にはその規模がどんどんと大きくなり、採れる魔石の数も増えていった。 それにより耕作できる土地も広がっていき、人口も増えてきて、王都が作られ、漁業や他国との貿易口となる南の町が作られ、歓楽街である西の町が作られた。


 こうして発展してきたこの国なのだが、その発展は建国から50年程度で止まってしまった。 それは採れる魔石の量で、発展させられる限界が訪れてしまったからだ。 だから歴代の王は、新たなダンジョンの発見を目指して、常に探していたのだが、今まで東と北の二つのダンジョン以外には、全く発見出来ないできたのだった。



 それから二週間して、次に来た報告では、発見されたダンジョンは当初屈んでやっと入れる程度の穴とのことだったが、思ったよりも立って入る事が出来る大きさだったと訂正されていた。 そして今現在2組の冒険者パーティがその内部の偵察に当たっているが、まだはっきりした規模は分からないとのことだった。


 「ウィーク、私の治世に新たなダンジョンが発見されたことを、どの様に考える?

  何でも思ったことを言ってみろ」

 私は国の重臣でも何でもない、表面上はブレイズ子爵家の執事となっているウィークに意見を求めた。 

 「はい、陛下。

  私は今回ダンジョンが発見されたことを除いても、変革期にきているのだと思います。」


 私もこの国が変革期に来ていることは感じている。 100年を大きく超える停滞は社会が固定化してしまい、色々な弊害を生んでいる。 大きな混乱が起きなかったのは、この国が他からは魅力が乏しい国で、内部でも何かを起こしてまで得られる物がほとんどなく、リスクを犯してまで現状の変化を求める意味が薄かったからに過ぎない。


 「変革期に来ているという認識は正しいと思うが、ダンジョンが『発見されなくとも』とは、どういうことだ?」

 「陛下ももちろん分かっていることでしょう。

  ブレイズ子爵が現れ、新しい方式の魔道具が作られました。 今、そのお陰で以前よりも多くの水の魔道具が作られるようになり、耕作地が増えています。

  つまりダンジョンが発見される以前から、百数十年変わる事がほとんどなかった状態が変化し始めたのです。 ブレイズ子爵の領地なんて、行ってみると本当に驚いてしまいますよ。 そしてエリス様やリズ様が子供を産んだように、かの領地ではどんどん子供が生まれているようです。 大きくなっているのです。

  これがこの国の大きな変化でなくて、何が変化なのでしょう」


 そうなのだ、ブレイズ子爵が新しい魔道具を発明してから、魔石の繰り返し利用が出来るようになり、採れる魔石の数は以前と変わらなくとも、水の魔石として使える魔石の数が増えた。 そのお陰の耕作地の増加と社会の変化の兆しだ。

 今は水の魔道具は昔からの魔道具に限定しているが、その限定を外したブレイズ子爵の領地では、素晴らしい速さでの変化が起こっているらしい。 その成果を検証した上で、国全体で新しい方式の水の魔道具に移行していくことも考慮しなければならないと考えてもいたのだ。


 「そうだな、確かにもう変革は始まっていた。

  その上での新しいダンジョンの発見だ。 私はより一層今は変革期であると確信した」

 「そうでしょうか。

  私は逆にダンジョンが発見された事が、変革にブレーキをかけないかと心配になります。 新しい方式の魔道具を使わなくとも十分な量の魔石が確保できるのだから、今までの形で構わない。 現在の利権を維持するために、そういうことを言い出す人の出ることを私は懸念しています」

 「その懸念は私も持っている。

  今、水の魔道具に関しては、子爵の領地以外では新しい方式の魔道具は認めていないのも、そこに問題があるからだ。

  少なくとも水の魔道具はそうしておかねば、うるさく出てくる者がいるからなぁ」


 ウィークももちろん誰がということを明らかにしなくても、大きく同意している。

 その誰かとは亡き父の弟、つまり私の叔父に当たる侯爵だ。 そしてまだ私には息子がいないので、私の代となり公爵となってはいるが、女王を認めていないこの国では、王位継承権1位でもあるのだ。

 叔父で、王位継承権第1位ということは、政治的にかなりの重みがあるのだ。


 「新しいダンジョンの発見が、広く知られるようになれば、いえ、広く知られる以前であっても公爵が知れば、何らかの横槍を入れてくるのではないでしょうか」


 ウィークもはっきりと人物を特定して話してきた。


 「ああ、それは確実だろうな。

  だからこそ、出来るだけ秘密にするようにと言ったのだが、遅かれ早かれ公爵の知ることとなるのは避けられないだろうな」

 「はい、完全に隠すことは無理だと思われます。

  子爵家と組合には手を回してなるべく隠そうとしても、人の動きなどで分かってしまうのは防ぎ様がないでしょう」


 新たなダンジョンが発見されたことを公爵が知れば、確実に横槍が入ってくると思う理由がある。

 根本的にダンジョンは今までは王家で管理してきたのだ。 その為に、東の町も北の町も、王家が直接に支配する土地となっている。 この国の発展の基礎はダンジョンから採れる魔石によるから、それは当然のことと見做されている。

 今回ブレイズ子爵家の領地にダンジョンが発見されたということは、前例のない出来事である訳で、どういった形でそのダンジョンの利用を図るかも大きな課題となるのだ。

 きっとその点を公爵は激しく問題とするだろう。


 「とにかくまずはダンジョンの規模が分からなければ、何とも判断の下しようがないな。

  東のダンジョンと比べても採れる魔石の量が少ないという規模ならば、魔石の供給量に大きな変化はないだろうから、さほど問題にはならないかも知れない。 だが、逆に同程度もしくはそれ以上の量が採れる様だと、それは国としては喜ばしいことではあるのだが、大きなもめ事となることだろう」

 「そうですね、陛下。 私としてはどちらを望んで良いのか迷うところです」


 「何であれ、ダンジョンだけでなく、領地の急激な変化もこの目で確かめる必要がありそうだな」

 「陛下、それはなかなか難しいことですね。 一臣下の領地、それも最も王都から遠い臣下の領地を陛下が訪れるのは、なかなか理由付けが難しいことでしょう」

 「今は、そんなことは言ってはいられないだろう。 実際に見てみないことには、今後の政策を立てることは出来ないだろう。 誰かが見てきて、その結果を勘案して今後の政策を奏上してきても、私自身がその政策の是非を、実際に見ていないのでは判断のしようがない」


 さて、何らかの策を講じなければならないだろうと思う。

 とてもではないが、何かの理由を付けて正規の御幸とすることは難しいだろう。



 陛下は各町の視察を行うことにした。


 一番最初に南の町の視察に行った。 南の町は他国との交易と漁業の中心となっているので、何代か前に公爵となり、今は侯爵となっている王家の分家といった感じの貴族が治めている。 そんな領主家でも、陛下自らが視察に来るということは今まではあまりないことだったので、色々と準備に追われた様だ。


 そして次に西の町に視察に行った時は、領主である公爵が陛下を迎えるのに領主邸で大きな宴会を計画する騒ぎとなった。 陛下は、「公爵、わざわざ歓待の宴を計画してくれたことは嬉しいが、今回は町の視察が目的なので、宴はまた別の機会に」と断ると、公爵は「それでは次の機会には是非に」と答えていたが、不満が顔に出ているのに誰もが気づく様な状態だった。

 その次は北の町の視察に行き、最後の東の町に行く前には、陛下は「4つの町の視察を終えたら、しばし休息を取る」と公言した。 陛下の4箇所の視察に、その準備やら警護やらに追われていた者たちは、その陛下の言葉にやれやれと胸を撫で下ろした。

 「流石に陛下も4つの町をこの短期間に次々と視察なされては、お疲れも溜まったことであろう。 しばらくは王宮の内廷で御ゆっくり休まれることにするのであろう」


 そんな風に、ちょっと油断していた陛下の周りの者たちであったのだが、東の町の視察には王妃様も王女様も一緒に向かうということになり、慌てることとなった。 陛下のお付だけではなく、王妃様たちのお付も東の町に行くこととなると、その規模が単純に倍になる。

 「私たち2人は、公式な訪問ではなく、陛下に便乗するだけだから、大袈裟にはしない様に。 それに私たちが訪ねてみたいのは東の町の百貨店だけど、今は子爵も子爵夫人も居ないことは分かっているから、本当に見てみるだけだから」


 王妃様のそんな言葉もあり、王妃様と王女様は百貨店内の視察をするだけとなり、陛下が他の場所を視察する間は、百貨店の二階に設けられた休憩のための部屋で陛下の戻りを待つことにして、警備の負担を減らすこととなった。

 とはいえ、他の三つの町での警備より、厳重になってしまうのは仕方ない。

 陛下たちが百貨店で馬車を乗り降りする時には、前後はもちろん警備の馬車が張り付くのだが、陛下の馬車の真横にも直接陛下たちの馬車が見えない様に、厚いカーテンで視界を遮った馬車が横付けされて、周りからの視線を完全に遮る念の入れ方になってしまっていた。


陛下たちの乗ったと思われる馬車は、前後を警護の馬車に挟まれた形で、王都へと戻って行った。 視線を遮る為に使われた馬車は、陛下たちの馬車が出発しても少しの間その場に留まったままだったが、やがて百貨店内から出てきた御者が乗り込み、移動して行った。


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[気になる点] うわぁ、ステルスで行くきだぁ。 いつかは来ると思ってたけど3人揃ってくるのかぁ……
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