村のダンジョン
手紙を送ったらアラトさんは、その手紙を持って行った雑貨屋の馬車が村に戻って来るのに便乗して、すぐに村にやって来た。
「何だか面白そうなことになっているな。 こんな話、他の奴に譲ったらもったいないから、すぐに来たぞ」
アラトさんはそう言って、手荷物一つ持ってやって来た。
「アラトさん、早かったですね。 たぶんアラトさんが来てくれると思っていたのですけど、ここまで早く来るのはちょっと考えていませんでしたよ」
「新しいダンジョンが発見されたなんて、すぐに噂が広まって、そうしたら冒険者なら誰でも来たがるだろうと思うからな。 早く来るに越したことはないと思ったんだよ。
ま、手紙を見た瞬間に、この手紙を持ってきてくれた御者さんを探したことは褒めてくれよ」
確かにそれはそうだ。 もし店の御者さんと一緒に来ないで、自分でこの村まで来る馬車を見つけようとしたら、流石に最近はアトラクションのおかげでこの村に来る馬車も増えているけど、それでも一緒にアトラクションを見に来る人たちを見つけたり、その人たちの予定に合わせたりと、ここに来ることが出来るのはかなり先の事となっただろう。
「そうですね。 その機転、さすがです。」
「そうそう、あの御者さんには世話になった。 あんたからの手紙で村に呼ばれたと伝えたら、超格安で同道させてくれたんだ」
「そうですか、それはよかったです。」
アラトさんをベークさんの宿屋に案内して、泊めてもらうように手配をした。
夕食時にはおばさんとサラさんが主になってやっている食堂で、僕たちと一緒に食事をしながら、軽い打ち合わせをすることにした。
エリスとリズもアラトさんとは今までに何度も会って、気安く話をする間柄になっているので、食堂の方に来たがったのだが、今回は留守番だ。
まだ、赤ん坊が小さいから、食堂に来ることが出来ないからだ。 また2人だけでなく、おじさん、おばさんも2人と共に留守番だ。
正直に言えば、赤ん坊の問題がなければ、アラトさんに家に来て貰えば良い話だ。家ではまだ赤ん坊の世話に追われていて、落ち着いて話をすることができないから、食堂で話をすることにしたのだ。
御前様は、子供たちのためにおじさんとおばさんが家の方に残ったので、自分もそうしようかと迷ったみたいだが、冒険者という存在と親しく言葉を交わすという誘惑が勝ったようで、食堂の方にやって来た。
アンダンさんをお供に連れてやって来た御前様が、アラトさんを興味深そうに見て、言葉をかけると、アラトさんは緊張仕切った顔をして答えていた。
御前様はその緊張する姿を見て、少し離れたところに席を取って、いつもの火の魔技師さんたちと軽く話しながら、ちょっとアラトさんを落ち着かせようとしているみたいだ。
「ああ、びっくりした。
俺、冒険者といっても、庶民出の冒険者だから、あんな上位貴族の人と話したことなんてないんだよ。 どう見ても上位貴族だよな、あの人。
何であんな上位貴族の人が、こんな田舎の村にいるんだ。 アトラクションを見にきているのか?」
アラトさんがそんな風に僕たちに尋ねてきた。
「まあ、上位貴族といえば、上位貴族だな。 一応、元伯爵だから」
アークがそんな風に言った。
「でも、何も緊張する必要はないぞ。 あれは俺の爺さんなんだ。 それでこの村に来たら居着いちゃっただけだから」
「そうだった、あんたたちは貴族だったんだよなぁ。 あの貴族様は爺さんなのか。
どうも俺は、魔道具屋の人たちという意識が強くて、それを忘れちゃっているんだ。
こんな言葉使いじゃ問題だな」
「言葉使いは構わないですよ。
僕らは貴族になるより前から、魔道具店の店員ですからね。 そして今でも店員でもあるのだから」
「そう言ってもらえると、俺としても話しやすくて助かる。
なんか急に敬語を使うのも、何となく恥ずかしくて、なかなか口から出そうもないからな」
「大丈夫ですよ。 カランプル君もアーク君も以前のままの口調の方が良いと言ってくれて、私も以前のままですから」
最後の言葉は組合の支部長さんだ。 今回の打ち合わせに、支部長さんにも来てもらったのだ。
村で新たに発見されたダンジョンが、もしある程度恒久的にモンスターを狩ることが出来て、魔石をある程度常に得られるようになるなら、それを買い取る組合にも話に加わっていて欲しいからだ。
「とにかく、まずはダンジョンの現状をしっかり確認してみることですね。
明日の探索には私もダンジョンの入り口が見えるところまでは行くつもりです」
翌日の探索にはアラトさん、僕、アーク、ターラント、そして支部長さんというメンバーで朝から向かった。 アラトさんは入り口の大きさから、中に入れるかどうかを気にしていたが、「一応いつもの装備はきちんと全部持ってきた」と言っていた。 つまりライトなどの装備も持ってきているということなのだろう。
「おい、話に聞いていたより、入り口が大きいんじゃないか」
ダンジョンの入り口が見える所まで行ってのアラトさんの第一声がそれだった。
「あれ、確かに僕が見た時より大きくなっている気がします」
ダンジョンの入り口は、僕が前に見た時、まだ10日も経っていないのだが、その時よりもずっと大きくなっている。
「僕が前に見た時は、本当に屈んでも無理なくらいに小さな穴だったんだけどな」
「カンプ、遠くから見ただけで良く確認しなかったんじゃないのか。 あれは確実に立ったまま入れる大きさの穴になっているぞ」
アークが僕にそう言って、僕の言葉を疑ったが、そんなことはない。
「いえ、私もカンプ様と一緒に見ましたから、確かです。 前に見たときとは穴の大きさが変化しています」
ターラントが僕の言葉を保証してくれた。
アラトさんはダンジョンの入り口について感想の言葉を言ってからは、僕たちの会話に加わらず、何だかちょっと考えているようだ。
「穴の入り口付近には火鼠が居ますね。 今、見えるだけでも8匹も居るみたいです。
どうしますか、こちらにはアラトさんが居るとはいえ、他はみなレベル1ですから、火鼠とはいえ1人2匹が限度でしょう。 それさえ、たまに居る魔力を多く持つ個体がいると問題が出るのですが。」
支部長さんが考えていたよりも、火鼠の数が多かったのだろう。 言外に一度撤退して人数を増やしてもう一度来た方が良いと提案してきた。
「アラトさんもいますし、あのくらいの数なら大丈夫です。
支部長さんは予定通り、ここから見ていてください。 ターラント、大丈夫だと思うけど、もしかしたら辺りにモンスターが出ているかもしれない、一応支部長さんの護衛として残って」
「はい、了解です。 カンプ様、アーク様、お気をつけて。 アラトさん、よろしくお願いします」
ターラントがあっさりとそう答えたのが、支部長さんはちょっと意外だったようで、驚いた顔をしたが、僕とアークはちょっと微笑んで軽く支部長さんに会釈して、穴の方に向かって歩いて行った。
「カンプ、お前左側担当、俺、右側な。 とりあえず穴の外の火鼠は俺たちが狩りますので、アラトさんは中に入ってからでお願いします」
アークの言葉に僕は両手に杖を持つ。 左手の吸収の魔石がついた杖のスイッチはもう入っているから、火鼠程度何の問題もない。
僕とアークは火鼠の攻撃を左手の杖で吸収していく、すぐに火鼠たちは魔力を使い果たして動けなくなっていった。 その動けなくなった火鼠を、右手に持っていた火の魔石のついた方の杖で、首を落としていく。
「カンプ、この火の魔石の杖、冒険者に売れるんじゃないか。
前に火鼠の魔石を採った時は、動けなくなった火鼠をナイフで切っていたから、火鼠の血が散って嫌だったじゃんか。 これだと直接触らずに少しだけ離れた位置から切れるから、血がつかないのがすごく楽だよ」
「そうか、これ決闘と護身用にしか考えてなかったけど、確かに冒険者が買ってくれるかもしれないな」
僕らが呑気に話しながら穴の入り口付近にいる火鼠を片付けていると、アラトさんがちょっと呆れたような声で言った。
「そうだった、お前らはレベル3の伯爵に勝ったり、冒険者の強盗を捕縛したりしているんだったな。 それなら火鼠くらいは何の問題もないよな。
普通のレベル1の魔技師と思っていちゃダメってことだよな」
穴の探索は結局そんなに進まなかった。
僕とアークは穴の中に入れる大きさだとは思っていなくて、ライトを持ってきていなかったし、穴の入り口付近にも火鼠が外よりも居て、結局中でも僕は4匹、アークとアラトさんは5匹づつの火鼠を狩ったからだ。
アラトさんは火鼠だと5匹狩ったらば、普段でも撤退しているらしい。 冒険者としては3匹狩れれば、魔技師が1個魔石に魔力を入れた時の代金になるので、それ以上になればかなり良い身入りらしい。 アラトさんの5匹は帰りの安全を考えての数字らしい。
結局、この日は合わせて22匹の火鼠を狩っただけで、探索はあまり進まなかった。
火鼠は全てアラトさんに進呈して、ここまで来てもらったお礼にすることにした。
もちろん魔石は組合で買い取ってもらい、火鼠の死骸は子爵家で買い取ることにした。 ターラントがすでに死骸の肥料化を計画し、立ち上げたと言うので、全面的に任せることにした。
その翌日も、僕とアークはアラトさんと共に、新しいダンジョンの探索をした。
今度は外は4匹しか居なかったのだが、中は前日と同じような感じで、僕とアークもライトを持って行ったのに、探索はほとんど進まなかった。
結局、火鼠を21匹狩って、ほんの少しだけ奥に行っただけで、ダンジョンはまだまだ先がありそうだった。
「どう思いますか、アラトさん」
「うーん、このダンジョンはまだ発見されたばかりだから、安定してないのかもしれないな、入り口の大きさが短期間に変わったのも、そのせいかも知れない」
「安定してない、なんていうことがあるのですか。 僕はダンジョンというのは、もう出来上がっているものだと思っていました」
「まあ、俺も文献でしか知らないのだけど、北のダンジョンが最初そんな感じだったらしいぞ。 日に日に大きくなっていった、なんて記録には残っている」
「そうなんですか。 僕は冒険者ではなくて魔技師ですから、そういう事は学校では習ってないので」
「ま、俺も学校で習ったはずなんだけど、そんなことは全く知らなかったさ。
ただ、最近、北のダンジョンも少しだけど今までより広くなったと話題になって、それで昔の記録が改めて注目されたから知っていただけだよ。
ずっと一定だと思われていたんだけどな。
でも、北のダンジョンだって隅々まで解ったのは、あんたの所でライトを売り出したからだからな。 もしかしたら、今までも少しづつ変化していたのかもしれないし、本当のところは分からない」
僕はそういったダンジョンのことは今までは興味がなかったし、全く知らなかったので、アラトさんの話を興味深く聞いていた。
「しかし、この調子じゃあ、ちっとも探索が進まないな。
お前ら2人もダンジョンの探索ばかりに時間を使っている訳にはいかないんだろ。
一度町に戻って、俺の冒険者仲間ともう1組くらい連れてくるよ。 どうやら少なくとも2組くらいの冒険者パーティーが食っていけるくらいの魔石は取れそうな感じだからな。
食っていけさえすれば、知らないダンジョンなんて、冒険者なら絶対に入りたい場所だからな、すぐにこっちに来るだろうさ」
アラトさんは、そう言って、一度町に戻って行った。
僕は、村に来るための馬車の手配は請け負うので、予定が立ったら百貨店の店長に伝えて欲しいと伝えた。
あけましておめでとうございます。
新年になって確認してみたら、総ポイントも1000ptを超えていて、ブックマークも300件を超えていました。
ありがとうございます。
まだまだ続きますので、今年もよろしくお願いします。




