3度目は
最初、王女様のおねだりから始まった光のアトラクションは、僕たちの村に思わぬ利益を生み出してくれた。
アトラクションを見せる施設が出来てすぐには、リズの実家、アークの実家、それからアークの家の分家であるウィークの実家、そしてフラン、リネの実家からも良い機会だからと村にやって来た。
まあ、フランとリネの実家は、それを口実として、フランとリネの普段の生活状況を見に来たのかもしれない。
フランとリネの実家は准男爵ということで、ゲストハウスは伯爵の別邸をイメージして作られていたので、ちょっと泊まるのに躊躇いがある感じだった。
そういった村の関係者が終わると、王都の館には、他の貴族からの訪問希望が次々ともたらされ、毎週の様に村を訪れる貴族があるようになった。
僕とエリス、そしてアークとリズはその貴族たちへの対応が仕事のようになってしまったのだが、御前様がいてくれることで、貴族たちの我が儘を抑えることが出来て、とても助かった。
そんな風に、ちょっと大変な貴族の訪問客なのだが、そこでもたらされる謝礼は、訪問貴族が多くなるにつれ、なんとなく相場が決まってきて、その相場が随分と高く設定された。
そして僕たちは、知らないうちに、貴族たちの中でとても多くの人と言葉を交わす存在となったのだが、それは珍しい存在らしかった。
ベークさんが来てくれて宿屋兼パン屋が出来てからは、王都の魔技師たちをはじめとした庶民たちも、アトラクションを見に来るようになった。
こちらも盛況で、庶民の方は百貨店に窓口を作って、受け付けるようにした。
僕の感覚としては、庶民が自分の仕事を一週間近く休まねばならない旅行なんて、そうそう出来ることではないと思っていたのだが、意外なことに、庶民の中でも村のアトラクションを見に行く事は流行って、時期によっては順番待ちの状態になった。
どうやら、水が今までより多く使えることによって、耕作地も増え、それによって庶民も含めた全体的に経済が上向いて、こういうことにもお金が使えるようになって来たらしいのだ。
町から離れた村に引っ越して暮らす僕たちには、そういった実感は全くなかったのだが、魔石を何度か繰り返し使うことができるという、僕たちが開発した技術は僕の知らないところでそういった経済的な効果をもたらしていたらしい。
村もなかなかの好景気だった。
宿やアトラクションの代金はなるべく安くと設定したけど、それでも今までより何かと消費する物が増え、作物その他が多く必要となり、村人はそれに合わせて耕作地を広げたり、畑の給水施設の増設をした。
特に後から村にやって来た元村人たちは、この増えた需要の恩恵で、自分の農場の経営が当初の見込みよりも早く成り立ったようだ。
ペーターさんたち御者をしている人たちも、忙しく馬車で人や物を運んでいる。
お土産用に作った、色を変えるスイッチを付けたライトもよく売れ、ベークさんの店で売られる、ルルドのドライフルーツを使ったケーキは、この村の名物になった。 こちらはやって来た貴族がお土産として買っていくほどの評判だ。
とにかく、光のアトラクションのおかげで、少し資金難で滞っていた植林計画は、今まで以上のペースで進み、今までなかなか手を付けられなかった、建材用の木を植えたり、ルルドの木以外の果樹を少し風下側に植えることまで出来るようになった。
風上側にしっかりと林が出来て、街中の街路樹もある程度大きくなってきたからか、村は僕たちが初めて来た時から比べると、ずっと風が穏やかになり、木陰が増えたからだろうか、気候も過ごしやすい感じに変わった気がする。
街を囲む畑はともかくとして、街の中にもう高い塀は必要ないような気がするまでに変わっていった。
僕たちが貴族になって3度目の叙爵式は、今までの時とは違い、僕たちの間では落ち着いたモノとなった。
過去2回は誰かしらの叙爵やら何やらで、人数も多く王都に来なければならなかったり、その準備に追われたりと慌ただしかったのだが、今回はブレイズ子爵家に関する叙爵はなかったからである。
それに加えて、大きな理由があった。 なんと今回の叙爵式にはエリスとリズが参加していないのだ。
領地の経営も3年が過ぎ、アトラクション施設の成功で、なんとなく一段落という感じになったのだが、そこで今までは我慢していたおばさんの、
「今を逃したら、次はいつこんな風に少し落ち着いた時が持てるか分からないわ。 あなたたちは口では、のんびりと過ごしたいと言うのに、何かと忙しくする才能には長けているのだから。
とにかく今、子供を作りなさい」
という、厳命が下ったのだ。
おじさんと御前様も、おばさんの言葉に大賛成である。
僕たちも、なんとなくそんな気がして、いや、これからはのんびりと怠惰な生活をするのだぞと思って、その言葉に同意したのだ。
それに、村では本当にここのところベビーブームで小さい子供が増えていて、そんな子供を見ていると、僕たちも結婚しているのだから子供が欲しいという気持ちが湧き上がってきていたんだよね。
という訳で、2人とも、いやラーラも加えて3人とも妊娠中で、今回の叙爵式には参加しなかったのだ。
「エリスとリズが王都に来ないのはつまらないわ」
「こら、おめでたいことなのだから、そんな風にいうものではありません」
王都の子爵邸のリビングには、お忍びで王妃様と王女様が来ていて、王女様の言葉を王妃様が嗜めていた。
「エリスもリズもお腹が大きくなっちゃいましたから、領地から王都までの馬車の旅は、もうちょっと無理と判断する時期になってしまったんですよ」
僕がそう説明すると、
「予定は何時ごろになるの?」
「はい、あと3ヶ月から4ヶ月というところです」
「そうね、それじゃあもう大事にしなければいけない時期ね」
王妃様にアークが答えた。
「つまらないという気持ちは、私も分かるのよ。
エリスもリズも、王宮に居るのでは経験できない様々なことを話してくれるのですもの。 私たちが2人に会って話をすることをとても楽しみにしているのは本当よ」
「ありがとうございます」
「でも、次に会う時には子供を見せてもらえるのが楽しみだわ」
「5ヶ月後か、それでも随分先だなぁ」
「いえ、王女様、5ヶ月後というのはまだちょっと無理なんじゃないかと」
王女様のせっかちな言葉に慌てて反応したアークを、王妃様と僕はちょっと笑ってしまった。
「それにしても、このケーキは本当に美味しい」
「そうね、貴族たちの間でお土産として評判になっていると聞いたけど、それも解るわね」
ベークさんの作るルルドの実の入ったケーキは、ルルドの実のドライフルーツを酒に浸して柔らかく戻して中に入れているので、そのアルコール分もあり日持ちがする。 お土産用として、最初から日持ちも考えて作られているのだ。
「はい、このケーキはお土産用として、とても評判が良いんです。 それで今回は王女様と王妃様に試してもらおうと思って、持って来たんです」
「本当に美味しいわ。 とても腕の良い職人さんなのね」
僕は正直なところ、ベークさんのお店のパンやケーキはとても美味しいと思っているのだが、他の店のモノを知らないのでなんて答えて良いか分からない。 アークに任せた。
「はい、とても腕の良い職人なんです。 少し前まで東の町で店をしていたのですけど、僕らの村に来てくれたんです」
「えっ、もしかして、前にエリスに連れて行ってもらったお店なの?」
王女様は前にエリスと東の町で寄った店を鮮明に覚えていたようだ。
「はい、そうですよ。
東の町の店は大きくなり過ぎたって言って、本当に自分の手で作れる範囲の物を作りたいと、私たちの村に移ってきてくれたんです。
ですから、今は東の町の店は弟子たちがする形になっています」
「えーっ、私、またあのお店に食べに行きたかったのに」
王女様は残念がっていた。
「それで評判の光のアトラクションとは、一体どういうモノなの?」
王妃様に聞かれたが、うん、この話題は出ると思っていた。
「はい、基本王女様に献上したあの光の魔道具です。 ただ、それを少し多めの人数で一度に見やすいように設計した建物で見せているだけです。
そもそもが、王女様がお友達に見せたのが評判になって、それでどうしても見てみたいのだけど、まさか王女様に頼む訳にはいかないからと、私たちのところに話が来て、その声を抑えることが出来ずに作った施設ですから」
「ですって。 元々はあなたがお友達に見せたからだって」
王妃様は王女様にそう言った。
「だって、あんなに綺麗なんですもの、他の人にも見せたいと思うのは仕方ないと思うのです。 お母様だって、本当は見せたいって言ってたじゃないですか」
「でも、そのために子爵は施設を作ったりとかの迷惑を受けたのよ。 あなたはそれを謝らねばいけないわ」
「子爵、ごめんなさい」
僕は慌てて言った。
「いえ、迷惑なんて、そんな事はありません。
私たちの領地は王都から離れていますから、あまり人が訪れることもなかったのですが、アトラクション施設を作ったおかげで、王都の貴族の方だけでなく、庶民も領地の村に来てくれるようになりました。
王女様があの魔道具を作るように言ってくださって、そして変な言い方かもしれませんが宣伝してくださったお陰だと思っています。
それがなければ今のように、あんなに王都から離れた地を訪れてくれる人なんていなかったと思います」
「お母様、逆にお礼を言われちゃいました。 でも私もそのアトラクションも見てみたいな」
王妃様と王女様が王宮に戻ってしばらくすると、それと入れ替わるように陛下がやって来た。
「今年はブレイズ家に関する叙爵がなくて残念だったな。
まあ、女性たちが来ることが出来なかったから、面倒がなくて良かったかもしれないな。 それに2年連続で一つの家に叙爵があったりという方が数少ない例だからな」
陛下はそんな風に言って、僕たちを慰めてくれたみたいだが、僕たちは全く気にしていなかった。 というより、爵位をもらったりというと、逆に面倒が増える気がするから、何もなくて安心していたというのが本音だったりするのだけど。
「ところで、領地の経営は随分と順調なようだな。
全く税が上がってこなかった地だったのに、随分と税が上がって来るようになった。
それに、最近そなたたちの領地に行った者の話によると、『以前とは全く見違えるような緑の多い土地に生まれ変わった』と聞くぞ」
「はい、僕たちが計画していた以上に順調に領地経営が進みました。
一時資金難で滞っていた植林も、アトラクションのおかげでまた以前にも増して進んでいます」
僕の領地から上がる税収の半分は王宮に納められる。 陛下はその数字を見るのと、領地の方に実際にやって来た人から話を聞いて、僕たちの領地の経営状態に関してはきちんと把握しているようだ。
「新たに領地を得た者が、その領地の経営を上手く行えるかどうかをは常に細かく見ているのだが、お前たちはちょっと特別であったな。
確かにお前たちは他の貴族の多くとは違って、有力な魔道具店と雑貨店を先に経営していて資金力があったのかもしれない。 でも領地の改良に取り組み、特産品を作り、そして今回は人を呼ぶ方策を考えた。
王宮も他の貴族も、お前たちのことを注目している。
お前たちは、まあウィークは別かもしれないが、アトラクションの施設に貴族の誰かしらがひっきりなしに観に来る理由を考えていないだろう。 確かに単純に話題のアトラクションを見なければという気持ちに駆られている者も多い。 だが中には、注目を今現在集めているお前たちと、とりあえず伝手を持っておくためにと考えて、観に行っている者も貴族には多いのだ。 そこは心していよ」
なるほど確かにそういう視点を僕たちは持っていなかったと思う。
でも、僕たちは本来なら王都から遠く離れた領地に引きこもってしまうような、新興の家だよ。 王都の貴族たちに何ら影響を与えるような存在とは思えないのだが。
僕たちが王都に割と足繁く通っているのは確かだけど、それは陛下たちのお忍びのカモフラージュのためであって、それがなければ、本当にこの授爵式の時にしか王都に来ないような外れ貴族だったと思う。
もし僕たちが王都の貴族の注目を集めたとしたら、それは半分以上陛下のせいではないだろうか。
と、思いはしても陛下にそんなことを言う訳にはいかない。
「ま、今はそんな事はどうでも良い。
カンプ、アーク、そろそろ出かけるぞ」
陛下が王妃様たちと一緒にこなかったのは、夕方遅くからお忍びで出掛ける都合があったからだ。 流石に夜の町に王妃様と王女様も連れて出る訳にはいかない。
最近の陛下のお気に入りのお忍び先は、夜のごく普通の酒場だったりするのだ。
陛下は本当に生の民の声を聞くことが出来ると、ご満悦なのだが、付き合う僕たちは酒を注文してもまともに飲む訳にもいかず、周りの酔客に気をつけたりと大変で、嫌なのだけどね。
僕たちはそんなものだけど、秘密裏に護衛している騎士たちは本当に苦労しているだろうなぁ。




