新たな売れ筋
「カンプさん、見てください。 こんなのフランに作ってもらったんです」
リネが僕に向かって、そんなことを言ってきた。
「これって、新しいカンプ魔道具店の商品にならないですか?」
リネのそんな言葉に興味を引かれて、僕だけでなくアークも近づいてきた。
リネは台の上に棒が立ち、その棒に横棒がついただけの道具を出してきて、テーブルの上に置くと、台の一部を触った。 どうやらそこにスイッチがあったらしい。
すると、その横棒の片側から風が出てきたみたいで、リネの髪を揺らした。
「どうですか、この風の魔道具。 暑くて風もない日、または風が強くて窓を開けていられない日、そんな日でも風に吹かれることができるのです。
私、絶対売れると思うのですけど」
今現在のカンプ魔道具店は、実はちょっと停滞している。
というのは、調理器やぱんやき竃といった火の魔道具だけでなく、ライトなどの光の魔道具、それにダンジョン用に開発した魔道具も、大体普及してしまって、もちろん魔力を溜める魔石はコンスタントに売れているというか補充のために作っているのだが、魔道具自体はほとんど売れていないのだ。
魔道具店なんて本来そんなもので、今までが旧来の魔道具から、魔力を溜める魔石を使うカンプ魔道具店式の魔道具への切り替えで、特別な需要があっただけのことで、この状態が普通のことなのだ。
でも、常に魔石をもっと売りたい組合長のハッパはともかくとして、新たな魔道具を作って売りたい魔道具店としては、少しどうにかしたいと常々思ってはいるのだ。
正直に言えば、そうでないと領地経営の事ばかり頭の中で考えていて、何だか自分の立ち位置を間違えそうな気がしてしまうのだ。
僕らの本業はカンプ魔道具店とエリス雑貨店、という立ち位置は崩したくない。
ちなみに雑貨店は、村も百貨店も「エリス様の雑貨店」と言われることが多くなり、エリスが「様の」と付くのを嫌がって、それなら魔道具店と同じ様にと、正式に「エリス雑貨店」という名前にしたのだ。
おじさんが主にやっている時は、最初はなんだったか、ちゃんとした名前があった気がするのだが、長く単に雑貨屋と言われていて、百貨店を作ってからは百貨店が通り名だった。
その後、エリスが有名になってしまったのと、おじさんたちが半ば引退して、エリスが主になって経営する様になったので、「エリス様の」と言われる様になっていたのだった。
「道具としては、その道具はありだと思うのだけど。 売り物にはならないと思うよ。」
と僕はリネに冷静に言った。
「魔道具って、自分で作っていると忘れてしまいがちだけど、実は結構高価な物だよね。 特に僕たちが作っている魔道具は最低でも魔石を2個使っている。
単純に顔に風を吹き付けるだけの魔道具に、多くの人がお金を使うとは思えないんだ。
貴族なんかなら、買うかも知れないけど、カンプ魔道具店は基本的には庶民を対象にした店という線は崩したくないんだよ。
実は前に荷物を運ぶための魔道具を試作して失敗した時に、風を吹き出すということに着目して、今回のリネの提案するのと同じ様な道具を考えたことがあるのだけど、そう考えて、その企画はボツにしたんだ」
「あー、そうなんですか。 良いアイデアだと思ったのですけど、もう既に考えられていたんですね。
フランも私に作ってくれたけど、それ以上は何もしようとしなかったのは、前に検討したことがあったからなんですね。
やっぱり、なかなか新しい売り物になる魔道具って難しいんですね」
「そうだね。 ダンジョンに持って入るための魔道具は話が別だけど、普通の魔道具は個人のモノではなくて、一家に一つという様な感じになっちゃうからね。
調理器も、パン焼き竃も、ライトもそんな感じの物だろ」
「はい、確かにそうですね」
リネはがっかりしたけど、納得したという顔をした。
僕とリネと、それに話に加わろうかとして近づいてきていたアークは、この件はこれで終わりという気持ちになって、さて、これからどうしようかという雰囲気になった。
ところが話に加わる気はないという感じで、少し離れたところにいたエリスが、話を続けてきた。
「ちょっと待って。 そのリネが持ってきた風が出る魔道具なんだけど、見てたら私も欲しいと思ったのよ。 やっぱり暑い時に風に当たれるのは、とても嬉しいもの。
カンプやアークだって、暑い時に『あの魔道具はいいな』って思うんじゃない」
「確かにそれはそう思うよ。 暑い時に風に当たれば、それだけで少しは涼しいからね。 俺も欲しいとは思うよ。
でも、カンプの言うとおり、売れるかというと、俺も無理だと思うんだよな。」
アークがエリスの問いにそう答えた。
「だから、もう少し考えてみようよ。
誰でも欲しいと思う魔道具なのは確かだと思うのだから、売れない問題点はどこにあるかを考えて、その問題点を克服すれば良いのよ。
その風が出る魔道具が売れないと思うのは、風に当たれる人は1人だけで、その魔道具はあくまで個人的なものになってしまうから、だよね」
「うん、そういうことだな。 1人しかその魔道具の恩恵に与れなくて、持っていたら家族で取り合いになってしまう様な魔道具っていうのは、庶民は買わないと思うんだ」
僕がそういうと、そこが話の核心だという感じで、エリスがにっこりとして言った。
「だから、風を受ける恩恵を得るのが1人でなければ良いということよね。
私思ったのだけど、元々はリネは王女様に献上した魔道具を作った時に、動力源として使った風の魔石を見て、この魔道具を思いついたのよね。
だったら、風を動力源としても使って、風が向かう方向を動かす様にしたらどうかしら。 そうすれば、1人のための魔道具ではなくなるんじゃない。
王女様に献上した魔道具の魔石の覆いが回転していく様に、今度は風の魔石自体が回転していく様にすれば、その魔道具をおいた部屋の中全体に次々と風が当たるんじゃない。
そうなれば、個人ではなくて、一家の魔道具になるんじゃないかしら。 そうなれば売れると思うの」
エリスの提案を僕たちは面白いと思った。 確かに、部屋の中全体に次々と風が当たって行く様に出来れば、売り物になるかも知れないと思った。
僕たち3人はさっそく、風向きが回転していく様なギミックを考えた。
そこは王女様に献上した魔道具のギミックを参考にした。 リネはそれを作ったことからも分かる様に、女性には少ないギミック好きだ。
王女様に献上した魔道具作りには参加できなかった僕とアークは、正直今度は自分たちも加わって魔道具を作りたいという気持ちもあって、このギミック作りに熱中してしまった。
最初リネが持ってきた魔道具は作りがとてもシンプルで、魔力を溜めた魔石は台座の方に固定する形になっていた。
ところが風の魔石の位置を回転させることになると、それでは線の配線に困ることになり、魔力の魔石も風の魔石と共に回転させることにした。 回転させるためのギミックも付いたので、回転部分が大きくなり、動力にするための風車を上手に回すためなども考えて、随分と形が変わり、風の魔石から出る風量も調節する必要があることから、途中からはフランも加わって魔道具作りが行われた。
最初に作った試作品は、エリスが言った様に、風の方向がぐるりと一周回る形だったのだが、実際に試してみると、その道具は使いにくいものだった。
問題点その1は、ぐるっと一周ということにしたら、一度風が来てから、次に風が来るまでの間がとても時間が長くてイライラするのだ。
問題点その2は、その1より問題で、一周するということになっていると、ほぼ部屋の真ん中にその魔道具を置かねばならなくなり、それはとても置きにくいのだ。 普通部屋の真ん中の辺りって、テーブルが置いてあるとか、なければ人の動きが頻繁にある場所になっている訳で、そんな場所近くに魔道具は置きにくいのだ。
それで部屋の隅にその魔道具を置くことを考えて、結局45 度の角度の間を行ったり来たりさせれば良いのだと考えを変えた。
そういうギミックを考えて、作ってみたら、機能が複雑になったので部品の点数が増えて、動かす部分が重く大きくなってしまった。
それだけの物を動かすために風量を強くして、風車に風が強く当たるようにしたら、今度は風が乱れて上手く風を作れず、それを整えるためにスリットというか整流板を取り付けることになり、余計に重くなるという悪循環になって、ちょっと停滞した。
そこからちょっとなかなか進まなかったのだが、やはり何も全部を動かす必要はなくて、整流板を付けたりするなら、最初からしっかり囲ってしまって吹き出し口を作って、その吹き出し口だけを動かすようにすれば良いのだと気がついた。 それで主要な部分は台座の中に収めてしまい、少し太い管のような吹き出し口が台座から上むきについて、最後の部分で横向きになっている、最初からは全く違う形の風の魔道具が出来上がった。
魔石や回路が動く必要なく台座の中に付けられて、ギミックも台座の中となったので、制約も少なくなり、フランは風の強さを三段階にする回路を増設し、ギミックも風車に当たる風の量を調節できる機能をつけて、風の向きが変わらない状態から、変わる速度の調整ができるようになって、魔道具が完成した。
この風の魔道具は、僕たちの予想を超えて大ヒットした。
一番最初に村の雑貨屋で試しに売り出してみたのだが、村人にあっという間に評判になり、道具が出来上がるのを待っている順番ができる程となった。
それにこの魔道具のギミックの大部分は歯車だったりするのだが、最初はアークが金属を歯車に加工して作ったのだが、それではコストがかかるので、少し採れる量が多くなってきた木で歯車などの部品を作ることになり、作業場で作ることになり、新たな村人の収入源ともなった。
村への普及が終わってから、東の町の百貨店でも売り出したのだが、そこでもやはり評判を呼び、百貨店ではかなり長い間、入荷待ちの看板を上げている始末だった。
僕とアークはなんだか久しぶりに魔道具作りに追われていた。 ま、実際は風の魔道具だから、フランの功績なのだけど、ギミックの組み立てとかを僕たち2人が担当したという訳だ。
「これだよ。 こういう仕事をしていると、なんだか自分は魔技師なんだ、魔道具店をやっているんだと実感できる」
「確かにそれはそうなんだけど、最近魔力を溜める魔石を作っているのは、俺とカンプとリズとラーラなんだよなぁ。
なんだか古株連中がそれをやって、リネ、フランはそれぞれに水の魔石、風の魔石に忙しくしていて、新人は水の魔石用と普通の魔力の魔石への魔力込めに追われている感じだな。
やっぱり、もっと魔技師が必要だな」
アークとそんなおしゃべりをしながら仕事をするのも、なんとなく久しぶりな感じだ。
「あー、でもとにかく、もう植林はおじさんと御前様に任せて、領地の諸々はダイドールとターラントに任せて、僕はもう魔道具屋の仕事に集中することにしようかなぁ」
「俺も、それが良いな。
王都にいかなければならないのだけは、どうしようもないけどな」
うーん、なんとなくちょっと幸せな時間だ。
この風の魔道具が売り出されてしばらくして、またリネが新しい魔道具を持ってきた。
今度は四角い箱の一面に、ルルドの実を入れて運ぶ時に使う袋の布の、縦横の糸を4本中2本を引き抜いて、スカスカにした布が張ってある。 そしてその布の部分から風が出てくるのだが、僕たちは驚いた。
その風が少し涼しいのだ。
「この前の魔道具は結局カンプさんとアークさんが、なんだかんだと色々検討して最終的に仕上げてしまいましたから、今度は私1人で考えました。 って言っても、風の魔石を使った魔道具ですから、フランとの合作なんですけど。
砂漠を馬車で旅している時って、少し冷たい水を飲むために、素焼きの壺に水を入れて運んでいるじゃないですか。 あれをヒントに考えたんです。
もしかしたら、水気を持った糸の網の間に風を通せば、少し冷たい風が出るんじゃないかなって。 やってみたら成功でした。
ただ、水がしたの方に入ってますから、動かす訳にはいかないんですけど。 それから水を使うといっても、水の魔石を使っている訳ではないので、魔石は2個しか使っていませんし、ギミックで動かしているところもないので、売り物として考えていただけたら、安く売れるかとも思うのですけど」
エリスが即座に売り物として承認した。
これも売れました。
ただしこれは先の魔道具ほど、爆発的には売れなかった。 それは当然のことで風の魔道具を続けて2台買う余裕のある庶民なんてなかなかいる訳ないからね。
それでも徐々に売れだして、かなりの数を東の町の百貨店で売ったのだが、どうやら貴族の使いが買っていった量が多かったらしい。
ちょっと困ったのは、ルルドの実の時期に、袋の数が足りなくなりかけたことだ。 なるべく村の物を使って売り物を作りたいので、袋に使う糸の繊維の原料である草を、今までより多く作ってもらうように村人に頼んだ。
 




