お知らせライト
アークの家からの帰り、僕はこれも学校時代の友人であるリズの家に寄ってみた。
流石に女性、それも元貴族の女性を訪ねるのは、アークを訪ねるほど気楽ではない。
住んでいるところも、アークのところほど酷くはない。
それはリズの魔法適性が光で、アークほど需要がない訳ではないということもある。
庶民の暮らしにとって、水の魔法と、火の魔法は生活に直結する魔法だから、その魔石の需要も高く、魔技師もお客を得るのにそんなに困ることはない。
光の魔法も、それに次ぐ感じで、庶民の家にもどこでも一つや二つの光の魔道具はある。だから魔石の需要もそこそこはあり、魔技師も水や火ほどではないが、そこそこやっていける。
まして、女性の魔技師だと、喜ばれることも多いらしくて、ま、何とかなるのだ。
それにしても貴族というのも大変だと思う。
貴族の家に生まれても、魔力のレベルが低ければ、女性であっても貴族の家から出されてしまうのだから。
僕はリズが家にはいない可能性もあると思ったのだが、とりあえず寄ってみたのだ。
アークの所とは違い、流石にリズの住むアパートには管理人さんが居て、管理人さんに話を通して、そこの居住者を呼んでもらう形になっている。
話を通し、アパートの玄関前で待っていると、上から声が降って来た。
「あら、誰かと思ったら、カンプじゃない。
ちょっと待ってて、上がって行くでしょ、今そこまで迎えに行くから。」
リズが二階の窓から身を乗り出すようにして話かけて来た。
こんな所、とても元深窓の貴族令嬢とは思えない。
「いや、出来たらエリスも居るから、僕の家に来ないか。
ちょっと相談事があって、長くもなっちゃうし、その方が都合が良いんだ。」
「いいわよ。 それじゃあ、準備するからちょっと待ってて。」
「いや、先に戻って、エリスとお茶でも淹れているから、急がないで良いから来てくれ。」
「分かったわ。 それじゃあ、また後で。」
「ああ、よろしくな。」
リズには僕の家の光の魔道具の魔石をお願いしているから、僕の家には来慣れている。助けあい仲間の一人な訳だ。
それに僕を通してエリスと知り合ったのだが、エリスととても仲が良くなって、ちょくちょく遊びに来ている。
エリスの家のエリスの部屋で遊んでいるのなら普通のことなのだが、多くは勝手に僕の家で二人で遊んでいたりするのだ。
火鼠狩から帰って来てドアを開けると二人から「あ、おかえり」と言われることなんかにも、もう慣れてしまった。
僕は家に戻ると、エリスの家に行く扉を開いて、大声を出した。
「エリス、居るか? もうすぐリズが来るんだけど。」
すぐに返事があった。
「分かった。 すぐ行く。」
リズは、お茶を飲みながらのエリスとのおしゃべりが一通り終わると、僕に話しかけて来た。
「それで、わざわざ呼びに来ての私に相談て、何なの?」
「うん、それなんだけど、リズは僕がアークと共にパン焼き窯を作ったことは知っているかな。」
「うん、知ってるよ。 エリスから聞いていたし、今話題になっているしね。」
「え、話題になっているって何?」
「え、知らないの。 あなたたちがパン焼き窯を作ったお店、今この町で一番大きな話題になっているのよ。」
「やっぱりそうなった。 なると私は思ったよ。」
エリスは自慢そうにそういった。
「ま、私はエリスから話を聞いただけで実物のパン焼き窯を見てないから何とも言えないけど、エリスの話が本当なら、絶対に話題になるわよね。」
「リズ、本当だって、見たらびっくりするよ、大きくて。」
「その大きさ一杯に一度にパンが焼けて、売り場に出て来たら驚くわね。
それで一番の話題なのね。」
「ま、一番の話題かどうかは知らないけど、今朝魔力が切れちゃって、パンが焼けなかったら、困ったお客さんが店から溢れていたんだよ。 ちょっとあの数はびっくりしたな。」
「へー、そんな騒ぎだったの。」
「えーと、相談というのは、その騒ぎの後でベークさんが、あ、ベークさんというのはそのパン屋のご主人な、「魔力が切れる前に窯が教えてくれると良いのだけど」と僕に相談して来たんだよ。
それで、どうしたらそういうことが出来るかをアークと考えていた時に、城には魔力切れになる前に色の変わるライトがあるってアークが教えてくれて、その技術が応用できないかと思ったんだよ。
光の魔法の専門家としての意見を聞きたいと思うんだけど、どうかな。」
「あ、それ、無理ね。」
リズにあっさりと無理と言われてしまった。
がっかりしたけど、一応理由を聞いてみた。
「そのライトの魔道具って凄く便利な気がしない?」
「うん、消える前に分かる訳だから、とても便利だと思うよ。」
「それなら、何で私たちの周りのライトの魔道具が、みんなそういう風になっていないと思う。」
「その回路を作った魔技師があまり売り出さないのかな。」
「そんなことないし、もう随分と古い回路だから、もう誰でも使えるわ。」
「それじゃあ、何でそうならないのだろう。」
「それはね、その回路が複雑すぎて、レベル2以上の魔石じゃないと、その回路を組み込めないからよ。
レベル2の魔石なんて高くて使えないでしょ。
だから、お城なんかにしかないのよ。
私が無理って言った訳が分かった?」
リズが無理と言った理由はとても分かりやすい話だった。
確かにレベル2の魔石なんて使ったら、価格がいくらになるか分からない。
そもそもにおいて僕にはレベル2の魔石を獲れないし、買うには資金力がない。
でも、一度付けてしまえば壊れる訳でもなく使えるのだけど、それにしても高額になりすぎるのがネックになるなあ。
僕が沈黙して考え込んでいるから、リズがもうすこし言葉を足した。
「それに回路が複雑で容量をたくさん使うから、出来る魔道具の発光時間はレベル2でもレベル1の普通の道具の時間の倍にはならないのよ。
そんなの庶民が関わる道具じゃないわ。」
ん、あれっ、ちょっとなんか引っかかる気がする。
「あのさ、リズ、もしかして、その発光の魔道具の回路って、魔力を溜める回路の部分を外すと、レベル1の魔石にも書き込めるんじゃないかな。」
「そんなことしたって、魔力がなければ道具として何の役にも立たないじゃない。
あ、そうだった。」
「うん、そうなんだ。
僕の作った窯の回路は魔力を溜める為の回路は別の魔石にしてあるんだ。
魔力を貯めたりする回路は必要ない。」
「えーと、それだとすると、はっきりとは言えないけど、レベル1の魔石にも書き込めるのではないかしら。
どちらにしろそんな特殊な回路今までにはないから、自分で考えて回路を作らないと駄目だけど、参考になる回路があるのだから出来るはずだわ。」
それからリズには実際のパン焼き窯がどんな構造になっているのかを、エリスの家のパン焼き窯を見てもらいながら説明した。
アークと違いリズには魔力を貯めた魔石に繋ぐ光の魔石の回路を作ってもらうのだから、魔力を貯める魔石の回路もしっかり説明しようとしたら拒否された。
「その魔石の回路は組合でとても問題になりそうだから、私はまだ知らされたくないわ。
組合との話が終わってから教えて。
今はどのミスリルの回路が魔力を流しているかだけで十分よ。」
僕がリズと学生時代に仲良くなったのは、リズが僕の魔道具作りに興味を持ったせいだ。
リズは貴族としての教養があり、学校に入る前にも魔法関係以外の教育はしっかり受けていたし、家にある蔵書をたくさん読んでいて、知識も豊富だった。
学校に入り、魔技師になるしかないことが分かり、仕方なしに魔技師の勉強を始めた訳だが、魔技師の勉強はリズには簡単過ぎて時間が余っていたのだ。
それで普通はしない魔道具作りの勉強を一生懸命にしている僕を見て、面白がってそれに混ざってきたのだ。
正直僕にとってはリズの存在はありがたかった。
魔道具には庶民の僕が見たこともないモノがたくさんあり、貴族の、それも実は上位貴族の娘だったリズの知識が、そういう知らないものについての知識をたくさん補ってくれたからだ。
リズにとっては、それまでの自分の交友関係が崩れてしまい、友人もほとんどいない時に僕と親しくなり、その縁でエリスと親しくなったのはとても大きかったようで、エリスとの付き合いで、貴族ではなく庶民として生きていけるようになったとのことだった。
僕とリズはそれから三日ほど回路を作ったり、実験したり、改良したりを繰り返し、窯の魔力を貯めてある魔石の残量が、あと二回パンを焼ける量を下回ると、違う色で光を発する回路を作った。
しかも普段は使い始めに、一回光るだけであとは光らずに魔力を使わないという省エネ設計だ。
完成した回路を夜ベークさんの家にリズと取り付けに行く、エリスも付いてきたので3人で行った。
ベークさんは新しい回路の代金もすぐに払ってくれた。
リズは窯の大きさに驚いていた。
こうして僕の設計した新しいパン焼き窯は完成したのだが、価格は結局最初おじさんに考えて貰って提示した金額の1.5倍と高額な物となってしまった。
こんな金額では、もう買う人はいないだろうと思ったのだが、ベークさんは売れるようになったらすぐに教えて欲しいと言う。
もう待っている人から矢の催促なのだというのだが、本当だろうか。
どっちにしろ、組合に登録と相談に行かないと駄目なので、その後になってしまうのだが。