御前様来る
ウィークが戻って、それによってしばらくウィークの代わりを王都で務めることになっていたターラントも戻って来ることになり、久々に村にみんな揃うことになる。
特にウィークが王都に戻る時には、まあ順番なんだけど、フランとリネも王都に向かってしまったから、なんとなく普段よりも寂しい感じだったのだ。
まあ、僕たちは普段よりも長く、慣れない王都の仕事をしてきたターラントを労おうと思って、そろそろ到着するかなと思う時間には家の方に集まっていた。
そろそろ時間かと外を見ていたダイドールが変な声をあげた。
「あれっ、何だか馬車が二台でやって来ます」
この僕たちの村は風除けのためにそこら中が塀で仕切られていて、見通しが悪いのだが、僕たちの家は新しく作った町割りの中央の道の突き当たりになっているので、家の前の木の幹をなんかが視線から少しずれる位置にある窓からは、その道を遠くまで見通すことが出来るちょっと特殊な位置にある。
その窓から、ダイドールが外の様子を眺めていたのだが、変な声をあげた後もそのまま観察していた。
「なんだか後ろをついて来る馬車はとても高級な馬車のように見えます」
ダイドールが少し驚いたような声をあげると、アークが何を騒いでいるんだという調子で、ダイドールが外を見ている窓に近寄って、自分も外を見た。
「げっ、すまないがみんな、ああ、もう格好は仕方ないな。
とにかく玄関に並んでくれ、大急ぎだ。
リズ、エリス、二人も来て、玄関に並んでくれ。
カンプ、お前もそこでのんびりしてないで急げ」
「おい、アーク、なんの騒ぎ?」
「後ろをついて来る馬車というのは、爺さんの馬車なんだ。
どうやら爺さんが前触れもなく来たみたいだ」
僕も椅子から飛び上がるように離れて、玄関に行った。
エリスとリズも大急ぎで、せめてもと髪を整えたりしている。
「エリス、リズでもいい、クシを貸して」
どうやら1番慌てたのはラーラのようだ。
今日はおじさんとおばさんは家に来ていない。 知らせて来てもらっている余裕はないな、仕方ない後で紹介しないと。
僕たちが玄関前に整列が終わったと思ったら、もうすぐに馬車が入って来た。
僕はターラントが御者をして、フランとリネが乗っているであろう馬車は脇に停まって、正面にはアークの祖父である前伯爵が乗った豪華な馬車が停まるのだろうと思っていた。 ところが正面には、僕らのほとんど庶民が乗るのと変わらない馬車が停まり、豪華な馬車は手前に停まったと思うと、その豪華な馬車に乗っていた御者は御者席から飛び降りて、大急ぎで僕らの馬車に駆け寄ると、御者席からこれも急いで降りたターラントと共に、僕らの馬車のドアを開けた。
そして、まずリネ、フランと降りるのを助けると、二人は脇に離れ、最後に前伯爵が豪華な馬車の御者に手伝ってもらって馬車を降りて来た。
アークが声を掛けた。
「爺さん、ようこそ、この村に。
と言いたいところだけど、なんなんだよ前触れも全く寄越さず急に来るって。
それになんで自分の馬車じゃなくて、うちのボロ馬車に乗って来るんだよ」
「ああ、アーク、久しぶりじゃな。
事前に連絡しておいたら、つまらないじゃないか。
ウィークの奴が『前触れくらい出さないと、迷惑もいいとこです』と知らせを出そうとするのを止めるのが大変じゃったんだぞ。
それにお前、この旅の間、一人で馬車の中で過ごすなんて、ワシに出来ると思うか。
リネちゃんとフランちゃんと一緒の旅で、なかなかに充実した楽しい旅であったぞ」
アークは、フランとリネに謝った。
「フラン、リネ、とんだ気苦労を掛けてしまったな、本当にすまなかった」
「いえ、私たちは、御前様の話を聞いたり、御前様の質問に答えたりしていただけで、そんな苦労なんてないです。
逆に色々なお話を聞かせていただいて、楽しい時間でした」
「ほれみい、ワシはお前が危惧するような事はしとらんわ」
アークは手に負えないという感じで首を振った。
「そんなワシへの小言より、ほれ、先に並んでいる者を紹介せんか」
「ああ、そうだな、みんな待たせてすまない。
爺さん、こちらが俺の寄親となっているカランプル_ブレイズ子爵とエリス_ブレイズ子爵夫人だ。
そしてこれが俺の妻のエリズベート。
この3人は爺さんも前に会ったことがあったな」
僕たちはそれぞれに前伯爵に挨拶した。
「そしてこっちがラーラだ。 爺さんの杖の光の魔道具を作ったのが、このラーラだ。
隣がラーラの夫のペーターさん、おっと、ペーターだ」
アークはいつもの癖でペーターさんに"さん"を付けてしまい、言い直した。
正式な貴族の作法では下の者に敬称は付けないからだ。
「ほう、そなたがこの杖の光の魔道具の制作者か、世話になるのぉ、これからもよろしく頼むぞ」
「そして最後がブレイズ家の家宰をしているダイドール_ゲーレルだ」
ここで僕はちょっと前伯爵に言葉を掛けた。
「あの、前伯爵様がいらっしゃるのがちょっと突然でしたので、連絡が間に合わずに、ここに妻エリスの両親が来ていません。
後でご都合の良い時にあらためて紹介させてください」
「おお、これは丁寧に、すまんな。
何、突然やって来たワシの方が悪いのじゃ、後で、そなたらの父君・母君はゆっくりと紹介してもらおう」
「それで爺さん、お供はどうしたんだ?」
「ああ、こちら側の紹介がまだだったな。
ワシが紹介するのは一人だけじゃ、アンダンじゃ。
ワシの御者というよりは側仕え、いや目付役かな」
「アンダンと申します。
ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
「爺さん、お供は本当に一人だけなのか?」
「旅は身軽な方が良いのはお前も分かるだろう。 何人もお供を連れて来ては王都の暮らしと全く変わらなくなってしまうわ。
それに今回はお前のいる地に来るのだ、何も心配する必要もない。
アンダン一人で十分じゃ」
御前様、僕たちも含め村の者はみんな、アークの祖父である前伯爵をそう呼ぶようになった。 それは御前様自身が前伯爵と呼ばれるのを嫌ったからで、フラン、リネ、ターラントもそう呼ぶことになっていたみたいなので、それに倣う形になってしまったのだ。
まあ、アークは「爺さん」だし、流石にリズは「お爺さま」呼びであるけどね。
御前様はどうやらこの村での暮らしが気にいったみたいだった。
アンダンさんが困ったように後を付いていくのだが、村の中を自由に出歩き、元からの村人たちや、新たにやって来た魔技師たちと交流している。
御前様は、村人には前伯爵ではなく、アークの祖父という覚えられ方をしたようで、それがとても気に入ったようだった。
僕たちはエリスをはじめ、様付けで呼ばれはするが、あまり身分の違いを意識しなければならないような関わり方を村人としてはいない。
村人たちも、僕らのことを領主とその周りの人という感じではあるが、様付けで呼ぶ以外はあまり身分の違いを態度に表さない。
御前様も、アークの祖父だということで、敬いはするが、王都の貴族が受けるようなよそよそしい敬意を向けられる事はなく、御前様の名前と共に普通に村人は接する形となってしまった。
なんていうか、かえって村人よりも僕らの方が、アークの祖父という事で、1番態度がぎこちない感じになってしまっている。
御前様は植林している場に行って、作業をしている人と話したり、農作業をしている人に話しかけたり、作業場で働く人とおしゃべりしたり、魔力を込めていた魔技師と示し合わせて酒盛りをしたりと、とても楽しそうである。
「ま、いいんじゃないか。
この村にいる分には危険もないだろうから、好きにさしておくさ。
アンダンは大変だろうけど、食事になれば、ここに来るか、店の方の食堂に行くしかないのだから、爺さんの動向が分からなくなるということもないしな」
「良いのか、それで。
まあ、なんていうか、お前、爺さん似なんだな。 よく理解したよ」
アークもそういう自覚があったのかもしれない。
「ま、昔からそんな風に言われたな。 貴族の堅苦しいのが嫌いなんだ。
親父は正反対なんだが、ウィークの父親の叔父は爺さん似かな。
それでウィークの真面目なところは、親父にそっくりさ。
互い違いになっている感じだな。
でも、兄貴は親父に似て、堅苦しいから、そうでもないのか」
うーん、兄弟どころか血縁が絶えちゃっている僕には実感の全く湧かない話になってしまった。
そんな御前様だが、一つ僕たちに文句を付けてきた。
ゲストハウスが気に入らないのだという。
御前様は、おじさんと植林の話をして意気投合し、おじさんとおばさんの家に足しげく行くようになったのだが、それでなのかもしれないが、おじさんとおばさんの家のような家が欲しいと言い出したのだ。 ゲストハウスは豪華過ぎて、王都での生活と変わりがなくて嫌だというのだ。
そして御前様はとうとうアークを説き伏せて、アークとターラントにきちんと日当を払って、おじさんとおばさんの家に似た家を別に建ててしまった。
アークとターラントと二人がかりで土魔法で建てれば、家は簡単に建つし、アンダンさんは有能さを発揮して、壁を作るための土の魔技師も頼んであったし、家具の類もサラさんを通してきちんと手配していた。
「爺さん、家を建てるのは良いけど、どうするんだよ。
爺さんは王都に帰らないといけないんだぞ。
もうすぐ俺とリズが王都に行く番だから、その時は一緒に戻るんだぞ」
「いや、ワシは戻らんぞ。
ワシはもうここにずっと住むつもりだ。
アーク、王都に行ったら、そう伝えてくれ」
御前様がこの村に来て、もうすでに1ヶ月半以上経っていた。
アークと御前様は、戻る戻らないで揉めいたのだが、御前様はどうしても戻るとは言わずアークとリズだけ王都へと向かうことになった。
これは御前様はずっとこの村に住むことになるのかなぁ、なんて僕たちは思っていたのだが、御前様は村人たちからも慕われる感じになっているし、おじさんとも仲が良くなったので、まあ良いかなんて僕は思っていた。
しかし、アークは違っていたようで、アークとリズが王都から帰ってきた時には、今度はなんと伯爵夫妻が一緒にやって来た。
こっちはきちんと前触れがあったので、出迎えなどに焦る事はなかったのだが、伯爵と御前様の言い争いが大変だった。
結局、伯爵夫妻が戻る時に、まあ流石に伯爵夫妻が長居できる訳もなくすぐに王都に戻らざる得ない訳だが、とりあえず一度王都に戻ることになった。
「諸君、ワシはここに誓おう、すぐにまた戻って来ると」
「爺さん、そんなこと誓わなくて良いから」
「アーク、何を言うか。 ワシの家は今ではここにある。
すぐに戻るからな」
御前様はそう言って、渋々王都に戻って行った。
一応、御前様の騒ぎは収まって、アークはやれやれと胸を撫で下ろしていたのだが、僕らにとって嬉しいこともあった。
なんでも貴族は他の貴族の領地に滞在させてもらった時には、それ相応の礼をするのが慣わしらしいのだが、御前様はおじさんと意気投合していたので、その礼として、伯爵夫妻の滞在の分も含めて、植林のための資金を出してくれたのだ。
それによって予定外の植林を進めることが出来た。
さて、御前様たちが王都に戻ってすぐ後は、僕とエリスが王都に向かう番だった。
いつものように、陛下たちのお忍びの伴をしたりして、戻ろうと考えていたら、王都の館にリズの家から使いが来ていた。
何かと思ったら、今度はリズの家の伯爵夫妻が僕らの領地を訪れたいので、僕たちが戻る時に同行させてもらえないかという使いだった。
断れる訳もない。 僕は大急ぎで先に知らせを送った。




