ゲストハウス
今年のルルドの実の販売は、去年のような変な混乱もなく、生の実の販売は少し多く売ることで決着した。
その代わりというと変かもしれないが、ドライフルーツにした実は去年より大分多く業者さんに売った。
業者さんは領地まで取りに来る手間隙にかかる経費を、全て多くドライフルーツを仕入れることに使ったようで、去年よりは多くとれたことを変に隠すのは得策ではないと思い、少しだけドライフルーツの単価を下げたこともあり、もしかしたらそれ以上に仕入れてくれたかもしれない。
まあ、ルルドの実は生でもドライフルーツでも人気だから売れ残ることはないのだろう。
それに西の町で扱っていた業者が潰れて、その上司法局に捕まったので、西の町でも売って儲けを得ようと考えたのかもしれない。
もちろん、百貨店でもどちらも大々的に売り出して、儲けを出した。
ドライフルーツはまだまだあるので、この季節だけでなく少し継続的に売ることにして、業者の人たちにもドライフルーツの方はこれからも卸せると伝えておいた。
業者への受け渡しはどちらも東の町の百貨店だが、その契約はブレイズ子爵家との契約とした。
単純に、百貨店から卸すことにすると10分の2税の半分も、百貨店がある地、つまり東の町の取り分になってしまい、僕らのところには入ってこない。
そこでブレイズ子爵家が領地で契約を結び、百貨店はただ受け渡しに利用しただけのことにして、税の半分の10分の1はブレイズ子爵家に入って来るようにしたのだ。
ま、はっきり言って、この辺りはとてもグレーゾーンだと思うのだが、ダイドールによるとどこの貴族家でもしていることで、暗黙の了解として認められているらしい。
実際に採れたルルドの実は、去年の倍近い量になった。
単純に木の本数が増えただけでなく、以前よりそれぞれの家で使う水の量が増えたせいか、それぞれの家の木が以前より大きく成長し、たくさんの実をつけたせいもあるのだろう。
去年のルルドの実の収穫以降に移住してきて家を持った者も何人もいるし、新参の村人はやはりルルドの実の収穫やドライフルーツにする加工などには慣れないので、去年と同じように村人に手伝ったもらうことになる。
その手伝いに、今年は元村人の移住者が活躍した。
元村人の移住者は、その収穫作業や、加工作業の賃金をもらい、収入の道に少し困っていたからだろうか、とても喜んでいた。
また、ルルドの実で得た収入を、元村人を抱えている家は元村人のための畑や家を作る資金に使い、抱える元村人がいない家は去年より多くなった分を植林に使った。
賃金の払いでは、また学校の子供たちと組合の会計さんが大活躍で、今年は子供たちの計算を親が「うん、合っている。」と確認する姿が多く見られた。
子供たちだけでなく、その親も計算など、学校で教えている内容が浸透してきたと思うと嬉しい。
ルルドの実の販売の徹底した管理をした本当の目的、種の確保は、ルルドの実自体の買い上げ時に種の買い上げ代も含める形にして、加工した時に出た種は全てブレイズ家が管理することにした。
それによって種を大量に確保したのだが、エリスによると今現在の調子で作業場で作るなら、一年を通して作れる量が確保できたらしい。
今までは原料の種が足りなくて、作業は半月しか行っていなかったし、肌水の販路の拡大もしなかったが、解消できるとのことだ。
村人の収入も増えるし、税収も増えることになるので、良いことだ。
僕はルルドの実の販売でブレイズ家の収入が増えたと思い、その分を多く植林しようと提案してみたのだが、エリスに即座に「無理。」と却下されてしまった。
ルルドの実の買取価格に種の買取価格を上乗せしたし、去年の倍くらいの量になったので、とりあえず生やドライフルーツとして売った分の利益は、その補填で飛んでしまっているらしい。
まあ、継続的に販売する分のドライフルーツの分は利益になるし、肌水も今まで以上に売る事ができるから、今までより収入が増えるのは確からしいが、今現在自転車操業的になっていた収支が、やっと楽になるという感じらしい。
うん、焦らずに地道にだな。
僕とエリスは王都に行き、2度目の陛下たちのお忍びに付き合った。
エリスは王妃様と王女様を連れて、特に王女様が行きたがっていたベークさんの店に行った。
話に聞いていたのと、いくらか百貨店で売っているケーキなどを見て、王女様は次の機会には絶対に食べたいと期待していたのだ。
王女様はあれも食べてみたい、これも食べてみたいとベークさんの店で売られているケーキやクッキーなどをほとんど全種類のように買いまくった。
ベークさんは驚いて、エリスに良いのかどうか尋ねたくらいだが、エリスも苦笑していた。
クッキーなどの日持ちの良い物はともかく、柔らかいケーキなどは早めに食べる必要があるのだが、陛下をはじめとしてすぐには帰りたくないとのことで、ちょっと困った。
流石にベークさんの店で食べるのは憚れたので、
「本当に私たちのこの町の家は、庶民の家ですし、今では家臣や領民なら誰でも町に来た時に泊まって良いことにしていて、その為の改装もしていたりするので、陛下たちを通せるような場所ではないのです。
本当に申し訳ありません。」
「良いのよ、エリス。
私たちはそういう普通の庶民の生活を、本当は一番知りたいのですもの。」
エリスが言い訳をしながら、仕方なく、東の町の我が家に連れて行って、お茶を飲むことにした。
王女様は、ケーキが食べられるだけでなく、庶民の住宅に入ってみるということで、とても興奮しているみたいだ。
「私とカランプルは、流石にそんなに甘い物を食べたいとは思わないので、少し別のところを見て来る。」
陛下がそう言うと王女様が
「良いわよ、父様の分も全部食べちゃうから。」
と、ちょっと拗ねた。
「こら、そんなこと言うものではありません。
あなたのために、どれを残しておけば良いかしら ?」
と王妃様は王女様を嗜めながら言った。
「そうだな。 その酒に浸したようなケーキを残しておいてもらおうか。
それはわが娘は食べれないだろうからな。」
と陛下は王女様をちょっとからかった。
王女様は、陛下に向かって、目をつぶってイーッという顔をしたので、陛下は笑って、僕と一緒に外に出た。
陛下とそのあと向かったのは、組合だった。
陛下は組合に提出してある、カンプ魔道具店の新規に登録された設計図などを見たがったのだ。
組合に行って、僕が非公開になっている図まで見せてくれることを頼むと、組合長はチラッと庶民の格好をしている陛下を見ると、黙ってそれらを持ってきてくれた。
陛下たちのお忍びのお供という仕事を果たして、さて次の日には領地に帰ろうかと話していた晩、王都の館で僕とエリスはウィークからお願いをされていた。
「カランプル様、エリス様、お願いがあります。」
「あらたまって、そんな風に言うなんて、何か重要なことが起こったの?」
僕はちょっと身構える感じで、ウィークに聞き返した。
「いえ、そういうことではありません。
私、ブレイズ家に使えさせていただき出して、しばらく立つのですが、まあ頂いた役が王都の館の管理ですから仕方ないのですが、まだ一度もブレイズ家の領地に行ったことがありません。
話は皆さんにさんざ聞くのですけど、やはり王都とその周辺とはかなり違っている様子で、想像できない部分もあるのです。
そうしたらやはり、皆さんと一緒の話にもちゃんと加わるためには、一度ブレイズ家の領地の方も見てこなければ駄目だと思うようになったのです。
いえ、もう、好奇心から見に行きたくて仕方ないのです。」
へぇ〜っ、ウィークにもこんなところがあるんだ、と僕は思った。
エリスもクスッと笑った。
「うん、そうだね。
ウィークはブレイズ家の家臣序列3位だから、もちろん領地の方も知っていた方が良いと僕も思うのだけど、王都を離れても大丈夫なの、離れることは許されるの?」
ウィークはブレイズ家の家臣となっているが、裏では陛下たちのお忍びの外出を手配したりする王宮の重要な役も担っている。
そもそもにおいて、この王宮の館の使用人はそのほとんどが王宮から派遣されている者たちだ。
それを監督する立場でもあるのだ。
「それは大丈夫です。
陛下たちのお忍びも、カランプル様とエリス様が来た時と、アーク兄さんとリズ姉さんが来た時の月に一度ですから、そこに掛からないようにすれば問題はありません。」
「それなら大丈夫かな。
それじゃあ領地に戻ったら、ウィークが向こうに来ることが出来る様に準備するよ。
ウィークがここを離れるなら、誰か代わりにここに居ないといけないからね。
ウィークには、この館の管理だけではなくて、魔道具店と雑貨店の取次の仕事もしてもらっているから、それが出来る代わりの者を居させない訳にはいかないから。」
「はい、よろしくお願いします。」
「という訳で、ウィークがこの村に来てみたいという希望なんだけど、その希望はかなえたいと思うんだけど、どうだろうか?」
僕は村に戻ってすぐにみんなに相談した。
「そうね。 ウィークが領地であるこの村の状態を知らないのは、ちょっと問題かもしれないから、私は賛成だわ。」
リズがそう言い、他のみんなも異議はないようだ。
「だとすると、俺たちが向こうに行って、戻って来る時にウィークを連れて来るということになるのかな。」
アークがウィークを連れて来る時を考えて口にした。
「ああ、そういうことになる。
ええと、次に王都に行くのはフランとリネの番だったかな。」
「はい、そうです。」
フランが答えた。
「ウィークがこっちに来ている間は誰かがウィークの代わりに王都の館に居ないと駄目なんだけど、ターラント、すまないけどフランとリネが王都に向かう時に一緒に行って、まずは向こうでのウィークの仕事を覚えて、それを引き継いでくれ。
少し長く王都で過ごすことになるけど、よろしく頼む。」
「はい、了解しました。」
人の手配はそれで簡単に用が済んだが、問題がまだある。
「あと、帰って来る時にエリスと話していて気が付いたんだけど、ウィークにこっちに来てもらった時に、泊まってもらう場所がないんだ。
まさか、卒業したての魔技師用に作ったアパートというか寮の空いている部屋という訳にはいかないし、村長さんに頼むというのも問題かな、と。」
僕がその問題を指摘すると、ダイドールが
「確かに誰かがこの村を訪問するという可能性を忘れていました。
今までは王都からの使者などというのはありましたが、それは単なる使いの者でしたので、その様な者が泊まる部屋は元々代官の家であった私とターラントが使っている家にあったので、その必要を忘れていました。」
と謝ってきた。
いや、ダイドールだけが忘れていた訳じゃないから。
アークがちょっとバツが悪そうな顔をして言った。
「実は爺さんが、俺がいるこの村を見てみたいと言ってきかないんだ。
近いうちに、爺さんを一度この村に連れて来てやらないと駄目みたいなんだ。
ウィークといい、爺さんといい、俺の身内で騒ぎになって悪いんだけど、これを機会にゲストハウスというか、来客用の家を建てておいた方が良いと思うのだが、どうだろうか。」
結局、それで最初はターラントも協力して、後からはアークが元々領主の館としてダイドールが計画していた土地の中に家を作った。
アークはとても申し訳ないと恐縮しながら、貴族が自分の領地でちょっと引きこもりたい時に過ごす家をアレンジしたという家を建てた。
最低限の小さい家らしいのだが、村では一番大きい家になってしまった。
もちろん僕らが暮らす家よりも大きい。
ま、仕方ないよね。 元伯爵の老貴族なのだから。
内装だとか、家具だとか、アークはかなり散財することになったんじゃないかな。




