王都の館と改造
お茶を飲んで一息ついた後、ウィークは僕たちを連れて屋敷の中を案内した。
「この館は王都の建物としては珍しく、三階建の建物となっています。
皆様の居住空間は基本的に二階となっています。」
そう言ってウィークはまずは僕とエリスの部屋となる館の一番中心となる部屋に案内してくれた。
「家具などはまだこちらで過ごされるのに最低必要と思われる物しか入っていません。
これから使用していく中でカンプ様とエリス様が必要とする物を加えていっていただくことになります。」
うーん、正直に言って無駄に広い。
僕とエリスのプライベートの部屋ということだが、寝室だけでなく、前室やら、衣装室やら、色々な部屋が中に付随していて、僕とエリスのこの部屋だけで領地の僕たちの館くらいの広さがあるんじゃないだろうかという感じだ。
「こんなに広い部屋、私には使い道が分からないわ。」
エリスがそんなことを言ったが、全く同感である。
「王都の貴族の館って、それぞれの身分差を部屋の大きさなんかでも明確に分けなければならないんだよ。
ほら、領地の館だと僕らの部屋とカンプとエリスの部屋は同じ大きさだったりするだろ。
僕たちにとっては、そんなことはどうでも良いことなのだけど、王都だとそうはいかない。
明確に、そこに差を付けないといけない訳なんだ。
そして、館で働く者が多いとすると、どんどん下に向かうに従って、どんどん部屋を小さくしなければならなくなる。
つまり逆に言うと、1人の人間が最低必要とする部屋の大きさから、身分が上がる事に少しづつでも大きい部屋にしていく必要があるんだ。
だからこの館の一番上の身分であるカンプとエリスの部屋はだんだん大きくなって行った最後だから、あの大きさになってしまうのさ。
ま、今では僕らも馬鹿馬鹿しいと思うのだけど、ま、とりあえずは仕方ないよ。
領地でも僕たちのやり方を、王都ですぐに同じようにするというのは、やはり無理があるからな。」
アークが次に向かったアークとリズの部屋に行く間に、エリスにそんな風に説明した。
僕もなるほど、そんな物なのかと思った。
きっとほとんど使わないのに、もったいないなあとはどうしても思ってしまうのだけどね。
そして、行ってみたアークとリズの部屋は確かに僕らの部屋の3/4ほどの大きさだった。
「カンプ様とエリス様の部屋を挟んでの反対側は、このアーク兄さん夫婦の部屋よりほんの少し狭くなっていますが、エリス様のご両親がこちらに参られた時の部屋になっています。
それから私の部屋は、仕事の都合上、二階ではなく一階にいただいています。」
その後、ダイドールとターラント、フランとリネにもそれぞれに部屋が割り振られた。
「私たちにもこんなに広い部屋を与えてもらえるのですか。」
リネがウィークにそう聞いた。
「はい、ブレイズ家の家中の序列では、あなたたち2人はその広さの部屋になるよ。」
ウィークが広さに驚いているリネとフランにそう言った。
「えーと、これで部屋の割り振りはよろしいでしょうか。」
ウィークがそう確認をしたのだが、そこでエリスが
「ねえリズ、こうやってみんなに王都の部屋を決めたら、ここにいないラーラの部屋がないのは問題じゃない。」
「そうね、ラーラだけ王都の館に部屋がないのはおかしいわね。
ウィーク、もう一部屋用意できない?」
「はい、リズ姉さん。
部屋は用意できますけど、大きさはどの程度の部屋にすれば良いのですか。
フラン、リネと同じで良いのですか。」
「ウィークさん、それじゃあ駄目よ。
さっきの話によると、ブライズ家の家中の順位で部屋の大きさも決まるということでしょ。
ラーラさんは私たち2人より明らかに上の順位ですもの。
私たちと同じではおかしいわ。」
フランがリズが何か言う前にそう言った。
「そうね、確かにラーラはフランとリネより上の待遇だわ。
それにラーラが来る時は、ペーターさんも一緒に来るかもしれないし。」
リズもそう言うとウィークは
「そうなのですか、それはちょっと困ったぞ。
ダイドールとターラントの部屋の大きさと、フランとリネの部屋の大きさの、その中間の大きさって無いんだがどうしようか。
まさか騎士爵の2人の部屋と同じという訳にはいかないし。」
ターラントが助け舟を出した。
「ウィーク殿、私は全く構わない。
というより、今回爵位をいただいたが、ブレイズ家の家中順位ではラーラさんの方が私たち2人より上だから、私たち2人と同じでは私たちの方が申し訳ないくらいだ。
それが証拠というのも変だが、ラーラさんはカンプ様たちのこともプライベートでは呼び捨てにしている間柄だからな。」
「ま、ターラントの言う通りなのだが、つけ加えると、今回私たちが叙勲を賜ったのは、自分たちの功績ではなく、エリス様の功績に対する褒美だから、叙勲されたことを威張れる話では無い。
それにブレイズ家に対する貢献ということで考えても、私たちよりラーラさんの方が貢献しているから、本来なら私たちよりもラーラさんに褒美があるべきことなんだ。
だから、私もターラントと同じでラーラさんと部屋の大きさが変わらなくとも、全く構わない。」
ダイドールもそう言った。
「なんて言いましょうか、准男爵ということで、勝手に自分の部屋を三番目に広くとった自分がなんだか恥ずかしくなってきちゃいましたよ。
ま、それではそのラーラさんにも、その広さの部屋を用意することにします。」
なんとなく話がまとまってしまったから僕は声を出さなかったのだけど、ラーラはカンプ魔道具店の主要メンバーであって、本来はブレイズ家の家臣では無いと思うのだが。
まあ、ペーターさん共々、領地の事柄を相談している時にも参加しちゃていたりするのは確かだが。
そうそう、フランとリネは家名を名乗ることを許された時点で、爵位は無いが貴族の家族ではなく、一人前の貴族と認められることになって、2人ともその時点で正式に単なるカンプ魔道具店の店員ではなく、ブレイズ家の寄子、正式な家臣という扱いになったらしい。
正式な貴族というのは爵位持ちからを言うらしいから、どこからが一人前の貴族なのかとも思うのだが。
貴族社会のそういう習慣はいまだに僕とエリスにはチンプンカンプンだ。
その後、ウィーク以外の館で働く人の部屋も案内してもらう。
基本メイドなどの女性は二階の部屋で、警備の人とかの男性は一階の部屋になっているが、安全を考えてのことらしい。
これらの使用人と呼べば良いのだろうか、館の人たちは館の母屋から伸びた建物が宿舎という形になっているらしい。
母屋の一階は客間と、食堂、それに最初に使った皆で集まれる居間のような部屋、そして
「こういった部屋もきっと必要でしょう。」
と今まで老子爵が使っていた時にはなかった仕事部屋があった。
「魔道具店や、雑貨屋の仕事の打ち合わせなどの為の部屋も必要だと思い用意しました。」
ウィークも色々と考えてくれていたようだ。
「だいたいこんな大まかにはこんなところでしょうか。
あ、二階の図書室を案内し忘れましたね。
ここの図書室には、前の持ち主の亡くなった子爵が読書家で本を集めるのを趣味にしていましたから、かなりの蔵書がありますよ。
勿体無いので蔵書だけはそのままにしてありますから、興味がおありでしたら、ぜひご覧になってください。
あと、母屋を挟んで宿舎と反対側の建物は、ほとんどが今のところ倉庫などとなっていて、今現在そんなに荷物は入っていないのですが、一部陛下たちがお忍びで外出する時の為の雑多な物が保管されています。」
ああ、そうだったこの館はその為のモノでもあったのだなと、改めて思ったりしたのだが、それ以前に僕は気になって仕方なかったことを口にした。
「なんだかとても分不相応に豪華な気がするんだけど。」
「カンプ、そんなことは無いわよ。
母屋の大きさや設備なんてのは、王都の子爵の館としたらこじんまりした方よ。」
リズが僕にそう答えてくれた。
「そうなのか、僕には王都の貴族の生活なんて分からないし、こんな風に仕えてくれる人がいる生活なんて全く考えても見たことなかったから。
なんていうか、そういうのって僕は落ち着かないし、きっと必要があることで無駄なことでは無いのだと思うけど、なんていうのかな、自分には必要ないし無駄に思えてしまうんだ。
元々、僕やエリスは貴族では無いから、なんでも自分でするのが当たり前のことだからね。」
僕の言葉にエリスも頷いて、言葉を足した。
「それにこんなこと言うと、何なのと思われてしまいそうなのだけど、この館で働いてくれる人のお給金だけでも大変そう。
それだけじゃなく、この館の維持管理にもお金がかかるわ。」
「それなんだよ。
僕もやはり、エリスと同じようにそこも気にかかってしまうんだ。
本音を言えば、王都でお金を使うんだったら、そのお金で一本でも領地に木を植えたいと思ってしまうんだ。
領地にリネの作ってくれる道具で木を一本植えれば、その分領地が暮らしやすい土地になり、みんなに喜んでもらえると思うと、僕は少しでもお金が惜しいんだ。」
「ああ、確かにそれは言えているな。
俺も別に王都で貴族らしい生活をしたいとは思わない。
それよりは俺も領地で植える木の周りに囲いを作る方がやりたいな。」
アークがそう僕の言葉に賛成すると、リズも慌てて
「私も別に王都に館がなくても構わないわ。
と言うより、今みたいに必要な時は服飾店で着替えさせてもらえれば十分よ。
泊まるのは東の町に戻れば良いだけだしね。
今更、無駄の多い貴族の生活をしたいとは思わないわ。
私だって、領地のことの方が優先よ。」
僕らの話を聞いていたウィークはちょっと困った顔をして言った。
「なんだか皆さんの話を聞いていると、この館は困ったお荷物のようですね。
確かにブレイズ家としては不必要なモノなのかもしれませんが、思い出してください、この館はそれ以外の意味もあるということを。
ブレイズ家がこの館を下賜されて、その秘密の役を陛下から賜ったことは、表面的には何もありませんが、大きな意味があると思います。
それから蛇足ですが、この館にかかる経費なのですが、少なくとも人件費は私とメイド長だけの分で大丈夫です。
その他の使用人の人件費は王室が負担することになっています。
逆に言うと陛下たちの安全の為に、この館の者たちは王室が選りすぐり雇っている者であるということなのですが。
あ、でも、安心してください。
陛下たちのいざっていう時以外は、完全にブレイズ家に仕えるということになっていますから。」
うん、そうだった、そっちの方がこの館を下賜された本当の意味だった。
「それでは最後に、この館の表からは見えない、隠された部屋というか場所にご案内します。」
ウィークに案内されたのは、一階の居間となっている部屋の裏側なっている場所にある扉だった。
扉を開けると小さな細長い部屋があったが中には何もなく、また先に扉があり、つまり二重扉の通路となっているだけのことらしい。
そのもう一枚の扉も過ぎると、この地では珍しい大きなガラスの窓の部屋が現れた。
窓からは意外に広い館の中庭が見え、窓の反対側、つまり自分たちが入って来た側には他にも扉があり部屋がある様だ。
「ここが表からは隠されているこの館の秘密の部屋です。
そして、そちらの扉から地下通路に入れて、王宮のプライベートの場所と繋がっています。
陛下や、王妃様、王女様なんかはここで庶民の服に着替えて、お忍びで町に出ている訳です。」
ウィークは一つだけ離れた場所にある扉を指し示しながら、この部屋の説明をしてくれた。
一応館全ての説明を聞き終わった頃には、もう昼になっていたので、ウィークに促されて食堂に行くと、すぐに昼食が目の前に並べられた。
どうやら料理人もしっかりといるらしい。
普段料理は自分で作る物と思っているエリスは、ちょっと落ち着かないという感じだ。
ま、何はともあれ食事を始めると、ウィークが言った。
「見ていただいてお気づきになられたかもしれませんが、この館は前の主人がお年寄りでしたので、今の様な灯の設備がほとんどありません。
カンプ魔道具店を経営するブレイズ家の館がそれでは問題だと思うので、これはお願いなのですが、アーク兄さんとリズ姉さんは少しここに残って、そういった設備を館全体に設置していただけないでしょうか。」
「いや、そういったことくらいなら、王都のカンプ魔道具店系列の店に頼めばすぐに出来るから、俺たちが残る必要は無いだろう。」
アークがそう答えるとウィークは
「表側は、もちろん兄さんが王都の魔道具店を使って設置してくれて構わない。
というか、積極的にそうしてくれて、ここがブレイズ家の館になったことを宣伝してくれると都合が良い。
でも隠された部分に関しては、王都の魔道具店を入れる訳にはいかないんだ、分かるだろう。」
「ああ、そういうことね。
確かに秘密の部屋の存在が他に知られる様なことをするのはダメね。」
リズが理解を示してそう言った。
結局、アークとリズとターラントは追加で一週間ほど王都に滞在することになった。
館の光の魔道具の設置は、王都の提携している魔道具店全てを呼んでの作業となった。
どこか一つの店に手伝いを頼むというのも贔屓しているみたいだし、部屋全体を明るくするカンプ魔道具店の光の魔道具の設置方法の研修にもなるからだ。
どの魔道具店も小物のランプを作ったりなどは、もうすっかりと慣れてしまっていたが、部屋全体といった大きな作業はあまりしていないのだ。
アークとリズは工事や配線の仕方など、必要なことを詳しく王都の魔道具店の人に教えた。
ただし、吸収の魔石に関しては教えない。
これは秘匿技術にしているのだ。
ターラントは立場から言えば、魔道具店の仕事を覚える必要はないのだが、土属性の魔技師として、部屋の明かりを設置することも覚えたいと、アークに教わりたいと残ったのだ。
ブレイズ子爵邸は今まで老子爵夫妻が住んでいた時と違い、人の出入りの多い貴族の館となった。
何故なら、ブレイズ子爵邸は前と同じに子爵邸であるだけでなく、カンプ魔道具店とエリス雑貨店の王都での拠点にもなったからだ。
今まで王都でカンプ魔道具店や雑貨店に用がある人は、東の町の百貨店まで行って、それで話を言付けていたのだが、それが王都で簡単に出来る様になり、今まで以上に話が持ち込まれることになった。
ウィークは貴族なのに、器用に王都でのカンプ魔道具店と雑貨店の代理人みたいなこともすぐにこなしてくれる様になり、また自分でもそちら関係の人に顔を売っていた。




