王都の館
ウィークさんに東の町の家まで御者をしてもらいながら、馬車の中と御者席とで会話を交わす。
「カンプ様たちは、当初の予定ではこのまま明日には領地へと帰ることになっていたのですね。」
「うん、そのつもりだったのだけど、流石にそんな訳にはいかないよね。」
「はい、とりあえず一度、館を見てもらわねばなりませんし、私以外の使用人にもお会いしていただく必要があります。」
「館を見てみるというのも分かるし、ウィークさんの他にも館の維持のために使用人が必要というのは分かるけど、もうその使用人も決まっているの?」
「カンプ様、私のことは呼び捨てで、そうで無いと他の者に示しがつきませんので。
館の維持管理に人手が必要なのもありますが、それ以上に実際のところは、陛下や王妃様たちがお忍びで訪れるので、身元のはっきりしている信頼の置ける者しか雇えないということがあります。
また、何ていうか、陰で警備にもあたるということもあり、そっち方面の心得がある者でないと困るという問題もあります。
という訳で、その意味で選りすぐりの者が館に雇われています。」
「それじゃあ、その人たちの手当てもきちんとしないといけないですね。」
エリスがそんな心配をした。
「いえ、そちらの方は公費から出ていますので、必要はありません。
私とメイド頭だけは、対外的な体裁を整えるために、ブレイズ家から出していただけると嬉しいのですが。」
「うん、そのくらいは大丈夫だと思うけど、つまり僕たちは陛下たちのお忍びの隠れ蓑になれば良いということで、館を所有しているということになっていれば良いということかな。」
僕はちょっと安心したような気になって、そう言った。
正直、王都に自分の館なんて、どうして良いか分からないというのが正直なところだ。
「いえ、そうではなくて、本当に陛下から頂戴した館は、ブレイズ家の王都の館として使用して頂かないと困りますし、僕以下の館の使用人も全てブレイズ家に誠心誠意仕えさせていただきます。
陛下たちの隠れ蓑になるのは、あくまで副次的なこととなります。
それに本音を言えば、ブレイズ家やカンプ魔道具店の仕事上のことで、忙しく館を使っていただいた方が、陛下たちのお忍びを隠すのにも都合が良いというのもありますし。
とにかく、僕以下の館の使用人は普通に使ってください。」
ま、なんていうか、今一つどうなることか分からないのだけど、ま、実際のところやってみないと分からないだろう。
何しろ僕とエリスは、王都の貴族の館がどんな風に運営されているのかも全く知らないのだ。
そういうところは、もうアークとリズに丸投げしよう。
今までの話に少しも口を挟んでこないアークとリズに僕は言った。
「アーク、リズ、ということだけど、どう思う、というかどうしたらいい?
僕とエリスには全く分からないから、2人に王都の館は好きにしてもらいたいのだけど。」
「そんなこと私に言われても困るわよ。
確かに私は王都の貴族の家で生まれ育ったけど、陛下や王妃様が家に来るなんて特別なことがそうそうあった訳ないじゃない。」
リズが厄介ごとを押し付けられるのは嫌だという顔をありありと見せてそう言った。
「それに、俺たちが選ばれたのは、カンプとエリスがプライベートの場に呼ばれるようになったからだと思うぞ。
特にエリスが、王妃様と王女様と仲良くなったのが大きいんじゃないかな。
だとしたら、他の一般の貴族と同じようにする必要はないんじゃないかな。
それじゃあ、かえって期待から外れてしまうような気がするんだ。
出たとこ勝負で一つ一つやっていくしかないんじゃないかな。」
アークもそんなことを言ってきた。
うーん、アークとリズも自分たちが主で関わることは嫌みたいだ。
といっても、アークはウィークと従兄弟でもあるのだから、大いに関わってもらわないとな、と僕は心の中で決心した。
「とりあえず今回の予定を変更しないといけないな。
ダイドールたちにも変更を伝えないといけない。」
「カンプ様、その連絡は王都に戻って私がします。」
ウィークがそう言うとアークが
「ウィーク、お前ダイドールたちがどこにいるか分かっているのか?」
と訊いた。
「ああ、大丈夫だ。
そのくらいのこと把握していなかったら、陛下たちのお忍びのための館の番なんて出来ないよ。」
ウィークはちょっと意味ありげにそう言った。
なるほど、そういった情報は全て調べ上げてのことなんだな、と僕たちは理解した。
ウィークもそれを僕らに教えるためにそんな言い方をしたのだろう。
翌朝東の町の僕の家に馬車で迎えに来たのはダイドールだった。
「私たちと別れてから、随分と大変なことになったみたいですね。」
「ああ、まさか王都に館を陛下から下賜していただけることになるとは思わなかったよ。」
「きっと私たちに対する叙勲だけでは、エリス様の功績に対しての褒美としては足りないと判断されたのではないでしょうか。」
ダイドールの言葉を聞いてエリスが言った。
「えっ、その話誰に聞いたの?」
「昨晩ウィークさんに聞きました。
エリス様、ありがとうございます。」
「な、何言ってるのよ。
私がしたことは、私たちなら誰でも出来ることなのはダイドールだって知っているでしょ。
それを公に出来ないから、今回は私がちょっと目立ってしまっただけで、ちっとも私の功績では無いわ。
それに比べたら、あなたにしろ、ターラントにしろ、フランとリネにしろ、ずっと頑張ってきたのだもの、褒美をもらって当然だわ。」
僕はそのエリスの話を聞いていて言った。
「そう言えば、今回の叙勲から貴族では無いからかラーラが外れてしまったな。
ラーラもみんなと同じだけ頑張ってきたのだから、何か褒美がないと不公平な気がするな。」
「そうね、そうしないと不公平だわ。」
「そうだな、何か考えないといけないと俺も思うよ。」
リズとアークも僕の言葉に同意した。
「ラーラは私たちと同じ庶民だから、家名を名乗ることを許すという訳にはいかなかったから、今回の対象にはならなかったのかしら。」
エリスがそう疑問を口にした。
「いや、ダイドールとターラントはもちろんだけど、フランとリネだってきっと貴族の名簿には載っていただろうからじゃないかな。
王宮の方で、ラーラの名前までは把握してないんじゃないかな。」
「きっとそんなことはないと思うぞ。
昨日のウィークの言葉からしたら、俺たちのことはしっかりと調べられているんじゃないかな。
そうであるなら、主要メンバーで、組合の魔道具の新規開発者にも名を連ねているラーラを知らない訳ないよ。
だって、杖の明かりの開発者になっているのだから、絶対に知っていると思うな。」
僕の言葉にアークが反論した。
うん、言われてみればそうだな、単純に家名を名乗ることを許すなんていう都合の良い褒美が急には思いつかなかったからかもしれない。
ラーラには後で特別に少し昇給することにした。
ラーラは「特別なことは何もしていない。」と言って、必要ないとのことだったが、1人褒美がないのは問題だからと納得してもらった。
ま、ラーラは家族もみんな領地に居るから、得られるお金が少しでも増えるのは嬉しいはずだ。
「で、ダイドールに御者を任せちゃっているのだけど、これから行く予定の館の場所は分かっているの?」
「はい、ウィークさんに場所は聞いてます。
そうそう、ウィークさんも准男爵ということなので、様付けで呼ぼうとしたら、断られちゃったんですよ。
『准男爵なんて、上級貴族と呼べるかも微妙なポジションなのに、様付けなんて恥ずかしい。』って。」
「ダイドール、だから俺たちのことも様じゃなくて、さんで良いんだぜ。」
アークがそう言うと
「いえいえ、それでは周りに示しがつきません。」
なんでみんな周りに示しがつかないって答えるのだろうと僕は思った。
僕は単に運よく家名があることが分かって、その後変なきっかけで子爵という肩書をもらっただけのことで、少しも変わらない。
中身は元の庶民のままでちっとも偉くもなんともないのだけど。
王都に僕たちが下賜された館というのは、本当に王都の端っこという場所にあった。
王宮には、流石は王宮という感じで、背後に林があった。
その林が終わるあたりの片隅に面して館はあった。
他の多くの貴族の館が並ぶ、王宮正面から伸びる道の左右、またはその両隣に当たる道の左右から離れ、小さな騎士爵の館が並ぶあたりのその端の一角という感じの場所だった。
王家の林が家の背景の借景になっていることを除けば、見た感じほとんど騎士爵の家と変わらないかのような館だった。
館の前の車止めに馬車を付けると、すぐに館の正面の扉が開き、中からウィークが出て来た。
「子爵夫妻、男爵夫妻、ようこそ館に。
ダイドールさん、馬と馬車の片付けは他の者に任せて、あなたも一緒に中に入ってください。」
扉の中に入ると、入ったロビーでは、警備に当たるのは屈強な感じの男性が数人、メイドらしき女性が数人、そして先に着いたらしいターラント、フラン、リネが僕たちを待っていた。
「カランプル様、こちらに並ぶ者どもが、他にもこの館で働く者がいるのですが、とりあえずお目にかかる機会がこれからも多くあるであろう者たちです。
後ほど改めて、館の警備長とメイド長はきちんと紹介しますが、顔を記憶に留めておいていただけると幸いです。」
「うん、ウィーク、分かった。」
僕はウィークが軽く紹介してくれた館の者たちの方を向いて、
「私が今度新たにこの館の主人となったカランプル_ブレイズ、そしてこちらが妻のエリス、そして隣がアウクスティーラにエリズベートのグロウランド男爵夫妻だ。
他の者もこれから顔と名前を覚えてくれ。
私たちは王都に滞在する機会はそう多くないのだが、ウィークの指揮の下、しっかりと各自の仕事をこなしてくれ。」
アークに予告されていた、まあセレモニーだったので、なんとか一応求められている振る舞いをできたよ。
言われて無かったら、どうして良いか戸惑うところだったな。
「それではまずはこちらの部屋で、お茶でも飲んで一度くつろいでください。」
ウィークの言葉で僕たちはロビーの隣の広い部屋に案内された。
中は寛げるように椅子やテーブルが置かれていた。
僕たちが適当な場所に席を占めると、すぐに先ほどのメイドがお茶を運んできた。
「カンプ、貴族としてなかなか堂々とした振る舞いだったぞ。」
「アーク、何を言っているんだよ。
ああいうのは慣れないし柄じゃないから、言葉使いを間違えないようにって緊張したよ。
ウィーク、あれで良かったかな、変なところは無かった?」
僕がそう言うと、リズがクスクスと笑い、ウィークも笑顔で
「完璧でしたよ。 満点です。」と言った。
「カンプさんのああいうところを見ると、何だかカンプさんも本当に子爵様なんだなって感じるよね。」
フランがそんなことをリネに向かって言ったのだが、みんなに聞こえている。
ターラントがその言葉に応えた。
「領地では、カンプ様もエリー様も貴族らしい言葉使いなんてしないもんな。
俺たちにも村人たちにも同じように接するから、身分差を感じさせないからなぁ。」
「そんなの当たり前じゃない、私もカンプも本来単なる庶民なんだから。
貴族の振る舞いなんて求められても、困るだけだわ。」
エリスがそう言うとリズが
「カンプとエリスがこうだもの、私やアークも貴族然とした態度なんてとれる訳ないわ。
それに私たちは、そういった態度が一度家名が名乗れない立場になった時に、とても嫌いになったもの。」
と、続いた。
「でも、エリス様は最も有名な子爵夫人ですけどね。」
そのウィークの言葉に、部屋にいたメイドはクスッと笑ったが、僕たちは、「えっ、そうなの。」という感じだし、エリスは嫌な顔をした。
僕はそれに合わせて部屋にいたメイドさんに言った。
「ロビーでは、なんていうか一種の儀式だからあんな感じで話しましたけど、こっちが地なんで、あなたたちも普通に接してください。
逆になんて言うか、貴族様に接するという感じで来られると僕とエリスはどうして良いか困ってしまいますから。」
フランとリネが笑った。
今回の更新、ギリギリ間に合いました。
そろそろ更新速度というかペースが遅れるようになってしまうかもしれません。
 




