年始の叙爵式
何だか忙しく過ごしているうちに、ほぼ一年という時間が経った。
僕たちが叙爵されたのは、恒例の年始の叙爵が終わった後で、臨時の事だったから、僕たちはまだ恒例の叙爵式には出席したことがない。
この恒例の年始の叙爵式が、何か特別なことが起こらない限り、貴族にとって最も重要な場であり、全ての貴族が揃う場でもある。
「それぞれの領地にいる貴族もみんな王都に集まるのだろ。
それで領地は大丈夫なのかな。」
僕がそんな質問をするとアークが答えてくれた。
「そもそも、僕たちみたいに領地に居る貴族が珍しいんだ。
新たに領地を得た貴族は、その領地に5年は住まねばならない決まりだけど、ま、つまり現在の僕らの立場だな。
でもその期間が終わるとほとんどの貴族が領地には代官を置くだけで、自分たちは王都に住んでいる。
だから、叙爵式で王都に集まるので領地に居なくなって大丈夫か、という問題は根本的に起きないんだ。
ま、実際には貴族が全員集まると言っても、騎士爵以下の下位貴族は呼ばれた者以外は集まりはしないし、集まる貴族も正式には当主夫妻のみがほとんどだから、家族や寄子の者などが領地にも居ることが多い。
俺の実家や、リズの実家もそんなものさ。」
「ま、私たちの実家の領地は王都から近いから、どうであっても問題ないのだけど、それでもウチの親なんて領地の方に行く事なんて、ほとんどないんじゃないかしら。
普通はそんなものよ。」
リズにもそう言われた。
「そんなものなのか。
でも僕は5年という決められた時を過ぎても、あの村に住むつもりでいるんだけど、それって問題あるのかな。」
「いや、俺もそのつもりだよ。
もう王都で貴族の生活をするつもりはない。
今やっている様に、魔技師の仕事をしたり、村の開発をしている方が、王都で貴族の生活をするよりよっぽど楽しいしな。
領地持ちの貴族は、今では建前だけになっちゃっているけど、領地に住んでいるのが基本だから何も問題ないはずさ。」
「それに今行っている村の開発は5年という単位ではまだまだ終わらないわ。
途中で誰かに放り出すなんてことは、私はしたくないわ。」
「私も、そもそも王都で貴族として暮らすなんて想像も出来ないし、それより何よりそんな生活したら、魔道具店も雑貨屋の方も仕事ができなくなって困る気がするわ。
それにお父さんたちも村にもう来ちゃっているし。」
うん、何だか5年が過ぎても、みんなこの村で暮らしていくと確認することになっちゃったな。
なんとなく安心した。
「私たちも、もちろんずっとここで暮らしていくつもりです。
それはともかく、今回の王宮からの書状にはどういう訳か、カンプ様たちだけでなく、
私とターラント、それにフランとリネも王都に来る様にとの通達でした。
カンプ様たちは上位貴族ですから当然ですが、爵位のない私たちまでが呼ばれるのは何故なのでしょうか。
私たちは、王宮から呼ばれる様な覚えはないのですが。」
ダイドールがそう言って、王宮からの呼び出しを訝しんだ。
ダイドールが何故か分からないのに僕が分かる訳がない、沈黙しているとアークが
「ま、なんにしろ、叙爵式の時に呼ばれたのだから、別に悪い意味はないだろう。
細かいことは行けば分かるさ。
みんなで服飾店に寄って、着替えて王宮に行けば良いさ。
きっと店長さんが張り切って服を用意してくれるよ。」
うん、分からない事を考えても仕方ないよね。
王宮での襲爵式は僕たちは気楽に出席した。
事前の連絡で、僕たちはただ出席して、指定された席で大人しく座っていれば良いだけだと分かったからだ。
僕とエリスは子爵席の一番の末席、アークとリズは男爵席の一番の末席に席が設けられていて、そこにただ座っていれば良いだけのことだった。
まあ、近くの席の人と一言二言挨拶を交わさなければならなかったのだが、僕は相手の事を知らないので、簡単に自己紹介という感じで挨拶したのだが、相手は僕らの事をよく知っている様だった。
気になったのは服装で、服飾店の方で気合が入ったのか、違いを見せたいと思ったのか、僕たちの服は色形は周りの人と変わらなかったのだが、僕の服はボタンが全て良く磨いた木のボタンになっているし、エリスの服は透明なガラスのボタンになっていて、僕の方はともかく、エリスの方はとても煌びやかな感じとなっていて目立っていたのだ。
ま、それは僕たちだけでなく、アークやリズ、そしてダイドール、ターラント、フラン、リズに至るまでそうで、女性陣は注目を集めていた。
エリスはそうでなくても、何だか注目を集めていたので、とても困った顔をしていた。
式はまず襲爵する貴族から始まった。
襲爵する貴族はその理由、先代が亡くなったり、引退した理由が読み上げられる。
次が陞爵する貴族とその理由、そして新たに叙爵される貴族とその理由と続いていく。
これが高位の爵位ごとに繰り返される訳だが、そもそもにおいてそんなに貴族の数が多くないし、新たに叙爵される者も出なかったので、式はどんどん進んでいく。
ま、そもそも新たに叙爵されるなんてのは、なんらかの大きな功績があった時に、その場で決まるので、この恒例の式まで叙爵が待たされることはまずないから、この場では出ないのだ。
僕たちもそうだったけど。
こうして、侯爵から准男爵までは理由が述べられるのだが、その後の騎士爵は理由は述べられず、ただ単に名前が呼ばれ、証書が渡されるだけになる。
それも准男爵までは陛下自らが渡す形だが、騎士爵は名を呼んだ典礼官が証書を渡す。
ここにダイドールとターラントも入っていた。
最後は、単純に家名を名乗る事を許す式なのだが、これはもっと簡単にそれが許される者が集められ、陛下が
「集まった者たちよ、お前たちは今後家名を名乗る事を許す。」
と言って終わりだ。
ここにフランとリネも入っていた。
式の後、僕たちはアークの両親であるハイランド伯爵夫妻とリズの両親のグロウヒル伯爵夫妻、それぞれに挨拶をしに行き、その後で集まって帰ろうかとしていると、アークの従兄弟だというウィークさんが近づいて来た。
「ブレイズ子爵夫妻、それにアーク兄さん、そしてエリズベート姉さんとお呼びしてもよろしいでしょうか。」
「えーと、あなたは確かウィークといったかしら。
アークの従兄弟だったわね、リズで構わないわ。」
「えーと、ウィークさん、僕たちのこともカンプとエリスで構わないよ。」
「いえ、流石に子爵夫妻をそうは呼べませんよ。
それではカンプ様、エリス様と呼ばせていただきます。
それからリズ姉さんと呼ばせていただきます。
僕のことはウィークと呼び捨てにしてください。」
「それでウィーク、わざわざこんなところに来たのは何か用かい?
そうでなければお前が王宮の中で僕らを呼び止めることはないだろう。」
アークが、呼び方談義を早々に打ち切る様にウィークに尋ねた。
「はい、王妃様がプライベートの方にお呼びですので、このままお越しになって下さい。
今日はブレイズ子爵夫妻だけでなく、兄さん夫妻も一緒に来るようにということです。」
「カンプ様、それでは私たちはフランとリネを実家に送ってやって、そしたら戻って車溜まりでお待ちしています。」
「ああ、ありがとう。
フランとリネは両親に報告したいだろうから、そうしてくれると助かるよ。
馬車を一台置いていってくれたら、自分たちで帰るから、お前たちも自分の実家に今日は戻って構わないよ。」
「いえ、子爵や男爵が自ら馬車を御すなんて、王都では問題ですから。」
ダイドールとターラントと後の動きをちょっと相談していると、横で聞いていたウィークが声をかけてきた。
「それなら今日は僕がお送りしますよ。
そうすれば2人は戻らなくても済みますから。
僕も子爵夫妻たちと話があるので、その方が都合が良いですし。」
「話の内容が気になるけど、それならウィークに頼むことにしよう。
2人は戻って良いよ、今日はお疲れ様。」
アークが従兄弟という気安さから、簡単にそう決めた。
もう何度か訪れたことのある王宮のプライベートの部屋に案内されて行くと、そこには王妃様だけでなく陛下も居て、僕たちを待っていらっしゃった。
「申し訳ありません、陛下と王妃様をお待たせする様なことになってしまって。」
僕は恐縮してそう言った。
「良いのよ。
事前に知らせることなく、急に呼んだのだから、あなたたちに何の落ち度もないのだから。」
王妃様が軽い口調でそう言ってくれた。
「今回の件をそなたたちの家臣は喜んでいたか?」
「はい、ありがとうございます。
みな、とても喜んでおりました。
ただ、どうしてこの様な褒美がいただけたのか、と不思議がっておりました。」
「ま、確かに、今回の褒美は家臣たちがしたことに対する褒美ではないからな。」
陛下の言葉に僕たちはどういうことなのかと思った。
「今回の件は、エリスが盗賊を捉えたことに対する褒美なのよ。
エリスはすでに子爵夫人だから、エリス自身に何か褒美をと考えると難しくて、その代わりにあなたたちの家臣に褒美が与えられたのよ。」
「前にも王妃が話したと思うが、魔力を持たぬ者がレベル2の冒険者の強盗を撃退し捕縛したということは、以前にカランプルが決闘で成し遂げたことと同様の、もしかしたらそれ以上の衝撃を与えたのだ。
その功に報いねば、王家としても問題なのだ。」
ああ、そういうことなのかと僕たちは思った。
僕たちにしてみれば、僕が使おうが、エリスが使おうが、誰が使っても同じ効果の魔道具を使っただけのことで、もうシャイニング伯の時に実効性の検証が完全に済んでいることだから、そんな風に考えたことがなかった。
でもまあ、魔力がない者が、魔力のある者を取り押さえたということは、確かに今までの価値観が覆るインパクトのある出来事だったのかもしれない。
「エリス、そなたに直接の褒美でなくて済まないな。」
陛下はエリスに直接そんな事を言った。
「いえ、陛下。
今回褒美をもらった家臣たちは、今領地で本当に頑張ってくれています。
私は、私自身が何かいただけるより、今回家臣たちにいただけた方がずっと嬉しいです。」
エリスが本心からそう言ったことが、陛下にも王妃様にもありありと分かったようで、2人はエリスをちょっと眩しそうに見た。
僕はなんだか鼻が高くなったような、誇らしい気分を感じた。
「さて、今日ここにお前たちを呼んだのは、もう一つお前たちに褒美をやろうと思ってのことだ。」
陛下の言葉に僕とエリスもどういうことなのかと思ったのだが、アークとリズも自分たちまでプライベートの場に呼ばれて、その上で出される褒美ということで意味が分からず、困惑している。
「カランプル、ブレイズ子爵家は王都に館を持っていないな。」
「はい、僕たちは元々東の町に住んでいましたので、王都に家はありません。」
「ああ、私もそれは知っている。
ということで、ブレイズ家に王都の館を下賜することにした。」
アークとリズは「ああ、なるほど」と思ったが、まだ自分たちまでが呼ばれたことの理由が分からないと思った。
「ま、この王都の館はブレイズ子爵家の王都の拠点のようなモノになると思うが、実は下賜する館は少し特別な館なのだ。」
「すごく大きい館だとか、文化財的な価値がある館とか、そういう意味じゃないのよ。」
不思議そうな顔をしていた僕たちに王妃様が揶揄うような感じでそう言った。
「実はこの館はつい最近まで、私の傅役を努めた老子爵が所有していた。
その子爵が亡くなり、その老妻もつい先頃亡くなってしまい、後継が無かったので家が絶えてしまったのだ。」
「それでちょっと、困ったことが出来ちゃったのよね。」
王妃様が悪戯っぽく言った。
「実はその家は、秘密の地下道があって、王宮と繋がっているのだ。
私も王妃たちもお忍びで出かける時は、その家を通って王宮から外に出ていたのだ。
だから、その家を空き家にしておく訳にはいかないのだが、その人選は難しいという訳だ。
そこで王都の貴族の柵から遠く、尚且つ王妃や王女とも親しいということで、ブレイズ子爵がその家に入る候補となった訳だ。」
なるほど、そういうことで、自分たちも呼ばれたのだとアークとリズも納得した。
「それでだが、ブレイズ子爵には、そこにいるウィークを執事として王都の館の管理を任せる家臣としてほしい。
もちろんウィークには准男爵として本当にブレイズ家の寄子になってもらう。」




