領地の村は動き出す
王宮を出て、僕とエリスはまた服飾店に戻った。
本来なら戻る必要はなかったはずなのだが、僕はエリスが着替えている間に店長さんと話していた時に、肝心な杖をいくらで売るかという話をしてなかったからだ。
エリスは僕のことを、ちょっと商人としてあり得ないと非難する目で見たのだけど、値付けに困っている。
貴族に対して、杖なんて物をいくらで売ったら良いか、見当が付かないのだ。
アークとリズに任せるべきだったかなぁ、と思ったのだけど、まあしょうがない。
「店長さん、正直僕たちにはこの杖をどのくらいの値で売りに出せば良いか見当が付きません。
店長さんにお任せして良いですか?」
「はい、分かりました。
私の方で、適当な値を付けて、売らせていただきます。
これだけの品ですし、アウクスティーラ様のお爺様が一番に使用されているのですから、当然それなりの値を付けて売ることにします。
売上金の配分は肌水と同じでよろしいですか。」
「それではこのお店の取り分が少なくないですか。
肌水と違い、この杖は店長さんの方からの話で作られた商品なのですから。」
店長さんの言葉にエリスがそう言って、肌水では売上金の1割だけの服飾店の取り分を杖ではもっと上げることを提案した。
「いえいえ、私からの話に迅速に対応していただいただけで十分です。
でも、それでは、その代わりと言ってはなんですが、もう少しお願いをしてもよろしいでしょうか。」
店長さんの要求は、杖以外の木工品の注文だった。
まずは靴べらを作って欲しいという話だった。
杖の出来を実際に見て、店長さんが閃いたのだという。
うん、確かに服飾店では試着だなんだと靴を脱いだり履いたりする機会が多いから、靴べらは必需品である。
それを杖の様に磨いた木製にして、店の高級感を高めたいとのことだ。
「店の中だけの分でなくて、もっとお願いします。
きっと、それも売り物になりますから。」
店長さんは、杖だけでなく、靴べらも売るのだという。
でも本命はそれではなく、
「ボタンを作ってほしいのです。
ここは服飾店ですから服を作るのが本業です。
ボタンは知っての通り、貴族の服に使われるのは、他国から持ち込まれる貝を削って成形した物です。
それは私のところ以外も同様ですので、この店の独自色として、磨かれた木のボタンを付けたらどうだろうかと。
それにこれも閃いたのですが、杖の先に付けられている小さな円盤を見て思ったのですが、これもボタンにならないかと。
あの白い円盤ですが、白だけでなく、肌水の瓶の様に透明にも作れますよね。」
僕たちは店長さんの注文で靴べらと服のボタンも作ることになった。
その後王都では杖に加えて、靴べらも服飾店で売られる様になった。
それらは服飾店にはたくさんの問い合わせがあった様だが、残念ながらそんなにたくさん売るという訳にはいかなかった。
何しろ、そもそも素材としての木の枝がそんなにないのだ。
村では、というよりこの周りを砂に囲まれた国では木は貴重な物だから。
折れたり、形を整えるために切られて枝もそんなにたくさん出る訳ではなかったからだ。
ましてや、杖や靴べらとして使用できるある程度の長さと太さ、そして真っ直ぐな枝は少ないからだ。
そういった訳で、エリスが王都以外でも売れると考えた杖は、とてもではないが作ることは出来ず、王都で売る杖と靴べらはとても良い値段で売られることになった。
杖と靴べらは単価が高く利益率が良いといっても、数が作れないから、そんなに村を潤すことにはならなかったが、もう一つの方、ボタン作りは大いに村を潤すことになった。
ボタンは大小はあっても小さな木切れからも作ることが出来たからだ。
そして、木をボタンの形に整形したり、穴を開けたりといった作業には、シャイニング伯との決闘の時や強盗退治の時に役立った、石を加工する火の魔道具を改造した道具が役に立つ事となり、僕も久々に新しい魔道具の登録をした。
ガラスに模様を彫る時にきちんと登録しておけば良かったのだが、忙しくしていて忘れていたのだ。
ボタンは木のボタンだけでなく、白いガラスと透明なガラスの物も作ったのだが、これらは最初に小さな円盤の型を作って、それにはめ込む形で整形していくことで、材料の砂を厳選する事と加えて、それだけの準備をするとそれらなしで作るよりずっと少ない魔力でボタン作りの第一段階の小さな円盤が作れることが分かり、量産が容易くなった。
その穴あけと仕上げの加工は同様に火の魔道具を使う。
ボタンは単価は服飾店が買ってくれる物だからとても安くしたが、数がたくさんだし、作るボタンの種類も基本的な物から、凝った物まで、服飾店からデザインなども含めて次々と色々な注文も入ったので、コンスタントに利益を生む様になった。
ボタンは最初は服飾店では自分のところ専用で使っていて、自分の店の特徴にしていたのだが、途中からは他店への販売もする様になり、それによって注文の数も増えて、村の利益にも服飾店の利益にもなった。
このボタン作りという仕事が出来たおかげで、村の作業場では常に作業して収入を得ることが出来る様になり、一時問題になりかけた魔力を持つ村人がいる家との収入格差の問題は回避できる様になった。
得られる給料を魔力を持つ人が頑張って得られる収入を基準にして設定したからだ。
新たに学校を卒業して村に来てくれた魔技師は、とりあえず魔力を貯める魔石作りに専念してもらうことにした。
2人はフランとリネと同様に1日に8個の魔石を作ることができ、もう1人はレベル2ということだから、僕やアークの10個より多く作れるかと思ったが、僕らと同じ10個だった。
うーん、この辺のところはレベル1と2の違いが良く分からない。
単純な魔力量の問題だけではないのか、レベルが厳密なものでないからなのか、それとも慣れの問題もあるのだろうか。
とにかくそのもう1人は、水の魔石用の魔力を貯める魔石に専念してもらった。
それに伴い、リネは水の魔石作りに専念してもらい、フランも風の魔道具作りや研究をする余裕が出来た。
リネが水の魔石作りに専念することになったので、植樹できる本数が増えた。
そこも考えないとと思っていたら、おじさんが
「カランプル、そのことは私に任せなさい。」
と、おじさんが陣頭指揮を買って出てくれた。
おばさんと2人でこっちに来たらのんびりと孫を可愛がっての生活のはずだったのだが、おばさんはどういう訳か町に居た時と同じ様に料理教室を始めて、自分は店のことは町の百貨店の店長とエリスの主に任せると宣言していたので、まだ僕とエリスに子供が居ない今は暇になってしまったからだ。
それだけでなく、おじさんは僕が適当に放置していた、色々な木を植える実験を、最初暇つぶしに経過を確認するというよりは眺めていたのだが、ある時、僕が諦めた建物などの建材として他国より買い入れている木が芽吹いているのを発見したのだ。
僕は種を植えたり、小さな幼木を植えてみて、上手く育たなかったことで簡単に諦めていたのだが、おじさんは他の木の陰でその幼木が育っているのを発見したのだ。
それを見つけたおじさんは、他にも他の木の陰になる部分に植えてみて、その木が他の木の陰になる部分に植えれば育つことを確認した。
どうやら、今まで植林してきた木だけでなく、その建材になる木も育てられるのではないかと試してみようと考え始めたことで、植林に興味を持ったらしい。
おじさんはターラントや、土の魔技師さんたちの旦那さんたちと相談して、植林の計画実行を今ではしている。
それから派生して、落ち葉や枝の管理、利用まで統括してくれることになり、土の魔技師さんたちとも話しあって、道の舗装事業まで始めて忙しくしている。
おばさんも料理教室を始めただけでなく、その時々の料理を多めに作り、僕たちの食卓に提供するだけでなく、店や組合の輸送に来ている人に提供する様にもなった。
組合長に頼まれていた、組合の輸送係の食事のことは、意外に簡単に解決してしまった。
料理教室のスペースの隣に新たに食べるためのスペースを作っただけで用が済んでしまったのだ。
そのスペースは誰でも自由に飲み食いできるスペースとしたので、村の人たちも仕事後に集う様になり、徐々に拡充していった。
時々乱雑になってきて、サラさんが怒ることがあったのだが、あまりその様子が正されることにはならなかったのだが、一回サラさんに頼まれて、エリスが注意したら、それからはたまにサラさんが怒るまでいかず注意する程度で、きちんと整理整頓される様に変わった。
「それはやっぱり、エリス様に誰も逆えるはずはありませんから。」
「それって、エリスが僕の妻、つまり子爵夫人であるってことや、店の店長だったりといった肩書が物を言うってことなのかな?」
僕はサラさんの言葉に質問した。
「まあ、確かに、それもないことはないと思いますけど、もっと単純にエリス様を怒らせたら怖いということだと思いますよ。
何しろ、強盗を撃退した時のエリス様の勇姿を見た村人は何人もいますから、それに尾鰭が付いて、この村にはエリス様最強伝説になってますから。」
「えっ、そんなことになっているの。
私って、王都でも色々に言われるし、本当になんでこんなことになったのか。」
エリスが本気で凹んでしまった。
アークのお爺さんは、他の貴族も木の杖を持つ様になったら、アークにもっと特別な杖を作ってほしいと言い出した。
木の杖が自分だけの特別な物でなくなってしまったのが、どうも残念でたまらないらしい。
アークは少し困っていたのだが、リズが杖にライトを付けることを提案した。
リズとしては自分をアピールするつもりだったらしいのだが、ラーラがその話に飛び付いた。
「それ、是非私に作らせて。
私だけ登録した魔道具が無いから、なんだか肩身が狭いから、私にやらせてよ。
それに年寄りは暗くなると物が見えにくくなって、つまづいたりするから杖にライトって良いアイデアだと私も思うのよね。」
自分だけ登録した魔道具が無くて肩身が狭いという気持ちは理解できたので、リズはラーラに制作を譲ることになった。
ラーラはアークと共同して、杖の持ち手の上にガラスの中で光の魔石が光る杖を作った。
そのガラスの3方向はすりガラスになっていて、1箇所にハイランド家の紋章が彫ってある。
残された1方向は素通しのガラスになっていて、光をそのまま外に出して辺りを照らす。
この新しい杖ももちろん魔力を貯めた魔石を使う形なので、組合に登録した。
これでラーラも登録した魔道具を持つ様になったのだが、この杖自体はアークのおじいさんだけでなく、きっと他の年寄りにも役に立つだろうということで、売り出すことにした。
それでまたすぐにアークのお爺さんが、自分だけ特別な物を欲しがるだろうと考えて、アークのお爺さんの杖だけには、灯りとして光がいらない時にも、淡い色のついた光がスイッチによって出る様な回路が付けられた。
まあ、これは色が変わることの応用だ。
このアイデアはリズが出したので、このアークのお爺さん用の杖の魔道具も別にラーラ、アーク、リズの連名で登録することになった。
この杖は売り物とはしないで、アークのお爺さん専用としたのだが、後に淡い光を発するという部分が、陛下が威厳を示すために持つ杖の装飾として使われることになった。
それから、村での農業は土の魔導師さんの家族と元からの村人たちとの、共同の試行錯誤で、まず囲いを作って水を撒いて雑草を生やして、それを刈ってミミズの餌にするという行為を3度くらいしてから畑にするという方法が確立した。
肥料を後からたくさん入れられる訳では無いので、畑にした後で収穫量が素晴らしく多いという訳にはいかないが、それだけでもまあまあの収穫になることがわかったのだ。
収穫量があまりに減ってきた時には、少し周りの砂を取ってきて畑に撒き、水を撒けばまた雑草が生えて、最初と同じ様にすることで、ある程度の収穫量が得られる様になった。
水を以前より豊富に使える様になってきたから出来る様になったことだが、これによって徐々に畑が広がり、村の食料を完全にまかなえる様になり、人の数を増やすことが可能になってきた。
あと、村の学校に通う子供たちの中で、魔力を持つ者と成績が優秀な者は、領主家で経費を持って、町の学校に進学させることにした。
エリスの実家である、おじさん、おばさんの家をその寄宿舎にすることになった。
町での生活は基本的には自分たちで行う事としたのだが、それだけでは無責任なので、町の方でカンプ魔道具店に勤める人の中から、世話係になってくれる人をつけた。
ま、実際は少なくとも二週に一度は僕たちや荷物を運ぶ誰かしらが行くから、そんなに目が届かないことは無いので、心配は無いのだけどね。
そんなこんなしていると、村での生活が今までより少しづつ豊かになり出したからだろうか、村に結婚ブームとベビーブームがきた。
結婚の時期を考えていた村人は挙って結婚して独立し、その新婚さんたちだけでなく、お腹を大きくする女性がたくさん現れたのだ。
村が色々と動き出した。
杖って、歩行の補助に使う物も、魔法使いが使うのも、杖って言いますよね。
どうも何だかややこしい。
ステッキ(ケイン)とワンドに分けて書こうかと思ったのだけど、それもあまり馴染みのない言葉ですよね。
ま、ごっちゃだけど良しとするか。




