杖
強盗騒ぎがあった二日後、おじさんとおばさんがとうとうこの村にやって来た。
僕たち4人は、荷物を家に運び込んだり、家具などの調度品を設置したりと、自分たちで手伝った。
「何もカンプ様たち自らがその様な作業をしなくても良いのではないですか。
私たちはもちろん、村人たちも一声掛ければ、皆作業を喜んでするでしょうに。」
僕らの家で一休みして、すぐに始めた作業には、おじさんとおばさんを馬車に乗せて来たダイドールも、荷物の方の馬車を御してきたペーターさんも、それを労ってから、後の作業には関わらないで休んで良いと言ったのだ。
それだけでなく、同じように手伝おうとしていた、ラーラ、フラン、リネにも、ここは僕らだけで良いと断った。
「そのかわりというのも何だけど、フランとリネは学校の方は宜しく頼むわ。
私は今日はそっちには行けない。」
リズがそう言うと
「ラーラ、悪いけどお店の方見てきて、私がこっちにいるとサラさん1人だから。
大丈夫だと思うけど、あんなことがあった後だから、少し怖がっているかもしれない。」
エリスはラーラにそんな風に頼んでいた。
強盗事件の後、僕は例の二種類の杖を僕たち4人だけでなく、家臣となった者というか、主要メンバーには常に所持させる事にしたのだ。
とはいえまだ全員分とはいかず、とりあえず店に出るフラン、リネ、そしてラーラにも渡してある。
これから後、ダイドールとターラント、それからおじさんとおばさんにも持ってもらうおうと思っている。
正直、サラさんにも持ってもらおうかと迷ったのだが、この二種類の杖は僕たちの秘密が技術的なことだけでなく、かなり含まれているので、除外した。
うーん、魔力を吸収する魔石はパン焼き窯にも使われてはいるのだけど、秘匿技術になっているし、その魔石の存在は知られていないんだよね。
「ダイドール、おじさんとおばさんはカンプとエリスにとっては親だけど、僕とリズにとっても、それに近い存在なんだよ。
だから、おじさんとおばさんの事に関しては、僕たちは出来るだけ人の手を借りず、自分たちの手でやれることはやりたいんだよ。
そういうことさ。
それから、ダイドールがいない間にちょっとしたことがあったから、その対処をターラントと打ち合わせてくれないかな。」
アークはダイドールにそんな指示をしていた。
そんな光景を見ていたおじさんが言った。
「何だか、みんなきびきびと動いているねぇ。
カランプル、何だかお前が口を出すところがないみたいだね。」
「そうなんですよ、おじさん。
一応、僕がここの領主という事になっていますから、僕がサインしなければならない書類とかはあるんですけど、それ以外のことは僕はほとんど口を出すところがなくて、もしかしたら僕がみんなの中で一番暇しているかもしれません。
まあ、魔石に回路書き込んだりは、常に毎日していますから、魔技師としては普通に働いていると言えば言えると思うのですけど。」
「まあ、それなら良いんじゃないか。
上の立場の者がサボっているのはダメだが、上の者が何かしなければ下の者が動かないのでは困るからな。
領主としてしなければならない仕事はしているなら、あとはカランプルは元々の望み通りの怠惰な魔技師としての仕事をすれば良いのだからな。
あまり自分の出来ること以上のことをしようとするのは良くない。
出来る範囲で一つづつ着実に進めていくようにしないとな。」
もしかすると、おじさんの目には僕たちのしている事が、急ぎすぎていると映っているのかもしれないな、と僕は感じた。
その日の晩は、何だか賑やかな食卓となった。
エリスとリズがその日の晩の食事を用意して、おじさんとおばさんにはゆっくりしていてもらうつもりだったみたいだが、結局前と同じで、エリスとリズのやる事が見ていられなくて、おばさんも食事作りに加わった。
エリスはおろか、リズのスキルにまでも達していないフランとリネも、おばさんに2人が指導されているのに気がつくと、自分たちも手は出さなかったが、台所の入り口でそれを見て覚えようとしている。
それに加わらなかった女性はラーラだけだった。
ラーラ夫妻と子供もその日は来ていたのだが、ペーターさんがどうやら不注意にもつまらないことを言ったようだ。
「あのね、私は本当に昔からちゃんと料理とかはしているの。
そりゃ、エリスのところのおばさんと比べられると、ちょっと無理があると思うけど、エリスはともかくリズが指導されているようなレベルは私はとっくに超えているの。
リズが指導されているレベルのところに鼻を突っ込む必要はないの。
それに今だって、人が多すぎて動きにくくなっているでしょ。」
子供をあやしながらラーラはペーターさんをちょっと睨んで言った。
その言葉はリズにも聞こえたみたいだ。
「ラーラ、それじゃあ、私が料理が下手みたいじゃない。」
「事実でしょ。」
ラーラはペーターさんの言葉にかなり怒っていて、ご機嫌斜めのようだ。
ペーターさんが助けを求めるような視線を送ってきたが、うん、ここは関わらない方が無難だな。
ラーラの機嫌はその後、出来上がった料理を食べ始めたら、あっさりと好転した。
「美味しい〜っ。
エリスも料理上手な方だと思うけど、やっぱり一味違うわ。」
「やっぱりラーラもそう思うんだ。
まだまだお母さんには料理の腕では歯が立たないんだよね。」
「これ、ちょっと何かの香草が入ってますか?
微妙に香りを感じるのですが。」
「ラーラちゃんは流石ね。
これはね、こないだ新たに店に入ってきた香草をちょっと入れてみたの。
ラーラちゃんにもあげるわ。
そうすればラーラちゃんなら同じ味が出せると思うわ。」
「うわぁ、ありがとうございます。」
さっきの不機嫌はどこに行ったのか、ラーラは満面の笑みで、それを見てペーターさんは安心した顔をしたのだが、ペーターさん本当に大丈夫か。
「エリスさんのお母様、あの私たちにも料理を教えていただけないでしょうか。」
フランがそんなことを言い出した。
「えーと、フランちゃんとリネちゃんだったわね。
私のことは、そんなにあらたまった呼び方をしないで、みんなと同じ様に普通におばさんで良いわよ。
料理くらいいつでも教えてあげるわよ。
知っているかもしれないけど、私は百貨店の上で、カランプルの作ったコンロの使い方教室をしていたから、料理を教えるのは得意よ。」
そうだった、おばさんは百貨店の上でそんなこともしていたんだった。
「おばさん、それならここでも料理教室やりますか?
流石にここでは狭くて教えにくいでしょう。
店の近くにその為の場所作りましょうか。
アーク、ターラント、それくらいならすぐに出来るだろ。」
「ああ、任せてくれ。
百貨店の上にあった部屋程度の建物で良いのだろ、そのくらい簡単に出来るさ。」
アークがそう答えるとリネが
「ぜひお願いします。
そうしたら、カンプさんにコンロを設置してもらって、私が水の魔道具を設置しますね。」
どうやらおばさんも乗り気の様だ。
村でもおばさんの料理教室を行うことが決まった。
その晩は、おじさんとおばさんは、まだ旅の疲れが残っているからと、早めに2人の家へと戻って行った。
それを機にその日はお開きという感じになって、ラーラ一家にフランとリネも自分たちの家へと戻って行ったのだが、ダイドールとターラントには少し残ってもらった。
「私がいない間に、この様な事が起こっているとは思いもしませんでした。
それでエリス様にはお怪我とかなかったのでしょうか?」
「うん、私は全く無事で何もなかったよ。
実は刃物でも持たれていたら嫌だと思ったのだけど、持っては無さそうだから、かなり最初から私としては余裕があって対応していたんだよ。
魔法を使ってくる相手ならば、きっと負けることはないと思っていたから。」
「エリス、良くそんな冷静でいられたわね。」
「うん、リズ。
あの強盗、店に入って来て、私とサラさんを脅し始めた時から『俺はレベル2だ。』って、魔法のレベルで脅し出したのね。
そうしたら、なんだあのシャイニング伯から比べたら全然大したことないじゃん、て思っちゃったのよ。
あのシャイニング伯に勝ったカンプと同じ装備を自分は持っているのだから、レベル2になんて絶対負ける訳がない、って思っちゃった。
あとで考えたら、魔法じゃなくて、暴力で襲って来て、杖を取られたら危なかったんだけど、そんなの考える訳もないしね。」
「それでも、やっぱり良く冷静でいられたよ。」
アークが重ねてそう言った。
「カンプがシャイニング伯の時に、私だって負ける訳がないって言っていたからかな。
実際はカンプもシャイニング伯の時は冷や汗モノだった訳だけど。」
「ところで、その強盗未遂犯なんだけど、どうしたら良いのかな。」
僕はダイドールに尋ねた。
「そうですね、その場で切り刻んでも構わなかったのですが。」
えっ、何それ、と僕とエリスは驚いた。
「裁判も何もなしで、そんなことしても構わないの。」
「はい。 もちろん普通の庶民にそんなことしたら大問題では済まない問題になりますが、犯罪人に対しては貴族がその様な行為に及んでも、なんら問題はありません。
犯罪人は貴族の保護対象ではありませんから。
昔は、その様な酷薄な処理が推薦されていたこともあります。」
「でも今はそんなことはないよね。」
僕はちょっと腰が引けた感じで尋ねた。
「ま、その場で切り刻むはともかくとして、公開処刑くらいは有りかと。」
ターラントはそんなことを言った。
「いやいや、無しの方向で。」
僕が慌ててそう言うと、
「はい、冗談です。」
とターラントは笑った。
「えーと、冗談は抜きにして、あれから少し取り調べたのですが、強盗に来たのにあまり我々というか、カンプ様たちについての知識を持っていないのです。
そんなのちょっとおかしいと思うのですが、まあ犯罪に手を染める奴は頭が足りてないのが多いのかもしれません。
それよりも、誰かに唆されてという線が強いかと私は思いますが。」
「で、その線も含めてですが、王都に連行して、司法局に渡して来ようと思います。
司法局では、もしあれば背後関係なども徹底して調べられるでしょうから。
ということで、私は戻って来たばかりですが、今度はターラントと2人で、犯人を連行して王都に行って来たいと思います。」
ダイドールは連続となってご苦労なことだけど、この犯人の連行はどうということもなく行って戻って来た。
戻って来たターラントはアークに予期せぬことを告げた。
「あの服飾屋に、フランとリネの、私のもですが、服を貰いに寄ったのですが、なんだか頼まれごとを受けてしまいました。
アーク様は、この前ご実家に寄られた時に、なんでもお祖父様に土産として杖を贈ったとか。」
「ああ、ウチの爺さん、最近足腰が弱っていたからな。
まあ、ちょっとした土産として、俺が適当に作って持って行ってやったんだ。
杖と言っても魔道具ではなく普通の杖だぞ。
孫の俺が作ったと聞けば、爺さん喜ぶかなと思ってな。」
「はい、その杖がですね、王都では大評判になったらしいのですよ。」
「大評判て、単にそこいらの切った枝の皮を剝いて乾かして、油を塗って少し磨いただけの物だぞ。
まあ、持ち手のところや、石付きのところなんかは滑らない様に少し細工したけど、それも大したことじゃない。
そんな片手間な物だぞ。」
「はい、そこら辺は私には判断できませんが、とにかくその杖が大評判になって、どういう訳か服飾店に、『同じ様なモノが手に入らないか』と次々と相談が入る様になったそうです。
そこで服飾店の方から、出来ることなら肌水と同じ様に、服飾店で売らせてもらえないだろうか、という依頼を受けました。」




