エリス無双
おじさん、おばさんを領地の村に呼ぶのに、僕たちはペーターさんに馬車を出すのを頼むとともに、迎えに行くことを考えた。
僕らが移住して来た時よりも、おじさんたちの荷物は多いだろうし、荷車に同乗してくるのは大変だから、僕らが移動する時に使う貴族用の馬車を出した方が良いと思ったからだ。
そう思っていたのだが、横槍が入った。
「カランプル様、エリス様、今回は私がお迎えに行って参ります。
お二人がそう連続でここから離れられていると、家臣としては情けないのですが、やはりその色々と滞ることがありまして、ちょっと避けていただきたいかと。
それにお話によると、お二人は今後ふた月に一度は王都に向かわねばならないとのこと。
ここはエリス様のご両親様には申し訳ないのですが、私で我慢していただきたく思います。」
そう言われてしまうと、僕としても、それでも自分たちで迎えに行くとは言えない雰囲気になってしまった。
でもまあ、実際に滞っているのは、組合との帳簿合わせと、店の方の諸々と、まあ店の方はリネとフランも抜けていてサラさん1人で切り盛りしていたのだから無理もない。
それと学校の方がやはり手が回りきっていなかったみたいだ。
アークが明らかにホッとした顔をしているのは、とりあえず置いておこう。
あれっ、結局僕の仕事として滞っている事って、ないんじゃないかな。
ま、確かにどこに植樹したとか、その管理状況の報告書とか、新たに増えた畑とかの報告書は積まれていたけど、それらはもうアークが目を通していて、一応領主としての僕のサインが公式には要るから、積んであるだけだし。
まあ、とにかくおじさんとおばさんの移住の迎えは、僕とエリスではなく、ダイドールに任せることになった。
ダイドールとペーターさんは、すぐに迎えに行くことになり、アークはおじさんとおばさん用に作った家に問題がないかをもう一度点検したりしている。
庭の部分をどうするか考えたのだが、最初から決めて作っておく事はしないで、おじさんとおばさんが来てから、木を植えるなり、花壇を作るなり、希望を聞いてからにしようということになった。
まあ、塀に囲まれた中に、家とルルドの木が2本植わっているだけだとあまりに殺風景だから、塀際に何本か、実験で植えていて、良さそうな木を植えておいたけど。
そんなことをしているけど、基本僕が一番暇なような気がする。
エリスは確かに滞っていた諸々を最初は処理するのに忙しくしていたが、それも終わりいつものペースになった。
フランとリネもすぐに以前と同じ日常に戻ったが、王都で新しく手に入れた服を、こっちで着て見せた時には、みんなに褒められて嬉しそうだった。
「王都の服飾店の様な服はここでは無理だけど、それでも今までより少しお洒落な服も店で売る様にしたら良いかもしれないわ。
少しづつだけど、この村も前よりは裕福になってきたはずだから、それを実感できる様にする工夫も必要なのかもしれないわ。」
エリスは、フランとリネが新しい服を褒められているのを見て、そんなことを言った。
「それに私たちだけが、良い物を着たりしたんじゃ、なんだか嫌だわ。
村人たちだって、私たちとの差を感じるかもしれないもの。」
「そうね。 私たちが王都の服飾店の服を買うのは、陛下に会ったり、王宮に行ったりするのに必要なためだけど、村人からしたら、そんなの分かる訳が無い。
自分たちとの違いばかりを感じてしまうかもしれないわ。」
リズもエリスの言葉に同調した。
「エリスのお店で、今まで村で着ている服よりも、ちょっと良いものを買える様にするのはとても良い案だと思うわ。
まずは女性物を揃えれば、絶対に売れると思うわ。」
「でもそのためには、今のお店の売り場面積では無理があるわ。」
「もちろん、店の拡張計画は最初からあるよ。
なあ、ターラント。」
「ええ、もちろんですとも。 エリス様、お任せください。」
こうして、店の売り場面積は、すぐに今までの三倍程度に拡張された。
そうしてのんびりとおじさんとおばさんがやって来るのを待っているある日の午後、サラさんが顔面蒼白で必死の形相で、僕たちの家に飛び込んで来た。
「カランプル様、大変です!!
店に強盗が来て、今、エリス様を人質にして金銭を要求しています。」
それでも僕は暇な今の時間に集中して魔石作りをしてしまおうとしてたのだが、アークは昼食後の昼寝とソファーに寝転んでいた。
僕も驚いたが、アークもソファーから転げ落ちる様にして近づいてきた。
落ち着け落ち着け、冷静になれ、僕は心臓が早鐘を打つ様になっているのを感じながらも、一生懸命に自分にそう言い聞かせた。
「サラさん、落ち着いて。
どういう状況なのか、最初から話してみて。」
サラさんはとても冷静に話せる様な状態ではなかったが、それでも僕の言葉に答えてくれた。
「はい。
私とエリス様が店を開けて店番をいつもの様にしていましたら、初めて見る顔の男が店に入ってきました。
エリス様も私も見知らぬ人が店に来ることは珍しいので、ちょっとその男のことを気にしていましたが、組合の荷物を運んで来る人とかは時々人が変わって新しい人が来ることもありますから、そんなに不審には思っていませんでした。
でも、その男は店の中に他に誰も客がいないことを確認すると、私たちに近づいてきて、
『俺はレベル2の魔力を持っている。
この村にはレベル1の魔技師しかいないことは分かっている。
ここは貴族様もおかしな事にレベル1らしいな。
つまりこの村では誰も俺に敵わない。
命が惜しかったら、有り金を全て俺によこせ。』
と、ニタニタしながら言ってきたのです。」
サラさんは震えながらそう言った。
僕とアークは黙って続きを促した。
「その言葉を聞くとエリス様は
『そんな事言っても、ここにはお金なんてあまりないわよ。』
と、その男に言いました。
すると男は、
『そんなはずはないだろう。
俺はこの店が、ルルドの実や肌水で大もうけをしているのを知っているんだぜ。
そんな嘘が通じる訳ないだろ。』
『バカねぇ。 例え大儲けしたとしても、そのお金をこの店にそのまま置いておくはずないじゃない。
ここには今日使うだけの少しのお金しか置いてないわよ。』
『なら、儲けた金を持って来させろ。
お前らは人質だ、命が惜しければ、金を持って来させろ。』
『そんなこと言ったって、あなたがさっき確認していた様にここには、あなたを含めて3人しかいないわ、誰に持って来させるの?
私が、外に出て持ってくれば良いの?』
『いや、お前はダメだ。
どうやらお前の方が立場が上そうだからな。
おい、お前、お前が金を大急ぎで用意して来い。
この女は金が用意できるまでの人質だ。
誰かを呼べばどうにかなるなんて思わない事だ。
ここでは俺は絶対的に強いからな、変なことを考えても返り討ちに合うだけだぞ。
この村の様に魔法を使える者がほとんどいない所でも、レベルの差が絶対な事ぐらいは知っているだろ。』」
サラさんは、ちょっと間を開けた。
「その男の言葉を聞いていたエリス様は私に言いました。
『それじゃあ面倒でしょうけど、ウチの亭主に知らせてきてくれるかしら。
そうすれば、用意してくれると思うから。
私は大丈夫だから、心配しないで、何も問題ないわ。』と。
それで私は大急ぎで、ここまで来ました。」
僕はちょっと確認した。
「サラさん、その男は何か刃物の様な物でも持っていた?」
「いえ、そういった物は何も見せませんでした。
自分はレベル2だと、絶対の自信があるのか、それだけ言うのみでした。
でも確かに、レベル2の魔力を持つのだとしたら、この村では誰も勝てる訳がありません。
どうしようもないです。
要求どおりにしなければ、エリス様の命が危ないです。」
正直に言って僕は安心してしまった。
刃物でも持っていて脅迫してきたのだとしたら、どうしようかと焦るのだけど、レベル2の魔力を誇って脅迫してきたのなら、何も怖くない。
「サラさん、安心して。
何も怖い事ないから、大丈夫。
僕たちに安心して任せて。」
そう言って僕はサラさんを安心させて、アークに言った。
「それじゃあとりあえず僕は先に現場に行ってみるよ。
アークはあれを作って出来たら持って来てくれないか。」
「ああ、分かった。
あんな物すぐ出来るから、そんなにしないで行けるから。」
それだけ聞くと僕は店へと向かった。
サラさんも僕について来る。
店の前に着くと、もう村人がたくさん集まっていた。
どうやら誰かが店に入ろうとして、事態に気付いた様だ。
「みんな、ちょっと通してくれ。」
「カンプ様がやって来たぞ。 領主様が来た。 道を開けろ。」
集まった村人が左右に分かれて僕を通してくれた。
店の中の声が聞こえて来た。
「あら、もう亭主が来たみたいだわ、早かったわね。」
「おい、村人が領主が来たとか言ってたぞ。」
「そうよ。 私の亭主はこの地の領主だから。」
「お前、領主夫人か。
なんでこの店の店員なんてやっていたんだよ。」
「あら、何も知らないのね。
私は領主夫人でもあるけど、この店の店長でもあるのよ。」
「ま、とにかくお前が領主夫人なら、なおさら人質として価値があるというもんだ。」
「そうかしら、私はそうは思わないのだけど。」
「えーと、僕も話をしても良いかな?」
僕は店の中に向かって声を掛けた。
「おい、金は用意して来たんだろうな。」
「いや、まだだ。 とりあえず焦ってここに来てしまったからな。」
「なら、早く用意させろ。」
「それは考えないでもないけど、その前に我が子爵夫人と話を少しさせてもらっても良いかな。」
「お前、子爵夫人なのか。」
「ええ、確かにそういう肩書きもあるわ。
それじゃあ、ちょっと子爵と話をさせてもらうわ。」
男は、エリスが子爵夫人だと聞くと、ちょっと驚いたようだった。
この村にはレベル1の魔力の者しかいない、なんてことを調べているのに、それ以外のことは何も知らないのだなと僕は思った。
「エリス、ところで刃物でも突きつけられているのかな?」
「いえ、そんなことはされていないわ。
ねえ、あなた刃物も持って来たの?」
「レベル2の俺はそんな物を必要とする訳ないだろ。
刃物なんかより余程強力な魔力があるのに、なんでそんな物まで持つ必要がある。」
「だそうよ、カンプ。
ところで、用意は出来たの?」
「用意してアークが来る事になっている。
それでエリスは、まさか家に忘れているなんて事ないよね。」
「そんな訳ないわよ。
ちゃんと両方とも持っているから大丈夫よ。」
「そうか、それならまあ安心かな。
あ、アークが来たみたいだ。」
「それじゃあ、もういいわね。」
「あなた、刃物は持っていないと言ってたわね。
ごめんなさいね、私はこういう物を持っているの。」
エリスは着ていた上着の内側から小さな杖を取り出すと、その杖の先を石で作られた台に向かって振るった。
石の台の角があっさりと切れて落ちた。
それを見た男はエリスから飛び退いて、エリスに向けて魔法を使った。
「ファィヤー!!」
おっ、僕と同じ火属性だったんだ。
エリスは落ち着き払って言った。
「ごめんなさいね。 私には魔法は効かないわ。
だから静かに降参して。」
「なんなんだよ、お前は。」
男は、訳がわからないという感じでエリスに言った。
「私はエリス_ブレイズ、カランプル_ブレイズの妻よ。
あなた、カランプル_ブレイズって聞いた事ないの?
レベル3を超えるという伯爵を決闘で破って子爵になった魔技師よ。
ここはその子爵の領地なのよ。
レベル2のあなたが敵う訳ないじゃない。」
男の首には、アークが作ってきた首輪が嵌められ、遅れてやってきたターラントに引っ立てられていった。
「代官の屋敷には、牢もあって、こんな物必要あるのかと思っていましたが、壊さないでおいといて良かったです。
牢なんて物が役に立つ事もあるのですねぇ。」




