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王宮への納入

貴族用の高級な肌水は、服飾店でも特別な宣伝をした訳ではなく、売り場の片隅に壁に一応宣伝を書いたポスター貼っただけで棚に乗せて売り出したらしい。

それでも、あっと言う間に口コミで知れ渡ったみたいで、出荷するとそれを待っていた客ですぐに売り切れるような状態になった。

何事にも見栄を張りたい貴族は、服飾店に肌水だけを買いに来たというのは避けたいらしく、服を新たに作りに来たついでに肌水を買うというポーズを取ることになり、服飾店は肌水を置くことで、売上が大分伸びたらしい。


肌水が気に入ったのは、庶民と貴族だけではなく、王族の女性にも好評らしかった。

服飾店を通して、王宮からも高級な肌水の注文が入ったのには、僕はびっくりしたのだが、リズはそういうこともあるかもしれないと思っていたみたいだ。

「王宮にも納入というのは、ここで作る肌水が王族にも認められたということで、箔がついて良いことだと思うのだけど、ちょっと面倒臭いわね。

 流石に、ただ荷物を持って行ってもらうだけという訳にはいかないものね。」

「ああ、それで服飾店の店長さんからの手紙には、『こちらにお越しの時にはぜひ我が店に足を止めて休憩をなさってください』と書いてあった訳が分かったよ。

 つまり少なくとも誰かしらが王宮に献上しに行かないといけないということなのかな。」

リズの言葉に僕は何となく察しがついてそう言った。


「王宮に誰かしらが持っていかなければならないということは当たっているけど、これからは献上ではないわ。

 献上だと王宮から代金は支払われないけど、王宮への納入ということならば、ちゃんと代金が支払われるのよ。」

「王宮のことですから、そういった諸々の物品の注文や受け取りをするのも下級貴族の仕事になっていまして、少なくとも貴族に籍がある者が納入に行った方が何かとトラブルが少なくて済みます。

 まあ、様々な物品の中には庶民が納入する物も多いというか、そちらの方が多いくらいなのですが、その場合でも当主が納めに行くのが普通です。

 貴族が関わっている物の場合は、流石に当主と限った訳ではないので、私とターラント、それにフランとリネを加えた8人の誰かが納めに行くということになります。」


王宮への納入の一番最初は、手続きの問題もあるだろうからと、ダイドールの勧めで僕とエリスが行くことになった。

単なる物品の納入なのにと思ったのだが、僕とエリスが王宮に行くということで、馬車の御者としてターラントも行くことになった。

そして僕は今回、フランとリネも連れて行くことにした。

2人ともずっと王都の実家に顔を出してないからね。


馬車での旅の最中は、基本僕はターラントと御者席に居た。

馬車の中の女性3人のおしゃべりに1人混ざるのは無理すぎたからだ。

砂漠の道の小屋では、ターラントは前から計画していたらしい、小屋の改造に励み、女性陣はおしゃべりをしながらの食事作りだ。

1人することにあぶれた僕は、一緒に行動しているおじさんの店の人と、おしゃべりをしながら馬の世話をした。

今ではここには牧草地まで作られているから、馬も機嫌よく草を食べたりしている。


王宮に向かう前に、服飾屋に立ち寄る。

僕とエリスにターラントはこれから王宮に向かうのだが、フランとリネはそれぞれの実家で次の日まで過ごす予定になっている。

僕とエリスは、ターラントも含めて3人の分の服を注文するつもりなのだ。


「とりあえずこの2人に出来合いの服を選ばしてください。

 それはここで着替えさせてください。

 それから3人に5着づつ程、最新の服を作ってください。」

エリスが店主さんに、そう注文した。


「あのエリスさん、私たちに服をなんて、どういうことですか?」

リネがエリスの言葉を聞いて、びっくりして尋ねた。

「あら、だって、あなたたち2人ともずっと村に居たから、新しい服を買う時もなかったでしょ。

 久しぶりに家に帰るのですもの、新しい服くらい来ていかなくっちゃ。

 それから最新の服を作るのは、これからは王宮に毎回肌水を納めに行かねばならなくなると思うのだけど、その役をあなたたちにもして貰いたいからよ。

 これは必要経費で落とす事柄だから、安心して。」

「エリス様、男の私は服にそんなにバリエーションはないですから、5着なんて必要ありません。」

「そうなの。

 男性の服とか私には良く分からないのだけど。

 いえ、正直に言えば女性の貴族の服に関しても良く分からないんだけど。」

エリスは目で店長さんに意見を求めた。

「そうですね、男性は3着で良いかもしれません。

 女性は好みもありますが、5着くらいはすぐに選べると思いますよ。」

「それじゃあ、それでお願いします。」


リネとフランの2人を服飾店に残して僕らは王宮に向かった。

僕たちが王宮で納入したり、これからの手続きをしている間に、ターラントには服飾店に戻ってもらい、リネとフランをそれぞれの実家に送ってもらうことにした。

そうこうしているうちには僕らの方も終わるだろうから、リネとフランの実家を回った後にターラントに王宮に戻ってもらい、帰途に着く算段だ。


王宮の納入場所まで馬車で来ると、建物から数人が出てきた。

今回は馬車に家紋もちゃんと掲げられているので、建物の中からも近づいてくる馬車に誰が乗っているのかが分かりもするからなのだが、それでなくても男爵以上が乗っているような馬車が来れば、誰かしらは出てくるだろう。

この国では男爵以上の爵位持ちは少なく、王宮で働いている官吏の多くは、騎士爵か爵位を持たない貴族の子弟で、各部署の長として準男爵と稀に男爵がいる程度だからだ。


「ブレイズ子爵、ご苦労様です。

 私は担当させていただくウィンディといいます。 騎士爵です。」

「よろしくお願いします。

 私はカランプル、こっちは妻のエリスです。」

担当者は家名を名乗っただけだが、僕は名前を名乗った。

相手はこっちの家名を知っているのだから、なんて答えて良いか迷ったこともあるが、僕は家名を言われるよりも、名前の方が自然なのもある。

ターラントは納入する肌水の箱を、部下らしい人に渡している。

「カランプル様、エリス様、それでは私は一度戻らせていただきます。」

「ああ、迎えをよろしく頼む。」

ターラントも今はきちんと僕のことをカランプル様と呼び、僕も普段とは違いちょっと尊大な感じでターラントに応えた。

こんな風に芝居がからないといけないのも、本当に面倒なんだよな、なんて心の中で思っていた。

「それでは子爵夫妻には、建物の中に入っていただいて、手続きの書類に署名などをお願いします。」


建物の中で僕は手続きの書類に目を通し、それを次々とエリスに渡して、エリスにも目を通してもらう。

普通は妻にも目を通させるなんてことはしないのかな、とちょっと思ったのだけど、その場にいた官吏たちは誰もエリスが目を通すことに奇異の目を向けなかった。

エリスは、カンプ魔道具店の事務と経理の一切を握る女傑と広く認識されているし、東の町の百貨店経営者の娘であることも知られているためだろうか、エリスが書類のチェックをすることは当然と受け止められているようだ。

エリスから戻された書類に、僕は次々と署名していった。

エリスは別に書類の不備や問題点を指摘することはなかったし、それになんであれ、王宮の書類への署名を拒否するなんてあり得ない。


僕がまだ署名している最中に、僕らが入ってきたドアとは別のドアから部屋に人が入って来て、担当官のウィンディ騎士爵に耳打ちした。

担当官のウィンディ騎士爵は頷いただけで、入って来た男は壁際に下がった。

僕はちょっと気になったのだけど、署名を書き続けた。


僕が全ての書類に署名が終わると

「ご苦労様でした。 これでここでの手続きは全て終わりです。」

「そうですか。 お手数をおかけしました。

 それでは私たちは迎えが戻るまで少し待たせて頂きますが、帰らせて頂きます。」

「あの、子爵、それなのですが、この後すぐに陛下がお会いになるそうです。

 子爵が来たら知らせるように、という言付けが事前に来てまして、子爵がお越しになった時点で連絡をしましたところ、今、そのような話が来ました。」

「えっ、すぐに陛下の下に行かねばならないのですか。

 私たちは見ての通り、陛下の下に行くような格好で来ていないのですが。」

担当官に代わり、壁際に下がっていた先程の男が声を出した。

「問題ありません。

 今回は公式の場ではなく、陛下の御一家のプライベートな場にお連れするように、とのことですから、服装の問題はありません。

 それよりも急いで行かれた方が宜しいかと。」

僕とエリスは迎えにくるターラントへの事情説明だけ頼み、急いでその男の案内のままに王宮へと向かった。


「アウクスティーラ兄さんは元気ですか?」

向かっている途中で唐突にそう聞かれた。

「もちろん元気だけど、君はアークの弟さんなの?」

「えーと、兄さんと呼びましたが、弟ではなく、本当は従兄弟です。

 兄さんにはウィークと言っていただければ、分かります。」

王宮内の陛下のプライベートの場所に向かっている最中なので、それ以上の話ができなかった。


「ブレイズ子爵、それで領地経営の方は上手く行っているか。」

「はい、陛下。

 領地に住むようになって、最近になってやっと少し領地の本当の姿が見えて来ました。

 それでいくらか領地経営と言えるのか分かりませんが、少ない領民ではありますが、彼らのために何かしようと始めたところです。」

「その成果の一つがこの肌水という訳なのだな。」

陛下には問われるままに、許してもらった水の魔道具のおかげで、街路樹を植えることや畑を少し広げることができるようになった事、これからは風上に当たる場所に森を作ることを計画していることなどを話した。

「それだけのことをしていると、莫大な資金が必要となっていることだろうが、その資金はどうしているのだ?」

陛下はそんな心配までしてくれて、僕は正直に

「今は魔道具店の利益を、領地への投資という形にして注ぎ込んでいますが、やはりそれでは領地が自分たちの力で発展しているということにはなりません。

 それで、領地としての利益を得る第一弾として考えたのが肌水です。」

僕は陛下に正直に色々なことを話した。


「父上、肌水って、ルルドの実の種から作られているのですって。」

「こら、ダメでしょ。

 エリスと誰にも言わないって約束して、教えてもらったのでしょ。

 今約束して教えてもらったのに、もう破ったらダメでしょ。」

陛下の下に走り寄って来てそう言った王女殿下を、王妃様がそう言って窘めた。

王女殿下はそんな王妃様の言葉を聞いたのか聞かなかったのか、お構い無しに陛下に言葉を続けた。

「それになんで透明な瓶に入っているかとか、それが何故そのままじゃなくて箱に入れられているかとかも聞いたんだよ。」


陛下は笑って娘の言葉を聞いていた。

「そうか肌水はルルドの実の種から作るのか。

 ルルドの実はあの地の特産であるからな。

 良いところに目をつけたな。」

「はい、ありがとうございます。」

僕はあの木の実がルルドの実ということも知らなかったし、あの地の特産であることもはっきりとは知らなかったので、ちょっと冷や汗ものだった。

なんだか陛下は僕より詳しいんじゃないかな。


「ところで、東の町で売っている普通の肌水も効果は変わらないのよね。

 それだったら、その普通の肌水をエリスがここに必要な時というか定期的に持って来てちょうだい。

 水も入れないで、油だけ持って来てくれればいいわ。

 本当は東の町に買いに行ければ良いのでしょうけど、そういう訳にはいかないから、エリスが秘密にお土産としてここに持って来てくれればいいわ。」

なんでそんなことをするのだろうという疑問が顔に出たのだろうか、王妃様が理由を続けてくれた。

「何も王族が贅沢をする必要はないわ。

 効果が同じなら、安く売られている物で十分よ。

 それにそれを口実にしてエリスが定期的にここに来て、私たちとおしゃべりをしてくれるととても楽しいわ。

 エリスは子爵夫人だけど、他にも色々な顔を持っているから他の貴族の夫人と違って、話題が豊富で私にとってはとても為になるし、話していて楽しいわ。」

 どうやらエリスは王妃様に気に入られたようだ。


「ありがとうございます。

 そのように評価していただき光栄です。

 それでは肌水は私が定期的にこちらにお持ちすることにさせていただきます。」

エリスはそう王妃様に応えると、僕に向かって言った、

「さっきの契約書類は事情が変わったと言って破棄しないと。」

王妃様がそれを聞いて言った。

「あ、それはそれで、そのままで良いわ。

 王宮に仕える女性たちも、手に入れられない人がたくさんいるでしょうから、それは私からの褒美として下賜する物として利用するわ。

 きっと喜ばれるだろうから、都合が良いわ。」


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