町での売り出し
出来上がった肌水を持って、僕たちは元の町に行く。
今回はおじさんの店の定期便の馬車に、僕とエリスとサラさんがもう一台の馬車で付いていく。
貴族の紋の付いた馬車を使うと、目立ってしまうので、一番最初に買った馬車で行く。
ダイドールにターラント、それにペーターさんまでが御者として同行すると言ってくれたが、僕もエリスももう馬車の御者は出来るからと断った。
「子爵夫妻がご自分で馬を御して旅をなさるなんて。」
とダイドールは反対したけれど、今回は貴族として旅をするのではなくて、あくまで肌水を売るための、店の店員としての旅だ。
貴族の馬車を使うなら問題かもしれないけど、そうではないのだから、それぞれの仕事を頑張ってくれと言って押し切った。
実際、一番心配なのは、サラさんとエリスが居ないで、店が回るかどうかだから。
フランとリネが、2人が居ない間は学校よりも店を優先するそうだ。
そして学校は、アークとラーラが臨時で教えることになった。
サラさんは町に行くのが初めてとのことだった。
砂漠の道の途中で一泊しなければならないので、今のように小屋がなかった昔は過酷な旅になってしまうので、屈強な男の人が2人組みで町に行っていたのだという。
それに町に行ったりするのは、村人にとってはとても特別なことだった、と。
サラさんはもちろんだが、僕たちも砂漠の真ん中に作った小屋には驚いた。
僕たちは、小屋自体とその周りに実のなる木を植えただけだった。
その木が大きくなっていたのにも驚いたのだが、小屋の周りが村の家のようにしっかりと高い塀で囲まれている。
そしてもう1つ塀で囲まれた区画があり、そこは牧場として整備されていて、自動水撒き機まで設置されて牧草が栽培されていた。
僕はこんな風に中間点の小屋が拡大されているのは、全く知らなかった。
「ああ、なるほど、理解できました。
前にラーラさんの旦那さんが、『俺が代表で聞きに来たのだけど、木ノ実を採る時期までに自動水撒き機が9つ欲しいんだ、用意できるかな。』と相談に来られたことがあって、リネさんに言って本体部分をそれだけ作ってもらって、売ったのですよ。
このためだったんですね。」
エリスが定期的に往復してくれている店員さんに話を聞くと、
「町と村の間を行き来している御者たちで、『ここにも馬を休ませるきちんとした場が欲しいね』という話で盛り上がっちゃいまして、我々でお金を出し合って自動水撒き機の本体部分を買いました。
管やサイホン部分は、引越しを担当されている御者さんの奥方が土の魔技師とのことで、実の見張りに二組で来て、その時に一気に設置したと言ってました。」
うーん、中間点の小屋の周りに壁を作ったり、牧場を併設して作ったりなんてことは、僕は全く気が回っていなかったよ。
どうやら塀は、土の魔技師さんが移住して来る時に、毎回少しづつ作ったらしい。
とはいえ、土の魔技師さんは5人来ているのだが、一番早くに移住してきたのだから、本当に最初から塀を作ったりしたことになる。
ダイドールが許可を出していたとのことだから、きっと相当に最初の頃に少なくとも塀までは計画したのだろう。
「ま、とにかく、この中間点の小屋はとても快適です。
塀の中に入ってしまえば、村の中にいるのとほとんど変わりません。
これなら村の女性も安心して町に行けます。」
サラさんはなんだか嬉しそうだった。
村側から見たら砂漠が終わった場所にある宿屋に泊まった時、流石に貴族の馬車じゃなくても僕のことに気が付いた宿の主人に、宿の従業員揃っての挨拶なんてのはやめて欲しいと頼んだりのちょっとしたトラブルはあったけど、僕たちはまあ予定通りに町に着いた。
僕とエリスは久々の里帰りだった。
町に着いた当日はサラさんに僕たちの家に泊まってもらって、おじさん・おばさんに紹介したりのイベントがあったが、次の日からはすぐに仕事に入る。
まずはデパートの二階で、デパートで直接買いに来てくれる人に接する店員さんに、肌水のことを説明して知ってもらう。
エリスとサラさんが、二階に集めた店員さんに肌水の説明をして、実際に自分で試してみてもらう。
そして店員さんみんなにも、試供品として試してもらうために配布するための、小さな肌水の瓶を配った。
ま、これは今回限りだけど。
また、肌水自体は大きな甕に入れてきた油と、水を混ぜるのだが、それを混ぜる割合や、売り物として出す瓶に小分けする作業も実際に行ってもらった。
そしてその次の日、大々的に新商品として肌水をおじさんのデパートで売り出した。
売り出しの初日はとりあえず試供品の配布が主な仕事となる。
流石に同じような商品の1.5倍の値に付けられた肌水を、店頭の言葉だけで買って行く人は少ない。
もっとも、やはりエリスの言葉は信頼されているのか、エリスを昔から知っている人は、エリスがそんなに勧めるのならばと買って行ってくれたりもした。
「まあ、焦っても仕方ないわ。
勝負は試供品を使い終わって、高くても買ってくれるかどうかよ。
3日後くらいからが本番ね、絶対に買いに来ると思うわ。」
エリスは自身満々でいるみたいだが、サラさんは心配そうだ。
エリスは心配していても仕方ないからと、サラさんに町を案内したりしていた。
僕はというと、久しぶりに町に来ているから、組合に行って組合長に挨拶したり、パン屋のベイクさんに何か問題は起きていないかを尋ねたりしている。
1日は魔法学校に、フランとリネの知り合いだという女生徒3人を訪ねて行ったりもした。
フランとリネの勧誘に、カンプ魔道具店に就職してくれて、村に来ても良いと返信してきてくれた3人である。
僕が訪ねて行くことは事前に知らせてあったのだが、僕が1人で学校を訪ねて行くとは思っていなかったらしく、学校側を驚かせてしまったようだ。
「まさか子爵が1人で訪ねて来てくださるとは思いませんでしたよ。」
魔法学校の校長自らに僕はそんなことを言われてしまった。
校長先生は僕たちが在学した時から、まだ代わっていない。
「そんな、こちらこそ校長先生にまで面倒をおかけしてしまって、申し訳ありません。
僕は先生も知っておられるでしょうが単なる庶民の出で、ここにも庶民として通っていたのですから、1人で来るなんて普通のことですから。」
「カランプル君、まだ子爵という貴族の立場には慣れませんか。」
「はい。 全く慣れません。
今回もですから貴族ということではなく、単なる卒業生の魔道具店店主として僕のことは扱っていただければ、とても嬉しいです。」
「気持ちは理解できますが、カランプル君はここでは超有名人ですからね。
画期的魔道具の数々を生み出した魔道具店店長としても、理不尽を押し付けようとしたレベル3以上の貴族を返り討ちにして、自ら貴族になったということでもね。」
「そんなのは、本当に単なる結果であって、そんな大したことではないんです。
校長先生からもそれは実像ではなくて、単なる虚像だと説明してあげてください。」
「いやいや、そんなことはないと私も思いますよ。」
校長先生とそんな話をしていると、部屋の外から呼びかけられた、面会予定の学生が来たと。
僕は校長室の隣の小さな会議室を借りて、目的の3人と会った。
「ブレイズ子爵様、私たちがブレディ先輩とスプリーン先輩に紹介していただいた・・・。」
僕はそう言って挨拶を始めた3人の言葉をすぐに遮った。
「あ、えーと、今の僕はカンプ魔道具店の店長のカランプルとしてここに来ています。
子爵だとか、そんな貴族の立場なんてのは関係ないですから、気楽に普通に話してくださいね。
僕もフランソワーズやリオネットと同じ、この学校の君たちの先輩に当たるだけですから、何もしゃちほこばる必要はありません。
それにあなたたちは元から貴族ですが、僕なんてちょっと前まで庶民だったなんちゃって貴族ですから。」
えーと、ブレディというのがフランの家名で、スプリーンというのがリネの家名だったよな。
2人とも今は公式には名乗れないし、名乗る必要もなくて、普段全く使わないから、一瞬誰のことを話しているのかと考えちゃったよ。
3人は僕のそんな言葉にちょっとあっけに取られたというか、どう反応して良いのかわからない感じだったが、そんなにしないで慣れて普通に話してくれた。
3人はそれぞれ土・風・水の属性を持つらしいのだが、想定外だが風属性の子はレベル1ではなく、レベル2とのことだ。
「レベル2だったら、魔技師ではなくて、冒険者になれるのに良いの。
それに、レベル2だったら魔技師の勉強はしてないんじゃないかな。」
「大丈夫です。
私は冒険者をするような性格ではないので、冒険者の勉強は最低限にして、魔技師の勉強はしっかりしました。
私たちはカランプル様たちに憧れていましたので、魔道具に関しても3人で出来る限りの勉強をしています。」
僕は彼女たちに正直に、なぜフランやリネを通じて声をかけてもらったかを説明した。
つまり、貴族としての名誉にかけて、秘密を守る約束をしてもらうことになることを伝えたのだ。
それが約束できなければ、雇えないことをまず最初に伝えた。
それから、村はまだ小さく町や王都からも離れているので、やはり今までと同じ生活はできないであろうことも伝えた。
だが、僕たちもフランとリネの2人もその生活が少しも苦ではなく、楽しんでいることも伝えた。
僕は彼女たちに即答は求めず、もうすぐ卒業となる訳だが、その時までによく考えてカンプ魔道具店に入るかを選んでくれれば良いと伝えて、その会見を終えた。
そうこうしているうちに時が経ち、試供品を使い終わる頃になった。
結果はエリスの予想通り、肌水は爆発的に売れた。
「これ、使ってみたら、すごく良いわ。
確かにこれを使ったら今までの物は使えないわ。
確かにちょっと高いけど、瓶もそれに合わせて高級そうだけど、それだけのことはあるわ。」
「エリス、これはどのくらいの量が確保できるの?
他の町では売らないの?」
「お母さん、流石にこれはそんなにたくさん急には作れないし、それに原料が限られるから、いくらでもという訳にはいかないわ。
とりあえず、百貨店だけで取り扱う商品にしましょうよ。
大丈夫、きっと欲しい人はそれでも買いに来るわ。」
エリスは肌水に絶対の自信があるようだ。
サラさんの方は、なんだか売れてほっとした顔をしていた。
結局僕たちは町に一週間ほど滞在したので、行き帰りも含めると2週間近く村を不在にすることになってしまったが、それに見合う以上の成果を上げたと言えるだろう。
ただ、帰る前におばさんに
「私たちは、あなたたちに子供が出来たら、それをきっかけにして村の方に行こうと思っていたのだけど、それはまだなのね。」
「うん、お母さん。 まだちょっと色々と忙しすぎて子供を作るどころではないのよ。
私もリズも今はまだ困るかなと思って、出来ないように気をつけているわ。」
「そんなことだろうと思ったわ。
もう待ちきれないから、私たちも村に引っ越します。
準備をしてちょうだい、準備できたらすぐに引っ越すから。」
「もう、デパートを任せる店長も決めてあるんだよ。
だから、私たちもいつでも村に行けるんだよ。
私たちが行けば、少しはお前たちの仕事も代わってあげられるかもしれない。
そうすれば子供も作れるだろう。」
おじさんにもそんな風に言われてしまった。




