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肌水

翌日からすぐに、木の実の種を絞った油を売り物にする試行錯誤を僕たちは始めた。

まずは最初に実際の作業工程をサラさんに教わる。

サラさんには教えて欲しいと昨晩のうちに村長さんから伝えてもらっているので、サラさんは作業に必要な道具を持って来ていた。

店の裏手に当たる倉庫と簡単な宿泊休憩所の前に机を出して、僕らはサラさんに教わっている。


「木の実の油を取るなんて、そんな難しいことではないんですよ。

 村の者は誰でもすることですし、一度見ていただければすぐに出来ると思います。」

そう言うとサラさんは作業を始めた。


使っている木の実は、店の前にある木から採れた物だ。

ドライフルーツにした木の実から出た種は、記録されたそれぞれの場所で採られた木の実の数に合わせて、それぞれにきっちりと返されたのだが、僕たちは正直に言えば、なんで種までそこまできっちりと数えて返されたのだろうと不思議だった。

この地方ではそういうものなのかな、くらいの認識でしかなかったのだが、この種から油を取るということで、納得がいった。


「でも、種から油を絞るといっても、種は大量に出ますから、その全部を使う訳ではないので、必要そうな量と予備に少し残して、すぐに捨てられてしまう物が多いですね。

 種も水をやらなければ、ミミズの餌になり、土に栄養を与えることになりますから。」

僕はサラさんのその言葉を聞いて、大急ぎで、今年は種を捨てないで保管しておく様にという領主令を出した。

領主令なんていう正式な命令を僕が出すことなんてほとんどないので、村の人たちはびっくりして従ってくれた。

ま、中には捨てたのを慌てて回収した村人もいたようだけど。


「種から油を絞るのは難しいことではありませんが、最初のこの作業だけはちょっと慣れが必要かもしれません。」

サラさんは、種を石の板の上に置き、小さめのハンマーで叩いて種を割った。

「こうやって叩いて種を割って、種の中身を取り出すのですけど、意外に硬くて力を入れないと種は割れないのですが、力を入れすぎると種が砕けて潰してしまいます。

 ここだけが慣れが必要なところでしょうか。」

「要するに種を割ることは出来るが、砕いて潰さないようにすれば良いんだな。」

アークは何か考えが閃いたのか、そんなことをサラさんに確認した。

「はい、そういうことです。」


次にサラさんは割った種から、串の様な先の尖った棒で中身を取り出す。

「使うのはこの中身で、殻の方は捨ててミミズの餌ですね。」

ま、それは分かるが、この砂漠のミミズって、こんな硬い殻も食べちゃうんだ。

切った木の枝なども、地面にそのまま置いておくとすぐにミミズに食べられてしまうから、石の台の上か、ちゃんと床を作った倉庫にしまわないとすぐに食べられてしまうというから当然なのかもしれない。

でも作物にしろ雑草にしろ、枯れる前、成長している時などには全く食べないというのは、いったいどういう生態なのだろうか。


「ここからはもう難しいことは何もありません。

 こうして種から取り出した中身を集めて袋に入れて、しばらく蒸します。」

サラさんは、種を割っては取り出した中身がある程度の量になると、それを厚手だけどキメの細かい袋に入れると、途中で火を付けて沸かしていた蒸し器に入れた。

しばらくして、火を止め、袋を取り出すと、

「あとはこうして板の上で、棒を使って中身を潰すようにして絞っていくと、油ができます。」

サラさんが棒で袋の中身を潰して、中身を袋から絞り出すようにすると、板の上には徐々に油が滲んできて、だんだんとその量を増していった。


サラさんは滲んできた油を薄い木の板で集めるようにして、それを瓶の中に移す。

その瓶は特別なものではなく、酢などの調味料が入っていた物を洗って転用している物のようだ。

瓶の中に5分の1ほど油が溜まると、サラさんはその瓶を水の魔道具が設置されている水場に持って行き、瓶の5分の4位まで水を入れた。


瓶に蓋をし、その瓶を振りながらサラさんは戻ってくると

「瓶に目一杯の量にしてしまうと、こうして振ってもなかなか混ざらないので、少し余裕を残した量を入れるようにします。

 どうぞ使ってみてください。」

サラさんはエリスにその瓶を渡した。

エリスは蓋を開けて、中身を少し手に取り、瓶を次にリズに回す。

リズも同様にして、フランに回し、リネ、ラーラ、そして最後に僕とアークのところに回って来た。


エリスが声を出す。

「うん、確かにいつも使っているサラさんにもらっている物と同じだわ。

 こうやって作っているんだ。」

リネが言う。

「思っていたより簡単に出来るんですね。

 これなら私にも作れそう。」

サラさんがその言葉に答えて言う。

「もちろんリネさんでも、種を割るところを少し練習すれば、すぐに自分で作ることができますよ。」

「そうかしら、フラン、今度2人でやってみようよ。 ちょっと楽しそう。」

「そうね、いつもサラさんにもらっているんじゃ悪いから、今度やってみようか。」

フランがリネに応えていると、サラさんは

「楽しいなんて思うのは、最初の1・2回だけだと思いますけどね。」

と笑っていた。


「売り物にするには、容器は考えないとダメね。」

リズは真面目な顔をしてそんなことを言った。

「そうね。 この油を使った肌水は町で売られている物よりずっと効果があるし、上質だと思うから、それに見合った値段で売りたいわ。

 その値段から考えると、やっぱり容器は特別な物じゃないといけないと思うわ。

 運ぶことを考えると、水を加えることは町に持って行ってからすることになるけど、この村の現金収入と考えると、容器もこの村で作りたいわ。」

リズの言葉にエリスが次々と具体的な話をし始めた。

それにラーラとサラさんが加わり、フランとリネも加わった。

どうやら、どんな容器にすれば良いかの話し合いを始めたみたいだ。


僕はアークと2人で、この木の実の種から作る油が、もっと大掛かりに、効率よく作ることが出来て、村の現金収入の道になるかどうかを考えていた。

「アーク、どう思う。

 もっと一度に大量に作ったり出来るようになると思うか。」

「ああ、作業の効率化や大型化することは、今見ただけでもある程度思いつくところはいくつかあった。

 その点は俺に任せてくれ。」

「そうか、それじゃあ、そこは任せるよ。

 で、村人の現金収入の道になると思うか。」

「そこはどうなんだろう、俺には判断できないよ。

 ただ、女性陣があんなにノリノリで話しているのだから、なんとかなりそうな気がするな。

 正直リズだけがそんなだったら、心配以外の何もなくなっちゃうのだけど、エリスもだろ、大丈夫じゃね。」

「そうだな、エリスがノリノリだからな、きっと勝算があるんだと思うよ。

 商売人としては俺たちの誰よりもエリスが一番だから。

 それにラーラも乗り気だから。」

「そうだよな。 ラーラは俺たちの中で一番の現実主義者というか、地に足がついた考え方をしているもんな。」


僕とアークが話しているうちに、女性陣もある程度話が終わったみたいだ。

「入れ物に関しては明日にでも女性の土の魔技師さんも入れて、もう一度話し合いをしてみるわ。」

リズがそう言って来た。

「それで2人の方はどう?

 この油を絞るという作業、みんなで大々的にして、町で売れるだけの量が取れる様な作業になりそう?」

エリスはもう町で売ることを前提として話をしている。 アークが答えた。

「量に関しては、まだやってみないと分からないから何とも言えないけど、みんなで大々的にやって、ある程度効率良く油を作る作業は出来ると思うぞ。」

「そうね。 何ごとも始めてみないと分からないことも多いわ。

 アーク、始めてみようと思うだけの計画は頭に浮かんだのね。」

「ああ、エリス大丈夫だ。 任せてくれ。」

「それじゃあ、アークは明日からすぐにそれに取り掛かって。」

うん、何だか僕の出番は全くない。


そうして、油を取る話が終わり、昼近くなり僕らも昼食を取ったり、昼からの日常業務をしなければと思い始めていたとき、サラさんが何気なくさらっと言った。

「そうそう、この油なんですけど、肌につけるだけでなくて、他の使い方もあるのですよ。

 みなさんが使っている木のスプーンですとか、コップや椀といった木で出来ている物なんですけど、あれらはみな最後にこの油を塗って、艶を出したり耐久性を上げていたりするんですよ。」


僕は思わず大きな声を上げてしまった。

「あ、あるじゃん。 町に持っていけば十分収入になる物。

 この村では普通に使われているから、何となく全然意識に上っていなかった。」


サラさんは僕が大きな声を出したので、驚いたようだ。

「私、何かおかしなこと言いました?」

「いや、違うんだ。

 サラさんは今、この村のためになるとっても重要なことを僕に教えてくれたんだ。

 僕は、というか僕たちは目の前にある重要なことに、全く気がついていなかったんだ。

 あのね、サラさん、町では木のスプーンとかコップとかって、高級品なんだよ。

 村では普通に使われているけど、町ではそういった物も土の魔技師が作った石の製品が普通で、木で作られた物は高級品なんだよ。」

「えっ、そうなんですか。

 村には魔技師がいませんでしたから、そういった物も剪定した時に出た枝とか、あまりに老木となってあまり実をつけなくなった木を伐って、世代交代した時の幹とかの廃物利用で作っているので、全く高級品だとかの意識はないのですけど。」

「うん、そうだよね。

 この村ではあまりに普通にそれらが使われていて、町で普通の石の物がないから、僕たちも完全に見過ごしていたのだけど、基本的にこの国は砂漠の中の国だから、木で出来ている物は何でも高級品なんだよ。」


「本当に私も商人としてまだまだだわ。

 何でこんなことを見落としていたのかしら、あまりに普通に使われていて、どこでも使われているから、何も違和感を感じなかったわ。

 お父さんが見たら、きっとすぐに気がついただろうに。」

「うん、おじさんなら、即座に気がついただろうね。 僕もそう思うよ。」

「おじさんだけではないわ。

 きっとおばさんだって、一番最初に視察に来た時に、ジュースを出してもらった時にきっと目をつけていたわ。」

「私たちも、実家を出てから、木の食器なんてこちらに来るまで全く使ったことなかったのに、あまりに普通に使っていたんで、気がつきませんでした。」

「私は最初、違和感感じたわよ。

 この村は貧しいと聞いていたのに、食器は高級品を使っているんだって。

 でも、自分たちで作っていると聞いて、やっぱりその土地によるんだって納得しちゃったのよ。」

「ラーラ、違和感感じたなら、ちゃんとその時に言ってよ。」

ラーラの言葉にリズが文句を言っている。

「そんなこと言ったって、私はそれが売り物になるという発想が全くなかったのよ。

 リズは違和感さえ感じなかったんだから、あなたに言われたくない。」

ラーラの言い分はもっともだな。


こうして僕たちは木の実の油を取ることが、村人の現金収入の道になるかどうかを確かめていて、それに加えてもう1つ、木工細工が現金収入の道になるのではないかと見つけた。

おじさんの店を通すという販路は確立しているのだから、なるべく早く実際の事業を軌道に乗せたいと思う。

でもまあ、とりあえず一歩一歩だな。

僕は木工細工の方はすぐにでも事業化出来ると思ったのだが、リズにちょっと止められてしまった。

急に大きく始めると、魔石に魔力を込めるのと同じに変化が大きくなり過ぎると。

「それに、瓶の蓋は木で作ることになるから、まずはそこから始めてちょうだい。」

うん、リズにとっては肌水を売るという方が優先なのかもしれない。


その日の午後から、アークは午前中の場に来ていなかったターラントと共に、油を取るのをもっと効率的に行う工夫を始めた。

まず最初に始めたのは、種の殻を割る工夫だ。

ハンマーで叩くのは、力加減を入れ損なうと、殻を割るというよりは破壊して潰してしまい、その破片を殻と中の身と分けるのは時間がかかる。

そこでアークとターラントは梃子の応用で、種に圧力をかけて割る道具を作った。

使ってみると、種を所定の場所にセットして棒を押し下げるだけで、割れたところで棒を持ち上げれば良いだけなので、潰してしまう失敗もほとんどなくなり、作業効率が上がった。

ただ最初に作った道具は、その棒を上げるのも手で上げて、上げた状態も手でキープしていなければならなくて疲れるので、すぐに何もしなければ棒が上がった状態になるように改良された。


次にアークとターラントは油を絞る作業を効率化した。

こっちは簡単だった。 土魔法で十分な強度のある石の枠を作り、その中に袋に入れて蒸した種の中身を何段か並べて入れて、持ち手をつけた石の板を作り、それを重りとしてその上に何枚も重ねていったのだ。

ちょっと作り変えたのは、最初は枠の下に穴を開けて、そこから油が滴り落ちる形にしたのだが、枠全体を四隅の台で支える形にしたのだが、何となく壊れそうな不安があるし、枠の下に垂れた油を回収し難かった。

そこで、枠の一番下部の側面に穴を開けて、枠自体は油を受ける大きな皿状の石と一体化した。

今度は壊れそうな感じもないし、油の回収や周りを綺麗にするメンテナンスもしやすくなった。


そして最後に、作業用建物の一角に少し大きな固定の蒸し器がついた竃を作り、僕がそこに火の魔道具をセットし、リネが水の魔道具をセットした。

そうそう、最初の種を割る道具は10台作られている。

1台に種を割る人1人に殻から中身を取り出す人2人でチームを組んで、仕事をしてもらうつもりだ。


容器の方の準備も進んでいるようだ。

出来た油を町まで持っていくための、少し大きな取っ手のついた甕の様な容器と、小分けして実際に売るための容器だ。

リズは最初、その容器を少し凝った形の容器にしたかったみたいだが、土の魔技師さんによると出来ない訳ではないけど、使う魔力が多くなって数が作れなくなり、実際的ではないと反対されたみたいだ。

リズはそこでどうしようかと考えたみたいだが、ふと僕が決闘の時に使った魔道具を思い出したようだ。


「カンプ、決闘の時に使った魔道具って、元々は石を火の魔法で加工する物よね。」

「うん、何でそんなこと考えたんだか僕にはわからないけど、その通りだよ。」

「あれってさ、決闘の時に使ったような大きな形にしなくても作れるよね。」

「まあ、あれは決闘だから、見ている人や、相手に分かりやすいというか威嚇のために少し大きく杖の形に作ったからね。」

「それなら、小さく作って、出力を少し弱くすれば、土魔法で作った容器に、木に刃物で彫刻を施すように、模様をつけられるんじゃない。」

「まあ、どのくらい容器が硬いかにもよるだろうけど、実験して出力を調整すればできるんじゃないかな。」

「それよ。 その実験ぜひやってみましょう。」

次の日にはリズと女性の土の魔技師さんを入れて実験することになった。

最初容器の硬さを柔らかく作って、僕の火の魔道具の出力も小さく作って、容器に彫刻すれば、結構誰でも簡単に彫刻できるようだった。

そして、出来た容器をもう一度、土の魔技師さんがその容器を硬くするようにすれば完成だ。

こうして準備は整った。


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