計算と村人への支払い
木ノ実の販売と、自分たちで食べる分の貯蔵が終わり、販売した代金の支払いが確認されたので、僕は村人に木ノ実の今回の代金を支払うから学校に集まる様にと伝えた。
何故学校に集めたかというと、それぞれの村人に幾ら支払うかの計算を子供達にさせて、学校での勉強のを子供達には実際の場で応用させて励みにし、その親たちには成果を見てもらおうと考えたからだ。
とは言っても、村人みんなが中に入れる程教室は広くないので、代金を受け取る村人に順番に教室に入ってもらうことにした。
教室には生徒である子供達と、教師として教えているリズ、フラン、リネに加えて、僕とエリスとアーク、それにダイドールとターラントの領主家の面々、そして組合の会計さんと、村長さんが一角に陣取った。
「生のまま出荷した個数は何個ですか。 干してから出荷した個数は何個ですか。」
一番最初は最も村はずれに住む村人だった。
この家の子供は学校に入るにはギリギリの最年少で、いつも隣の男の子が一緒に連れてきている。
その子が数えて報告した数を、二重チェックの為に数えた隣の男の子が間違いないことを、質問したリズに答えた。
「生の実の一個の値段、干した実の一個の値段は前に書いてありますから、全部で幾らになりますか?
みんなも計算してみてください。」
その小さな子は、さすがに計算に手間取ったが、隣の男の子に手伝ってもらって、答えを出した。
「はい、その通りですね。
みんなも計算は合っていましたか。」
「合ってた。」とか、「あれっ、まちがえ。」とか教室の中はなかなか騒がしい。
間違った子の計算をフランとリネがチェックして、何故間違ったかを教えていく。
「でも、物を売るとその金額には税金がかかります。
前に教えましたね。 その税を何て言いますか?」
子供達が一斉に答えた。
「10分の2税」
「そうですね、みんな良く覚えていました。
それではその税を引いた金額は幾らになりますか。」
リズは計算を進めさせる。
今度はさっきの金額に単純に0.8を掛けるだけだから、小さくてまだ掛け算が良く理解できていない子たちを除けば、すぐにみんな答えが出た。
「はい、正解です。
それでは組合の会計のお姉さんに、代金を支払ってもらいましょう。」
後ろでそれを見ていた村人は驚いて目を白黒させている。
その村人は僕に声をかけてきた
「カランプル様、何かの間違いではないでしょうか。
去年の代金より3倍近く代金が多いのです。 多すぎると思うのですが。」
「いえ、今、子供達が計算したのを見ていたでしょ。
合っていますよ。 正当な代金です。」
村長が声を掛けた。
「大丈夫じゃ。 安心してもらって良いとのことじゃ。」
支払いのために来てもらった組合の会計さんが声を掛ける。
「全額現金で持って帰りますか?
それとも一部だけ現金にして、あとは口座に入れておきますか?」
「私は今まで組合に口座なんて持ったことがないのですが。」
「組合に口座があると便利ですよ。 この機会に作りませんか。」
会計さんの素晴らしいセールストークのお陰か、ほとんどの村人は受け取った代金の一部だけ現金で受け取り、多くを口座に入金して行った。
組合の会計さんも口座が増えてホクホク顔である。
僕は代金をもらった村人にまだ外で待っていてほしいと声を掛けておく。
それぞれの元からいた村人さんの家の木から採った実の代金の清算が終わって次は、新しく村人になった人の家、それに公共的な建物などの木から採った実の代金の清算だ。
元からの村人さんは、自分の家の実で得た代金が今までよりずっと多かったので、そっちに気を取られて、自分たちが手伝った新たな実の方のことは頭に上っていなかった様だ。
結局、新しく村人となった人の家は、手伝ったり、することを教えてくれた元からの村人に3分の1の代金を支払うことにした。
僕たちの家と、フランとリネの家、それに学校その他に植えられていた木の分は、僕らは他の仕事をしていて、元からの村人に任せっきりだったから、半分を支払うことにした。
今度はそれぞれの人がどこを手伝ったかとか、割合も違っていたりして、書類のチェックや計算が面倒だったのだけど、これも子供達と一緒に計算して、全部それぞれに清算した。
僕たちとしては、これでやっと今回の木の実の収穫の一連の事柄が終わった。
僕はこの清算が終わった人から順次解散で良いと思っていたのだが、今度は村長がみんなに外に待っている様にと声を掛けた。
全員の清算が終わると、村長は外で待っている村人たちの下に向かった。
「皆の者、聞いてくれ。
今年は去年までと比べたら、ずっと多額の代金をみんな受け取ったことだと思う。
ワシもみんなと同じに去年よりずっと多く、倍くらいの代金を受け取った。
人によってはきっと3倍以上にもなる代金を受け取った者もいよう。
これはみな、新しく領主になられたカランプル様たちのお陰じゃ。
また、カランプル様はエリス様のお店をこの地に作ってくれて、今までは町に行かねば得ることの出来なかった物、様々な物を何でもすぐに手に入れられる様にしてもくださった。
組合が出来て、魔石が村で買える様になったのも、先ほど多くの者が新たに作ったであろう口座を持てる様になったのも、同様にカランプル様のおかげじゃ。
これらの恩を、決して忘れてはならない、分かったか。」
村長の言葉に、村人はもちろんだとうなづいている。
村長は言葉を続けた。
「カランプル様たちは、これからも村を発展させていく努力を続けられるということなので、ワシは全面的にカランプル様たちに協力したいと考えている。
皆も出来る範囲でカランプル様たちがなさることに協力してくれ。
解散。」
村人たちは、「もちろんです。」「当然出来る限りのことはさせていただきます。」「カランプル様のすることに間違いはねえ。」などと言いながら、その日は子供達と一緒に帰って行った。
それから一週間ほどして、店が終わってエリスが戻ってきた時に、珍しくサラさんもやって来た。
店を始めた時には、町でやっている店の様にきちんと朝から夕方日が暮れるまで店を開いていたのだが、村ではそこまできっちりと店を開いている必要がないことがわかった。
だいたい村人が店に来るのは、午前中に仕事を終えて、子供たちが学校に来るのに合わせて一緒に来るか、学校が終わる頃に迎えがてたら来るかだった。
子供が学校に来るのに合わせて来るのは、売り物の野菜などを持ってきてくれる人が多くて、帰りに合わせて来るのは、何かしら店でちょっと買い物をしようという人が多い。
新しくこの町に移住してきた人は、昼に来た人たちの流れが終わった頃に来る様になった。
そんな客の流れが確定してからは、無理に店をずっと開けておくこともないだろうと、早めの昼食を取った後の時間から学校が終わって少しの時間までということにした。
それも今ではほとんどサラさんのみで用が済んでしまっていて、エリスは時々顔を出すだけだ。
ま、村ではそんなに商品がどんどん入れ替えねばならない様なこともないし、野菜などは持ってきた人が台に陳列するところまで自分でやってくれるし、買う方も欲しい物を自分で会計まで持ってきてくれる。
今の村の規模では、まだみんな顔を知っているという状況だから、問題の起こりようもなく、サラさん1人で用は済んでしまうのだ。
最初のうちは帳簿をつけたり、税金の計算などでサラさんも戸惑ったのだが、それにも直ぐに慣れて、今では町から持って来る商品の発注まで行っていて、もうエリスが手を出す必要がない。
町から馬車が来た時だけは、荷物を下ろしたり、倉庫の方に収蔵したりの作業があるので、エリスも必ず店に行くのだが、その日はフランとリネも手伝いに来るので、エリスは結局、町から荷を運んできてくれた店員とおしゃべりをするだけだったりする様だ。
エリスが担当しているもう1つの大きな仕事である組合との会計も、最近は組合の会計さんが全部やってくれて、帳簿の確認をするだけになってしまっているとのことだ。
「私、この村の組合での仕事って、ほとんどカンプ魔道具店絡みしかありませんから、確認だけしてくれれば、全部帳簿は作っておきますから。
要するに、細かい雑事の様なことがないから、結構暇なんですよね。
だから、任せてください。」
何だか、カンプ魔道具店の会計を、組合の会計職員さんにやってもらっている形になっていて申し訳ない気がするので、支部長さんと話をしたのだが、
「ま、今のところ、実質カンプ魔道具店のための支部の様なものですから、構いません。」
と黙認という形になった。
ちなみについ最近支部長さんは家族も村にやって来て、とても機嫌よく過ごしている。
「いえ、実は私もあまり料理が出来ないのですが、会計をしている彼女も料理が苦手だったのですよ。
やっと家内の手料理が食べられる様になったので、嬉しくて。」
うん、会計の彼女は時々我が家の食事に誘ってあげるようにエリスに言おう。
話が逸れてしまった。
エリスと一緒にやって来たサラさんだが、一体どうしたのかと思ったのだが、ちょっとした話だった。
「店で村人から、『今までは領主様の命令だから子供を学校に通わせていたけど、これからは積極的に学校に通わせなければと考え直した』という話を多く聞きました。
これはカンプ様が、『学校で代金を払おう。』と決めてくれたからですね。
なるほど、こんな風に村人たちの考えを変えるためだったんだ、って後から解って、私は最初なんで学校と思ったのですけど、納得しました。」
うん、まあ、それも少しは考えなかった訳ではないけど、元からの村人がそんな風に思ってくれたのは、やっぱり以前がとても買い叩かれていて、今回との値との差が大きかったからだと思うんだよね。
それにターラントやリネが荷の積み込みの時に、体を張って不正は絶対に許さない姿勢を業者に見せたこともあると思う。
「で、それからなんですけど、子供が教わっている時に見学をしても良いのだろうか、と何人もに聞かれました。
実は子供達が計算して代金を出していたのですけど、それを親である方が理解出来なかった人が沢山いたみたいで、自分たちも子供と一緒に覚えたいとのことのようです。」
リズが答えた。
「構わないわ。 子供の親も一緒に教養を身につけてくれたら、それに越したことはないわ。
フランとリネも構わないわよね。」
「はい、リズさん。 私も良いことだと思います。」
フランは簡単にそう言ったが、リネはもう少し現実的に考えたみたいだ。
「今現在、年齢毎というよりは、理解しているごとに3つに分かれて教えているじゃないですか。
そのどこに親は入ってもらうんですか。」
「それはやってみないと分からないわ。 単純に見ているだけのつもりなのかもしれないし。
でも、私としては、ちゃんとこちらが子供達に教えていることを、親にも理解して欲しいじゃない。
なるべくきちんと教える方向に持っていくようにしたいと思うのよね。 ま、臨機応変にだけど。
だから、とりあえずもう少し石板とチョークを用意しておいて。」
リズは最後の言葉はアークに向かって言った。
「了解。 見に来た親にも、問題をやらして教えたいってことだな。」
「うん、用意だけはしておきたいわ。」
「それからもう1つなんですけど、良いですか。」
サラさんはリズに向かって、そう言った。
リズはまだ私に何かあるのかという感じで、
「まだ何か学校に関してであるの?」
「子供たちには関係しないのかもしれないですけど、村人にも魔力がある人がいないかを調べたじゃないですか。
その後、魔石に魔力を込めるくらいのことを教えたいと話していましたよね。」
「ええ、だけど村の人たち、自分たちにも魔力があるということに驚いただけで、教わることには興味を示してくれないのよね。」
「それなんですけど、『今更なんだが、頼めば教えてもらえるのだろうか?』って申し訳なさそうに私に聞いてくる人が何人もいるんです。
今回のことで、教わることの重要さと、ぶっちゃけ教わればよりお金が得られると思ったみたいで。」
「それはいい。
確かに魔石に魔力を込めることを覚えれば、ちゃんとお金にもなるよ。
学校をやっている時間に、作業用の建物で僕が教えるよ。」
横から僕が話に加わった。
「えっ、カンプ様が教えるのですか。」
「うん、だって学校で教えている時間が一番村人が融通をつけやすい時間だろ。
リズ、フラン、リネは学校で教えているだろ。
アークとターラントは色々作ったりすることがあるだろうから、特別予定がない僕が教えるのが一番だよ。」
「でも領主様自らが教えるというのは、何だか緊張させてしまいそうですよね。」
サラさんがちょっと難色を示した。
「あの、カランプル様、私は魔力が少ないですけど、一応魔技師でもありますので、教えることができるかと。
私も最近は町に行くこともほとんどなくなりましたから、時間はあります。」
「カンプ、私も子供を連れて行っていいなら、当然教えられるわよ。
学校だけでなく、託児所みたいなものもあると良いわね。
土の魔技師たちも、子連れで行うのにちょっと困っているみたいだし、これから他の仕事も考えているのでしょ。」
「他の仕事は、何かないかと思っているのだけど、まだ具体的なことを思いついていないんだ。
でも託児所というのは必要かもしれないな。」
なんというか、なんとなく作業用建物で、僕とダイドールとラーラで魔石に魔力を込めることを教えることが決まった。
「私は魔力がないから、そっちはダメだけど、私も学校で算数だとか帳簿付けだとかを教えることにしようかしら。
最近は店はサラさんが全てやってくれるし、組合の方もほとんど会計さんに任せちゃっているから、私も何かしたいわ。」
今まで、一番色々抱えて忙しかったエリスまで、そんなことを言い出した。
村は急に教育熱が高まったようだ。




