木の実2
ダイドールの脅しが効いたからだろうか、買い取り業者たちは契約書を交わす時になって買い取る総量を前年までよりかなり減らしてきた。
町に戻ってすぐに代金を振り込まないと大変なことになると考え、戻ったら即座に振り込める金額を考慮したのであろう。
ダイドールはその辺のことには何も言わず、次々とそれぞれの契約書を作っていく。
契約書には、ブレイズ家家宰ダイドール_ゲーレルとサインし、ブレイズ家家宰の印をデカデカと押した。
いつの間にそんな物を作っておいたのだろう。
ブレイズ家家宰の印とは、大きな僕の家紋の脇に多分ダイドールの家紋なのだろう小さなもう1つの家紋が控えている印だった。
後からダイドールに聞いたところによると、貴族家の家宰の印とは大体そういった形式になっているそうだ。
貴族誰もに知られている様な有名な家宰となると、使える家の家紋、つまりダイドールの場合なら僕の家紋が略されて自分の家紋だけになるらしい。
「ああ、この家紋は何々家の家宰である誰々の印だ。」という認識がなされるらしい。
それは家宰としての最大の名誉らしいのだが、なかなかそういう家宰は出ないのだという。
「私の祖父はグロウヒル家で家宰印に自分の家紋だけを使うことを許されていました。
グロウヒル家では、祖父以来その様な者は出ていません。
元からの伯爵家であるグロウヒル家の家宰でさえ、そんな風でなかなか自分の家紋だけという家宰は出ません。
王家の家宰は別ですが、他家でも事情は同じ様なものです。
私もいつかは自分の家紋だけで、ブレイズ家の家宰だと誰もに分かってもらえるようになりたいと思っています。」
ダイドールはそれぞれの契約書を仕上げると、業者さんたちに荷は作業用の建物に取りに来るように伝え、自分も作業用建物にいる人に契約内容を知らせるために出て行った。
「やれやれ、買い取り業者というのは、随分と悪どい者たちなのだな。」
業者たちが出て行って僕たちだけになるとアークがそんなことを言った。
「あの業者たちは、今までこの地で安く買い叩いて、甘い汁を吸っていたということね。
今までの代官は何をしていたのかしら。
安く買い叩かれたら入ってくる税収も少なくなるのだから、代官としては目を光らせていて当然なのに。」
リズがそう言って続いた。
「きっと、あの業者の人たちは結託して代官に賄賂でも送って、見て見ぬ振りをさせていたんだと思うわ。
そういう悪どい手段は商売人としては最低で、私は親から決してやってはいけないことだと言われたし、そういうことをすると短期では良い収入になるけど、長期的には商売を潰すと厳しく言われたわ。」
エリスがそんな風に答えた。
僕もおじさんに何度も厳しく言われたな。
エリスはちょっとため息をつく様にもう一言付け加えた。
「これだけで済めば良いのだけど、まだ何か起こしそう。」
「えっ、まだ何か仕出かすかもしれないとエリスは思っているの。
嫌だなぁ。 本当に面倒くさいな。」
アークが本当に嫌そうな顔をして言った。
「ま、大丈夫じゃないかな。
この後何かやらかすとしたら、作業用建物でのことだろうけど、
『そこはターラントに見張らせます。
私の姿を見なければ本性を出すでしょうから。
もう一度しっかりと脅しを掛けておきます。』
とダイドールが言っていたから。」
僕がそう言うと
「ああ、それでこの場にターラントがいなかったのね。 納得だわ。」
とリズがちょっと悪い顔をして言った。
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「それ駄目です。 もう契約した分は積みました。
これ以上は駄目です。」
業者の荷車に積み込むのを手伝っていた子供たちが、大きな声で業者の手下たちを制止している。
子供たちは手下たちが積み込もうとしている袋にぶら下がる様にして、その行為を阻止しようとしている。
騒ぎを聞きつけたリネが急いでその場に向かい、子供たちに状況を尋ねた。
「あなたたち大きな声を出してどうしたの?」
「あ、先生。 この人たちが自分たちの分を積み終えたのに、勝手もっと積み込もうとしているのです。」
リネは業者の手下たちに向かって言った。
「あなたたちは何故その様な無法なことをされているのですか?」
業者の手下はちょっとからかうような感じでリネの言葉に答えた。
「今積み込んだ袋は、こっちの袋に比べて8割くらいの容量でしかない。
ということは中に入っている数も8割に違いない。
だから残り2割の分を積み込もうとしているだけだ。 何か文句があるか。」
「そちらの容量が多いのは生の実が入った袋で、こちらの少ないのはドライフルーツにした物です。
乾かした物の方が、当然1つづつの大きさが小さくなるのですから、同じ数が入っていても袋の大きさが小さくなりますよね。
あなたたちはそれがわかっていて、この様な行為に及んでいるのですか。」
「そんなことは俺たちには関係ない。
俺たちは定量通りに目一杯入った袋を荷車に積み込むように言われている。
目一杯でない袋があれば、その不足分を補うだけ、より多く積み込むのは当然のことだ。
作業の邪魔をしないでくれ。」
「その様な屁理屈が通用すると思っているのですか。」
リネがそう言っている最中に、子供の一人が突き飛ばされて、ぶら下がる様にしていた袋から剥がされた。
私はその暴力行為を見て、急いで近づいた。
「そこの者共動くな!!
私はブレイズ家家臣ターラント_ゲーレルである。
今のこの状況をしっかりと説明してもらおうか。」
私の大声に辺りは静まり、周りの注意が一斉に集まった。
離れた場所にいたこの荷車の主である買い取り業者が急いで近づいてきた。
しかし私は、この業者が自分の荷車で問題が起こっているのに、それに気付きながら気づかぬふりをしていたことも、きちんと見ていたのだ。
「すみません。 私の店の者が何か問題を起こしましたでしょうか。」
業者は白々しくもそう聞いてきた。
「そなたがこの者たちの主人か。
ちょうど良い、今ここで何があったか一緒に聞く様に。」
私は子供たち、リネ、そして御者の手下に質問して、先程と同様の言葉を聞いた。
子供たちとリネは、先程と全く同じことを証言したが、業者の手下は自分たちに都合が良い様に話を変えていたが、私が、
「ほう、さっきはこの様に言っていたが、今は随分と違うことを言うのだな。」
と私が先程の騒ぎの最中から聞いていたことを教え、それまでに手下が言った言葉を、私が聞いていたことを分からせるために、こんな風に言っていたなと真似て聞かせてやると、仕方なしに観念して先程と同じことを言った。
「さて、業者殿、要するにあなたの配下の者はあなたの命に従って、先程の行為に及んだとのことだが、そういう認識で間違いはないな。
それでは袋から中身を取り出して、数を数えてもらおうか。
もし、それで袋の中の数に間違いがないなら、お前たちの行為は強盗行為と認識されるだけでなく、中の数を疑ったということで、我が子爵家を侮辱したことになる。
この地を預かる者として、強盗行為をした者をそのままにはしておけないし、子爵家を侮辱したことに対してもそれ相応の報いがあることは覚悟してもらおう。
さあ、袋の中を確認してもらおうか。」
その業者は真っ青な顔をして弁解した。
「いえ、これは私の配下に対しての命令が少し曖昧だったために起こった手違いで、決して悪気があったことではありません。
本当にちょっとした手違いだけなのです。
さ、お前たち、早く余分に積み込んだ袋をお返ししなさい。」
手下たちも、強盗として処理するという言葉に、業者と同じ様に青い顔をして余分に積み込んだ袋を元に戻した。
「はい、元に戻しました。 申し訳ありませんでした。」
業者はこれで良いだろう、という顔をして言った。
「それだけか。
暴力を振るわれた子どもや、暴言を吐かれた者に対して何かすることはないのか。」
「示談金を支払えということですか。」
「そんなことは言っていない。
自分たちがしたことを、きちんと謝罪するべきではないかと言っているのだ。
もちろん、謝罪した上で、謝罪の気持ちとしての見舞い金を払うというなら、それはそれで筋が通っているから、私は止めはしないがな。」
結局、業者はその配下と共にリネや子どもたちに自分たちの行為を謝罪することになった。
そしてまた、自分から言い出したことなので、他の同業者たちの目も気にして、幾らかの見舞金を支払って行った。
のちにその見舞金は、ベークさんの作るクッキーを東の町から買ってきてもらって、学校で子どもたちのおやつになった。
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この業者の行為は、まだ止まらなかった。
業者たちは荷の積み込みが終わった途端に帰途に着いたのだが、夜遅くなって中間点の小屋まで辿り着いた。
大きめに作った小屋とはいえ、5組の業者の全員が中に入れる訳もなく、業者は誰が小屋の中で休むかを揉めるのを嫌ったのか、全員小屋近くで野営することになったらしい。
小屋の中に村の者が1人居たのと、村に向かうおじさんの店の者が居たことも少しは影響したかもしれない。
近くで野営したまでは良いのだが、朝になってやらかした。
小屋の四方に植えた木の実を採りだしたのだ。
「ここの木は子爵様が所有している木です。 勝手に採って良いものではありません。」
見張りに残っていた村人がそう抗議するが歯牙にも掛けない。
見かねた他の業者も注意した。
「何をしているんだ。 そんな無法なことをすれば、後でどの様なことになるかわからないのか。」
「ここにいるのは、単なる村人が1人だけ。
その様な小者の言うことに誰が耳を貸すと言うのだ。
今回仕入れてきただけでは儲けにならない。 ここで少しでも補充するのだ、邪魔をしないでくれ。」
おじさんの店の者も声をあげた。
「村人だけでなく、私もおりますが、それでもこの無法を続けるのですか。」
「領主が子爵だから何だって言うんだ。 我々のバックにだって貴族はいる。
こんな辺境の領主をさせられる小者なんて、怖くは無いわ。」
結局誰の制止も聞かず、好き勝手やって、他の業者より先に出発して行った。
おじさんの店の人は、他の業者の人に声を掛けて、ちょっと出発を待ってもらって、村人に言った。
「被害個数はわかりますか。」
「はい、毎日木の状態は確認していましたし、それでなくても今、木を確認すれば確かな被害個数は分かります。」
「それではそれを確認してください。」
その後で、買い取り業者の人に言った。
「今、被害を確認して書類を作りますので、すみませんがその書類に、書かれていることが事実であることを保証する署名をしていただけませんか。
この件は領主様に報告するだけでなく、私の店の主人にも報告しますので、この書類にお名前を書いていただけると、私どもも助かりますし、皆さまもあらぬ疑いを掛けられることを避けられるだけでなく、不利益にはならないと思うのですが。」
業者の代表は即座に言った。
「もちろん、署名しましょう。
我々が止めさせようとしていたことを伝えていただけると、なお嬉しい。」
「はい、もちろん子爵さまたちや、主人にはそれも伝えましょう。」
報告を受けて、僕らはその無法を働いた業者に、小屋の周りから取っていった分もきちんと請求した。
それも5割の値ではなく、8割でだ。
業者の人たちは残金をそれぞれの町に着くとすぐに組合で払ってくれた。
問題を起こした業者も、元の分の代金は一日遅れだが、組合で払ってきた。
その一週間後、問題を起こした業者をダイドールが訪ねた。
業者は西の町の業者だったのだが、その業者を訪ねる時にはダイドールだけでなく、もう2人一緒に訪ねることになった。
1人は西の町の組合長で、もう1人は司法局の職員である。
「業者どの、中間点の小屋であなたたちが不当に得た実の分の請求書を持ってきました。
速やかにお支払いください。」
業者は言い逃れを言おうと考えた様だが、その前に他の2人が気になったのか、先に2人のことを聞いた。
「こちらはこの地の組合長なのは分かりますね、そしてもう1人は司法局の職員です。
あなたが速やかにこの請求書に従って支払いをしない場合、今回の事態は司法局が介入してきます。」
「私は紹介された様に司法局の職員ですが、少し付け加えさせていただきます。
この地は皇帝直轄地ですが、代官としての貴族は置かれていますね。 ま、現実的には領主と言えるかもしれませんが。
そちらに今回の件で司法局より問い合わせをいたしましたところ、『私の預かる地に不埒なことをする者が居た場合は、躊躇なく法の下に裁いて欲しい。』との言葉をいただきました。
それから、あなたの行った行為に関しては、それを証明する他の業者の署名も提出されているので、言い逃れはできません。」
結局、業者は追加の代金もこちらの言い値で支払った。
金額が8割に上がっていたことに文句を言ったが、正当な取引と違うのは当然だろうとダイドールに突っぱねられ、渋々払った様だ。
支払いはしたが、結局その業者は潰れた。
おじさんの店との取引などないに等しい業者だったが、おじさんが「信用できない業者なので、その業者との取引は一切しない」と言うと、ほとんどの商売人がその業者との取引をやめてしまったからだ。
それだけでなく、その業者に物を売っていた生産者には、この事態をチャンスと見た他の業者が入り込んで、尾鰭のついた話をして、どんどんとその業者の地盤を奪っていった。
潰れるまでが、あっというまだった。
一緒に買い取りにやってきた業者たちは、一歩間違えていたら自分たちも同じことだったかもしれないと胸を撫で下ろした。
その上、この件によって、おじさんの店との繋がりが出来て、そのことを喜んだ。




