木の実
そうこうしているうちに、各家の前に植えてある木には花が咲き、もうすぐ実が生る時期となった。
この村では、今までは村人がほとんど唯一の金銭を得られる収穫物だ。
売り物になる収穫物だということだ。
一番最初にこの村に来た時に、村長さんの家でドライフルーツを出してもらった。
その時のドライフルーツこそが家の前に植えられた木になる実で、生でもドライフルーツにしても、町に出荷されて、村人に現金をもたらしているのだ。
村長さんの家で食べた時に、「あ、これ食べたことがある。 やっぱり美味しいなぁ。」と思ったのを覚えている。
この実は町では、生の新鮮なものはもちろん、干したモノも結構高値で売られる高級果物なのだ。
「村長さん、ちょっとびっくりしましたけど、嬉しいことに僕らの家の木にも実が沢山ついています。
移住が後からになった人の家の木になるほど、やはり木が小さいので、なっている量は少ないですけど、それでもどこでも生っています。
今までより、村としては沢山の実が出荷できますね。」
「はい、この木は小さくてもすぐに実をつけるのも特徴の1つなんですよ。」
村長さんは少し自慢気に木のことを話す。
「それで、僕たちの家の前の木にできた実なのですが、どうすれば良いでしょうか。」
沢山実をつけているのは嬉しいのだが、僕たちにとっては初めてのことなので、どうしたら良いのか見当がつかない。
こういうことは村長さんに任せるしかない。
「収穫した実は、生のままでも少しは出荷するのですけど、多くは皮を剥いて種を外してから干して、ドライフルーツとして出荷するのですよ。
今まではそれぞれの家で、そうして業者に売っていました。」
「僕たち新しく移住してきた者たちは、初めてのことで勝手が全く分かりません。
元からの村の人たちに教えてもらったり、手伝ってもらったりしていただきたいのですが、どうでしょうか。
もちろん手伝っていただいた分は、得られた金額の何割かを手伝ってくれた人にお渡しするということにしてですけど。」
「そういうことでしたら、元からの村人たちも喜んで手伝ってくれると思いますよ。」
「それは助かります。
まだ何割ということは話し合っていないので、確定したことを言えないのですけど、村長さんの方から、元からの村人さんたちに話を通しておいていただけませんか。」
「はい、了解です。
私の方で先に根回ししておきます。」
「それでちなみに、実はどのくらいの値で売れるのですか。
生の実と干した実では値が違うのですか。」
町からこの時期になると買い付けにやってくる業者さんの、村長さんから聞いた買値は、僕にははっきりとは分からないが、とても安く買い叩かれている様な気がした。
それもそれぞれの家でも値が違うともいう。
僕はどうも怪しいと思ってエリスに相談した。
「この実のドライフルーツにしたのとか、町にいる時にも買って食べたことがあると思うのだけど、その時の売られている値段てどのくらいだったかな。
僕にははっきりとは分からないけど、なんだかすごく買い叩かれている様な気がするんだ。」
僕はこの村で業者が村長さんのところで買っている値段をエリスに言うと、
「私もはっきりとは覚えていないけど、カンプと同様に感じるわ。
早急に、町で売られている値段を店の者に調査する様に言うわ。
それから、村長さん以外の人もどのくらいの値で売っているのか、サラさんに言って、店に来てくれた人に訊ねてもらうわ。」
村の人たちがいくらで買い取ってもらっているかの調査は直ぐに出たし、町での店頭販売価格の調査結果は、店の定期の馬車を待たずに、おじさんが馬に騎乗できる人を使って即座に伝えてくれた。
それによって、実の収穫と買取業者が来る前に情報が揃った。
「やっぱり、かなり買い叩かれているわ。
町で実際に売られている値段からしたら、一番高く買い取ってもらっている村長さんの家でも3割にしかならないわ。
他の村人の家はほとんどが2割ってところね。」
「エリスが考えるに、どのくらいの値なら適正だと思う。」
「うちの店で扱うなら、5割で買い取ったら十分に儲けが出ると思うわ。
6割でもドライフルーツにした方なら儲けが出せると思う。」
「つまりかなり買い叩かれているということだな。
よし、それじゃあ最悪の場合、全部を僕らで買い取って、おじさんの店経由で売ることにしよう。
それぞれの家、個別では売らないことにして、村で全部をまとめて、一括で交渉することにしよう。
売却値は最低5割だな。」
僕は村長さんを通して、領主命令として、買取業者さんとの個別取引を禁止を徹底した。
そして、収穫した実は全部、エリスの店の隣に建てた、作業用の建物に持ってくることとした。
この作業用の建物は、アークが学校を建て終えてから、今後のことを考えて建てた物で、学校用に建てた建物と同じくらいの大きさになっている。
そんな大急ぎの準備をしているうちに、木の実が熟してきて、一番忙しい収穫の時期となった。
この忙しい収穫の時期は、学校も休みにして村民全員で、収穫とドライフルーツ作りに当たった。
子供たちには集められた実の、それぞれの家ごとの集計を担当させた。
それぞれの家の収穫してきた個数を、人を変えて2度数えてチェクする形にして、正確を期した。
収穫した実は、ちょうどやってきたエリスの店の馬車には、生の実を積めるだけ積んで戻って行った。
今回は町に着いたら、直ぐに荷を下ろして、直ぐに戻ってくることになっている。
生のまま出荷できない分については、作業場でどんどんドライフルーツにしていく。
皮を剥いて、種を外した実を、ちょっとした工夫だけどアークとターラントが作った波板の上に乗せて、陽の当たるところに出して干す。
陽の光も強いし、乾いた風も吹いているので、途中で一度裏返せば、日中なら4-5時間、夜でも一晩干しておけば、ドライフルーツの出来上がりだ。
生のまま町に運んだ実の数や、出来上がったドライフルーツの数の管理なども、子供たちを積極的に使って間違いのないように厳重に管理する。
ここらへんのことは、学校で教えているリズ、フラン、リネが子供たちにつきっきりになって、厳しく指導している。
まあ、学校の授業で行ったことの、実生活での応用の良い体験にもなる訳だ。
それから砂漠の道の中間点にも、毎日馬車で往復してもらった。
二人で朝早くに行って、一人が小屋に泊まり、泊まっていた一人と二人で収穫した実を積んで、遅くに帰って来るという強行軍だ。
泊まる一人は、そんなことする者はいないと思うけど、熟れた実を盗んでいく者がいないようにという見張りである。
普段は村に来る人など決まった人しかいないけど、この時期は違うからね。
そんな忙しい中、いつ来るかなと思っていた買い取り業者さんたちがやって来た。
それぞれの4つの町に王都を加えた5組の業者さんが、一度にやって来た。
まあ僕としたら、手間が一度で済むので悪い話ではない。
業者がやって来たという知らせを受けて、僕たちは家の方で待ち構えていた。
業者との話合いに参加するのは、僕とエリス、アークとリズ、そしてダイドールの5人だ。
僕たち4人は対外用に使う公式の部屋の方で待ち構えていて、ダイドールが玄関口に控えていて、やって来た業者さんを部屋に案内して来た。
部屋に入って来た業者さんは、それぞれに名乗って挨拶をしてきた。
僕もそれに対して挨拶を返す。
「私は、少し前から陛下よりこの地方を預かった、カランプル_ブレイズ子爵です。
こちらは妻のエリス、そしてこちらはアウクスティーラ_グロウランド男爵とエリズベート_グロウランド女男爵夫妻です。
この地にようこそ。」
業者さんたちは改めて僕たちにお辞儀した。
「さて、商人にとって時間はとても貴重なものであることは、私もよく知っています。
ダイドール、直ぐに話を進めてくれ。」
「はい、子爵様、速やかに話を進めます。
みなさんがこの地を訪れたのは、この時期に採れる実の買い付けのためだと思いますが、間違ってはいませんね。」
業者中で一番の年長者らしい人が、どうやら代表として受け答えしてくれるようだ。
「はい、その通りでございます。
私たちは毎年この地でこの時期に出来る実を買い付けさせていただいています。
例年は、それぞれの家ごとに買い付けをさせていただいているのですが、何やら領主様が代わられた今年からは、村全体でまとめて買い付けをさせていただけるとのこと。
皆、それぞれ馴染みの村人に案内されて、ここに参った次第でございます。」
「ええ、ブレイズ子爵がこちらの領主になり、この地の開発に着手し始めまして、昨年より実の収穫量も増えたので、まとめて買い付けを受けることにしました。
それでそれぞれの方々は、どれ程の量を買い付けに来られたのですか。
そしてその金額はいか程でしょうか。」
それぞれの業者は、買い付け量と、その金額を述べた。
業者が提示した金額は町での売値の2割で、随分と安い金額だった。
村長の家に来ていた業者は3割で買っていたのに、その業者まで2割の金額を提示してきた。
僕たちはちょっと悪質だなと感じた。
ダイドールがその辺から攻め始めた。
「えーと、例年村長の家の買い付けをされている方はどなたですか?」
「はい、私が村長の家で例年買い付けさせていただいています。」
「そうですか。
それではお聞きするのですが、昨年村長の家で買い付けていた値段よりも、今年付けた値段は随分と低いのですが、それは何か理由があるのですか?
他の方も昨年付けた値段より安い方がいらっしゃいますが、その理由はどういったことでしょうか。」
業者は渋い顔をした。
「いえ、村長さんの家の実は、他と比べて出来が良いので、高く買い取らせていただいていました。
全部が混ぜられた状態では、どうしてもその高めの金額で買い取るということはできないので。」
「ほう、つまりあなたは村長の家の実と、他の家で収穫された実を、見て区別できるということですね。
それでは今から、何軒かの実を持ってきますので、きちんとそれを見分けてみてください。
それができなければ、あなたは嘘をついているということになりますから、そのような嘘をつく方は一切取引を停止いたします。」
村長の家で買い付けていた業者は急に汗を流して、すぐに全面的に降伏した。
「すみません。 私は全て先ほどの提示額の1.5倍、つまり昨年の村長さんの家での値段で買い付けさせていただきます。」
「えーと、みなさん、私たちのことを甘く見ているようですので、はっきり言わせてもらいますね。
私たちは、例年あなたたちがそれぞれの家でいくらで買い付けているか、全て知っています。
また、それを町でいくらで売っているかも、調べがついています。
つまり例年あなた方が不当に安い値段で買い付けていることを、私たちはしっかりと把握しています。
ですからこうして値段の交渉をしているのです。」
「我々は今付けた値段でしか買うことはできません。
我々が買い付けなければ、この村では現金収入は無くなるのですよ。
その辺をよくお考えください。」
業者の代表者は、自分の言葉に絶対の自信があるかのような、尊大な感じで言った。
「わかりました。
それではみなさん、このままお帰りください。
一個たりとも買っていただかなくて結構です。
どうぞ、速やかに退出して、今後この地方には来ないでください。
ご苦労様でした。」
ダイドールは冷ややかにそう宣言した。
「お待ちください。
我々が全く買い付けをしなくても構わないのですか?」
業者の代表が焦って声をあげた。
「ええ、我々は一向に構いません。
昨年までの取引がありますから、みなさんと話をしていただけで、私どもはあなた方に売らなくても何も問題はありません。
あなたたちも商売人なら、奥方様の顔くらい知らない訳はないと思うのですが。」
業者たちはダイドールにそう言われて、エリスの顔をまじまじと見つめると、代表が言った。
「すみません。
奥方様のお名前をもう一度お聞かせ願いたいのですが。」
「私ですか、私はエリス_ブレイズといいます。」
「もしかして、東の町のデパートは・・・。」
「ええ、私の家でやっている店ですね。
ちなみにまだ分かっていないと思いますが、カンプ魔道具店というのも私たちが経営している店です。」
エリスがそう答えると、ダイドールがそれに付け加えた。
「お分かりですか。
私どもはあなたたちに頼らずとも販路は十分に整っているのです。
ですから今までのような不当な値段で買い付けようとするならば、一切買い付けてもらわなくて一向に構わないのです。」
「分かりました。
十分な値で今回は買い取らせていただきます。
どうぞ値はそちらで付けてください。」
「分かりました。
我々もあえて独占しようとは思っていません。
町で売られる時の値の5割の値でお売りしましょう。 それで十分な利益になるはずです。
それで嫌なら、このまま帰っていただいて構いません。」
業者たちは、どうしようもないという感じで渋々その値を認めた。
「あの、すみません。
私どもは例年と同じつもりで金を用意してきたので、今の時点で買い取りたい量の支払いをすることができません。
足りない分を後払いにしてはいただけないでしょうか。」
「分かりました。
今回に限り、それを認めることにします。
きちんとした契約書を作るのでお待ちください。
ただし、それぞれ町に戻りましたら、直ぐに組合で残金を振り込んでくださいね。
まあ、子爵家に対して踏み倒すなんてことをするとは思いませんが。
それにアウクスティーラ様とエリズベート様のご実家はどちらも元からの伯爵家。
そんな事したら、私どもが何もしなくても、どの様なことになるか想像もできませんから。」
「もちろん町に戻りましたら、直ぐに残金は振込ます。」
代表は青い顔をして答えた。




