少しづつ
アークとリズの結婚式をした次の日、ダイドールとラーラの夫のペーターさんは、次の移住者を連れてくるために、町へと旅立って行った。
次の移住者である、土の魔技師も最初の頃から働いてくれている人だし、こっちに移住してもらってからは、今までのような臨時雇いのような形ではなく、正式な店員になってもらうことになっている。
それからその旦那さんは、ペーターさんのように、とりあえずは馬車の御者をしてもらうことになっている。 というか、馬を扱えるということで、移住の順番を早くしている。
今回はダイドールとペーターさんの二人で町に行っているが、次回はペーターさんと新たに移住して来てくれた魔技師の旦那さんとで、町に向かうことになり、次の移住者の旦那さんも馬を扱える人になっていて、それからは3人で当座交代で移住の馬車の運行をすることに決まっている。
行きも帰りも3日かかるし、町で移住のための荷物を積んだり、休んだりの日を加えると、1組の移住に最低8日以上かかることになる。 現実的には9日か10日というところだろう。
町との往復だけでそれだけかかるので、最初は二週間に1組の移住しか出来なかったが、慣れてきてからは10日に1組のペースになった。
移住して来てもらった土の魔技師さんは、町では最近は魔道具用の線を作ったりしてもらうのが多かったのだが、こっちではまずは畑にするための塀を作ることをお願いした。
最初ターラントと共同でお願いしたのだが、実際に作業が始まるとターラントより女性魔技師さんたちの方が評判が良くて、移住者が増えるごとに女性の土の魔技師が増えたので、畑にするための塀作りは彼女たちに任せることにして、ターラントは移住者用の家など、別のことをしてもらう。
村の人たちも、ターラントより女性たちの方が何かと話もしやすいようで、その女性魔技師さんたちは僕たちと村の人たちを繋ぐような役割も持つようになってしまった。
調理器は予想していたのだが、ほとんどの村民がほぼ一斉に取り替えに雑貨店にやって来た。
僕はそれまでに自分で作る火の魔石や、ラーラにお願いしているお知らせライト用の魔石、その数を揃えて、完成形の調理器を出来るだけ作っておいたのだが、数が間に合わず、アークに手伝ってもらって、交換した以前の調理器を夜にアークと作り直して、次の日に回すようにしたりして、なんとか新しい調理器に全部交換することができた。
調理器の交換では、やはりサラさんが店にいることが大きくて、村民のみんなは安心して交換に来ることが出来たようだ。
サラさんも新しい調理器の使い方を教えたりが上手くなり、調理器の交換の合間には、作物を持って来てくれれば買い取るとアピールして、調理器を交換することで、村民みんなが雑貨屋に来ることになり、それをきっかけにして収穫物を雑貨屋に持って来てくれるようになった。
エリスは主に雑貨屋でサラさんとともに仕事していたのだが、最初こそサラさんはエリスと接するのに緊張していたが、徐々に慣れて普通に接するようになってくると、村民もエリスと徐々に普通に接するようになってきた。
それでもエリスに対してだけは、サラさんの呼びかけ方は「様」のままだったので、村民のみんなもそれに倣ってしまい、僕とエリス、それにアークとリズは「様」呼びが定着してしまった。
雑貨屋はフランとリネも手伝っているのだが、フランとリネに対してはサラさんも「さん」呼びなので、フランとリネは村民から、「さん」だったり「ちゃん」だったりで呼ばれている。
店に収穫物を売りに来てくれるようになった、ちょっと年配の夫人がサラさんとおしゃべりをしている。
「しかし、サラちゃん、良いのかねぇ。
前の代官は、様付けで丁寧な口調で話さないと怒られたけど、エリス様は本当の領主夫人だし、カンプ様は領主で子爵様、アーク様とリズ様も男爵様だろ。
あたしらが普通にしゃべって本当に良いのかねぇ。」
「前の代官様と違って、エリス様たちはそんなこと少しも気にしないようよ。
普通に身分なんて気にしないで話してくれる方が良いって言っているわ。」
「そうですよ。 エリスさんも、カンプさんも言葉使いなんて全く気にしませんから、普通になんでも話して大丈夫ですよ。
私たちは『さん』付けですけど、ラーラさんなんて、学校時代の同級生だったそうで、今でも普通にカンプさんも、エリスさんも、アークさんも、リズさんも呼び捨てで話してますし、そういうところは全く気にしてないですから。
きっと、丁寧な言葉使いをしようなんて気にされると、その方が嫌がられますよ。」
フランは先に村民の人たちが、慣れてきていたので、サラさんにそんな風に加勢した。
その甲斐もあってか、エリスは村民と普通におしゃべりができるようになり、その恩恵で、僕も村民が徐々に声をかけてくれて、話が普通にできるようになっていった。
調理器の後は水の魔道具で、僕は水の魔道具用の魔力を貯めた魔石が間に合うかと心配したのだが、なんとか水の魔道具に問題が出る前に、水の魔道具用の魔力を貯めた魔石が組合に届き、事無きを得た。
リネは毎日毎日、水の魔石を作って、僕やアークも協力して、水の魔道具を作った。
最初は水の魔道具にもお知らせライトを付けた形で考えていたのだが、僕たちは相談して、水の魔道具には基本お知らせライトを付けないことにした。
水の魔道具の魔力が尽きて水が出なくなっても、急なこととして問題になることはあまりないと判断したからだ。
作物に水をやっていて出なくなっても、即座に作物が枯れる訳でもないからね。 木や、牧草なんかも同様だ。
元気が無くなってきたら、魔力切れを疑って交換すれば十分に間に合う。
でもまあ、物によってはお知らせライトを付けてある道具もある。 例えば僕らの家のシャワーの魔道具には付けてある。 シャワーを浴びていて、途中で出なくなったら嫌だからね。
ターラントが移住者用の住宅作りを受け持っているので、アークは公共の建物を受け持って作っている。
移住者用の住宅は、今のところフランとリネの為に作った建物と、ラーラ一家の為に作った建物のどちらかを作ることになっている。
一応移住して来る人の希望でどちらかの建物かを選んでもらっているのだが、とりあえずそのどちらかをターラントが作って用意している。
もう規格化されているようなモノなので、ターラントも効率よく作っているのだが、そのうちにそれぞれの家ごとに改造されて、個性が出て来ることだろう。
今のところは、どこも同じ感じで、つまらないというか、なんか人工的過ぎる均一した景観になっちゃっている。
とは言っても、新たに作っている場所はどこも防風の為の壁があるから、ほとんど中は見えない。
アークの作る公共の建物は、規格化された物ではないので簡単なことで済む訳がなく、みんなでその構造を目的に合わせて考えて作っている。
今はリズの強い希望で、学校を作っている。
アークが作るのは建物だけではなく、内部の備品も作っている。
アークが一番工夫したのは、教室の机と椅子だ。
学校は子供たちが使うだけでなく、魔力を持つ大人たちに、魔力の使い方を教える為に使う予定だ。
緑が少ない、つまり木材がとても高価なこの国では、そういった備品も土魔法で作るのだが、流石に簡単に移動できるような物をたくさん作るのは難しいし、効率が悪い。
そこでアークは据え置きの机と椅子に高さを調整できる機能を付けたのだ。
それによって、子供が使うときでも大人が使うときでも、同じ場所で無理なく机と椅子が使えるようにした。
リズは村の大人で魔力がある人を見つける為の検証が終わると、学校作りに熱中するようになった。
学校といっても、そんなに難しいことを教えることは考えていない。
読み書き、計算などの基本的なことを教えようと考えている。
リズは自分が教えるだけでなく、フランとリネにも教えてくれるように頼んでいた。
そこは貴族の家の出だから、3人ともそれなりの教養は身につけているので、村の学校の先生くらいのことは十分にできる。
「本当は、計算に関してはエリスが教えれば良いと思うのだけど、流石にエリスは忙しくてこれ以上何かをするというのは無理ね。」
「でも、前から比べたら、家事労働はリズだけでなく、フランとリネも手伝ってくれるようになったから、ずっと楽になったよ。
やっぱり一番助かるのはラーラで、ペーターさんが移住者を迎えに行って居ない時には、全員の食事を作ってくれたりするから、私は本当に楽させてもらっているわ。
料理だけはいまだに、3人だけだと不安だけど、ラーラがするときは完全にお任せだから。」
フランとリネは、エリスの言葉に自覚があるのか、小さくなって黙っていたがリズは反論した。
「エリスは心配しすぎよ。 エリスがカンプと町に行っていた時には、私がアークとターラントの食事の用意をしていたんだから、もう私には完全に任せてもらっても十分大丈夫よ。」
僕はアークに聞いてはダメだと思い、ターラントに聞いてみた。
「リズの作った食事はどうだった?」
「そうですね。 私や、ダイドールが作る食事よりは良かったかと思います。」
「そうか、それじゃあ、ペーターさんが村に居て、ラーラが一緒に食事をしない時には、エリスとリズとが交替で食事を作ることにする? フランとリネは手伝うこととして。」
「いえ、やはり少なくともエリス様に監督していただいた方が、私としては良いかと思います。」
リズはターラントの最初の言葉では、「ほら大丈夫じゃない」と鼻を高くしていたが、後の言葉ですぐに高くなった鼻を折られて、渋い顔をしている。
アークは明らかに安心した顔をしちゃっているのだけど、まずいんじゃないか。
ま、とりあえずはまだラーラが作る時以外は、エリスに頑張ってもらおう。
「でも学校の一番の問題は、親である大人の村人がその必要を分かっていないことなのよ。
今まで村には学校がなかったから、学校がどういった場所で、どんな意味があるのか分かっていない。 それに子供たちも貴重な労働力になっているから、学校に子供をやる時間を、時間を無駄に使っていると考えてしまうのね。」
「最初は、僕が新たな領主として、命令するという形を取るしかないのかな。
村長さんは学校で教育を受ける必要が分かっていて大賛成なんだけど、村人みんなに話して分かってもらえるというモノでもないだろうから。
実際に学校で子供たちが教わって、物事を覚えれば、大人の意識も変わっていくと思うけど。」
「ああ、やはり最初はそんなものかもしれないな。
領主の命令なんていうことをしたくないカンプの気持ちは分かるけど、仕方ないよ。」
アークがちょっと僕の気持ちを慮って、同情してくれた。
子供たちの為の学校は、昼に食事をした後から、夕方までの時間とすることになった。
学校って、普通は朝からのものだと思うのだが、村では朝は色々な作業が忙しいからだ。
でも正直言って、一番暑い時間帯に学校で教えるというのは効率が悪い。
今までは昼休みとしてのんびりしていた時間帯だからこそ、親の村人も子供たちをまあ渋々ではあるが命令なので送り出してくれたのだけどね。
少し何か考えないとダメだな。




