新たなキー
組合の土の魔導師が戻った翌日、早速僕とエリスは組合支部に行った。
「本部の魔導師さんたちが戻る時に、運んでもらう方が良いのかと迷ったのですけど、
なんかそれも違うなと思って、今日持ってきました。」
そう言って僕は魔力を貯める魔石を渡した。
「はい、大丈夫ですよ。 どうせまだ組合のマークを入れたり、ナンバーを入れたりして記録しないといけないですし、土の魔導師たちが戻るのには間に合いませんよ。」
「それから、僕たちのところにもう魔石が全くないのです。」
「そうですよね。 町では魔石を購入していかなかったですからね。」
「はい、こっちで購入すれば、10分の2税の半分はこの地に落ちますから、その分この地の発展に使えますから。」
「ええ、きっとそういう事だろうと思っていました。 組合長が『カランプルの奴も結構細けえな』と愚痴ってましたよ。」
支部長さんと僕はちょっと笑ってしまった。
「ま、私として最初からこの支部の実績になりますから、この方が良いのです。 それにカランプル君にお金が戻る方が、また魔石を買ってもらえそうですしね。」
エリスはいつものように会計の女性と帳簿を突き合わせて確認したりしている。
支部長さんはちょっと雰囲気を真面目な調子に変えて僕に話しかけてきた。
「カランプル君も話があって来たという感じですが、私からも1つ重要な話があるのですよ。」
僕はちょっとそんな言葉を支部長さんから聞かされるとは思っていなかったので、びっくりして
「重要な話って、何ですか? 僕の方はまた新しい魔道具の登録をもうお願いしても良いのかどうかを教えてもらおうと思っていただけなのですが。 国王陛下より、僕の領地内だけなら水の魔道具の開発と使用を許可してもらったからですが。」
「はい、新しい魔道具の登録はもちろんすぐにでも出来るのですが、その水の魔道具の問題なのです。
カランプル君、君たちの作る水の魔道具は当然なのですが、魔力の魔石を使って、それの交換さえすればずっと使えるものですよね。」
「はい、もちろんそういう物で考えています。 そうでないととてもじゃないですけど、この領地で使う水を賄えないですから。」
「だとしたら、その水の魔道具は例えばこの領地から出ても、交換の魔石さえ交換すればどこでも使えるという事ですよね。」
「はい、確かにそういうことになりますけど、交換の魔石の管理は組合がきちっと行なっているし、元の交換の魔石を持ってこないで、交換の魔石を買おうとする人っていないんじゃないですか。 それだととても割高になってしまいますから。」
「まあ、基本はそうなのですけど、カランプル君、冒険者たちのことを忘れていますよね。 冒険者たちは、ダンジョンに持って入るために予備の魔石を買って行きますし、カランプル君の店ではその予備の魔石を割らない様に持ち運ぶケースなんてのも売っていますよね。」
「あ、はい、そうでした。 冒険者は元の交換の魔石を持ってこないで確かに買いに来ますね。 それに魔石をダンジョンの中で割ってダメにしたりということも、以前より減ったけど、それでもまだかなりあるみたいですし。」
僕はリズがダンジョン用のライトをまだ結構な数作っていることを知っているから、それならば交換の魔石も割ってしまっているはずだと想像できた。
「そういうことです。 つまり、組合では頑張ってはいるのですけど、もう数が多すぎて交換の魔石がどんな風に使われているかを、全部に関して把握するなんてことは不可能なのです。
だとすると、カランプル君たちが作った水の魔石が、この領地から持って出られて、どこかで使われるかもしれないという事態を想定しなければなりません。」
「とは言っても、僕らの作った水の魔道具を使う人って、たった200人余りのこの領地の人たちと、この新しく作っている町にやって来てくれる、僕たちの知り合いのみですから、その心配は必要ないのではないでしょうか。」
「カランプル君、それは違います。 今回この組合の建物や塀を作るために、私も良く知らない組合の土の魔導師が来たみたいに、町をこれからカランプル君たちが発展させようとすれば、どうしても知らない人はやって来ます。 そういう人たちをさすがに1人1人見張っている訳にはいきません。 そういう目で人を見るのは気持ちの良いことではないのですが、いつ悪意がある人がここにやって来てもおかしくないのです。 そういう人にとって、交換の魔石を取り替えるだけでずっと使える水の魔道具というのは、良い金儲けの種のように見えてしまうと思うのですよ。」
「なるほど、確かに言われてみると、そんな気がしてきました。」
「それで、もしカランプル君たちの作った水の魔道具が、領地の外に持ち出されて、そこで使われてしまうとしたら、それは国王陛下の言葉からして問題になるのではないかと思うのですよ。」
確かに、支部長さんの言葉の通りだ。 持ち出されないようにするためには、この領地の出入り口に当たる場所で、徹底的な持ち物検査でもするかと一瞬考えたが、何も道を必ず通らねばならない訳ではないから、この領地を出入りする人全てを完全に持ち物検査するなんて不可能だと考え直した。
全部を貸出制にして、とも考えたが、僕らは無人で放っておいて、常に水分を木や草に供給する魔道具を作っているのだから、それも意味がない。
うーん、困った。
「あらあら、カランプル君を悩まそうと思っていた訳ではないのですよ。 この話を切り出したのは、もちろん対策を提案しようと思ってのことですから、安心してください。」
「あ、そうなんですか。 今、どうしたら良いかと思って考えあぐねていました。」
「はい、顔を見ていれば分かりました。
それでですね、提案は水の魔道具は別のキーにしましょう、ということなのです。
カランプル君のところで作っている魔道具には、今現在全てキーがかかっていますよね。 そのキーを水の魔道具だけは別のキーにして、水の魔道具専用の交換の魔石も作るのです。 そうして水の魔道具に使える交換の魔石は、この組合支部だけしか扱わないことにするのです。 そうすれば、この領地内以外ではカンプ魔道具店が作った水の魔道具は使えないことになります。
ま、実際には勝手に魔石に魔力を込めれば使えるのですが、そんな危ない橋を渡る魔技師はほとんどいないと思うのですよ。」
なるほど確かにそうすれば、ほぼ僕の領地以外では使えなくなるな、と僕は思ったのだが、かなり面倒な問題もある。
「ということは、今現在ある水の魔道具は全部作り直さなければならない訳ですね。 それからそれに使う交換の魔石に関しては、作成したら水の魔石専用の印をつける必要があります。 それ以上に問題なのは、その水の魔石専用の交換の魔石に魔力を込めるのをどうしようかということです。 他では使えない交換の魔石ですから、本来はこの領地内で魔力を込めるべきだと思うのですが、今、ここに魔力を込めることができる魔技師はいないのです。」
「そうですね。 魔技師がいなくてここでは魔力を込められないという問題はありますね。 早急にこの地に魔技師を増やすという訳にもいかないと思うので、当座の間は仕方ないので、東の町で今までに実績のある信頼のできる魔技師に組合から頼んでみることにしましょう。 そうして徐々にこちらだけで用が足りるようにしていくしかないですね。」
「はい、それしかないですよね。 よろしくお願いします。
で、そうなると、今まで作った水の魔石は全てキーの部分を作り直す必要がありますし、早急に水の魔道具用の交換の魔石を作る必要がありますね。」
「そうですね。 三日後にはウチの最初の馬車が来ますから、まずはその時までにできるだけ多くの水の魔道具用の交換の魔石を作っておく方が良いかもしれませんね。」
僕は家に戻って、組合での話を全員に伝えた。
「確かにそういう問題があったんだなぁ。 俺は、リネの作った水の魔道具はこの領地以外での使用は禁止されていると、買う人に伝えればそれで良いと思っていたよ。
それだけではダメで、対策を取らなければいけないなんて考えてもいなかったよ。」
アークはそう言ったが、それは僕も同じだ。
「でも、だとしたら今までに渡してしまった水の魔道具はどうするの?」
リズはすぐに問題に気がついたようだ。
「うん、魔石を交換しなければならなくなった時に、持って来てもらって、水の魔石を交換する必要があるな。
とりあえず次の組合の馬車が来るのが三日後ということだから、その時に水の魔道具用の交換の魔石を出来る限りたくさん作って持って行ってもらって、その魔石がこっちに戻ってきたら、今までの水の魔道具の魔石を交換することになるな。
だから、この三日間は僕とリネは水の魔道具用の交換の魔石作りに専念することになる。 リネ、分かった。」
「はい、了解です。」
「あの私は、それをしなくて良いのですか?」
リネは簡潔に了解と言ったが、フランが自分も水の魔石用の交換の魔石を作らなくても良いのかと聞いてきた。
「フランにも本当は作って欲しいのだけど、僕がそっちに回ってしまい、アークは魔石を作っている余裕がないから、今までの交換用の魔石はフランが1人で作ることになるから、組合に納めなければならない数、ギリギリしか作れないんだよ。 フランは悪いけど目一杯今までの交換の魔石を作って。」
「はい、分かりました。」
「配った水の魔道具の魔石の交換時期に、水の魔道具用の魔石が間に合うかが、ギリギリのところかもしれない。 間に合わなかったら、次回の交換の時になってしまうな。」
「カンプ、サラさんに言われたのだけど、リネが作ったんじゃない、今まで使っていた水の魔道具はどうするの?
サラさんが言うには、一家に最低2つは水の魔道具があるそうよ。 今までは片方を誰かが持って町に行って、新しい水の魔石をつけてもらっていたと言うことだから。 火の魔技師さんは大体月に一度程度の割合で来てくれていたけど、水の魔技師さんは来てくれないから、そういうことになっていたらしいのだけど。
調理器は私たちのに取り替えるように促したのだけど、水の魔道具の今までのはどうすれば良いのかとサラさんから聞かれたわ。」
エリスの言葉で、その問題もあったのかと気がついた。
「うーん、普通にいらないなら、使っているミスリルの量で買い取ってしまえば良いと思うけど、水の魔道具として欲しいということだったら、調理器と同じ扱いにするしかないかな。 ただし、それは水の魔道具用の交換の魔石が届いてからということにして、今の時点では待ってもらうように頼むしかないかな。
あとで交換しなければならない水の魔道具をこれ以上増やしたくないし。」
「分かったわ。 サラさんにもそう伝えておくわ。」
「で、カンプ、キーは新しいのをもう考えたんだろ。 それで水の魔道具用の交換の魔石に付ける印はどうするんだ。」
アークが聞いてきた。
「それなんだけど、今までの交換用の魔石には店のマークを入れてあるだろ。 だからその脇に、リネの家紋の一部を入れたらどうかと思うのだけど。」
「あの、そんなよろしいのですか?」
「うわぁ、リネ、ちょっと私羨ましいかも。」
「うん、いいんじゃない、カンプと私とアークの家紋の一部が店のマークになっているのだから、水の魔道具用の交換の魔石にリネの家紋の一部を入れるのは、筋が通っていると私も思うわ。」
「分かった。 そうすることにするよ。」
交換の魔石にマークを入れるのは、最初の頃からずっとアークの仕事になっているから、アークがそう言って了承した。
「とにかく、問題はこの地に魔技師がいないことなんだ。 今現在は仕方ないけど、魔技師をなるべく早く増やす必要があるな。」
「そうですね。 これはちょっと計算外でした。
もう少し人口を増やすペースを速める必要があるのかもしれません。」
ダイドールがそんなことを言い出した。
「とはいえ、そんなに急に食糧増産も、住宅を作ったりもできないから、やっぱり地道に人を増やして行くしかないね。」
「そうだぞダイドール、焦ってもダメだ。 少しづつ着実に進めないとな。」
ターラントがダイドールを抑える言葉を言った。
「でも、何だかんだと結局忙しいわね。」
リズはここのところなんとなく影が薄いのだけど、実はエリスが雑貨屋のことで忙しいので、食事の準備はリズが中心になってほとんどしているのだ。 まだこの地に慣れていないこともあり、食事の準備は結構大変だったりしているのだ。
僕たちは次の日、とりあえず魔道具の登録をしに、組合に行った。
登録した魔道具は、基本の水の魔道具、木を植えるために作った少しづつ水分が滲み出る魔道具、サイホンの原理を利用して間欠的に水を地面に供給する牧場用に作った魔道具、それから暖かいシャワーの出る魔道具も一応登録した。
「もう4つも新たな登録ですか。」
支部長さんにちょっと呆れられてしまった。
そしてダイドールはラーラたちを迎えに町に行った。
 




