雑貨屋開店
予定通り次の日には雑貨屋の馬車が昼過ぎにやってきた。 御者は以前にエリスやリズに付き添ってくれていた人だ。 これからも雑貨屋の馬車は、基本的には今の所二週間に一度こっちに来てくれることになっている。
運んできてもらっているのは、雑貨の類と内陸部になってしまうこちらでは手に入らない食材、つまり海の魚や海藻などが多い。 砂漠を二日間も通ってくるのだから、魚は干物、海藻も乾燥して重さと体積を減らしたモノなのは当然だが、それでも南の町は港町ということで、海の物を食べ慣れている僕たちには嬉しい荷物だ。
それ以上に重要な売り物がある。 それは塩だ。 この砂ばかりの内陸部では塩を手に入れ難い。 この領地の人たちが手に入れるのに苦労していたのが、水の魔石と塩なのだ。 どちらも今までは町まで行かないと手に入らず、片道3日かけて定期的に町まで誰か代表者を買いにやって手に入れていたものなのだ。
領地の村の各家庭には、まだ水の魔道具を1つづつ配っただけだけど、これから他の火の魔道具なんかも徐々に僕らのところの魔道具に替わっていけば、魔石を買うのは組合で用が足りるし、塩は雑貨屋で買える。 領民の生活の上でかなり負担になっていた、魔石と塩を手に入れるための町行きは無くなって、楽になるし、いつでも簡単に手に入るから、無理に買い溜めをしたりする必要もなく便利になることだろう。
ま、1つには塩を商品として置いておけば、必ず雑貨屋に足を運ぶだろうという考えもある。 足を運んでもらわないことには、収穫物を持ってきて売るという行為に結びつかない。 それでは人を増やせないし、今までの領民の収入が増えることもなく、領地の発展に繋がっていかないのだ。
雑貨屋には昼前からもう、早めに昼食を取ったエリスとフランとリネだけでなく、サラさんもやって来ていて、馬車が来るのを待っていた。
「お待たせしました、お嬢様、じゃなかった奥様。 ただいま到着しました。」
「ご苦労様。 1人で砂漠の道を来るのは寂しいし、大変だったでしょう。」
「いえ、こいつと一緒ですから、寂しいなんてことはないですし、そんなに大変というわけでもなかったですよ。 中間点には立派な小屋も作られていましたし。 あれも旦那様たちが作っておいてくださったのですね。」
「思っていたより楽に来れたのなら、良かったわ。 いくら昨晩は小屋で休めたとはいえ、疲れているでしょ。 店の奥には、あなたが休んだり、泊まったりできる場所も作ってあるわ。 まだお昼ご飯食べてないでしょ。 中に用意してあるから、食べたり休んだりして。 ううん、荷物は私たちが下すから大丈夫よ。 リネ、案内してあげて。」
エリスは1人でここまで旅して来た御者さんを労い、休むように勧めてから、
「さあ、まずは荷物を馬車から下ろしましょう。 そうしたら、カンプは馬を馬車から外して、牧場に連れて行って世話してあげて。」
馬車を案内して来たダイドールが言った。
「あの、エリス様、馬は私が世話をします。」
「ダイドール、ありがとう。 でも、良いのよ。 これは領主としての仕事ではなくて、雑貨店としての仕事だわ。 本来なら私とカンプだけがするべき仕事ですもの。 馬の世話はカンプがするべきだわ。」
「ですが、領主が自ら馬の世話までするなんて。」
「あら、今のカンプは領主でも子爵でも、カンプ魔道具店の店主でもないわ。 今のカンプは雑貨店の次期店主よ。 そして私は雑貨店の現店主の娘で、次期店主の妻。 そういう立場なんだから、私がここで店の荷物を整理したり、カンプが馬の手入れをするのは当然のことなのよ。
カンプがここの領主だったり、子爵なんて立場を持っていて、私がその夫人なんて立場を持っていたって、今の仕事の立場はそれとは違うわ。 違う仕事なのに、別の仕事の立場でふんぞり返ったりするのは間違いだと私は思うの。
ダイドールは、領主の家臣なんだから、その立場の仕事を進めて。」
穏やかだけど断固とした口調でエリスに言われたダイドールは、それ以上抗弁できずに去って行った。
僕は馬車から馬を外して、馬を連れて牧場の方に歩いて行った。 まずは馬の汗を拭いてやり、水を飲ませてやらなくっちゃ。
僕が馬の世話を終えて雑貨店に戻ってみると、店の前に馬車から下ろした荷物はすでに倉庫に仕舞われたらしく1つもなくて、店の中の棚や台の上に並べられている所だった。
「随分と色々な物があるのですね。 これらの値段をみんな覚えないといけないのですよね。」
サラさんがちょっと不安そうにエリスに聞いている。
「うん、最終的には覚えて欲しいのだけど、急には無理だし、紙に書いて表にして、値札とは別に会計のところに貼っておくことにするから大丈夫。 毎日の仕事をしているうちに自然と覚えちゃうから心配することないわ。」
フランとリネも心配だったのだろう。
「そんなものなのですか。」
「うん、何も心配することないよ。
とりあえず今はそれぞれの商品に値札を付けるのに集中して。」
僕の顔を見たエリスは、また僕に仕事を言いつける。
「あ、カンプ、戻って来たの。 そしたら一度家に戻って、売り物として作っておいたカンプの火の魔道具と、リズの光の魔道具、それとアークのトイレの魔道具を取って来て、ここに並べるから。」
うん、僕の奥さんは人使いが荒い。
「あ、私が一緒に行って、手伝います。 私の水の魔道具はもう持って来てありますから。」
リネが僕を手伝って運んでくれることになった。
「来てくれたお客さんに、調理器の魔力が切れたら、ここにその調理器を持ってくれば魔石一個の代金で新しい調理器に交換出来ることを伝えてくれないかな。 それと交換した時には、新しい調理器の使い方をちゃんと教えてあげて。」
僕は魔道具を持って来て棚に並べた後、そう言うとサラさんが困ったように言った。
「あのカランプル様、私はこれらの魔道具の、いえ実を言えば家の方でいただいた水の魔道具の使い方もなんですが、使い方がよく分かりません。」
「ああ、そうだよね、サラさんはこれらの魔道具は知らないものね。 調理器は、ここの休憩場所にも置いてあるから、後で教わってね。 基本は他の魔道具も同じだから、それが分かれば他も使えるから。 今は休憩場所で御者さんが休んでいるから、後でになっちゃうけど。
それよりもサラさんも、僕のことは『カランプル様』ではなくて、『カンプさん』で十分だからね。 今の僕は領主ではなくて、雑貨屋店員だから、見てて分かっただろうけど、ここでは僕よりエリスの方が偉いんだしね。」
「カンプ、何を言っているのよ。 サラさん、私のことも『エリス様』じゃなくて、『エリスさん』と呼んでね。
カンプ、基本は他の魔道具も同じと言っても、トイレの魔道具は実際に見てみないと説明は無理なんじゃない。 あれは複雑だから。」
「それもそうか、それじゃあサラさん、外に出て一回このトイレの魔道具を使ってみよう。」
サラさんはトイレの魔道具にとても驚いていたが、
「これがあると、砂漠の旅でも女性も困りませんね。 この村の女性たちは、町に行ってみたいのですけど、トイレに困るので敬遠してしまう人って結構多いのですよ。」
そんなことを言っていた。
「ところでカンプさん、先ほど調理器の魔道具の魔力が尽きたら、魔石一個分の値段で新しい調理器に交換するという話でしたが、それでは大損なのではないですか?
こちらで売られている調理器は魔石を3個も使っていますよね。 それに値札を見れば、それに相当する値段になっています。 交換だとそんなに安くて、それで良いのですか。」
「うん、ちょっと考えるとそうなんだけど、僕たちが売っている調理器は、魔石は今までのより2個多く使っているけど、ミスリルの使用量は新たに開発した線のお陰でずっと少ないんだ。 だから交換する調理器から回収できるミスリルが結構なお金になるから大丈夫なんだ。」
「それなら良かったです。 それであと気になったのですが、私たちの村には一ヶ月ちょっと毎に一度、4人の火の魔技師さんに来てもらっていたのですが、その方たちとは問題にならないのでしょうか。」
わっ、大変だ。 そうだ忘れていたけど、僕たちの調理器を使っていない人のところでは当然だけど定期的に火の魔技師さんが来ているはずだった。
「サラさん、その人たちの名前と住まいは分かるかな。 それが分かれば僕たちの方で対処するから。」
「はい、家に戻れば、父はちゃんと分かると思います。」
「それじゃあ、それをきちんと聞いて来てくれるかな。 よろしくお願いします。」
「はい、分かりました。」
「それで、ちょっと気になったのだけど、4人の魔技師さんが一度に来ていたのだよね。」
「はい、砂漠の道を来るのは大変ですから、4人揃っての方が危険もないですから。」
「でもさ、調理器の魔力が無くなるのって、それぞれの家で時期が違わない?」
「はい、ですから私たちの村では、魔技師さんたちが来てくれる時期に合わす様に調理器の使い方を調整しています。 それに魔力が残っていても、次に来るまでは持たないでしょうから替えてもらってしまったりとか。」
「えーと、それじゃあサラさんから村のみんなに伝えてもらえるかな。 調理器を使うのを節約するのをやめろと言う訳ではないのだけど、これからはいつでも気軽に魔石を取り替えられる様になるので、普通に使って無くなったら持って来てくださいって。 流石に全部の家の分の調理器を作って在庫でここに置いておくのは大変だから、できればあまり重ならずに順番に交換に来てくれるとありがたいからさ。」
「はい、分かりました。 みんなに伝えます。 そうすると一番最初に交換するのはきっとウチですね。 いつでも足りなくて大騒ぎなんです。」
僕はサラさんに調べてもらった魔技師さんたちに、次に町に行った時にダイドールに交渉してもらうことにした。
雑貨店の売り物を持って来てくれた御者さんは、一晩休んだだけで戻って行った。
まだこっちの村でどんな物が売れるのか分からないから、お試しの状態だし、戻る時に持っていってもらう荷も、僕とリズの書き込んだ火と光の魔石しかない。
この村から町に持っていって、売れるモノを何か見つけることが一番必要だな、と僕たちは最初から考えている。
御者さんに水の魔道具を、使ってもらう様に1つ渡したのだが、その時に僕たちの店で扱う水の魔道具は、僕の領地の中でしか使えないということを説明した。 その時に、村の人たちやサラさんに、そのことをきちんと説明していないことに気がついた。
ちょっと焦って、サラさんにそれを説明し、水の魔道具を売る時には必ずその事を説明する様にと注意した。 うーん、僕からも改めて、村の人に一度説明する必要があるな。
一応、今日が雑貨店の正式な開店日という事で、村長が近くの数人を連れて見に来てくれた。 収穫物も持って来てくれた。
「これらのモノを良い値で買い取ってくれているが、その値段はどうやって決めているのかな?」
村長がエリスに尋ねている。
「今は、町での値段そのままで、それぞれの物を買い取っていますが、やはり町とは獲れやすさに差がある物もあるようですから、少し様子が掴めたら、ここで取れ易い物は少し安く、取れにくい物は少し高くという風に、少しづつ変えていこうと思っています。
そうでないと、取れにくい物を作っている人に不公平になってしまいますから。」
「なるほど、買い取るというのも、なかなか考えないとできない事なのだな。」
「ま、今のところは買い取った物はほとんど私たちが食べてしまうのですが、これから人が増えて、買い取る量も増えて来たら、今度は買い取った金額に少し上乗せして、ここでそれを売ったりもすることになります。
今、何も載っていない台のスペースは、そのためのモノなのですよ。」
「なるほどのぉ。」
村長が感心してエリスの話を聞いていると、
「お父さん、みんなもこれを見て。」
とサラさんが注目を集めて説明を始めた。
「これがカンプさん、領主様たちが作っている新しい調理器なの。 今の調理器の魔力が尽きたら、それをここに持ってきて、魔石一個の値段でこれと交換することになるから、よく見ていって。」
そう言って、サラさんは調理器の説明を始めた。 うん、サラさんは有能な店員になりそうだ。
組合のとりあえずの建物は予定通り、きっちり三日で出来上がった。
やはりそこら辺は、組合の土の魔導師たちはさすがのプロなのだろう。
支部長さんと会計さんを残して、彼らは町へと戻って行った。
「やれやれ、仕事をしてもらっているのですから、こんな言い方をしては罰当たりなのですけど、どうも本部の人に監視されている様で、居心地が悪かったのですよね。
やっとこれで何も気にする事なく自由に話したりできます。」
支部長さんだけでなく、会計さんも脱力した息を吐いていたから、同じ気分だったのだろう。 東の組合は僕たちの魔石を一手に引き受けているから、組合本部の目が厳しいらしい。
「面倒な管理を引き受けてやっているだけなのに、なんなんだ。」
と組合長が憤慨していたもんなぁ。




