組合支部
たぶんかなり早い時間に中間点を出発して来たのだろう、組合の馬車は3台で昼過ぎにはもう着いた。
「えーと、支部長さん、随分と早く着きましたね。 中間点からここまでは6時間くらいはかかりますから、朝随分と早く出て来られたのではないですか?」
「やあ、カランプル君、こんにちは。 まだ何だか支部長さんと言われると照れくさいですね。
まあ、確かに朝早くに出て来ました。 日が落ちる前に、私たちが休める場所を作らないといけませんからね。」
「エリスたちと今日休んでもらう場所を用意していたのですけど、僕たちもまだこっちに広い建物は作っていないので、狭い場所で申し訳ないのですけど。」
「いえいえ、お構いなく。 私たちは自分たちで全て賄える様に用意して来ていますから。
それに一応組合の規則で、カランプル君たちの世話になる訳にはいかないのですよ。 ま、建前なのですけど、組合はそれぞれの土地の領主からも独立した存在である。 その独立を疑われる様な行動は厳に慎まなければならない、っていうのがあって、それに抵触してしまうのですよ。」
ここで支部長さんは声を潜めた。
「今回は、建物を作るのに組合本部の土の魔技師が来ていますからね。 余計に何か疑われる様な行動はできないのですよ。」
なるほど、色々と面倒な事情があるものだと僕は思った。
「話に聞いていて、私たちも利用させていただきましたが、中間点の小屋は助かりました。 きちんとマットのあるベッドやシャワー室まであるのにも驚きましたが、一番は小屋の周りに木が植えてある事ですね。 砂漠の真ん中であんなに育つ木があるのですね。」
「はい、流石に今まではこの道を通る人が少なかったので無理だったみたいですが、これだけ人の行き来があれば大丈夫じゃないかと植えてみたんです。 実はやはりシャワー室を作ったことが大きかったみたいです。 リズとエリスのわがままでシャワー室をアークが作らされたのですが、有ればやはり使うと気持ちが良いので、木の生育に使われる排水の量がどうやらずっと増えて大きくなったみたいです。 最初は一本だけのつもりだったんですが、これなら大丈夫だろうと小屋の快適さを上げるために4本に増やしたのですよ。」
「なるほど確かにそうですね。 乾いた砂の砂漠の道で1日過ごすと、水を浴びれるならばやはり浴びたくなりますね。 私たちも、ほら会計の彼女が一番に使って、それから私も含めてみんな次々と使っていましたよ。」
軽く指さされた会計さんは、毎日の様に顔を合わせて気安くなっているエリスと話していた。
「あ、そうそう、その木なんですが、この地ではそれぞれの建物から出る排水で、その木を育てるのが決まりの様になっているんですよ。 組合の建物も種をお渡ししますので、よろしくお願いします。 それで、それに合わせた下水や排水の施設の作り方があって、それはアークの方から説明します。」
「はい、わかりました。 よろしくお願いしますね。 組合の土の魔技師には私からも伝えておきましょう。」
支部長さんは組合の土の魔導師の方に歩いて行った。 組合の土の魔導師はすでにダイドールと組合の建物に使う土地の確認をしていた。
組合の土の魔導師は、すぐに後から組合の職員の宿舎となる建物の最低必要となる部分から作り始めていた。 とりあえず今晩泊まる場所を確保するのが先決だからだろう。 何かしら手伝いが必要かと思ったが、どうやら手出し無用の様だし、とりあえず現時点では僕たちが近くにいると支部長さんは逆に気を使わなければならないみたいなので、僕はとりあえず隣の建物に行く。
組合の隣の建物は、もうとっくに出来ている。 敷地は組合よりも広くとっているけれど、今はまだ小さな建物だ。 何の建物かというと、とりあえずエリスが開く雑貨屋だ。 まだ雑貨屋で物を買うような人が本当に少ないから、小さな店だが、ダイドールとターラントの計画では、将来的には東の町にある百貨店並みの大きな店を作る予定となっている。 その為の広い敷地だ。
今は店の中で、エリスの指示でアークが棚だとか、台だとか、机だとか、店としての必要な備品を作っている。 というか作らされている。
「あの、エリス様、収穫物を持って来た人をここに連れて来たのですが、それでよろしかったでしょうか。」
サラさんが、誘った人が収穫物を持ってきてくれたようだ。
「はい、サラさん、早速ありがとう。 でも、様じゃなくて、普通にさん付で呼んでくださいね。 雑貨屋の店長に様付けじゃおかしいでしょ。」
エリスはサラさんにそう言うと、収穫物を持って来てくれた女性の方に向いて言った。
「収穫物を売りに来ていただいて、ありがとうございます。 あなたも私を呼ぶ時は普通にさん付けで呼んでくださいね。
それじゃあ、サラさんに仕事の仕方を教えながら買取させていただきますね。」
エリスは帳簿のつけ方など、買い取る時に店員がしなければいけないことをサラさんに教えている。
「買い取る金額がいくらになって、その2割が税金になるので、渡せる金額がいくらになりますと、売りに来てくれた人に必ずしっかりと伝えてね。 私はそういう誠実さは大事にしたいの。 適当なところだと、渡す金額だけしか言わなかったりするのだけど、そういうことはこの店では決してしない。」
「とりあえず買い取る金額は、今は町でと同じにするけど、ここでの仕事がある程度軌道にのってきたら、ここの実情に沿った値に変えていきましょう。 今はまだ、買い取る値段というのは変化していくモノなのだということを知っていてくれさえすれば良いわ。」
エリスの説明を真剣な顔をして聞きながら、サラさんはたどたどしく帳面をつけたりしている。 うん、あれだけ真剣なら、すぐ仕事を覚えそうだ。
売りに来た女性も、興味深そうに2人のことを見ていて、収穫物の替わりにお金をもらうと、なんとなく照れ臭げな表情をした。
「こんな風に買取ますから、また売りに来てくださいね。 それから今はまだ何も置いていませんが、明日には荷が届いて、色々と売り物もある様になりますから、次の時にはそれらも見て行ってくださいね。
サラさんは明日からは店員として、お願いした時間はここに来てくださいね。 明日は売り物の荷が届きますから、それらのことをお教えしますから。」
今日のところはサラさんも一緒に帰って行った。 多くの領民が明日からここに来てくれる様になると良いのだけど。
「それにしてもエリス、何だか手慣れていて、貫禄を感じたよ。」
脇で見ていたアークがそんなことを言った。 そう言えばアークは雑貨屋の仕事をしているエリスを見るのは初めてかも知れないな。
「アーク、何言ってるのよ。 手慣れているって、当たり前じゃない。 私はこれが本来の職業よ。 本職だもの、慣れてて当然よ。」
「そうだよな、そうなんだよな。 どうも俺はエリスは帳簿をつけたり、組合と交渉したりしているイメージばっかりが強いんだよ。」
「まあ、アークはそうかもな。
僕にとっては珍しくもない、見慣れたエリスの姿だけどね。」
「もう、そんなことは良いから、店内の内装をきちんと整えてしまいましょうよ。
カンプは邪魔だから、他に行って仕事してて。」
エリスに追い出された僕は、考えていたことがあったので、リネを連れて家に戻った。 フランとリネも雑貨店を手伝うことになったので、雑貨店開店準備の手伝いに来ていたのだった。
「カンプさん、それで相談て何ですか?」
「リネが作ったシャワーの水の魔道具ってあるじゃん。」
「はい、でも、あれは私が作った訳ではなく、昔からある魔道具ですよ。」
「えっ、そうなの。 僕は中間点の小屋で使わせてもらって、結構感動したのだけど。」
「今、町では水を浴びるなら、風呂に入りますから。 昔、風呂があまり普及していなかった時代には、普通に使われていた道具らしいですよ。 私も砂漠の旅をするからと思って、何か便利な物がないかと少し過去の水の魔道具を調べていて、これは使えるかなと思ったのですけど。」
「そうなんだ。 昔からある物なんだ。
でもさ、昔の物には、単純に水を出す魔道具もそうだけど、魔力を貯める魔石を使ったものはないよね。」
「それは、そうです。 魔力を貯める魔石はカンプさんオリジナルなのですから。」
「ということはね、リネの作った水を出す魔道具も、シャワーの魔道具も、そして昨日アークと一緒に作った牧場の水遣りの為の魔道具も、みんな新しい魔道具なんだよ。
今日、組合の人が来て、これからはここにも組合があるから、ちょっと落ち着いたらリネも魔道具の登録に行かないといけないね。」
「え、私、今まである魔道具に魔力を貯める魔石とお知らせライトを組み込んだだけですよ。 それに牧場の水遣りの方は、私はただ水が出る部分作っただけで、あとはみんなアークさんが作ったのだし、アイデアはカンプさんですよ。 それなのに私が登録をするのですか?」
「うん、もちろん関わっているみんなの名前も一緒に登録することになるのだけど、みんな水の魔道具だから、主開発者として名前が載るのはリネになるよ。」
「良いんですか、私が主開発者として組合に登録されるなんて。」
「もちろんだよ。 ただ、リネの開発した魔道具は国王陛下との約束で、この領地の中でしか使うことが今のところできないのだけど。」
「いえ、そんなことは関係ありません。 私の作った魔道具が組合に正式に登録されて記録されるなんて、夢みたいです。
私、水の魔技師としての将来は諦めていて、自分が魔道具を作って、それを登録するなんて夢のまた夢でしたから。
カンプさん、本当にありがとうございます。 私、カンプ魔道具店に入れてもらえなければ、自分の作った魔道具を登録してもらえるなんて、絶対にありえませんでした。 本当に、本当に、ありがとうございます。」
「いや、魔道具を作ったのはリネなんだから、そんなに僕に感謝することはないよ。 だから、すぐに登録してもらうことになるのを覚えておいてね。」
「はい、わかりました。 本当に嬉しいです。」
リネは本当に泣きそうな顔をして喜んでいる。 もし隣にフランがいたのなら、きっと抱き付いて喜びを表していたことだろう。
「えーと、リネ、登録の話はわかってもらえたと思うから、次に行くよ。 相談の本番はこれからだよ。
リネはシャワーで水を浴びるのも良いけど、温かいお湯を浴びれたら、もっと良いと思わない?」
「あ、分かりました。 カンプさんはシャワーの魔道具に火の魔石も組み込んで、お湯のシャワーにしようというのですね。」
「うん、そう。 なかなか察しが良いな。」
「でもカンプさん、シャワーの魔道具は魔石から水が出る時にシャワー状になって水が出ることが普通の水の魔道具と違うところなのですけど、その水の魔石の近くに火の魔石をつけて、水の魔石から出ている水を温めようとしてもちょっと難しいと思うのですけど。」
「とにかく色々実験してみようよ。」
この後、雑貨屋の仕事を終えたアークも巻き込んで、色々工夫をして温かいシャワーの魔道具は完成したのだが、僕が最初に考えていたモノとは全く別物になってしまった。
リネの懸念の通り、シャワーの魔道具の水の魔石の近くに火の魔石を付けて温めたのでは、全く上手く水が温まらなくて、手も足も出なかった。 試しに、水の魔石から出る水を管に通し、その管の途中に火の魔石を付けて温めたら、水を温めることが出来た。 それはそれで、新たな風呂の水の貯め方になるかなとは思ったのだが、それではシャワーにならない。 仕方ないので、管の先にジョウロの先をつけてシャワーにした。 うん、使うのはシャワーの魔石ではなく、普通の水の魔石になった。
僕は普通に手に持って簡単に運べる程度の魔道具をイメージしていたのだけど、出来上がったモノは、管がついて、その先にジョウロの先があって、水の量の調整するスイッチと火の強さを調整するスイッチも付いた、何だか大きな魔道具になってしまった。
持ち運びする大きさではなくなったし、ただでさえ、水の魔石、火の魔石、お知らせライト、そして魔力の魔石を使うことになって高価になるのに、スイッチの類も複雑化して、うん、これは原価が高くて売れないな、と思った。
しかし、僕は1つ思った。 シャワーの魔道具って、シャワーとしてじゃなくて、作物への水撒き用の道具としても売れないかな、と。
夕暮れ時になって、僕は組合の工事の進捗状況を見に行った。
良かった、たった半日の工事だが、最低限眠ったりすることの出来る宿舎の建物の一部は出来ている。 一晩程度過ごすなら、我慢の範囲内だろう。
「なんとか野宿はしないで済みました。 まあ、やれやれです。」
「やっぱり組合の土の魔導師さんは優秀なんですね。 作業が早いです。
それで食事とかは大丈夫ですか?」
「それも大丈夫です。 当座の分は用意して持ってきましたから。 それにあの調理器も百貨店で買って、持ってきましたからね。 中間点の小屋の時から大活躍してますよ。」
支部長さんはニヤリとした顔でそう言うので、僕も笑ってしまった。
「ところでカランプルくん、この新しい町作りは、どうしてこの場所を選んだのですか。ここはま元々の村がある場所よりも風が当たるのではないですか。 そもそもなんで村の風下側に町を作ろうとしなかったのですか?」
「いえ、ここで僕たちが町を作って、建物や木で風を少しでも遮れば、風下側になる村はいくらか暮らしやすくなると思って。
それに今はまだ取り掛かってないのですけど、色々落ち着いたら、もっと風上側にたくさん木を植えて、風と砂を防ごうって計画しているんですよ。」
「なるほど、自分たちのことより、領民のことを考えて選んだという訳ですか。 カランプル君たちは、良い領主ですね。」




