村長
僕たちの着いた目的地は、村とも呼べない様な小さな集落だった。 着いた場所が本当に目的地かどうかに自信が持てなかったのだが、その場所には確かに王都からの代官が住んでいた。
「あなた方が、今度ここの領主となるブレイズ子爵一行ですね。 視察、ご苦労様です。
とはいえ、せっかく視察に来ていただいたのですが、この通り何もない所です。 領地は大変広大なのですが、全て細かい砂の砂漠でして、本当に何もありません。
村と呼べるかどうかも怪しいのですが、領地の中にここと同程度の集落が近くにあと二つあります。 どこも人口は60人を超える程度しかいませんので、近いこともあり、ここと合わせて3つの集落で、1つの村として今までは扱っていました。 ま、これからは子爵領の領民ですから、それはもうどうでも良いのですが。
そんな訳で、私の代官としての仕事もほとんどなくて、ほぼ住民の管理だけでした。 それらの資料は代官屋敷の机の上に纏めてありますので、後ほど目を通してください。
あと、今回、ここに子爵様方が滞在するにあたり、この様な場所ですので、宿がある訳でもないので、とりあえず今回の滞在先としては村長宅でお世話することになっています。 こちらがその村長です。
なお、これで私はこの場を離れて王都に戻りますので、代官屋敷の方も何もありませんがご自由にお使いください。
それでは失礼いたします。」
代官だった男は、僕たちに何も言わせる暇を与えず、あっと言う間に用意してあった馬車に乗り込んで、僕らがやって来た道を戻って行ってしまった。
「なんだか慌ただしい人だったね。 結局僕は一言も声を出すこともなかったし、あの人の名前さえ、聞かなかったな。」
「ほんとね、まあ、名前くらいは書類の署名を見れば分かるでしょうけど、ちょっとびっくりしたわ。」
僕たちが風の様に気がつけば去って行った代官に気を取られていると、
「あの、子爵様方、よろしいでしょうか。」
もうそろそろ老人になるかな、という感じの人に声をかけられた。
「あ、すみません。 あの代官さんにちょっと驚いてしまって、どうも失礼しました。」
「私、子爵様方のお世話をすることになりました。 ここの村長です。
とりあえず、この場では暑いので、私の家にご案内します。」
案内された村長の家は、砂の丘を掘って、半分は地上、半分は地下という様な形の家だった。 村長の家の前面には大きな木が2本生えていて家に当たる日を遮っていて、村長の家はなんだかとても快適そうな家だった。
僕たちは中に案内され、ちょうど木の影になっていて窓から木漏れ日が入ってくる気持ちの良い応接室に通された。 僕たち4人とフランとリネは直接応接室に来たのだが、ダイドールとターラントは、馬と馬車のカタをつけてから来ることになったので、ちょっと遅れている。
村長さんが2人が来るまで、まずはお茶でも、ということになり、僕らはお茶をいただいている。 そんなに待たずに2人もやって来た。
2人がお茶で喉を潤してから、村長がちょっと居住まいを正して話し出した。
「あらためまして、私がこの村と呼んで良いかも分からない小さなここの村長をしております、ワイズと申します。 お見知り置き頂けると嬉しいです。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。
この度、この地方の領主に任命されることになった、カランプル_ブレイズといいます。 こっちは妻のエリスです。
一応、子爵という爵位を国王陛下より頂き、今も実は慣れない貴族の格好をしていますが、つい最近まで普通の庶民でしたので、僕のことは爵位で呼んだりせずに、普通に名前で呼んでいただければ嬉しいです。」
「えーと、それではブレイズ様とお呼びすればよろしいでしょうか。」
「あ、家名呼びもなしの方向で、僕は自分の家名を知ったのもつい最近のことで、あまり慣れないのです。 カランプルの方でお願いします。 それから出来れば『様』もやめてほしいのですが。」
「いえ、それでは示しがつきません。 では、カランプル様と呼ばせていただきます。」
「あの私はただ単に妻なだけですから、せめて『さん』の方向で、なんなら呼び捨てでも構わないのですけど。」
エリスもそんなことを言ったのだが、
「奥様ももちろん『様』に決まっています。 エリス様と呼ばせていただきます。」
「はい、わかりました。」
ワイズさんに強い口調で言われて、エリスはちょっと怒られた様な感じで、了承した。
それらのやり取りをやれやれという感じで見ていたアークが次に自己紹介した。
「俺は、アウクスティーラ_ハイランドという。 爵位は男爵で、ブレイズ家の寄子ということになっている。 俺の名前は呼びにくいからな、普段はアークと呼ばれているので、あなたもそう呼んでくれれば良い。」
「はい、了解しました。 アーク様でよろしいのですね。
ところで、今、家名をハイランドと仰いましたが、もしかしてアーク様はハイランド家と縁続きの方なのですか。」
「ああ、俺の実家がその伯爵家だ。」
「ハイランド家と言えば、私らでも知っている元からの4伯爵家。 その様な方を、気軽に名前、それも略した形でお呼びしたりしてよろしいのでしょうか。」
「ああ、全く構わないよ。 寄親のカンプ、いや子爵のことを普段はそう呼ぶのだが、カンプが、さっきの様に2人揃って、なんなら呼び捨てでも構わないというのに、寄子の俺がダメだなんて言える訳ないじゃないか。
それに、元からの4伯爵家というなら、俺だけじゃないし・・・」
アークの言葉の途中で、リズが割り込んだ。
「あら、それなら私も先に名乗っておくわ。
私は、エリズベート_グロウヒルといいます。 これからよろしくお願いします。
私も女ですが、国王陛下より男爵の爵位をいただいています。 そしてアークと同じ様にブレイズ子爵家の寄子となっています。
私も普段はリズと呼ばれているので、そちらで呼んでいただければ嬉しいわ。」
「はい、リズ様とお呼びさせていただきます。
リズ様も家名がグロウヒルということは。」
「ええ、その伯爵家が実家なの。」
「これはまた。」
「いや、ワイズさん、それを言うなら、カンプの家名のブレイズも、今は直系が絶えて伯爵家が無いが、元からの4伯爵家の裔だぞ。」
「いやはや、なんとも高貴な方々がいらしてくれたのですね。」
僕は慌てて言った。
「ワイズさん、だから僕はつい最近まで、ただの庶民だったと言ったじゃないですか。 確かにアークとリズは元から伯爵家の貴族ですが、そんなことは関係なく、庶民だった僕たちと一緒にいてくれた人たちなのです。 高貴だとか、貴族だとか、身分だとか言われると、僕はどうして良いかわからなくなってしまうのです。
ですから、どうかそういうことは無しでお願いします。」
なんだか呆気にとられた表情をしていたワイズさんだったが、僕の言葉に
「はい、カランプル様がそうおっしゃるのでしたら。 私たちも気にしない様に致します。」
と言ってくれた。
自己紹介は続く。 次に誰がするかで、無言の譲り合いがあった様だが、
「私はダイドール_ゲーレルです。 末端貴族ですが、今はブレイズ子爵の家臣候補です。」
「私はターラント_ゲーレルです。 同じく家臣候補です。」
「家臣候補ですか?」
「はい、今回のこの視察に同行しまして、その働きを評価していただいて、子爵様方にご満足いただけたら、正式に家臣とさせていただくことになっています。
ただ、私たち2人はもう家臣にしていただくつもりですし、もしダメでも領民にはしていただくつもりで、こちらに家財道具一式今回一緒に運んで参りました。」
「なんと、それではこの村に住人が確実に増えたということですな。」
「はい、そうなります。 よろしくお願いします。」
うーん、もうこれは断るという選択肢がないなと僕は思った。 エリスを見ると、「そうですね。」という同意の顔をしているし、アークは「良いんじゃね。」という顔をしている。 リズは自分の関係者だったから、少し2人とは違った感じで「仕方ないわね。」という顔をした。
「うーん、もう合格にするよ。 ダイドール、ターラント、2人にはこれからは正式に僕たちの下で働いてもらうことにします。」
「はい、ありがとうございます。 子爵家家宰としてこれから領地の発展に努めます。」
「誠心誠意、お仕えする所存でございます。」
改めて2人が家臣の礼をとった。
「2人とも、そういうのは無しで。 普通に接してね。」
僕は釘を刺した。 ちょっと苦笑されてしまった。
「私はフランソワーズと言いますが、普段は単にフランと呼ばれています。」
「私はリオネットで、リネとかリネットとか呼ばれています。」
「私たちも一応貴族の出なのですが、私たちは家名を名乗ることを許されていません。」
「それで私たちなのですが、カランプル子爵たちが経営しているカンプ魔道具店の店員です。 私たちもカンプさんたちにくっ付いて、近い先にはこちらに移住することになりますので、どうかよろしくお願いします。」
ワイズさんはちょっと驚いた様子で僕に尋ねてきた。
「カランプル様、ちょっとお尋ねしますが、今回の視察の後は、こちらのダイドールさんとターラントさんが代官として赴任するということではないのですか?」
ああ、ワイズさんは、試験も兼ねて視察にダイドールさんとターラントさんを連れて来たと聞いて、てっきりこの2人が今までの様に代官になるのだと勘違いした様だ。
僕は最初から説明した。
「ワイズさん、新米貴族が国王陛下より領地を拝領すると、その拝領した貴族は最低5年その領地に基本的に居住して、領地の繁栄を図らねばならないという決まりがあるのです。 ですから僕たちも王都での正式な式が終わった後となりますが、こちらに移住してくることになるのです。」
「カランプル様ご夫妻をはじめとした皆様が、こちらに移住して来られるのですか。」
「はい、そういう決まりですので、そうなります。」
「それでは、皆様と、それに使用人の方たちもこちらにみえるのですね。」
「あ、僕たちは貴族といっても使用人を使っている様な大きな貴族ではないんです。 本当に単なる庶民がただ貴族の称号をもらったというだけなので、使用人はいません。」
「ちょっと安心しました。 一瞬多くの使用人の方々がお仕えしている様な光景を目に浮かべてしまいました。 この様な片田舎にその光景はどうしようかと考えてしまいました。」
「はい、そんなことにはならないのでご安心を。
ただ、ご安心をと言っていてすぐに別の心配をさせる様なことを言うので心苦しいのですが、先ほどこちらの女性が話していたとおり、僕たちはカンプ魔道具店という店を運営しています。 ちょっとだけ大きく商売をしていますので、そちらの仕事の関係で、たぶんもう何人かはこちらに来ることになります。 それとその仕事の関係で、魔技師冒険者組合の支部がこちらに出来ることがもう決まっています。 ですので、その組合関係の人も増えますし、組合にほぼ毎日の様に荷物の行き来がある様になると思います。」
「そんなにも人が増えるのですか。」
「はい、えーと、今言った人数は当座の最低限でして、とりあえず最低それだけは増えてしまうと思っていただければ良いと思います。」
「いやはや、ここは捨てられていた様な場所ですから、それだけでも大きな変化でなんだか目が回りそうです。」
「すみません。 僕たちはこの地のことが本当に分かっていないので、ワイズさんの力に頼ることが多いと思います。 僕もここの領主になったからには、この地の発展に尽くしたいと思っていますので、改めてぜひよろしくお願いいたします。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。
この歳になり、村長などという半ば年功制の役職について、何事もなく終わっていくのだろうなあと思っていたのですが、私にもまだ少しは役割が残っていた様です。 村が、この地が少しでも発展するのは私どもの願いでもあります。 カランプル様、私も一生懸命尽くしますので、何でも仰ってください。 出来る限りの協力はもちろん惜しみません。」
「ありがとうございます。 一緒に少しでも発展させていきましょう。」
ダイドールが声をかけてきた
「カランプル様、私とターラントは今から少し代官が使っていた家を調べてきたいと思います。 私は残された書類を軽く調べたいと思いますし、ターラントは家を調べて、私どもがとりあえず過ごせる様に改造したいと言っています。
カランプル様たちの住まいは、今後新たに作らねばならないと思っておりますが、私たち2人はとりあえず、代官のいた家を使いたいと思います。 そうすれば、ターラントの魔力を他に振り向けられますから。
それではとりあえず失礼します。」
2人は部屋から出て行った。




