決闘
思っていた通り、貴族局ではシャイニング伯の僕に対する決闘申し込みを有効なモノとして正式に認め、決闘の日時・場所・条件などを伝えてきた。
日時は二週間後、場所は王都の、今では本来の目的にはほとんど使われていない、由緒正しき決闘場で行われることになった。
条件は一対一の戦いであるならば、なんでもありだ。 ただし、相手を殺してはいけない。 殺してしまった時だけは罪に問われるが、それ以外は相手が降参を申し出るか、意識を失って戦闘不能になるかのどちらかで勝敗が決するまで戦いは続けられることになっていた。
僕は戦い方が魔法のみに限定されるならば、条件を拒否しようと思っていたのだが、さすがにそんな限定はついてなかったので、貴族局で伝えてきた内容を了承した。
決闘が行われることが公式に発表されると、思っていた通り、もの凄く大きな話題となった。 その決闘が行われる理由も、貴族局の発表では僕がシャイニング伯を侮辱した為となっていたが、それを司法局の法官さんが理不尽なこじつけであると公式に表明したので、より一層注目を集め、きっかけとなった契約の内容までが多くの人の知るところとなった。 何しろ、司法局の公式な記録の中に、その契約内容のコピーがあるのだから、シャイニング伯としても隠しようがない。 そんな訳で、多くの人々はシャイニング伯を非難することとなったのだが、シャイニング伯はそんなことは少しも気にならなかったようだ。
僕はその決闘までの時間を、攻撃用の魔道具を作ることに使った。 最初は気になっていた風の魔石で何かできないかと考えて、風で吹き飛ばすような魔道具ができないかと考えた。 フランに相談してみると、風の魔導師の攻撃方はほとんどがカマイタチだとのことだが、それではちっとも見ている人にはインパクトがないからだ。
それで荷物運び用の魔道具を作ろうとした時のように、風を発生する魔石を杖の先に付けたモノを作って見たのだが、今一つ風に威力がない。
それならば、その風に僕の火の魔石も組み込んで、熱風が出るようにしたらと思って作ったら、大失敗だった。 出る風がかなり熱くなっていなければダメだろうと、筒の奥で風の魔石で風を起こし、その風が筒から出る前に火の魔石で熱くすることを考えたのだが、作ってみたら確かに凄い熱風が吹き出たのだが、その筒自体が熱風が吹き出る方向と反対に凄い力で押されて保持できないのだ。 実験だから、風の出る量も少なく、熱し方も大したことない調子で行ったから良かったが、最初考えた感じで作っていたら、杖が吹っ飛んでどうなるものか分かったものではなかった。 実験を繰り返せばどうにかなりそうだったのだけど、今はそれだけの時間がないので諦めた。
結局あまり時間がないので、僕は組合の過去に作られた魔道具の記録の中から見つけた、実用性がほとんどなくて知られていない魔道具を参考にして、攻撃用の魔道具を作った。
決闘当日、僕は決闘場の下見をしておかなかったことを後悔した。
決闘場とはとても大きな建物で、中央に20m四方くらいの広場があり、その周りをぐるっと観客席が取り巻いているのだ。 全部で5千人くらい集まっていて、観客席には貴族席もあるのだが、王族の席まであり、なんと陛下自らも決闘を観戦するのだ。
まさかこんなに大掛かりな舞台だとは思っていなかった。 僕はせいぜい数十人が見ている中で行われるのだと、勝手に思い込んでいたのだ。
ま、今となってはもう仕方ない。 とにかくしなければならないことをするだけだ。
時間が来て、僕は決闘場に出て行く。 控え室ではエリスもリズもアークも陽気な調子だったのだが、いざ出て行くときにはみんな心配そうな顔をした。
「ま、勝利は疑ってないけど、それでも気をつけて行って来いよ。」
アークが一生懸命気楽そうな調子で僕を送り出してくれた。 女性二人は声が出ないようだった。 ちなみにおじさんや組合長たちなど、親しい人はみんな観客席に来てくれているはずだ。
僕は決闘場に出て行った。 僕の格好は全身を真っ黒なマントというかローブというか、とにかく全身を見えないように包んでいる。 持っている杖を最初は見せないで、戦いの時に急に見せるという、観客受けを調子にのって考えた結果だ。 観客から歓声が上がった。
僕が出て行って、すぐに今度はシャイニング伯が優雅な足取りで、反対の控室から出てきた。 格好はこれぞ貴族といった感じの白を基調とした煌びやかな衣装だ。 シャイニング伯は一瞬僕の方を見て、ニヤッと笑った気がした。 シャイニング伯は会場中からブーイングを浴びている。
決闘を仕切る係なのだろうか、それとも立会人と言った方が良いのだろうか、貴族局の人が会場に静かにするようにと告げる。
会場が静まったと思ったら、王族の席に陛下とその護衛や側近が現れた。
陛下に対し、僕は前に教わった礼をしただけだが、シャイニング伯は礼をした後で陛下に口上を述べた。
「これは陛下、この様な場にご臨席いただき、光栄の極みでございます。」
それに対して陛下が口を開いた。
「シャイニング伯よ。 そなたに問おう。 今からでもこの様な決闘はやめようとは思わないのか。」
「これは陛下の言葉とも思えませぬ。 貴族が一度口にして正式に認められたことを、なぜその場になって引っ込めることができましょうか。
まあ、私としても、決闘などという行為は本意ではありません。
ここにいる決闘の相手、カランプル_ブレイズが私に謝罪し、そもそもの契約に署名すれば取りやめることもやぶさかではありません。」
「カランプル_ブレイズ。 そなたはどうなのだ。」
「はい、陛下。 私は決闘などということをしたいとは思っておりません。 ただ私はシャイニング伯を侮辱した覚えはありませんし、理不尽な契約に署名しようとも思いません。 私の言動が侮辱には当たらないこと、シャイニング伯より申し入れられた契約が理不尽なモノであることは、司法局の調べで証明されています。 それなのに、貴族局でこの決闘が認められたことが、私には不思議で仕方ありません。
でも、それであっても、私は自分に覚えのない罪と、理不尽を受け入れることは、矜持が許さないので、この場におります。」
「確かにこの貴族局の決定には、余も不満がある。 しかし、決定されてしまったことを覆すことは、余がこの国の国王であってもしてはならないことだ。
だが、少し口を挟ませてもらおう。 決闘は仕方ないとして、決闘後に勝った者が受けとるとする報酬にあまりに開きがあり過ぎる。
カランプル_ブレイズよ。 そなたが勝利した時に欲するのは、シャイニング伯に対して侮辱などしてないことを認めることと、二度とシャイニング伯がその様な契約を迫らないという二点で良いのだな。」
「はい、それだけを望んでいます。 その二点が問題でこの事態になっているのですから。」
「シャイニング伯、そなたの欲するのは、カランプル_ブレイズの謝罪と、契約書の署名で間違いないな。」
「はい陛下、間違いありません。」
「その条件ではこの決闘を、余は認められん。
シャイニング伯、この条件ではそなたが勝った場合、実質カンプ魔道具店を手に入れることになるが、カランプル_ブレイズが勝った場合、実質得る物がない。
それでは互いに同じ条件で戦っているとは言えぬ。 その様な貴族としてあるまじき条件の決闘は王として貴族に許す訳にはいかぬ。 シャイニング伯。 貴族として恥ずかしいとは思わぬのか。」
シャイニング伯は、考えてもいなかった王の言葉に戸惑っていた。
貴族席では、ざわざわと小さな話し声がする。
今までは貴族はシャイニング伯を応援する雰囲気だったのだが、王の言葉でシャイニング伯から距離を取ろうとし始めた感じだ。
「陛下、私は決闘の相手が、もしも勝利した場合、つまり私が負けた時のことなど、全く注意が向いておりませんでした。 確かに、これは貴族としてあるまじき、恥ずかしき失態でありました。 ここに貴族の名誉を傷つけたことを、陛下および他の貴族の方々に深くお詫びいたします。」
「で、どうするのだ、自分の不明を恥じて、この決闘を取りやめるか?」
「いえ、それは私の矜持が許しません。」
「どうしても、この決闘は行うということか。」
「はい、それは貴族として譲れません。」
「仕方がない、それではせめて同じ条件にするが良い。
カランプル_ブレイズが勝った場合は、王都光魔導師組合はカンプ魔道具店のモノとする。
この条件なら対等であろう。 どうだ、シャイニング伯、何か言いたいことはあるか?」
「とんでもございません。 陛下が私の不明を正してくれたのです。 私に何の不服がありましょうか。」
陛下は会場の人全てに向けて言った。
「聞いていたであろう。 余としては、この様な決闘は避けたいと思っていたのだが、双方の決意は固い様なので、シャイニング伯が貴族として恥ずかしくない条件に変更だけさせることにした。
貴族局よ、これは問題にはならないな。」
「はい、陛下の意向を、シャイニング伯も認めましたので、カランプル_ブレイズが勝利した時の条件は正式に変更した上で、この決闘は行われることとします。」
シャイニング伯は余裕のある雰囲気ではあるが、少し顔つきが変わった。
決闘を始めるために僕とシャイニング伯は、広場の中央に少し距離をとって向かい合った。
立会人が決闘の始めの合図を出そうとした時、シャイニング伯がそれを止めた。
「決闘を始める前にちょっと時間をいただきたい。」
シャイニング伯はそう言うと、僕にと言うより会場に向かって語りかけた。
「カランプル_ブレイズよ、そなたがその格好の中にどの様な武器を隠し持っているのかは知らん。 だが、どの様な武器を持っていたとしても、それは無意味なことなのだ。 これを見よ。」
そう言うとシャイニング伯は右手を上に挙げ、それを振り下ろしながら、声を出した。
「雷光!!」
シャイニング伯が手を振り下ろした方向の地面に雷が落ちて、一瞬会場全体をとても明るく照らした。 会場がどよめいた。
「見たか。 我は、決闘が始まった瞬間に、これをそなたに放つ。 なに、死にはしない程度に威力は抑えてやるから安心しろ。
だが、始めの合図と共に、そなたはこれを喰らうのだ。 何もする暇はないぞ。 今ならまだ間に合う。 今この時点で降参せよ。」
僕は答えた。
「ご忠告は感謝しますが、降伏する意思は全くありません。」
「会場の者、聞いたであろう。 我はチャンスを与えたが、この愚か者はそれを拒否した。 あとは戦うのみ。」
シャイニング伯は嫌な笑い顔をした。 会場は静まりかえっている。
立会人は、緊張からかゴクンと唾を飲み込んでから、高い声で叫んだ。
「は、始め。」
僕は即座にもうスイッチを入れて作動させてあった吸収の魔道具の杖の吸収の魔石がついた先を、着ているモノの隙間からシャイニング伯の方に向けて差し出した。
シャイニング伯は宣言通り、即座にさっき見せた魔法を放ってきた様だ。
「雷光!!」
会場ではあちこちから悲鳴が上がったが、次の瞬間、沈黙が訪れた。
何も起こらない。
シャイニング伯は何が起こったのか分からないという顔で、もう一度同じことをした。
「雷光!!」
また何も起こらない。 シャイニング伯は急に大量の汗を顔から流した。 いや、顔の汗が見えているだけで、全身に汗を吹き出したのかもしれない。
観客も何が起こっているのか分からずに、沈黙している。
その沈黙の中、もう一度シャイニング伯は声を出す。
「雷光!!」
そしてもう一度、今度は真っ青になり振り絞る様な格好で、
「雷光!!」
と叫んで、魔法を放ったが、やはり何も起こらない。 次の瞬間シャイニング伯は地面に倒れ、四つん這いになった。
僕は正直驚いていた。 吸収の魔道具である杖に付いている魔力を貯める魔石はレベル2の魔石が3個付いている。 レベル2の魔導師ならば、最低は二日でレベル2の魔石に目一杯魔力を込められる程度の魔力量だ。 レベル3の魔導師の魔力量は最低がその倍なので、1日でレベル2の魔石を一杯にできる程度だ。
そこから2個の魔石を満たせる程度がレベル3の魔導師なのだが、シャイニング伯は4回の雷光の魔法で、2個の魔石を満たしてみせた。 なんとまあ、魔力を馬鹿食いする効率の悪い魔法だとも思ったが、最初に地面に撃った無駄撃ちが無ければ、3個目の魔石にも魔力が半分入るところだった。 レベル3と聞いていたので、いくらなんでも魔石2個で用は足りるだろうと思ったのだが、組合長の無理やりなアドバイスで3個にしといて本当に良かった。
僕は背中に冷や汗をかいていた。
「えーと、今度は僕が攻撃しますね。
僕は魔技師なので、こういう魔道具を作ってきました。」
僕は上に着ていた物を脱ぐと、片方の杖の先を地面に向けてスイッチを入れて動かしてみせた。 地面の上には黒い細い線が描かれている。
「やはり先人には面白いことを考える人がいて、僕にもなんでこんな物を作ったのかちっとも分からないのですけど、火の魔石で石を切る道具なんです。
石の形を整えるのなんて土属性の魔導師に頼めばすぐに出来るのに、なんでそんな魔道具を作ったのですかね。
ま、とにかく、僕はその魔道具の回路を基にして、この魔道具を作りました。
石でも切れますから、人間も切れると思うんです。 それでは攻撃させていただきます。」
僕がシャイニング伯の方に近づいて行くと、シャイニング伯は焦って叫んだ。
「待て!! 近づくな!! 我の負けだ。 降参する。」




