狼狽と安心
あまりの言葉にシャイニング伯を呆然とみんな見送っている。
「カンプ、ごめんなさい。 私の家のせいでこんなことになって。
もう店なんていいわ、あなたの命には代えられない。 シャイニング伯に詫びて、店の権利を渡しましょう。」
リズが青い顔をしてそう言った。
「カランプル_ブレイズ、私としてもこんなことを言うのは、不甲斐ないのだが、今の言葉を支持せざる得ない。
私から見てもシャイニング伯の言い分は難癖も良いところで、法の下に考えれば、決して通ることではない。 だが、いくら司法局でそう判断しても、決闘となれば話は別だ、これは貴族の名誉をかけて行い行為ということで、司法局は介在できず、貴族局の管轄となる。 そして、貴族局では身分が下の者が上の者に対して決闘を申し込むのは禁止しているが、上の者が下の者に申し込むことは禁止していない。 そして、それは余程理不尽な理由でない限り認められる。
私としては今回の件は、本当に理不尽だと思うので、貴族局にそう申し立てる決心をしているが、貴族局では今回の件は決闘が認められる可能性が高いのだ。」
僕はちょっと疑問点を解消することにした。
「えーと、僕は庶民ですので、貴族のことは詳しくないのですが、貴族が僕の様な庶民に決闘を申し込むことってあるのですか。
僕は庶民の誰かが貴族と決闘したなんて話を聞いたことがないのですが。」
「貴族が庶民と決闘することはない。
庶民は保護する対象であって、貴族が庶民と決闘するなどとなれば、その貴族は物笑いの種となるし、そんなことを言い出した時に、貴族としての自覚が足りないと、貴族の籍を失う可能性が高いだろう。
しかし、カランプル_ブレイズ、お前はこの名前からしてもはっきりしているが、家名持ちである。 家名持ちは爵位がなくとも準貴族として扱われ、庶民ではない。」
「なるほど、それでシャイニング伯は僕のことを『幸いにも家名持ちだ』と言った訳ですね。」
「その通りだ。」
「もう一つ質問しても良いですか。」
「聞こう。 私に答えられることならば答えてやろう。」
「法官様は先程、理不尽な理由だがこの申し込まれた決闘は貴族局で認められるだろうとおっしゃったと思いますが、違いますか。」
「その通りだ。」
「法官様が理不尽だと考えるのに、なぜそれが貴族局では認められるだろうと考えるのですか。」
「これは言いづらいのだが、はっきり言おう。
シャイニング伯は貴族としてそこそこ人気があるのだ。
良い悪いは別として、貴族から落ちるギリギリから一代で這い上がり、今回のことでは間接的にではあるが、そなたの隣にいる者の実家、グロウヒル家に立ち向かっている形になる。
グロウヒル家は名門中の名門。 そこに新興貴族が立ち向かうという構図に見えれば、ことの善悪を無視して面白がる貴族も多いということだ。
それでもいくらシャイニング家とは言っても正面からグロウヒル家に挑戦することは、事が大き過ぎて難しい。 そこにそなたという、恰好の相手を見つけた訳だな。 そなたの家名がブレイズというのも良い。 もう無くなって久しいが、その家名も名門中の名門だからな。」
「なるほど、シャイニング伯にしてみれば、僕という存在はとても都合の良い存在に見えた訳ですね。」
「ま、そういう事だ。
貴族の決闘などというと、自分の身も危険に晒して名誉を守るという体だが、実際はほとんどが上の地位を持つ者の方が大きな魔力を持つので、申し込むのは自分のやりたいことをゴリ押ししたい貴族が使う手だ。
それでも現状防ぐ手立てがない。 故に私もそなたの連れの意見を支持するのだ。」
法官さんは親切心から言ってくれているのだなと理解した。
「ありがとうございます。
確かに魔力を持っているとはいえ、魔技師でしかない僕では魔力量ではシャイニング伯に太刀打ちできるはずもありません。 とはいえ、このままこの理不尽な契約書に署名するのも僕の矜持が許しません。」
「それではそなたは負ける事が分かっていても、決闘を受けると言うのか。」
「はい。 僕にはその選択しか残っていません。
それに少なくとも一矢は報いてやります。 勝負は蓋を開けてみるまで判りません。」
「そなたの決心は理解した。」
「それで一つお願いがあるのですが。」
「なんだ、とりあえず聞くくらいのことはしよう。」
「ありがとうございます。
あの使いとしてやってきた男なのですが、私に署名を迫る態度が何て言うか、慣れている感じがしたのです。 もしかすると私たち以外にも、同様の契約を迫って、無理矢理契約した店などがあるのではないかと思うのです。
司法局として、そういった違法とも思える契約が他にもされていないかどうか調べていただけたら嬉しいのですが。」
「分かった。 この件は請け合おう。
また、この件は、私の名誉にかけて、ことの理不尽さを私から貴族局に証言する。
私にもそなたと同じ様に法官としての矜持があるのだ。
この意味はそなたにも理解してもらえるだろう。」
「ありがとうございます。 しかし、そこまでしていただくのは。」
「言ったであろう。 私にも矜持はあるのだ。」
帰りの馬車の中、リズは重く沈み込んでいて、声をかけようとするのだが、
「今は何も言わないで。」
と僕の言葉を聞こうともしない。
結局沈黙の中、僕たちは家に戻ってきた。
心配して司法局に行くのに付いて来ようとしたエリスとアークだったが、行ってもただ待っているだけだからと、こっちに残しておいたのだが、やはり心配だったのか家で待っていた。
「で、カンプどうなったんだ?」
アークが僕に聞いてきた。
「うん、司法局では僕たちの言い分が通って、まあ、全面勝利かな。」
アークはホッとした顔をちょっと見せたのだが、リズの様子がおかしいので、で、これは何故という顔をした。 そこで僕は続けた。
「司法局では勝ったのだけど、そうしたら、シャイニング伯が決闘を申し込んで来た。」
その言葉を言った途端、リズがエリスに抱きついて、大声で泣きながら言った。
「エリス、ごめんなさい。 私にせいで、私の家のせいで、カンプは決闘しなければならなくなった。 いくらなんでも命までは取られないと思うけど、きっと大怪我はするし、たぶん私たちの店も取られてしまうと思う。 本当に、本当に、ごめんなさい。」
リズはエリスに抱きついて、身を震わせながら泣いている。 顔も見せられた物じゃない。 エリスはリズを強く抱きしめながら蒼白な顔をしている。
「カンプ、店を乗っ取られるのは仕方ない。 それで済むなら、それで決闘を回避できないのか。」
アークも青くなって慌ててそう言った。
「貴族が庶民と決闘なんて聞いた事がない。 あっ、そうか、カランプルは家名を名乗る様になったから、貴族の決闘の対象になるのか。」
おじさんが頭を抱えた。
「まさか、家名を名乗ることを陛下に許された事が、こんなことになるなんて。」
おばさんも椅子の上で呆然としている。
「カンプ、あなた、自分のことなのに、何そんなに落ち着いているの?」
エリスが僕にそう言った。
僕はみんなを見回してから言った。
「みんな、とにかく落ち着いて。 そんなに悪い事態じゃないから。
僕としてはかえって今までより安心しているんだ。
エリス、リズを椅子に座らせて、おばさんと一緒にお茶を淹れてくれないか。
とりあえずお茶でも飲んで落ち着こう。」
僕が冷静な口調でそう言ったので、エリスは僕の言葉に従ってくれて、おばさんを促して一緒にお茶の用意をしてくれた。
みんながお茶を飲んで、とりあえず僕の言う事を冷静に聞けるだろうと思える様になってから僕は話始めた。
「まず最初に、リズ。 今回の事態は、お前やお前の家のことだけが原因じゃないから落ち着けよ。 あの契約書の内容からしたら、僕たちの利益を狙っていることも当然じゃないか。 光の魔道具に関しても口実なんだよ。」
「確かにその通りだね。 あんな一方的な利益を要求する契約を迫るんだから、最初から乗っ取りを図っていると言うことだろうし、目的は光の魔道具に関してだけではないだろう。」
アークも即座にそう言って、僕の言う事を肯定した。 リズが自分を責めているのを可哀想に思っているからだろう。
「ま、相手の思惑はともかくとして、僕にとってはシャイニング伯が決闘を言い出してくれたのは、本当に都合が良かった。
ああ、良かった。 安心した、というのが本音だよ。」
「おや、カランプル、それは一体どういうことだい。」
おじさんが疑問を口にした。
「僕たちが一番恐れていた事態を完全に回避できたからですよ。
僕たちが一番恐れていたのは、暗殺というか不意打ちというか、いつどこで誰が襲われたり拐われたりするか分からないということだったんです。
まあ、貴族が相手ですから、そんなに分かりやすい方法はとってこないと思ったので、一番考えられるのは、魔法による不意の襲撃かなと考えていました。 そしてそれを避けるために僕たちは外に出る時には常に魔力を吸収する小さな魔道具の杖を目立たない様に持っていました。
それが決闘をするということになれば、シャイニング伯はわざわざそんなことはして来ないでしょう。
それに、一部の貴族の思惑はともかくとして、シャイニング伯が僕に決闘を申し込んだと聞けば、庶民や冒険者は絶対に僕の方に付いてくれると思うので、外で物理的な攻撃をされることはより一層考えづらくなり、安全になりました。
そういうことです。」
「それは確かにシャイニングにしてみれば、公に堂々とカンプを叩きのめして目的が達成できるなら、後ろ暗い事をするより余程メリットがあるからなぁ。
でも、シャイニングにとってはそうでも、カンプお前にとってはどうなんだ。
確かに決闘の時以外は安全になるけど、決闘自体はどうなるんだ。 決闘が避けられないとお前は最低大怪我、そして店は乗っ取られるぞ。」
「まあ、普通はレベルが4近い3の貴族と、単なる魔技師では勝負は火を見るよりも明らかなんだけど。 きっとシャイニング伯もそう考えるからこそ、決闘などという事を言い出したんだと思う。
僕は法官さんの前ではせめて一矢は報いますと言ったのだけど、本当は全く負けるつもりはないんだ。」
「えっ、どういう事。」
リズが希望を見いだした様な顔と声で僕に聞いてきた。
「どういうことって、だって負ける訳ないじゃん。
決闘でシャイニング伯は、僕に対して当然だけど魔法で攻撃して来るよね。 シャイニング伯の強みは魔力なんだから。 それに貴族は魔力の強さが絶対と思っているでしょ。」
「そんなの当然のことじゃない。 それ以外何があるというの。」
「それなら僕だけじゃない、アークだって、リズだって、なんならエリスだって負ける訳が無い。」
「私でも負けないの。 エリスでも。 エリスは魔力ないじゃ無い、どうすんのよ。」
「いや、だって、みんな魔力吸収の杖持っているでしょ。 組合長に言われて、レベル2の魔石使って強化しているから、その杖でレベル4の人の魔力まで吸収できるよ。 シャイニング伯はレベル4に近いレベル3の魔力量でしょ。 余裕で全部吸収できるよ。 シャイニング伯の攻撃なんて全く怖く無いよ。」
「そうだった、俺たちみんな組合長に言われて、自分の身を守るために魔力を吸収する魔道具を常に持ち歩いているんだった。 確かにこの杖があれば、シャイニング伯の魔法による攻撃は全て吸収する事ができる。 カンプの言うことがわかったよ。
シャイニング伯は自分の魔法が吸収されて無力化されるなんて事を考えている訳が無いから、この決闘カンプが負ける訳が無い。 そういう事か。」
「うん、だから今回はシャイニング伯が決闘で決着をつける決心をしてくれて、本当に僕は安心したんだ。
ま、攻撃もしないと勝てないのだけど、僕の火の魔法でも最後に使えば勝てそうだけど、折角だから何か攻撃用の魔道具を作って、魔技師であることの派手なデモンストレーションをして、魔技師も捨てたものじゃ無いという事をシャイニング伯に肩入れした貴族に見せつけたいかな、なんて考えているのだけど。」
「うん、それいいな。 とっても面白そうだ。」
決闘で僕がシャイニング伯に負けないということが理解できたから、みんなは急にいつも以上に陽気な様子になった。
それにしてもなんていうか、組合長さまさまだよね。
魔力吸収の杖についてもそうだけど、そもそも魔力を吸収する魔石の回路を秘匿技術にしていることに関しても。
魔力吸収の魔石なんて、パン焼き窯や、百貨店の照明の間に付けられているくらいしかないから、知られていないしね。




