司法局で
司法局からの呼び出し、正確には出頭要請と言うらしいが、去る日の件につき質したい問題があるので、本人及び関係者は出頭されたし、とのことだった。
去る日って一体何時のことだよと確認したら、なんのことはない例の横柄な態度の使者の来た日だった。
考えたくはないけれど、これって組合長が予言していた、シャイニングという伯爵がもっと本気でちょっかいかけてくるっていうヤツなのかな。
僕がそんなことを考えていると、リズとアークも真剣な面持ちで、
「これは完全にシャイニングの嫌がらせだな。」
「そうね。 貴族の権威で脅せばこの店が傘下になると簡単に最初は考えていたんじゃないの。 平民の店だと見下していたから、私たちのこともカンプのことも全く調べてさえいなかったのよ。」
「え、それはないんじゃないか。 ただでさえ貴族の間で、俺のところとお前のところの明かりが話題になって、なおかつ陛下まで見に来たと話題になったんだぜ。 それをシャイニングが知らないはずはないだろ。」
「シャイニングにとっては面白くない事柄だから、余計に無視していたんじゃない。 特に私とあなたの所だから、シャイニングとしたら気になっても、無視の態度を取らないと。」
「そうだな、シャイニングの家と俺たちの家は完全に反発しているから、互いに一切無視って感じだからな。 シャイニングにしたら、俺たちの店に関心を持っても、それを周りに知られるだけで負けた気分になるかもな。」
「でもそれなら何で急に今、シャイニングが私たちの店に変な接触をしてきたの?
もう貴族の間で、私たちの家の明かりについてはほとぼりが冷めてきたわ。」
二人の会話に僕もちょっと口を出した。
「あ、僕も組合長に言われて気がついたのだけど、今でもリズの作る光の魔道具は百貨店でコンスタントに売れているじゃん。 その売り上げのかなりの数は、貴族が使いの者に買わせて、手に入れているんじゃないかって。」
「えっ、そうなの。 そんなこと考えてもみなかったわ。」
「いや、本当かどうかは解らないよ。 組合長はそう考えているっていうだけの話で。」
「いや、カンプ、それたぶん本当だよ。 そう考えれば光の魔道具の売れ行きが落ちない理由も分かるし。 それにきっと組合に魔力を貯めた魔石を交換のために買いに来る人の中に、貴族の使用人らしい感じの人が増えているんだよ。 それで組合では気がついたんだと思うな。」
「でも、そんなことにシャイニングが簡単に気がつくかしら。 私たちでも気づかなかったのに、シャイニングが気づくとは思わないわ。」
「うん、俺たちが儲かっているのを知っているのも、俺たち以外は組合と徴税局くらいだろうしな。」
「えっ、私たちって目をつけられるほど儲かっているの?」
「違うのか? だって俺たち普通の魔技師の何倍もの給料得ているし、それでも余っていて店の金が増えているって話だったよね。」
「確かにかなり儲かっているらしいよ。 組合長がエリスが増える店の金に困っているぞと言っていた。」
「確かに困っているわ。 最初は負債ばかりでどうしようかと思ったけど、ここに来て逆転したら、今は増える一方よ。」
エリスも肯定した。
「それはあまり良くないね。 お金は貯めておく必要はもちろんあるのだけど、貯めているだけでもいけない。 ちゃんと使って流通させてあげないと、みんなが潤っていかないからね。」
おじさんがそんな話をしだしたが、よく解らない話だし、今はそれどころではない。
「つまり、儲けに目をつけられたという可能性も薄いということかな。」
僕はそう言って話の軌道を修正した。
「そうね、儲けに目がつけられたとしたら、それは少なくとも目を付けられた後の事だと思うわ。 それにシャイニングのところの一番の商売は王宮や貴族の館の、お知らせ機能がついた照明器具の販売よ。 その魔石の販売をほぼ一手に引き受けていて、その利益独占をしているのよ。 レベル1の魔石を使った魔道具なんて、貴族の使う物ではないという態度よ。 だから、私たちよりも気づかないし、シャイニングの周りの者も私の魔道具なんてシャイニングからは隠そうとするんじゃないかと思うわ。」
「それじゃあ、何でシャイニングは俺たちにちょっかいかけて来たんだろう。 理由が分からないな。 でもきっと何か理由があると思う。 ちょっと実家の方に連絡して調べてみるよ。」
「私もそうしてみるわ。 なんとなくだけど、貴族社会の問題が関わっている気がする。 そうだとしたら、カンプやエリスたちにはとてもすまない気持ちになるわ。」
「そうだよな。 とにかく調べてみよう。」
出頭要請の期日までは2週間の余裕があったから、それまではゆっくりできると思ったのだが、そういう訳にはいかなかった。
次の日には、僕はリズに連れられて、またしても王都のリズ行きつけの店に連れてこられていた。
「リズ、また服を作らなくてはいけないのか。 この前作った服ではダメなのか。」
「あれは王様の前に出るために作った服で、どこかの公式なパーティーにでも出る時なら良いけど、それ以外には使えないわ。 今度は司法局に行くのだから、それに合わせたきちっとした服装をしなければダメよ。 だから出頭するあなたと私は、それに合わせた服を作らなければならないの。」
やれやれ、こういうことは僕にはちっとも分からないからリズの言うとおりにするしかない。
とはいえ、前回に体の寸法などは測ってあるから、今回はカタログを見て、どんな形の服にするか決めて、あとは生地を選べばそれでOKだから前よりは楽だ。 それにその形を選ぶのも、生地を選ぶのもエリスとリズの意見で決まる訳だから、僕がここに来た意味はないんじゃないかと思う。
ちなみに僕だけ新しい高級な服を作るのは気がひけるので、エリスにも服を作ることにした。
「作っても着る機会がないよ。」と言って少し遠慮したエリスだけど、僕が新しく作るのだから、同じように作って欲しいと言うと嬉しそうに作ることにした。
「カランプル_ブレイズ様、こちらでゆっくりお待ちになってください。 女性の服選びはとかく時間の掛かるものでございます。」
エリスとリズが自分たちの服選びにかかると、僕は一人で暇を持て余した。 今回アークは王都に着くと「実家に寄ってくる」と言って離れてしまったのだ。 きっと情報収拾に行ったのだろう。
僕は洋服店の店主さんが僕に声をかけるのに家名までしっかりと口にしたことに気がついた。
「あれっ、今、僕の家名まで口にしていただきましたが、前回は家名は使わなかったはずなのに、何でご存知なのですか。」
「はい、あの後、陛下自ら、カランプル様、エリズベート様、今日はお見えでありませんがアウクスティーラ様に家名を名乗ることを許されたとお聞きしましたので。」
「はい、そのとおりなのですが、店主さんは様々な情報に詳しいのですね。」
「いえいえ、そんなことはありません。
カランプル様たちのことは、陛下が直々に許されたということで、話題になりましたから、ほとんどの人がカランプル様たちのお顔は知らなくても、その名前と家名は知っていると思いますよ。」
「えっ、そうなんですか。」
「はい、陛下の言動は常に注目を集めていますから、その時々のことは噂になります。
ましてやカランプル様たちは、陛下と親しくお話をされたとのことですから、大きな話題となりました。 失礼ですが、爵位を持たない方が陛下と完全にプライベートな場でなく親しく接するなどというのは異例のことですから。」
「そうなのですか。 僕はそういうことに疎いので、そんなこと全く想像もしていませんでした。 何だかそんな噂になっていたなんて変な気分です。」
「私どもとしては、そんなカランプル様たちに懇意にさせていただいて、嬉しく思っています。」
うん、洋品店としては話題になっている者が顧客であることは、良い宣伝になるのかもしれないなと思った。
「それはそうと、今度は王宮の照明をカランプル様たちのお店で請け負うとか、お喜び申し上げます。」
「はい? いえ、そんな話は僕たちは知りませんが。」
「おやっ、これは先走ってしまいましたかな。 その様な噂話が広がっていましたから、てっきり事実だと思っていました。 これは失礼しました。」
その日の晩、アークが言った。
「実家に行ってみたら、シャイニングが俺たちにちょっかいを出してきた訳がすぐに分かったよ。 王宮で、今度、照明器具を俺たちに作らせるって話が出ているらしいんだ。
あれ、なんか反応が。」
「アーク、あなただけ帰りが私たちと一緒じゃなかったからなのだけど、その話もうみんな知ってるの。」
「えっ、何で。」
「洋品店の店主さんがそのことが噂になっていると僕に教えてくれたんだよ。」
「えっ、噂にまでなっているのか。 それじゃあ、当然シャイニングの耳にも入っているよな。 なおさら納得だ。」
「こういう面倒を避けるということで、組合長から注意もされていたけど、貴族の家からの注文は全て断っていたのだけどな。 まさか、王宮から注文が入る可能性があるとは思っていなかったよ。」
「それって断る訳にはいかないの。」
「エリス、それは無理よ。 単なる貴族なら、今までの理由で断ることが、まあ無理やりだけど出来るけど、流石に王宮からの注文では断ることはできないわ。」
ま、そりゃそうだよな、と僕も思った。
「今まで王都の照明を独占していたシャイニングにすると、それはプライドに関わる許せない事、という訳か。」
「アーク、それは違うわ。
王宮の照明は、シャイニング家は関わっていないの。 王宮の照明だけはウチが作っているの。」
「そうなのか。 王宮だけは昔のとおりグロウヒル家で照明を担当しているのか。」
「そう。 それだからシャイニングこれを機会に、私たちの店を取り込むことで、王宮にも食い込むことを目論んだのではないかしら。」
「でも、馬鹿だろ。 リズがいるのに何でそんなことが簡単に出来ると思うんだ。」
「きっと私がこの店にいることなんて、知らなかったか、単なる小娘くらいどうとでもなると思ったのではないかしら。」
何だかやれやれって感じだな。
「どっちにしても、私の家とシャイニングの間の確執にこの店を巻き込んでしまったのだと思う。 カンプ、エリス、本当にごめんなさい。」
「別にリズが悪い訳じゃないから、そんなことで謝る必要はないぞ。」
「そうよ、そのシャイニングって人が勝手に私たちの店を利用しようとしたということでしょ。」
司法局に出頭してみると、案の定、その場にはあの尊大な使いとシャイニング伯も来ていた。
担当する法官はまず自分の名を名乗った
「今回の件を担当するコンライト_シラスナという。」
僕は担当する法官に尋ねた。
「一体、僕たちはどういった理由で、ここに呼ばれたのでしょうか?」
僕はもっと物々しい場所に呼ばれるのかと思ったが、僕の予想に反して、ごく普通の机と椅子が用意されたシンプルな部屋に案内され、部屋の奥に法官とその部下らしい人が4人いて、その人たちに向かって左側に僕とリズの席が、右側にシャイニング伯と使いの人の席があった。
「今日は、そこに来ているシャイニング伯から提出された、貴族に対する侮辱についての罪で、そなたたちをここに呼んだ。
ただし、その罪が確定している訳でもないし、その罪を公式に裁きにかけるかどうかも決まっていない。 いわばそれらの前に事情を聞くということだ。」
「さて、僕たちはシャイニング伯を侮辱した覚えなど全くないのですが。」
僕がそう言うと、尊大だった使いがいきり立って言った。
「何を言うか。 我がそなたらにシャイニング伯よりの、我らの傘下に招聘した書類を読みもせずに我を追い返したではないか。 それは伯を侮辱したと当然受け取れる行為だ。」
「確かに、書類を見る前に、あなたは帰りましたが、それは私たちが追い返したのではなく、あなたが逃げ帰ったのだと思いますが、違ったでしょうか。
それに、もしあの時、書類を読んだとしても、その書類に署名することは絶対にありえませんから、あなたとしては同じことではないでしょうか。
法官殿、ここにその時の書類を証拠として持参したので、お目を通してください。」
僕の言葉に怒りで真っ赤になっている使いの者を僕は無視して、法官に書類を手渡して見てもらう。
「確かに、これは酷い。 こんな契約を普通することはありえないな。 カランプル_ブレイズの言うことは筋が通っている。
これを正式に証拠として複写しておくように。 この書類自体はあとで返す。」
「法官、今はその書類の内容を問題にしているのではない。
この身が侮辱を受けたことが問題なのだ。」
「そうです。 我を書類を見もせずに追い返したのが、伯に対する重大な侮辱だと言っておるのだ。」
「ですから、私は追い返してなどいませんよ。
あなたがおかしなことを言って、それに反論されて、次の言葉が出ないで去っていったという認識を私は持っているのですが、それは間違っていますか。」
「カランプル_ブレイズ、おかしなことを言ったとは、どの様なことを言ったのだ。 そこを詳細に申し立ててみよ。」
「はい。 私の店の商品には、魔石の魔力が少なくなるとそれを教えるために点灯する魔石が組み込まれています。 その点灯する魔石は、魔力が少なくなると色が変わる光の魔石の回路を応用して作られています。 あの方は、その技術はシャイニング伯の店の技術であるから、当然のこととしてこの書類に署名せよ、と私に迫ったのです。 しかし、色が変わる魔石の回路の技術はそもそも公開回路であって、誰でも使える技術ですし、それにその技術の開発者はシャイニング家ではなく、グロウヒル家の先祖です。 その指摘をしたところ、あの方は言葉に詰まり、そのまま帰られたのです。」
「嘘をつけ、それだけではなかったではないか、そなたの隣にいる者は、すごい剣幕で我を非難したではないか。」
「それは当然でしょう。 この者にとっては、自分の先祖の功績を、あなたは不法に横取りする様な言動をしたのですから。」
シャイニング伯はここで声を出した。 リズに向かって言った。
「そなた、名はなんという。」
「はい、シャイニング伯。 ご挨拶が遅れて申し訳ありません。
私、カンプ魔道具店で働いております、エリズベート_グロウヒルと申します。 家名でお分かりかと思いますが、現グロウヒル伯の娘でございます。」
部屋の中は静まりかえった。
法官がシャイニング伯に声をかけた。
「おほん、シャイニング伯、本官は今回の件につきまして、このカランプル_ブレイズを貴族に対する侮辱の罪には問えないと考えます。」
「分かった。 今回の告発については取り下げよう。」
僕とリズはちょっとホッとした。
「だがしかし、この者の態度は、先に証拠として書類を提出したり、我が家名に並べてグロウヒルの家名も言葉に乗せたり、我を侮蔑する意志をありありと感じた。
通常の法の下に、それを正せぬのであれば仕方がない、貴族の流儀で正すのみ。 幸いこの者は家名を持っている。 ならば我はこの者に決闘を申し込む。」
それだけ言うと、シャイニング伯は部屋から出ていった。




