縁遠い世界のはずが
貴族の依頼を断る騒動もやっと終わり、ダンジョン用の魔道具の作成もやっと一息つける様になってきた。
僕たちが一息つける様になってきたということは、使う魔石の量が減ってきたということで、エリスは目に見えて減っていく負債の額に喜んでいるが、組合長はぼやいている。
「おい、カランプル、また何か大量に魔石を使うことを何か考えろ。
この頃は買い取った魔石がどんどん溜まるばっかりだ。」
「組合長、何を言っているんですか。
元々は僕は魔石を買うのが大変だから、これを考えたんですから、当然じゃないですか。 それにそんなにポンポン新しい魔道具のアイデアなんて出ません。」
今回は僕の言っていることの方が断然まともなので、組合長も僕を怒れない。 うーん、なんだかすごく嬉しい。
上機嫌で組合からエリスと一緒に帰ってきた僕は、リズに声を掛ける。
「リズ、手伝ってくれている人の中に、風属性の魔技師っていないかな。」
「風属性? たぶんいると思うけど、風属性の魔技師探して何するの?」
「今度は風属性の魔道具を作ろうかと思って。」
「風属性の魔道具を作るってことは、いつも通り魔力を貯めた魔石を使うってことよね。」
「うん、もちろんそのつもり。」
「それじゃあ、人選が大変じゃない。」
「えっ、どういうこと。」
「今までは私たちだけしか、魔力を貯めた魔石のキーを知らないでしょ。
風属性の魔道具を作るには、風属性の魔技師にもキーを教えなければならないでしょ。」
「ああ、そうか。 その問題があったんだった。」
「キーを秘密にできなかったら、組合長に怒られる程度の騒ぎじゃ無くなるわよ。 それこそ大ごとになっちゃうわ。」
「そうか、そういう問題があったのを、すっかり忘れていたよ。 普段あまり気にしたことなかったから。」
「それは私たち3人でやっているからでしょ。 それにそれだから、他にはラーラを除いてまともに魔技師を増やしてないんでしょ。 そのラーラにだって、まだキーを教えてないじゃない。 探してはみるけど、かなり難しいから覚悟しといてね。」
僕はちょっとがっかりした。 新しい魔道具を考える以前の問題だったのだ。
「ところで風属性の魔道具って、どんなものを作ろうと思ったのよ。」
「いや、物をもっと楽に素早く運べないかなって、ちょっと考えているんだ。
今、百貨店に売り物を運び込むのが中々大変だろ。 それに僕らも北の町に調理器を大量に持っていくときはとても大変だったじゃん。 あれをどうにか楽にする方法はないかな、と。」
「うん、確かに、あまり売り物にはなりそうもないけど、物を運ぶのが楽になる魔道具があったら、確かに役に立ちそうね。 でもちょっと風の魔技師というのは難しいわね。 誰でも良いなら、たくさんいそうだけどね。」
うーん、中々上手くはいかないよね。
まあ、とりあえずはできないものは仕方ないと考えて、僕はアークと二人で魔力を貯める魔石を作っている。
アークも一緒にやっているのは、アークの作るトイレの魔道具も、とりあえず一段落したからだ。
リズだけそれに加わらないのは、元々リズの作るダンジョン用のライトの魔道具の方が需要が大きかったし、それに加えて、ダンジョン内では常に使っている道具なので、改良を加えて壊れにくくなったとはいえ、落としたり打つけたりで魔石を割ってしまう事故は防ぎきれていないからだ。 だから修理の依頼と、光の魔石の需要は落ちていない。 それに加えて、少しでも奥まで入ろうとする冒険者は、壊してしまった時のことを考えて、予備のライトを持つ様になった。 それでまたライトが売れた。
地味なところだが、魔力を貯めた魔石を衝撃から守る容れ物というのも売れている。 魔石なんて袋に入れて持っていけば良いじゃないかと思っていたのだが、ライトと同じ様にダンジョン内で打つけたりして割ってしまう事例が多かったのだ。 このケースは、冒険者から相談を受けて、おじさんの店で売り出すことにした。 ただ単に金属のケースの内側にクッションを付けただけの物なのだが、もう冒険者のほとんど必需品の様になった。 雇った土属性の魔技師さんの仕事が、ちょうど減ってきたところだったので、このケースを作る仕事はとても都合がよかった。 しかし、こんなケースなんて、土属性の魔技師ならすぐに誰でも作れそうなのに、他の商品が売り出されなかったのは不思議だ。
「それがね、カランプル、信用っていうことなのだよ。 ダンジョン用の魔道具を作って売っている店の商品だから、安心して買う。 他と同じ値段で、機能も変わらないのだったら、馴染みの店の商品を買う。 それにカンプ魔道具店の魔道具の値段が良心的なことは冒険者に知れ渡っているからね。 誰も他で買おうとは思わない。 そういうことなのさ。 大事にしないといけないね。」
おじさんが説明してくれたけど、いまひとつピンとこないが、まあ、売れたのだからそれで良し。
リズはまだちょっと忙しいけど、僕らはやっと少し怠惰な魔技師らしい生活をやっとし始めた。
そんな時、急に貴族の正式な使者が僕らのところにやってきた。 ま、仕方がないから応対すると、
「驚かないで聞く様に、この度ハイランド家とグロウヒル家の両家は、陛下の御来駕を賜ることになった。
ついては、陛下の御来駕の理由である照明を作製したそなたたちも、その場に待機させておく様にとのお言葉である。
期日は10日後なので、準備を進めておく様に。」
一方的にそれだけ通達すると使者は帰って行った。
「えーと、ハイランド家って。」
「すまん、俺の家だ。」
「て、ことはグロウヒル家というのは。」
「想像通り、私の家よ。」
「そうだよね。 それは分かるけど、今の話だと、僕も国王陛下に会うってことなのかな。」
「ま、そういうことだな。 店主であるカンプが俺たちの中では一番に会わねばならないのは仕方ない。」
「でも、照明の魔道具だよ。 僕じゃなくて、リズの領域じゃん。」
「照明の魔道具とは言っても、魔力を貯める魔石はカンプが考えたものだし、お知らせライトのアイデアもカンプだわ。 そしてあの照明器具を可能にした線はアークが作ったものだし、施工はほとんどアークだわ。 どう考えても私が作った魔道具ではなくて、カンプ魔道具店が作った魔道具、言い換えれば私たちの合作だわ。 それに材料の調達から、販売などの事務仕事は全部エリスがしていて、それもなければ全く作れない。 その意味でもカンプ魔道具店の行った仕事というのが正しい評価だわ。
カンプが陛下に会うのが面倒だからって、私に押し付けようとするのはやっぱり間違っているわ。」
ううっ、反論できない。 自分が避けたいがためにリズに押し付けようとすると、アークとエリスの功績も無視することになるのか。 それにアークは当然出席しなければならないからなぁ。
仕方ない、覚悟を決めて我慢するしかないのか。
「分かったよ。 全員で行くことにしよう。
で、どうしたら良いんだ? 庶民の僕には全くわからない、アーク、リズ、教えてくれ。お前たちの言う通りにするよ。」
「まず一番最初に、全員の服だな。」
「そうね。 とにかく大急ぎで王都の服屋に行きましょう。
さ、エリス、急いで行くわよ。」
「え、リズ、私もなの?」
「エリス、聞いてなかったの。 もちろんよ、当たり前でしょ、私たち全員よ、全員。」
そのまま、馬車をチャーターして王都に向かうことになってしまった。
王都に着くと、リズの案内で、リズの馴染みの服屋へと向かった。
中に入るとリズは大きな声で呼んだ。
「店長さん、いるかしら。」
奥から大急ぎという感じで、初老にかかるかどうかという感じの男性が出てきた。
「これは、エリズベートお嬢様、お久しぶりでございます。」
「ええ、忙しくて、ここに来ている暇がなかったの。
今日は最上級の布から見せていただける?」
「最上級の、ということは。」
「ええ、急に陛下とお会いすることになったの。 10日後なのよ。」
「それはちょっと大急ぎですな。」
「そうなの。 よろしくお願いするわ。」
「了解しました。 こちらにどうぞ。」
「エリス、行くわよ。 アーク、そっちは頼むわよ。」
「ん、分かった。」
「それでは男性はこちらにお越しください。」
僕たちは女性店員に連れられて別室にと向かった。
一週間後に確認のためにもう一度王都の服屋に行き、試着してみる。
生地が最高級だからなのか、それとも仕立てが上手だからなのか、驚くほど着心地の良い服が出来上がっていた。
僕とアークは同じ見た目、色なのだが、生地の風合いがちょっとだけ違う服を作ったのだが、エリスとリズは別物だった。
リズは華やかな黄色の腕が肩から見えているワンピース風のドレスだった。
それに対してエリスはちょっと落ち着いた藤色の半袖のワンピースだった。
「もっと派手派手しいドレスなのかと思っていたのだけど、意外にシンプルなんだな。
でもどちらも似合っていて、綺麗だぞ。」
僕はエリスの格好が、結婚式の時以上に綺麗に見えたのだが、エリス一人を褒める訳にはいかないから、そう言った。
「カンプ、気を使わなくても良いわ。 もっと普通にエリスを褒めなさいよ。
本当、ちょっと悔しくなりそうだけど、エリスは少し着飾ると凄く綺麗に見えるのよね。
これじゃあ、どっちが貴族だかわからないわ。」
「いや、リズも本当に綺麗だぞ。 リズのそういう姿は久々に見たなあ。」
「アークもなかなか良いわよ。
でも今回はちょっとカンプにびっくりよ。 本当に似合っているわ。」
「ああ、俺もびっくりだ。 結婚式の時には服が歩いているみたいで、見られたものじゃなかったけど、今回はとても良いだろう。」
「カンプ、本当にかっこいい。」
エリスにまでそう言われて、ちょっと照れくさかったが悪い気分ではない。
「ま、これなら国王陛下の前に出ても恥ずかしくないかな。」
そんなことを言って、照れくささを誤魔化した。
で、この服の代金なのだが、僕はびっくりして青くなる程だったのだが、リズとアークが平然としているので、きっとごく普通の相場通りなのだろう。
リズとアークが自分たちのせいで引き起こしてしまった件だから、服の代金は自分たちが持つと言ったが、エリスがこれはカンプ魔道具店の必要経費として出すと言って、店のお金から代金を払うことになった。
僕はちょっと心配になって、足りなかったら僕のもらっているお金からと言ったら、エリスはキョトンとした顔で、
「カンプ、このくらいのこと大丈夫に決まっているじゃない。
カンプはこういうことは心配しなくても良いわ。 問題があるときはちゃんとそう言うから、そうでない時は私に任せておけばそれで大丈夫よ。
それに、カンプだけじゃなく、リズもアークも、金銭的なことはどうせ全く分かってないんだから、もうとっくの昔に金銭的なことは全部私が引き受ける覚悟はしているわ。」
そう言われると何も反論できない。 最近はもうリズもアークも通帳をエリスに預けっぱなしになっているし、訳がわかっていないのは僕と変わらない。
「「「よろしくお願いします。」」」
僕らはエリスにそう言うしかなかった。




