組合長とのおしゃべり
組合には、魔石を買ったりというか負債になるのだけど、貰いに行ったり、魔力を貯める魔石を納めたり、その魔力を貯める魔石から上がる利益と負債を確認したりと、ほぼ毎日の様に顔を出さねばならない。
帳簿の確認があるので、エリスが行かねばならないのは当然なのだけど、運ぶ物もあるから誰かしらが付いて行くのが、いつもの事となっている。
結婚式をする前とかは、自由に動き回れなかったのだけど、その後、特に冒険者に向けたダンジョンの魔道具を売り出してからは、組合長にも
「もう、お前らは安全だろう。」
とお墨付きをもらって、気ままに出歩ける様になった。
それまではエリスが組合に行くにも護衛が付いて、その護衛の人に魔石を運んでもらったりしていたのだ。
それで今は僕らの中で、これにはラーラも含まれるのだけど、なんとなく一番暇そうな人物が一緒に行くことになる。
暇そうというと、ちょっと違う気もするな。 自分の属性に伴う仕事に追われていない人が一緒に行く、ぶっちゃけ、その時点で魔力を貯める魔石を作る人が一緒に行くのだ。
リズはダンジョンのライト用と、建物用の光の魔石で忙しいし、アークもトイレの魔道具が好評で、なおかつトイレの魔道具に組み込む土属性の魔石に書き込む回路は複雑なので、1日にアークは3個ほどしか作れなかった為、まだまだ品薄なのだ。 その上、リズの実家と自分の実家に新しい灯を付ける時にはリズと一緒に駆り出されたので、余計に仕事が溜まった。
そんな二人が作っている魔道具にはどれにもお知らせライトの魔石が付く訳だから、ラーラも大忙しになっているのは当然のことだ。
僕はというと、普通の調理器はほぼ行き渡って、おじさんの店で売れたら作る程度だし、ダンジョン用の調理器はほとんど需要がない。 つまり火の魔石を作る必要がほとんどなくて、最近はもっぱら僕が魔力を貯める魔石を作っているのだ。
エリスはエリスで、帳簿の管理に組合に行ったり、百貨店の二階で働いてくれている、魔道具用の細い線を束ねて周りを布で覆ってくれている人や、道具作りを請け負ってくれている土属性の女性魔技師たちの面倒を見たり管理に大忙しだ。
百貨店の二階の作業部屋で働いてくれている女性たちは、それぞれの家庭優先で構わないという契約だから、人によって働いている日や時間がバラバラだったりするし、突発的に来れなかったりすることも多い。 別室に、子供を一緒に預かる部屋を作ったので、少しは前より良くなったのだが、そんな彼女たちの働きにきちんと合わせて給料を払ったりの事務仕事は、かなり大変だ。 最初はみんなその日その日の日払いだったのだが、どういう訳か月払いにして欲しいという要望が増えて、いつの間にかほとんどが月払いになってしまった。ということでエリスの負担はどんどん増えたので、さすがに無理だろうとエリスに事務の人員を増やすことを提案した。
「カンプ、まだ私一人で出来ているのに人を増やすのは勿体無いわ。」
「いや、でもだよ、僕たちに子供が出来て、エリスが今の調子で働けなくなったら、絶対にカンプ魔道具店はどうにもならなくなるよ。」
「あ、確かにそうね。 それは考えなくっちゃいけないわよね。」
エリスは急にニコニコし出すと、事務の人員を増やすことに賛成した。
とは言っても、急に人材が見つかる訳が無い。
「で、カランプル、一番暇なお前がこうして魔石を取りに来て、油を売っているという訳か。」
組合長はそう言って僕をからかってきた。
「暇、っていうことはないですよ。 今までアークが主にやっていた魔力を貯める魔石作りを、アークにその余裕がない今は僕がしなければならないですから。」
と、ちょっとムッとした顔をして僕が組合長に反論していると、職員さんが
「でも、エリスくんは、『私は急いでいますから』と言って、もう組合から出て行っちゃいましたよ。 一緒でなくて良いのって聞いたら、『今、カンプは割と暇ですから』ってそのまま行っちゃいました。」
「ほらみろ、エリスが言っているんだから、確かだよな。」
組合長と職員さんに笑われてしまった。
「それにしても、お前は怠惰な魔技師を目指しているんじゃなかったのか。 暇が出来たのだとしたら、お前にとっては望んでいたことではなかったのか。」
そうだった、僕は普通の怠惰な魔技師になろうと思っていたのだった。 そして暇な時に新しい魔道具を開発したいと思っていたのだった。 なんだか魔道具店を作らされた時からずっと忙しかったから、忙しくなくてはいけない気になっていたよ。
「そうでした。 暇ができたら喜ぶのが普通のはずなのに、おかしいな、どこで間違ったんだろう。」
また二人に笑われてしまった。
「まあ、カランプル君、これからは少しは暇になるんじゃないですか。
魔石の負債も、最近急激に減っていますから、もうすぐカランプル君たちは、何もしなくてもかなりの金額が入る様になってきますよ。 エリス君も君たちをもっと働けとハッパかけることはしなくなるでしょう。」
「そうなんですか、その辺はエリスに全部お任せで、僕は当然ですけど、アークもリズもよく分かってないんです。 一回エリスに無理やり二人はそれぞれの通帳を見せられたのですけど、その時二人はこんなにお金がある筈はないって驚いていましたけど。」
「全くお前らときたら。 それでカランプルは見てどう思ったんだよ。」
「僕はエリスに、僕に見せても無駄だからって二人みたいに見せられてはいないんです。
だから二人以上に知りません。 二人も見ても、とにかくエリスに全面的に任せるからと押し付けて、おじさんに怒られていましたけど、結局そのままですね。」
「カランプル君、今度エリスさんに通帳を見せてもらうと良いですよ。 二人にもそう言ってください。 きっと前に見た時以上に驚きますから。 たぶん、前に見た時と桁数が違っていますから。
エリス君も、私たち別に使うあてがないのに、どうしようと言ってましたからね。」
「はあ、そうなんですか。」
「なんだお前、張り合いがないな。 普通大喜びするところだろう。」
「と言われても実感ないですし、それに僕は普通に暮らしていければ十分に幸せですから。
あ、それじゃあ魔石の負債はもう気にしなくても大丈夫なんですか。 そうだとしたら、それは嬉しいなぁ。」
「ええ、それはもう全く問題ありません。
というより、カランプル君たちが持って行っている魔石の代金は、もう魔力を貯めた魔石を売った時の君たちの分の利益で十分以上に足りていますからね。 もう負債になっていませんよ。」
「ま、組合としたら、お前たちが魔石を買うペースがこれから落ちるだろうことが一番の問題なんだがな。 ま、今までよりはそれでも組合は儲かるのだけど、冒険者から買い取る量が減るのが問題だ。
本当はその余った分の魔石を水の魔技師が使ってくれれば良いのだけど、なかなかそうはいかないからな。」
組合長はちょっと溜め息をついた。
「そういえばカランプル、お前たち、王都に百貨店と同じ灯を取り付けに行ったんだって。」
「さすがに同じではないですよ。 百貨店の灯は魔石の交換時期が全てが一緒になったりしない様に、いくつかのグループに分けてあって、その1つのグループの魔力を貯めた魔石が切れても、他のグループによって灯が消えない様になっていたりといった工夫がしてありますけど、王都で作ったものにはそんな面倒なことはしていませんから。」
「それにしても、ああいう形の照明の魔道具を作って来たということだろ。」
「まあ、そうですね。
僕としては王都にまで商売を広げるつもりはさらさらないので、断りたい依頼だったのですけど、リズの実家とアークの実家からの依頼でしたから、結婚した時にお祝いもらっている手前もあって、断る訳にはいかなくて。」
「なんだ、只働きか。」
「いえ、そこはリズの家もアークの家も、きちんと報酬を出さないと他の貴族から何を言われるか分からないという理由で、しっかりと払ってくれました。」
「そうか、それは良かったな。」
組合長はそう言うと、腕を組み、ちょっと考え込む仕草をしてから言った。
「カランプル、もしかすると、アークとリズの実家以外の貴族からも、そういった依頼が来るかもしれねえ。
だが、そういった依頼は、絶対に受けるんじゃないぞ。 アークとリズの家は、店を共同でやっている仲間の実家だから、特別に受けたのであって、自分たちは王都での商売は考えていないので、受け付けていません、と突っぱねろ。」
「はい。 それは構わないし、元々受けたいとも思っていないので良いのですが。
何しろ、挨拶したりだとか、もう変に疲れるんですよね。
あんな疲れる仕事はしたくないですから。」
「まあ、そうですね。 貴族の家での仕事なんてすると、その仕事自体よりも挨拶だとかなんだとか、仕事以外の気疲れの方が大きいですからね。
なんて言うか、威張っている貴族なんかに当たったら、それこそ大変な目に遭いますからね。」
職員さんもそんなことを言った。 苦い経験でもあるのかな。
「ま、確かにそういうこともあるけど、今の話はそういった話じゃない。
カランプル、耳をかっぽじって、良く聞け。
王都には貴族がやっている光の魔道具の店がある。 そこが王宮から始まり貴族の館の光の魔道具を一手に引き受けている。
その貴族は確か伯爵だったかな、かなり地位の高い貴族だ。
その貴族が支配する王都の光の魔道具に、お前らの様な庶民が食い込んできたら、その貴族は面白くないだろう。 お前らを潰しに来るぞ。
貴族となると、組合の力でお前たちを守るといっても、限界がある。 まあ、貴族は面子を大事にするから、暗殺だとかそういった汚い手は使わないだろうが、何をしてくるか分からん。
そんなのをまともに相手にはしたくないだろ。
だから、王都には手を出すな。」
冗談じゃない、せっかくやっと何も気にせず街中を自由に歩ける様になったのに、なんで貴族なんかを相手にしなければならないんだ。 絶対に嫌だ。
「もちろんもう二度と王都の依頼は受けない様にします。
そんな面倒なことは絶対に嫌ですから。」
「ああそうしろ。 その方が絶対にいいだろう。」
いやあ、危ない危ない、危うく変な尻尾を踏みつけるところだったよ。
「でもそんなに有名な光の魔道具屋なんですか、僕は全く知りませんでした。」
「そりゃ、庶民には全く関係ないからな。
その店の魔道具に使っている魔石は全部レベル2なんだ。
庶民が使う魔道具じゃ、高価過ぎて手が出るものじゃない。」
「ああ、あの魔力が無くなって来ると色が変わるランプですか。」
「なんだ、知っているじゃないか。」
「以前、リズに教わったことがあります。 そのランプがお知らせライトのヒントになったんですよ。」
「なるほどな、そんなところに元ネタがあったのか。
まあ、レベル2の魔石を使ったあのランプの回路図はとっくの昔に普通に公開されていて秘密も何もないからな。
そこからどう工夫しようと工夫した者の勝手なんだが、貴族なんてのは厄介なもので、自分のところの技術を流用された、なんて風にもしかしたら考えているかもしれないぜ。」
「まさか、そんなことはないでしょう。
僕もお知らせライトを開発する時に調べたのですけど、普通に魔道具大全に詳細に回路図が載っていましたよ。
それを自分のところだけの技術だと言うのは、あまりに変ですよ。 無理があります。」
「その変なこと、無理なことを言うのが貴族っていう生き物なんだな。」
「ま、どっちにしろ、僕たちはもうこれ以上関わらない様にします。」
それから少しして、王都の貴族からの使いが僕らのところに来る様になった。
新しいモノ、珍しいモノが好きなのは、庶民も貴族も違わない様だし、リズの実家もアークの実家も、新しい照明器具が付いた部屋を自慢して、連日お茶会やら何やら開いている様だ。
アークもリズも苦い顔をして、僕に謝っている。
「まさかこんなことになるとは思ってなかったわ。
私は光属性で、あの貴族相手の魔道具屋のことも知っていたのだから、注意深く考えて実家の依頼を断るべきだったわ。
自分が面倒を嫌がって、受けてしまったのが原因だわ。 カンプ本当にごめんなさい。」
「いや、リズ。 僕も結婚した時にお祝いをもらっていたから、断ることはできなかったから、それは仕方ないよ。
とにかく、貴族からの依頼はなるべく角が立たない様に、全て断ることにしよう。
それしかないよ。」
「俺の実家の方から、カンプ魔道具店は庶民の店なので貴族の依頼は受けない、と宣伝する様に言うよ。
そうすれば、いくらかは効果があるだろう。」
アークがそう言うと、リズも
「私の実家にもそう言わせるわ。」
「でも、なんでそんなに二人の家はあの部屋を見せびらかしたんだろう。」
「うーん、カンプには分からないかな。
家に他の貴族がたくさん何度も集まるということは、それだけで貴族社会の中で、力が上がるというか、序列が上がるんだよ。 その集めるための良いネタにされちゃったという訳さ。」
やっぱり庶民には縁遠い世界の話でした。




