王都の仕事なんて
おじさんとリズが張り切って作った百貨店は、僕たちの東の町だけでなく評判になっていた。
「こんなモン作っていたから、北の町に来る暇がなかったのか。」
わざわざ百貨店を見に来たアラトさんは、せっかく東の町に来たのだからと、僕らのところを訪ねて来てくれた。
百貨店の二階に僕の魔道具屋の作業場があると、百貨店の中のおじさんの雑貨店で聞いて、二階ならと訪ねてくれたらしいのだが、そこに僕は居なくて、女性たちが働いていて、丁寧に僕の家の場所を教えてくれたので、なんだか訪ねない訳にはいかなくなったらしい。
「それで、わざわざ訪ねていただいたということは、何かご用事があるのですか。」
「いや、北の町に来なかったし、一回売り物が届かなかったから、順番待ちの連中が怒っていたということと、改良型は壊れにくくなって好評だと話してやろうと思っただけなんだ。
ああも丁寧に案内されなきゃ、まっ、いいか、って感じで会わずに帰るところだったんだけどな。」
「なんだかすみません。 一回売り物が遅れてしまったことはもちろんですけど、わざわざ来てもらうことになったことも。」
「いや、どちらも大したことじゃない。
それに一回遅れたのも、あんなモノ作っていたんじゃ、しょうがないと納得したしな。」
「あはは、あれは僕が知らないうちに、作ることが決まっていたんですよ。」
「知らないうちにって、お前が店長だろ。 いいのか、それで。」
「この店は確かに僕が店長になってますけど、学校の同級生二人と今は妻になっている幼馴染と4人で始めたんですよ。
だから、店長とは名ばかりで、立場が上って訳じゃないんです。
というより、男二人はどちらかというと、言われるままに使われている感じなんですよね。」
「ん、まあ、そういうのは分かる。
それにしても、あの店は便利だし、来て見る価値があるな。
俺は物好きだから、早めにこうして見に来たが、北の町からももっと客が来ると思うぜ。 色々な物がここに来るだけで、全部見たり買えたりするのは面倒がなくて、とても便利だ。
それに、広い店内が天井についた魔道具のランプの灯りで、全体が明るいのには驚いた。 これだけだって、人が集まってくるだろうな。」
「そうですね。 僕も出来上がった百貨店を見てびっくりしました。」
おじさんの作った百貨店は、本当に毎日人で溢れている。
実は最初広い店内は、スペースが埋まり切らない感じで、それぞれの店との間も広く、売り物もなんというか平面的に陳列していたのだが、人がたくさん集まりだすと、それまでおじさんの百貨店に出店を誘われても応じなかった店が、こぞって出店させて欲しいとおじさんのところに押しかけて来ることになった。
おじさんは、そこは商売人である。 最初から入ってくれた店に配慮して、後から押しかけてきた人には出店条件を厳しくして応じた。 それでもなるべく多くの店に入ってもらうために、それぞれの店の場所やスペースなどを調整をはした。
その結果として、陳列は立体的になり、その陳列棚作り等にアークをはじめ僕の店の土属性の魔技師は駆り出されるということにもなった。
それらが終わって、やっと冒険者用の魔道具作りは、二階の作業場である程度決まった数が出荷できるようになった。
僕はそれらのことが落ち着きを取り戻してから、ふと、百貨店を作るのに掛かったお金はどうしたんだろう、という現実に気がつきエリスに聞いてみた。
「土地はお父さんが用意していた物だし、お父さんが『私の夢の実現だから資金はワシが出す』と言うし、リズは『私の光の魔技師としての夢の実現だから、掛かった費用は足りないかも知れないけどここからだして。』と通帳を手渡されたわ。
でもまあ、二階には私たちの店の作業場を作っているし、お父さんとリズに全部出させるのも何だから、半分はお父さんが出して、残り半分はリズと店の資金で出しているわ。
とは言っても、使った魔石と線なんかの代金と、働いてくれた女性の土の魔技師の日当がほとんどだから、大したことにはなっていないわ。」
「大したことになっていないって、使った魔石の数だけでもすごくない?」
「まあ、一般的にはすごい数ということになるのだけど、私たちの店で抱えた今までの負債の魔石の数から比べたら、全然大した数ではないわ。
その負債も今はやっと減る方向に転じて、今はどんどん減っているし、大丈夫よ。」
エリスは本格的に帳簿を見せながら説明を始めようとしてきたので、僕は焦って言った。
「いや、おじさんが全部出しているなんてことになっていなければ良いんだ。 おじさんもリズもそんなに負担してもらわなくて、僕が多めにもらっている分を使ってもらっても良いと思っただけなんだ。 エリスに任せるから、二人の負担が少なくなる様にお願いするよ。」
「私も、カンプと私と合わせると受け取っている収入が大きくなっているから、負担するよって、二人に言ったのだけど、二人とも自分の夢の実現なんだから、自分の金を使いたいって頑固なのよ。
ま、百貨店も儲かっていそうだから、良いかな。」
「ま、そういうことなら良いのだけど。」
百貨店のおじさんの雑貨屋では、僕たちのダンジョンに入る冒険者用の魔道具も売り出した。
小さいながらもダンジョンがあるこの町には冒険者もいる訳で、北の町での評判を聞いた冒険者から、「なんでこの町で作っているのに、この町では売らないんだ。」という文句が出たので、売り出したのだ。
そうしたら、北の町と同じ様にしっかりと需要があって、百貨店で結構な数が売れた。 ただし、この町では僕の携帯用調理器は全くといって良いほど売れなかった。 売れたのは冒険者が実用にという訳ではなく、ギミックがカッコいいからと理由で買われただけだった。 この町のダンジョンは小さいし、冒険者の数も多くないし、初心者が当然ながら多いから、そんなに長くダンジョン内で過ごす人はいないのだと思う。
組合長は、百貨店自体に関しては、一般の人と変わらない興味の示し方しかしなかったけど、ダンジョン用の魔道具がこの町でも売れていることに関しては興味を示した。
「ま、ダンジョン用の魔道具の作製で魔石を買ってくれることも嬉しいが、この町で使う魔道具が増えることも嬉しいな。 そうすればそれだけ魔力を貯めた魔石が売れるから、組合も潤うってことだ。
そろそろ前よりも売れる魔石の数が減って来たからな、今までが特需だということは分かっているし、魔石の売れる量がこれからは減っていくことは分かっているからな。 それは貴重なことだ。」
ま、それなりに喜んでくれているみたいだから、それはそれで良いのだけど、職員さんがちょっと気になることを言った。
「百貨店に行ってみたのですけど、確かに凄いですね。 評判になることが分かります。
もしかすると、貴族にも評判になっているかも知れませんね。
アーク君と、リズ君の家が何か言ってくるかも知れませんね、その評判を聞いて。」
組合の職員さんの予想はしっかりと当たって、それからすぐにリズの家から使いの者がやってきた。
「エリズベート様、父君より、あなた様の作られた部屋の照明の魔道具を、館の広間に早急に設置する様に、とのことです。」
使いの者は一方的にそれだけ告げると、もう用は終わったという雰囲気で帰ろうとしている。 リズはため息をついて、白けた調子で使いに言った。
「それは我が家からの、カンプ魔道具店に対する正式な依頼と受け取って良いのね。
それならエリスに言って、正式な契約書を作ってもらうから、少し待ってくれる。
まず幾らくらいかかるかを見積もらなくてはないないわ。」
「父君は早急に、とのことですし、代金をご実家に要求するのですか?」
使いの者は怒りを抑えられないという感じで、リズに対して疑問形にはしているが、実際には怒鳴りつける様な調子でリズに反問した。
「あら、何を言っているのかしら、当然のことでしょ。
そりゃもちろん、私の力だけで作れるならば、それは父上の言葉ですぐにも取り掛かるし、きっと父上ですからそれに使う魔石などは用意して置いてくれるものと思います。
でも、あなたが今言った部屋の照明の魔道具は、私だけで作れるモノではないし、第一カンプ魔道具店が作ったモノだと多くの人に知れ渡っているわ。
そこに、その魔道具店で働いている中に娘が一人いたからといって、タダで即座に自分の家に同じ様なモノを設置させた、という噂が広がったら、どういう目で見られるか考えたことがあるのかしら。
あなたはそれでも構わないから、早くしろ、金は払わないと言っているのね。」
リズはもう自分が腹を立てていることを隠そうとはしていない、使いの者に詰め寄る調子で、言葉を返した。
「いえ、私はただ父君の言葉を伝えに来ただけです。」
「なら、先ほどのあなたの言葉は父上が言ったことだと、あなたは言うのね。」
「いえ、その様なことは。 父君は、館の広間に新しい照明の魔道具を設置したいからリズ様に頼んで来いと、私を使わせただけです。」
「それじゃあ、さっきの言葉は父上の言葉ではなく、あなたの言葉ということね。」
「いえ、私はリズ様が娘として当然取るべき態度を、お教えしたいと思っただけで。」
「へぇー。 あなたにとっては、我が家が他人の物笑いの種になる態度を私が取ることが、私の娘としての当然の態度だと言うのね。
もう一度、出直して父上と相談して来なさい。
あなた、今のやり取りをしっかりと父上に伝えなさい。」
リズの最後の一言は、父君の使いとして来た者ではなく、副使として後ろにいた者に対する言葉だった。
「はい、承りました。 今のやり取りをしっかりと父君に伝えます。」
後ろにいた副使の方は、明るい調子でリズに答え、今まで話していた正式な使いの方は渋い表情のまま無言で頭を下げて去って行った。
リズは実家からの使いが帰ると僕たちに向かって言った。
「本当にごめんなさい。 私の家の使いが不愉快なことを言って来て。」
「リズ、僕はリズの実家にあの明かりを着けてやる程度、構わないぞ。
結婚祝いをもらっているから、そのお礼としてタダで請け負っても全然構わなかったんだ。 それで借りを返せるならば安いものだし。」
「それはダメよ。 そんな下手に出たら、つけ上がって、これから何を言ってくるか分かったものじゃないわ。」
「俺もその意見に賛成だな。 こんなこと言うのは俺も嫌なんだけど、貴族っていうのはそういう汚いものだ。」
「ま、そういうことよね。 私も家から出させて、そういうことが本当にやっと分かったわ。 出されてなかったら、それも知らずに、ただヌクヌクと貴族社会で、やれあの人がどうの、あの家がどうのってやっていたんだと思うわ。
丁度いいわ。 また次のことを簡単には言ってこれない様に、思いっきり吹っ掛けて、分捕ってやりましょう、ね、エリス。」
エリスも何て返して良いのか困っている。
「ま、そこは普通にしようよ。 変に高価な物という噂が立っちゃったら、他のところに売りにくくなるじゃん。」
「金額なんて、誰にも言わないに決まっているから大丈夫よ。」
「いや、やっぱり誠実であることをモットーにしないと、商人はダメだって、おじさんも言ってたから、な、エリス。」
「そうね。 悪徳商人は一時は儲かっても結局ダメになっていくって、お父さんは口癖の様に言っているわ。」
リズの家からは翌日にはもうまた使いがやって来た。
「あら、今日はあなたの方が正使なの。 昨日の人はどうしたの。」
「昨日の者は、父君の不興を買い、左遷されることになったところ、自分から引退を申し出て、許されました。
新しく当主となった彼の息子は、まだ若いので、当分はかの者の家は苦しいかと思いますが、優秀な息子が早めに表に立つことになったので、将来的には良かったのではないかと思います。」
「あら、私、利用されたのかしら。」
「その辺は私には分かりかねます。 ただ、私はこうしてリズ様と縁ができたことを嬉しく思っております。」
「私と縁が出来ても、別に何も良いことはないわよ。」
「それはまだ分かりません。」
「それで父上は何だって。」
「はい、リズ様の好きな様に作ってくれれば良いし、言い値で支払うとのことでした。」
「分かったわ。 早急に作業に行くようにするわ。 決まったら、連絡する。
あと、費用はこの店は誠実がモットーだから、吹っ掛けたりはしないから安心しているように言っといて。」
僕たちは三日後に全員揃ってリズの実家へと行った。
貴族の館なんて、リズの実家だとはいっても、僕にとっては別世界で珍しかったのだけど、それどころではなかった。
リズの父親、何でも伯爵だというのだからとても偉いらしいのだが、この館の主人と挨拶をしなければならないのだ。
「伯爵様、私がカランプル魔道具店店長のカランプルです。 先の私の結婚時には祝いの品を賜り、大変ありがとうございました。」
「そんなに畏まらなくても良いぞ。 エリズベートはそちの店で役に立っているか?」
「はい、もちろんです。 この店はもう一人、アウクスティーラとの三人で作った店ですから当然ですが、すごい活躍しています。」
「うむ、それなら儂も鼻が高い。 エリズベートは我が娘ながら残念ながら魔力を少しか持たないため、貴族社会からははみ出してしまったが、娘であることには変わりはない。 よろしく頼むぞ。」
「はい。 こちらこそ、これからもよろしくお願いします。」
ううっ、緊張して疲れた。
続けてアークの家からも同様の依頼があった。
こっちは最初から、支払いの件などで揉めることはなかったのだが、アークの家の使いとして来た者は、リズの家の使いとして来た最初の者が左遷されかけた事態などをしっかりと知っていた。
貴族社会の情報網の凄まじさを垣間見た気がした。
 




