始まった日常
それからの毎日は、すぐに形が決まっていってしまった。
朝、エリスがやって来て、僕を起こして朝食を作ってくれる。
そして午前中は二日間は魔石に回路を念じ込んで組んだり、魔力を込めたりする。
そして一日は魔石を取りに火鼠を狩に行く。
午後は依頼があった時は、魔石を売りに行き、魔道具にはめ込んであげる訳だが、そんなに時間は取られない。
そして余った時間は、仕事というよりはもう趣味に近い、魔道具作りをする。
週六日はその繰り返しで、一日休みだ。
休みの日も、何もなければ僕は魔道具作りをしているか、次にどんな物を作るか考えて道具の図面を引いたりしているので、大体の日はエリスに無理やり引っ張り出されて、買い物やら何やらに付き合わされている。
エリスに朝食は作ってもらっているし、昼と夜はエリスの家で食べさせてもらっているので、休日のエリスの誘いは余程のことがないと、さすがに断れないのだ。
おばさんなんて
「めんどくさいから、一部屋あなたの部屋にするから、カランプルもこの家に住みなさい。」
などと言う。
僕はさすがにそれではいけないと思い。
「まだ、婆ちゃんが家に居る気がするから、家を離れられないです。」と答えると、
「それじゃあ、少し早いけど、もうエリスと結婚しちゃって二人で住むことにしたら。」と真面目に勧めてくる。
「でも、まだ僕は魔技師として半人前で、今もまだ5人しかお客さんがいませんから、食べていけない状態です。
さすがに食べれる状態になる前にエリスをもらう訳にはいかないです。」とやんわり断る。
おばさんはちょっとニコニコして
「別にそんなの構わないのよ。
エリスは一人っ子だから、ウチの店は将来的にはあなた達二人のものになるのだから、今カランプルが魔技師としてだけでは食べていけなくても、全くなんの問題もないわ。
でも、ちゃんと一人前に食べれる様になってから、と考えるところは、おばさんは好きよ。」
と言ってくれた。
僕の魔石の顧客は、そんな訳でエリスの家を入れてもまだ5人しかいない。
程度の差はあるのだけど、魔石は一回新しくすると大体一ヶ月程度持つ。
一つの魔石に魔力を込めるのに二日かかり、魔石を手に入れるために火鼠狩に一日とすると、結局一つの魔石を売るのに3日かかる訳だが、5人ではつまり一か月分の仕事は15日で終わってしまうことになる。
実際には予備の魔石を準備しておく必要があったり、エリスの家の様に使う火の魔道具が複数あったりする人も中にはいるので、そこまで単純ではないのだが、時には一日にこの前の様に運良く魔石が2個手に入る時などもしばしばあるし、ぶっちゃけ割と暇なのである。
僕はその空いた時間を魔道具のために全部使っている。
僕が作った魔道具は、まず一番最初にエリスか、エリスの家で試してもらう。
自分で作って、これは傑作だ、絶対に売れると思って試してもらったのは、改良した調理台だ。
今どこの家にも必ずある調理台は、スイッチを入れれば火が出る、スイッチを外せば火が消えるという単純なものだ。
僕はそこをもう少し工夫して、弱火、中火、強火という火の強さを三段階に変えられる機能を付けたのだ。
僕は自信満々で、自作の調理台をおばさんに試してもらった。
おばさんは試してみると、僕の工夫を喜んだ。
「これはとても良いわ。 これなら今までより簡単に美味しいものが作れそうよ。」と僕の工夫をべた褒めだった。
よし、それじゃあこれを作って売りに出してもらおうと思ったら、
おばさんは商人の声で
「でも、これ、絶対売れないわね。」と冷たく言った。
見ていたおじさんも、
「うん、これは売れない。」と悲しげにおばさんに同意した。
「カランプル、この調理台を作るのに、ミスリルはどのくらい使った?」
「えーと、普通の調理台の3倍近くかな、回路が増えちゃったから。」
「そして魔石に組み込んだ回路もそれに合わせて特別だな。」
「はい、そういうことになります。」
「そうすると、大きな問題点が二つある。
まず一番大きい問題点は、この調理台の価格だ。
今までの調理台でも調理できるのに、3倍の価格で新機能がついたからといって買うお客がいると思うか。
貴族や金持ちの多い町ならあり得るかもしれないが、一般庶民がほとんどのこの町では無理だろう。」
「みんな普通の調理台に慣れちゃっているから、それで上手くできる料理しか作らないというか、作れもしないのよ。
弱い火で作る料理なんていうのは、その道のプロの技だわ。
そういう人たちは鍋を火から遠ざけたままで作るとか、そのための五徳が作ってあるとか、工夫しているわ。
強火は魔石が3つ付いたプロ用の調理台というものがもうあるわ。
でも家庭用ではいらない。」
おばさんもおじさんの言葉に付け足した。
「そして魔石の回路が独特に複雑になっているとすると、カランプル以外の者には魔石の交換ができなくなってしまう。
よほど特別な魔道具だとしたら、そういうのも有りだが、調理台の様な一般用の器具では、それではダメだ。」
僕はぐうの音も無かった。
「でもカランプル、私はこの調理台とても気に入ったわ。 これは私が買うわ。」
「いえ、おばさん、これは試作品だし、失敗作です。 もし使ってもらえるなら嬉しいです。 とても売れるモノではないので。」
と僕はお金は断った。
そういう失敗作をもう既に三つも四つも作っていた僕は、エリスには懲りもせずによくまた作るつもりになるわね、と呆れられている。
そんな失敗作ではあっても、その魔道具の図面と、魔石に組み込んだ回路の図面は、しっかりと組合に登録しておく。
いつどんな時に価値が出るか分からない、と淡い期待を抱いているのもない訳ではないが、他の人が同様のことを考えないとも限らないからだ。
もし登録していないと、誰かが同じことを後から考えて登録していたら、僕はそれをその登録した人に断りなく作ることが出来なくなってしまうのだ。
そういうところは組合はとても厳しい。
でもまあ、新しい魔道具なんてのを登録にくる者は珍しいらしく、僕はこの町の組合の職員さんの中では有名らしい、学校を出たばかりの面白い奴、ということらしい。
上手くいかない時は得てしてそんなものなのだが、今日は火鼠狩に行ってさんざ歩き回ったのだが、上手い獲物がいなくて、一匹も獲れなかった。
僕の場合は最低な魔力量しか持たない魔技師だから、火鼠が一匹でいるのしか狙うことができないのに、どういう訳か今日は運悪く、どこに行っても四、五匹の集団でいて、単独の火鼠を見つけられなかったのだ。
仕方なくトボトボと帰ってきた僕は、気分転換に風呂を入れることにした。
僕の住んでいるこの町では風呂はあまり一般的ではない。
水を大量に使うし、それを温めるのも大変だ。
なんでも魔道具に頼っているこの社会では水も水の魔石が使われる魔道具から出すものだから、大量に使えば魔石の魔力量が減ってしまう。
風呂を沸かすのもそれ用の火の魔道具だ。
そんな訳でこの町では、水での行水や、少量のお湯で体を拭くくらいが普通で、風呂に入るのは贅沢だ。
だから、ほとんどの家庭では、風呂を沸かす魔道具は持ってさえいない。
その点僕は最低の魔技師とはいえ、魔法が使える。
今日の様に予定外に火鼠が獲れないと、それに使うための魔力がそのまま残っている。
その残った魔力を使い、浴槽の水を温めた。
風呂の中で体を伸ばし、「今日は散々だ。」などと思っていると、エリスの声が聞こえた
「あれっ、カンプ、どこにいるの。」
「今、風呂に入っている。」
「え、お風呂入れたの。」
という声が聞こえて、バタバタと音がしたかと思ったら、風呂場の扉を開けてエリスが裸で入ってきた。
「お前、何入ってくるんだよ。」
「だって、カンプがお風呂入っているなら、私も入りたいじゃん。」
「入りたいじゃんて、子供じゃないんだから、それでそのまま入ってくるか。」
「別に子供の頃からずっと一緒に入っているんだから構わないでしょ。」
「もういい歳なんだから、そういう問題じゃないだろ。」
「あら、私の裸が気になる?」
「ならない!!」
「嘘、大きくなってるよ。」
「見るな、バカ。」
「もう今更何言っているのよ。
小さい時、大きくなるのに気づいたら、ほら大きくなるんだぞって、私に見せつけていたじゃない。」
「そんな物の分からなかった子供の頃と一緒にするな。」
そんな口論をしながらも、結局一緒に風呂に入ってしまったのは、今までの慣れというか習慣というか、まあ普通の日常なのだ。
エリスは「着替えを持ってきてなかった」と言って、タオルを体に巻きつけただけで隣の自分の家へと戻って行った。
エリスがおばさんに怒られている声が聞こえる。
「エリス、なんて格好で外歩いているの。」
「外って、カンプのところからウチまでだから、敷地の外には出てないよ。」
「敷地の外には出てないといっても、もし外に人がいれば見えるでしょ。」
「そこは確認した。」
「確認してもダメです。 不意に現れることだってあるでしょ。
カランプルとお風呂に入るなら、先にちゃんと着替えを取りに来なさい。
もういい歳して何やってるの。」
あれれ、タオル一枚でほんのちょっと外に出たのは怒るけど、僕と一緒に風呂に入るのは別に構わないんだ。
「お母さん、怒ってないで、お母さんもお風呂は入ってきたら。
グズグズしてるとお湯が冷めちゃうよ。」
「お父さん、カランプルがお風呂沸かしたそうよ。
着替えを持って、入ってきましょう。」
エリスの家は裕福な方だけど、それでも僕が風呂を沸かせば入りに来るんだよな。
僕はおじさんとおばさんの為に、風呂の水を増やして、もう一度温度を上げておいてあげた。